第四章 ヘ・タ・レ

        【 監禁 】




目を開けると壁掛けのデジタルクロックが見えた。


10時25分。



玄関の三和土には、圧着ペンチと巻いたワイヤーロープが置いてあった。


壁のところに超巨大なスーツケースがある。

前屈させれば俺の身体でも入りそうだ。


・・・ ?



見知らぬ部屋で寝ていた。

ソファの上、身体に毛布が掛けられていた。


目を開けたままじっとしていた。

辺りに人の気配はないし、とくに物音も聞こえない。


・・・ ?


頭を動かすとズキズキした。

これは頭痛の類いではなく外傷の痛みだ。


頭に何か被っている。

頭に手をやろうとして、動くと腕にワイヤーロープが絡まった。


・・・ん ?


手錠が掛けられていた。


袖原 ?


いや、これは警察のものではない。

手錠の所有者なんて特定出来るものではない。

違法じゃないんだから、手錠なんて誰にでもどこででも買える。


ワイヤーが手錠の鎖の部分に繋げられている。


そのワイヤーは… 頭を巡らすと、5メートルほど離れたスチールデスクの脚に繋げてあった。


・・・なるほど


けっこう自由に動ける。


手錠に繋げられたワイヤーロープ。

重量感のあるデスクの脚と手錠の鎖部分に繋げてあった。

5ミリ径ほどの細いワイヤーだが、強度は十分だ。

ワイヤーの両先端に輪っかを作って、圧着スリーブでカシメてしっかりと繋げてある。

ワイヤーの長さは7メートルほどか ?


動ける ……だが完全に監禁されていた。

これでは逃げようがない。



しかしこれは ……どういう状況 ?


俺は ……


袖原に絞められて ……落ちた。


そして拘束された。



ここはどこだ ?


壁も天井もシミひとつない、清潔感がある。

40インチくらいのテレビがあり、キッチンカウンターの向こうに食器棚、冷蔵庫、電気レンジなんかが見える。

ぱっと見は、普通のワンルームマンション。


流れ的には、袖原か迫田の部屋か ?

拘束の仕方には荒っぽさが感じられない。

特に身の危険も感じない。


ワイヤーを伸ばして立ち上がった。

一瞬立ちくらみがしたが、本当に一瞬だけだった。


頭に手をやる。

ニット帽を被っていた。

後頭部と右側の側頭部にガーゼが当ててあり、帽子で抑えてある。


大した怪我じゃない。

迫田が打ち込んで来た警棒は掠っただけだし、後頭部は袖原の顔面に叩きつけた時に、たん瘤でも拵えたのであろう。



10月10日 ……10時32分。


日付が変わっていた。

俺は20時間以上も眠らされていた。

何か薬でも打たれたか ?

だがそんな違和感も感じない。

脳はずいぶんとすっきりした感じだった。


もしかしたら、本当にただ眠っていただけなのかも知れない。

昨日は徹夜明けだったし、ここのところ千葉正利を襲う事ばかり考え、眠れぬ夜を過ごしていた。

袖原に落とされ、一気に睡眠を貪った可能性もある。


ワイヤーロープを目一杯伸ばせば、トイレにも行ける。

何ならバスルームだって使えそうだ。

しかし、玄関にもベランダにも届かない。



要するに俺は ……捜査の蚊帳の外に出された。


結局 ……


被害者を救う事も、ヤツを追い詰める事も出来なくなった ……


そういうことか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る