白昼の逮捕劇

 

「 神宮戦士もずいぶんと腑抜けたもんだな ……がっかりだ」


袖原が面白くもなさそうに俺の手首を取った。


・・・今だ


渾身の力で左足を振った。

振り抜かず、袖原の右膝にスニーカーの先端をまっすぐに突き刺した。


「いっ !」


骨が砕ける嫌な感触 ……嫌な音。


袖原の手が離れた。



今朝、気まぐれで履いた ……


例のスニーカーが役に立った。



「しもむらぁ !」


棒立ちになった猛獣が吠えた。


・・・倒れもしねえのか


ここは ……


逃げるしかない。


俺は袖原に背を向けて ……


・・・ !


頭に何かが飛んできた。


咄嗟に首を振る。


「ぐっ」


側頭部に電気が走った。


・・・迫田っ !


迫田が正面から警棒を叩きつけてきた。


警棒の先端が頭を掠めた。


こめかみから流れ落ちてきた血で視界が霞む。



キャーッ


悲鳴 ……と騒めき


いつの間にか4人、5人と見物人が遠巻きに見ていた。


一般市民が見ている。


・・・なら


こいつらも無茶出来ない。



「警察です。危険ですので近寄らないで !」


迫田が見物人に向かって声を張りあげた。


くっ !


・・・マジか


白昼の逮捕劇。


俺が ……


凶悪犯役ってわけか。



・・・ぞっ


後ろから凶暴な殺気


丸太のような腕が俺の右肩越しに出てきた。


恐ろしく素早い動きだった。


袖原の腕が、俺の咽喉部に巻き付いてきた。

同時に左手が左肩越しに出てきて、自分の右手を掴んだ。

俺の上体は一瞬で動けなくなった。


クソッ !


絞められたら ……


終わりだ。


もう何が何でも ……


切り抜けてやる。


俺は顎を力一杯振り上げて、袖原の鼻面に後頭部を叩きつけた。


間髪入れず二度 ……三度 ……


グギッ


三度目で何かが潰れた。


鼻骨か頬骨か分からないが、骨が砕けるような嫌な音。


うがぁー


耳元で獣が唸った。

頸動脈を絞められた。

まったく苦しくない。


・・・クソッ


血流だけを止める正確な絞め方だった。

徐々に気が遠のいていく。

たぶん、10秒以内に失神する。


・・・気絶なんて ……してられねえ


袖原の身体が完全に密着していた。


完全に首を決められていた。


互いの血飛沫で視界が赤い。


・・・負けてられねえ


体重を乗せた右肘を袖原の脇腹に叩き込む。


右足にしっかりと重心をおき、素早く鋭く肘の先端だけを意識する。


こんな時にそんな細かい事を考えた。


俺は同じ場所に肘を打ち続けた。


消えゆく意識を、肘の先端だけに集中させた。


鋼のような硬い感触が ……


嫌な音を立てた。


袖原の腕が僅かに緩んだ。


俺はへたり込むように身を沈め、目一杯反動をつけた左足を、袖原の顎に向かって振り上げた。


ぐがっ !



そこで ……



視界が消えた。

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