第一章 仲間として

   【 内角を意識させた速球投手 】 



9月1日 早朝。



 僅かに息が上がりだした。


 まだ 5分と経っていない。


 しかも俺は何もしていない。


 流れる汗の感触が首筋と胴着の下あたり、腰回りにはっきりと感じられた。

 水源は後頭部と脇の下なのだろう。

 もし面手拭いがなければ、額から流れ落ちる汗で目も開けられない状態だっただろう。



 カッと目を見開いて、正面を睨みつけた。


 面の奥、梨木楓美の涼しげなまなざしがまっすぐ返ってきた。


 梨木の表情は最初から変わらない。

 涼しげと言うより静寂か ? 静謐か ?


 ・・・見事なまなざし


 なんて感心している場合じゃねー……と


 だがどうも間合いが悪い。

 間を詰めようと思った刹那…

 また梨木が先に動いた。


「メェーン !」


 ・・・うっ


 遠間から風のように入ってきた。


 腰の入った伸びのある面が、俺の正中線を両断した。


 三度目。


 同じ事の繰り返しだった。


 正対する。


 すでに喘いでいた。



 遠間は予想通りだが、動きは予想外の剣道だった。

 これほど正面から真っ直ぐに面を取りに来るとは思わなかった。


 敵わないのは百も承知だ。

 学生チャンピオンに勝とうなんて大それた考えはない。

 だが俺だって有段者。

 警察学校では同期に経験者が何人もいたが、互角以上の立会いだった。


「トップアスリートは何をやっても一流なんだな」


 本気なのかお世辞なのか、いつも教官に絶賛されたものだ。


「やっぱりピッチャーの経験者は筋がいい」


 一瞬、ムッとしたが、そんな褒められ方もした。


 要するに間合い、緩急、そして真っ直ぐと変化球の配球等の投球術は、剣道の攻めの戦術にも通じるという事らしい。


 そういった意味では、梨木の剣道のイメージは内角を意識させた速球投手、相手に小手を意識させたスピード攻撃だった。


 身長差 20センチ超。

 体重差…おそらく30キロ前後。


 俺がスピードに翻弄される。


 それを強引に叩き込む。


 そんな展開を想像したが…


 確かに懐に飛び込んで来るスピードは凄まじいが、梨木は明らかに面だけを取りに来ている。


 ・・・よしっ


 なら出鼻面だけを防ぐ。


 面の軌道からの小手や、引き技なんかを念頭に置くから反応が遅れるんだ。


 まずは俺が間合いを詰めようとする気配を察せられないように……


「メェーン !」


 ・・・くっ


 後から風が来た。


 ・・・読まれてる ?


 見事過ぎて恥ずかしくもないわ。


 俺は下がって蹲踞の姿勢をとった。



「ま…参りました」


 俺は梨木を睨み付けるようにして降参した。


「ありがとうございました」


 梨木のまなざしが、初めて柔らかく細まった。




「今からちょいとパトロールに出向くが…」


 道場のシャワールームから出て来た梨木に、一応声をかけた。

 相棒に無断で単独行動も出来ない。


「9時半から会議ですよ」


 梨木が上気させた顔を向けてきた。

 姿勢がいいのでスーツに着替えるといっぱしの女警だ。


 だが…

 まだ胴着姿ほどには様になっていないか。


「ああ、わかってる。新着の班長挨拶にケツを捲るほどガキじゃないさ。白瀬までのドライブだから十分間に合うだろ」


「えっ、白瀬町に行くんですか ? 私の実家、白瀬ですよ」


「・・・小学校は ?」


「私、白瀬川北小です」


「・・・案内してくれ」


「えっ ?」

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