水野の正論
一塁を回ったところで、尾形が右手を突き上げると同時にジャンプした。
うぉぉぉーっ !
一塁側スタンドは、蜂の巣をつついたような騒ぎだ。
・・・土壇場で逆転された
「タイム !」
水野が声を張り上げてマウンドに駆け寄った。
大沢、力丸、コータ、東山もすぐにマウンドで西崎を囲んだ。
俺はスタンドから少しでも遠ざかるようにセンターのポジションに向かった。
一塁側スタンドの盛り上がりで耳がおかしくなりそうだった。
ジョーがしゃがみこんでマウンドを見つめていた。
「まだまだっ!」
ジョーと並ぶようにしゃがみこんだ途端、島の威勢のいい声がやって来た。
「次はコータからだ。まだまだ終わらんぞ」
島がそう繰り返しながら、並んで腰をおろした。
「一人出れば透也、二人で秋時、三人出たらシモだもんな」
ジョーの声にも力がこもる。
西崎はピッチャーでまだ4番に残っている。
8番の鷹岡がDHを解除し、そこにファースト東山が入る打順に変わっている。
マウンドでは水野がしきりに、西崎、大沢に向かって話をしていた。
「キャプテンの説教かな ?」
ジョーが呟いた。
「説教 ? 何の ?」
俺はマウンドを見ながら訊き返した。
「小手先で躱そうとするな、とでも言ってんじゃないかな」
ジョーが首を傾げながら答える。
「小手先 ? スライダーが抜けたのはたまたまだろ。今日、西崎のスライダーはキレッキレだったし、意表を突いたいい配球だったと思うが・・・」
「やっぱりシモも秋時と同じ視点なんだな。ヒロやカズのコントロールや投球術は、確かに凄いけど、同じ事を透也がする必要はないよ。あいつはバッターの意表を突く必要なんてないと思う。この回は力で押しまくればよかった。尾形さん視点で見れば、実際ストレートはもうお手上げ状態だったはずだしな。キャプテンは変化球が抜けた事より、あそこで変化球を選んだ事を心配してるんだと思う。実際キャプテンは二人目の変化球攻めの時から首を捻ってたんだ。たぶん透也の変化球が絶好調だったんで、逆に心配していたんだろうな。秋時はバッターの裏を掻く配球が大好きだから」
・・・バッテリー視点か
確かにマウンドでは、水野に対して神妙に項垂れる西崎と大沢が説教されているようにも見えた。
「お前、水野の考えがよく分かるな」
俺はジョーに感心していた。
「まあ、俺が思っていた事を言っただけの単なる推測だけどな」
そう言ってジョーが立ち上がった。
内野でもそれぞれがポジションに戻って行くところだった。
大沢や西崎が神妙にしてたんだ。おそらくジョーの推測は当たっている。
時たま放つ水野の正論。
はっきり言って俺も苦手だ。
確かに小手先で裏を掻こうとした、気持ちの緩さみたいなモノが、大沢にも西崎にあったのかも知れない。
攻めの変化球でなく、躱そうとした変化球だから失投を招いた。
ジョーも大した観察眼だな。
試合再開。
ジョーの言った通り、西崎は4番喜多原に対して魂のピッチングを見せた。
真っ直ぐを内角に三連発。
“ ズダンッ ! ”
“ ズダンッ ! ”
“ ズダンッ ! ”
西崎のノビのないストレートは、唸りをあげて大沢のミットを打ち鳴らした。
チェンジ。
九回裏。
最後の攻撃。
コータ
力丸
そして水野。
一人出れば西崎。
二人出れば大沢。
たった1点。
・・・勝機は必ず来る
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