ショート西崎

 秋




『9番、ピッチャー杉村裕海』


 スターティングメンバーの場内アナウンス。


 南大の先発ピッチャーの発表で、スタンドが大きくざわめいた。


 マウンドにあがったヒロに、黄色い声援も飛んでいる。


 ・・・なに気に、凄い人気だな


 スタンドは驚くほど、席が埋まっていた。


 大沢がマウンドに駆け寄って、ヒロと何やら打ち合わせを始めた。


 今度はスタンドがわずかに、どよめいた。


 南大名物、超デコボコバッテリー。


 身長差、約30センチ。


 まるで親子のようなバッテリー。


 改めてスタンドから眺めると、確かに不思議な光景だ。


 南大野球部は、異常な人気ぶりを見せていた。


 理由はホワイトベアーズの躍進からの流れだった。


 春に南洋市デビューを果たしたしろくまホワイトベアーズが、ペナントレースで一時は首位を走る大健闘を見せた。


 結局、三位で終わったが、これが二十三年ぶりのAクラス。


 そして、先週クライマックスシリーズのファーストステージで激闘を演じたのだ。


 南洋市の野球熱は異常な盛り上がりを見せ、そのまま市の名前を冠する、南洋大が加盟する秋のリーグ戦に関心が集まった。


 南大は春のリーグ戦は三位だった。


 新キャプテン水野を中心に、大沢、暮林、力丸そして二刀流の西崎が打ちまくった。


 打線は新生南大のポテンシャルの高さを徐々に見せ始めていた。


 そんな中、和倉や俺を失い、手薄となった投手陣をひとりで引っ張ったのが、杉村裕海だった。


 165センチにも満たない小さなカラダで、130キロ程度のフォーシームを丁寧にコースぎりぎりに投げて、ひとつひとつアウトを積み重ねていく真摯な姿は、南洋市民の心を一気に掴んだようだ。


 俺はスタンドから、もう一度スコアボードを見上げてスタメンを確認した。


 1番 サード   力丸

 2番 セカンド  桜町

 3番 センター  暮林

 4番 ショート  西崎

 5番 キャッチャー大沢

 6番 ファースト 東山

 7番 ライト   柱木

 8番 レフト   島

 9番 ピッチャー 杉村


 開幕戦でいきなり水野が怪我をした。


 脇腹に死球を受け、肋骨にひびが入った。 


 控えのショートも、体調を崩していた。


 深町監督は、体調が万全でない選手は絶対に試合に出さない。


 逆に万全でさえあれば、どのポジションでも気軽に使おうとする。


“ みんな同じようなトレーニングをしてるんだから内野も外野もないだろう ? ”


 そう言って、左投げなのにセカンドやショートを守らせたりするくらい、ポジションには無頓着だった。


 昨日は大沢がショートに入っていた。

 それは驚かなかった。

 あいつはどこでもこなす。

 ピッチャーだって出来そうな気がする。


  ・・・しかし西崎とは


 西崎のショートには驚いたが、スタメンに北校の仲間が全員入っているのには、特別な感情がこみ上げた。


 ・・・みんな大したもんだ


 初回、先頭バッターが外角低目のツーシームを引っ掛けた。


 いきなりのショートゴロ。

 三遊間寄りだ。


 西崎は大して、足を動かさず打球を待っている。


 ・・・動き悪過ぎ


  ・・・えっ !


 打球を受ける直前、前にワンステップして逆シングルでボールを掴むと、ノーステップで一塁に山なり送球。


 十分に間に合った。


 ・・・


 初回、打球は全部三遊間だった。


 ひとつは力丸が鬼のような強肩を見せ、もう二つは西崎が悪魔のような、手首と肘の柔らかさを見せた。


 ・・・あいつ


 ・・・水野より上手いかも 

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