深町監督

 深町監督はむっくりと立ち上がった。


  ・・・山が動いた


 本当にそう見えた。


「打撃練習めー」


 山がバッティングケージに向かって、そう言うと乱入者に近づいて行った。


 ムキムキした胸板と二の腕を強調させているボディーガード役の二人が、わずかに怯んだのがわかった。


 ・・・迫力


 とにかく威圧感のある男だった。


 背丈は俺くらいで、それほど太っているわけではないが、身体の厚みが凄い。


 監督が三人の前に立った。


「 お前、何様のつもりだ 」


 中川会長がいきなり怒鳴った。


 会長を守ろうと前に出たボディーガードを、押しのけるようにして、中川会長が監督の前に出た。


 キャプテンの祖父と言っても、結構若々しい親父だった。


 声にも本物の迫力がある。


 若い頃は建設現場で怒鳴りまくっていたのかも知れない。


「 うちの友哉をマウンドにあげさせないって、どういう・・・」


「おじいさん。危ないよ」


 ・・・お、おじい


「なんだあ ! 」


 会長の右に立つおっさんがドスを効かせた。


 普通の人間なら、結構ビビるような暴力的な声。


「部外者がいきなりグランドに入ったら駄目だ」


 ・・・そこ ?


 監督の真剣口調に、会長が不気味に目を細めた。


「なんだ、こら ! 」


 右のおっさんが威嚇するように、トーンを下げた。


 ・・・ヤーサンかよ


「あなたたちが付いていながら、どうしてこんな危険なところに、老人を立ち入らせるんです」


「老人たぁ、お前、誰に向かって・・・」


「うるさい ! 硬球がどれだけ危険か、分からんか !」


「何をほざいて・・・」


「出て行け !」


 監督は堂々としていた。


 さっきから一度も大きな声は出していないが、明らかに相手を圧倒していた。


 目はずっと会長の目を捉えている。


 


「もういい」


 会長は監督の目を見たまま、嗄れた声を出した。


「ずいぶんと立派な態度だ。クビにするのは惜しいくらいにな」


会長はそう言うと、お供の二人を促してグランドを去って行った。


「打撃練習、始めていいぞ」


  深町監督は何事も無かったように、バッティングケージに声をかけると、再び大沢の背中に馬乗りになった。


 大沢はマットレスの上で熟睡しているようだった。

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