右の下村、左の和倉

 リリースの瞬間、縫い目にかけた人差し指と中指を柔らかく“ 切る ”。

 ストレートと同じように、腕をしっかりと縦に振り切る。


 “ 切る ”


 その力加減が掴めてきた。

 高校の時からヒロにしつこく言われて来た。

 鋭く曲げようとして強く切るほど、曲がらなくなる。

 それを補おうとして、リリースポイントが左に流れ出す。

 そうしてピッチングフォームを崩して、ストレートの制球までがおかしくなる。


 いつの頃からか、スライダーを投げる時に少しでもリリースポイントの横振りが見られると大沢が受けてくれなくなった。


“ 今日はやめよう ”


 俺は大沢のその言葉がトラウマになった。

 スライダーは曲がらなくても、縦に切る。

 おかげで身体に染み付いてしまった。


 おそらく全力で投げればストレートは145キロを超えている。

 そしてスライダーもそれに近い球速が出ている感触がある。

 何せ俺のスライダーは一部の人間しか受ける事が出来なかった。

 大沢、ヒロ、和倉、そして何故か西崎。


 西崎は監督や先輩たちと罵り合いながらも、時々サボりながらも、不思議と練習には来ていた。


 そして、受け手の少なくなった俺の高速スライダーを簡単に受けてくれた。


“ こんな球、どうやったら投げれんだ ”


 そう言いながら、真剣に俺の真似をして投げる西崎のスライダーも充分威力のあるボールだった。


 ・・・ピッチャーが本職なのか ?


 よく分からない男だった。

 あまり真剣に投げない。

 真剣に投げたら、とんでもない剛球が出てきそうなピッチングフォームをしていた。



 東京六大学、東都六大学、そして王者、名峰大のいる九州六大学。

 そんなトップリーグと比べると、レベルの劣る東海リーグ。

 南洋大はそこで最下位争いを繰り広げていた。


 ・・・勿体無い


 水野のプレーは、そのひと言に尽きた。

 特に守備。

 おそらくプロに行ってもトップクラス。

 守備範囲が異常に広い。

 周りのレベルが低いだけに、それが余計に目を引いた。

 水野の守備エリアはサード、セカンドだけでなく外野の三ポジションにまで及んでいた。 



 一年間の我慢。

 孤軍奮闘する水野は、一年たちのモチベーションになり続けていた。

 そして俺も一年の仲間たちに、いち目置かれる存在になっていた。


“ 右の下村、左の和倉。俺たちの時代の左右のエース ”


 そんな風に言われるようになっていた。


 和倉成亮わくらしげあき

 

 東京ドリームスターズ、そして侍ジャパンのエースに君臨する男。


 この時の俺は、そんな男のライバル気取りだった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る