計り知れないダメージ
金田監督の〝 一年は体力作りのみ 〟の偏った方針に、俺が西崎ほど反感を持たなかったのは、和倉と競い合う事に夢中になっていたからだった。
試合で投げられない不満もあるにはあったが、それなりに充実した毎日を送っていたのだ。
左右の違いこそあったが、その時の俺と和倉はまさに好敵手と言えた。
球速は俺のほうが勝っていたが、球質は明らかに和倉の方が優れていた。
そして二人の意識は、スピードよりコントロール重視で一致していた。
そこはヒロや大沢に無条件で影響されていたのだろう。
俺はスライダーを、和倉はスプリットをウイニングボールとして習得しつつある時期でもあった。
そしてお互いのウイニングボールを教えあうことで、投球の幅を広げる事に夢中になっていたのだ。
実は和倉は俺よりひとつ年上だった。
和倉成亮は名古屋の名門、中京大中京高校の出身だった。
中京大中京とは二年の秋、東海リーグトーナメントの初戦で対戦している。
大沢が三打席連続ホームラン。
俺が何とか完投して4-3で勝った試合だった。
この時、和倉はベンチ入りもしておらず、スタンドで観戦していたらしい。
和倉は高一の冬、自転車通学の途中で交通事故に遭い、大腿骨骨折の重傷を負っていた。
長期の入院生活で授業が受けられない為に、二年に進級出来なかったのだ。
和倉は四年間の高校生活を送っている。
高校生活はリハビリ、下半身強化、そしてひらすら走り続ける日々だったらしい。
三年の春にやっとマウンドに復活し、最後の夏の大会で、三番手の投手として三イニング投げたのみだったと言う。
失った青春を取り戻すべく、名古屋六大学の強豪校へ進もうとしていた和倉を、南洋大に誘った人物がいた。
ホワイトベアーズ伝説のスカウトマン。
強豪、南洋大を築いた陰の仕掛人。
和倉は石神の誘いに対して、南洋行きを即断していた。
大沢秋時も杉村裕海も南洋大に行く。
それを知ったからだ。
南洋北高の勝てば甲子園の愛工大名電戦。
延長十五回。
和倉はあの試合に魅了された。
スタンドで見ていたのだ。
魅かれたのは、大沢の打撃やヒロの投球ではなく、小学生のように野球を楽しむ二人の姿だったと言った。
“ あいつらと一緒にやりたい ”
和倉も悪戯っ子の仲間になりたかったようだ。
大学一年の春の東海リーグ。
南洋大は七チーム中、四位の結果だった。
これは南洋大がリーグ参加以来、最高成績だと言う。
水野様様と言ったところか。
水野は一人で、得点の大半を叩き出し、守備では幾度となく失点を防いでいた。
打率三位、本塁打三位、打点二位、盗塁一位、そして一年にしてベストナイン。
まさに水野伝説の序章といった様相だった。
「中川ら今の主力は三年だから、このチームはまだまだ強くなるぞ」
金田監督はわざとらしいほど、見当違いの盛り上がりを見せていた。
しかし、と言うか案の定と言うか、秋のリーグ戦が始まると南洋大は連敗を重ねた。
水野がまったく勝負して貰えなくなったのだ。
各校が敬遠攻めを徹底し始めた。
塁に出た水野は走りまくった。
しかし、ホームは遠かった。
得点力はガタ落ち。
この時、見るに見かねた和倉が遂に動いた。
監督に直訴したのだ。
「大沢を試合に出すべきです。そして自分と下村をマウンドに立たせて下さい」と。
しかし、金田監督は一切、耳を貸さなかった。
“ まあ、そう焦るな ” のひと言でお終いだった。
そんな時、島が潰滅的な情報を仕入れて来てしまった。
“ 中川キャプテン中心のチーム ”の真相。
五年前、神戸アスレチックスを自由契約となった金田監督を、南洋大に招いた人物こそが、大学父母会の役員である中川工務店の社長、中川潔。
中川キャプテンの祖父である。
要するに、金持ちのバカジジイが孫可愛さのあまり、エースで四番打者という“ おもちゃ ” を買い与えていたわけだ。
金田監督にセカンドキャリアの道を与え、その上ポケットマネーで特別ボーナスまで出していたと言う話だった。
・・・アホくさ
と、呆れるだけでは済まない熱血漢がいた。
結果的にこの情報は、俺たちに計り知れないダメージをもたらした事になる。
「俺だけ逃げ出して、済まない。だがもう・・・限界だった」
目に涙を溜め、俺にひたすら頭を下げて、ライバルは南洋大学から去って行った。
和倉成亮は“ 一年間の我慢 ”が出来ず中京大学へ転学してしまったのだった。
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