業務怠慢の極み

 無責任な殿様が、月見酒を楽しもうが、嘘、デタラメ、隠蔽づくしの警察発表をしようが、それらはすべて、警察側のモラルの問題。

 それは単なる〝警察の不祥事〟であり、被害者側から見れば、不祥事があっても無くても、警察発表が嘘だろうが真実であろうが、どうでもいい話ではないだろうか。  

 どちらにしろ新川奈実さんの地獄の9年2か月は消えない。

 

 俺は週刊誌のスクープを読んでも、新川奈実さんとその家族に対して、ただただ申し訳ないと言う思いしかなかった。

 確かに自分の所属する県警に対して、恥ずかしい、情けない、見苦しいという思いはあったが、所詮マスコミのお祭り騒ぎだ、と言う思いの方が先に立った。

 しかし、スクープ第三弾の内容に、そんな冷めた思いを完全に吹き飛ばされたのだった。

  

 それは奈実ちゃんが行方不明になった段階での、警察の捜査ミスを暴いたものだった。

 

 中村康市は、本事件を起こす一年前に、阪巻市内で本件とは別の9歳少女に対する強制わいせつ未遂で現行犯逮捕され、懲役1年・執行猶予3年の有罪判決を受けていたのだ。

 中村康市は執行猶予中に、奈実ちゃんの拉致に及んだわけである。


 しかし、奈実ちゃんが拉致され行方不明となった際、別の少女に対する強制わいせつ未遂事件の前科を持つ中村康市は、捜査対象に入っていなかった。

 普通なら素人でも疑う状況にありながら、阪巻警察署は中村康市を捜査リストに入れてもいなかった。

 それは阪巻署が中村康市の犯歴データを、県警本部に送信していなかったことが原因であった。

 

 怒りしかなかった。

 

 お粗末過ぎる。


 

〝 普通なら、かなり早期の段階で被害者を発見出来た事件だった 〟


 まさに業務怠慢の極み。


 

 相次いで発覚した県警の不祥事は国会でも取り上げられ、野党からの攻撃は苛烈を極めた。警察庁は「検証チーム」を静岡県警に派遣し、幹部および署員らに対する事情聴取を行った。

 その結果を「緊急調査結果」として発表し、一連の不祥事の事実関係を認定した。

 

 翌日、本部長が会見を開き、「まず、被害者と両親に9年間救出できなかったことを深くおわび申し上げたい」と前置きした上で、

 少女の発見・保護状況で虚偽の発表をした。

 性犯罪歴のあった男が少女の不明時に捜査対象とならなかった。

 5年前に男の母親が多花丘署に相談に来た際の相談簿を紛失した。

 少女を発見・保護した保健所職員からの出動要請を拒否した。

 9年2カ月の間、巡回連絡で被疑者宅を3回訪れていたにも関わらず不審情報を得られなかった。

 という5点について正式に謝罪した。


 静岡県警は全国民から猛烈なバッシングを受けた。

 実際、巡回中のパトカーに石が投げつけられたり、県警本部の窓ガラスを割られたり、猫の死骸を敷地内に投げ込まれるような事件も続発していた。

 捜査業務にも支障をきたした。市民が警察に非協力的、聞き込みでまったく話を聞いてもらえない有様だった。

 

 県警関係者は顔を上げて道を歩く事さえ出来ない。

 俺も肩身の狭い生活が永遠に続くかと思った。



 しかし、すぐこの後に北信越大震災、現職大臣の猥褻疑惑、トップアイドルの暴力事件、国民的女優の結婚など〝 大事件 〟が続発。

 マスコミはいつまでも〝 静岡 〟に人手を割く余裕がなくなって来た。

 騒ぎは一気に終焉を迎えたのだった。


 月見酒事件は、史上初の警察庁長官の懲戒処分を筆頭に、多くの警察幹部に重い処分が下された。

 

 警察幹部に対する〝 怒りと失望 〟は大きかったが、この時の俺には所詮、全てが雲の上の出来事としか思えなかった。

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