エピローグ

洸真実咲

 社交パーティの事件は、謎のテロ組織の凶行として表の社会に公表された。

 そして、桐生啓介の死後、桐生ホールディングスはみるみる衰退していった。

 株価が下がり、抱き込んでいた会社を切り捨て、また株価が下がり、子会社をまた切り捨てた。

 まるで崩落する城が如く。桐生ホールディングスは表の社会から消えていった。


 だが実態は違った。


 桐生啓介の代わりに、桐生香澄美が社長となり、わざと表の社会を切り捨て、裏社会へとどんどん進出していったのだった。


 裏社会の企業や組織を抱きこみ、そして資金を湯水の如く使い、ソーサリーメテオに反旗を翻した。


 裏社会に進出した桐生ホールディングスは、あらゆる手段を使い、情報を集め、ソーサリーメテオのチームを三つも討ち取り、また二回の襲撃を撃退し、結果、五チームも壊滅させた。


 桐生ホールディングスは、確実にソーサリーメテオにダメージを与えていた。

 それが、約三ヶ月の間の事だった。


 そして――


 海の側にある、桐生家の別荘地。

 堂々と正面から入り、出入り口を開ける。


 爆発。


 扉を開けた瞬間、大爆発が起こった。

 まるで進入してくることを待っていたかのように、別荘の正面玄関は粉々に吹き飛んだ。


「…………」


 爆発物の気配は、地の能力で察知していた。

 瞬時に黒刀をひし形の盾の形状にして、爆発に何とか耐える。

 形状を元の刀に戻し、建物の中へ入った。


 正面にある大きな階段。そして一直線に鎮座する両開きのドア。


 そして、敵。


「やっぱりあんなチープなトラップじゃあ無理だって」

「ふふふ、さすがソーサリーメテオね」

「賞金賞金、ゲットゲット」

「一人しかいないの? 残念ね」

「分け前はどうしましょうかしら」


「…………」


 相手は全員女性の五人。


 まばらで統率の取れていない装備と武器……傭兵の類か。


「さあて、私たちと遊びま――」


 ドシュッ!


 黒刀を瞬時に伸ばして、しゃべりだしていた女傭兵の一人、その喉元を貫いた。

 すぐに引き戻し、今度は黒刀を鞭のようにしならせて、周囲の敵を切り刻む。


「え、えっ? えええ!」


 最後に残った一人が、辺りを見回して困惑する。

 俺はその女傭兵に近づいた。


「ひっ!」


 活発そうでまだ若い女傭兵は、尻餅をついて震え上がっていた。


「ちょっとまってちょっとまって! 私たち、お金で雇われただけだから! もう危害は加えないから! 何もしないで逃げるから、命だけは!」


 俺はゆっくり、黒刀を振り上げた。


「嘘! 嘘でしょ! ねえ! なんでもするから! 冗談よね!! もう戦う意思はないから!」


 無言で、黒刀を一気に振り下ろした。


 ――ザンッ



 階段を上り、目の前に聳え立つ扉を、両手を使ってこじ開けた。

 そして室内。ベランダに、純白のドレスを着た女性。実咲が青空を見上げていた。

 彼女がくるりと振り返る。


「いらっしゃい、麻人。怪我の調子はどう?」


「治癒の能力者がいたからな、もう治っている。……と言っても、渋ってなかなか治してもらえなかったがな」


「そう……こっちは残念な事があったわ、私にずっとつき従ってくれた、水村さん。自殺……自決してしまったわ」


 実咲がベランダから室内に入り、くるりと回った。

 ドレスのスカートがふわりと浮き上がり、優雅に揺らぐ。


「でも、ねえ麻人。私ってすごいでしょ?」


 くすくすと笑いながら、実咲は続けた。


「五チームよ。あなたたちの構成員。ソーサリーメテオのチームを五つも壊滅させたの。これで私も立派な人殺しね」

「だが、自分の手ではないのだろう?」

「同じことよ。私が命じて動かしたんだから」

「…………」


 彼女は、壊れていた。

 その姿は陽気で、明るく。優雅で、酷く美しかった。


「さあ、チームセイバーのセイバー1.麻人。このままだとどんどんあなたの組織のメンバーを潰して回るわよ。ソーサリーメテオって、よほど恨まれてるらしいわね。ソーサリーメテオを潰すためならって、出資者がたくさん集まってきているわ。もう裏社会で桐生の名が挙がるのも、時間の問題ね」


「ああ、そうだな……」

「じゃあ、あなたはどうする?」


「やることは、一つだ」


「ふうん。もっと選択肢があると思うんだけどなあ。たとえば、ソーサリーメテオを裏切って、私のところに来るとか? どうかしら?」


 俺は首を振って、否定した。


「そっか、残念。麻人の力は、本当にすごいのにね」


 俺は、静かに黒刀を水平にして構えた。


「うん、やっぱりそうなのね。……いいわ。来て」


 実咲が、両腕を広げた。

 俺は疾走する。実咲に向かって。


 そして――


 俺の黒刀が実咲の胸を、心臓を貫いた。

 実咲が、一度体をびくつかせ、血を吐いた。


「これで、これでいいの……」


 俺が黒刀を引き抜くと、実咲は俺に抱きついて首に両腕を回した。


「洸真実咲は、もう五年前に死んだの。そして今、桐生香澄美も死んだ」


 ぼたぼたぼたと、彼女の心臓から鮮血が流れ落ちる。


「ねえ麻人、キス、してくれる?」

「ああ……」


 そっと静かに、俺たちは唇を重ねた。


 顔を離すと、彼女はにこりと笑った。


「これで、洸真実咲も、桐生香澄美も死んだ。……私は何者でもなくなった。でもね、私は死んでも、あなたの心の中に、永遠に生き続ける。もうこうすることでしか、あなたと一つになれないの」


「…………」


「愛する人を殺した。その咎を、あなたは一生背負い続けるの、あなたの心に、そうして私は生き続ける。素晴らしいでしょ?」


「ああ……」


 黒刀を落として、俺は死に逝く実咲を強く抱いた。


「これは遺言、になるのかしら? もう、思い残すことは、あなたと一緒になることだけ。また会いましょう。麻人、あなたの心の中で……」


「ああ、また会おう」


 そして彼女が息を引き取るまで、強く抱きしめ続けた。

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