ショータイム #2

「はあ……はあ……くそッ」

 ひっくり返ったテーブルの陰に隠れて黒鬼の気配を探る。


 黒鬼も、同じようにひっくり返ったテーブルの陰に隠れて身構えている。

 周囲には銃を構えた男達が凉平を狙っていた。上の方、二階分の高さまで吹きぬけているホール。二階にも数人が銃を構えてこちらを見ている。


 光の能力で姿を消す奇襲は黒鬼に知られている為、大した効果は望めない。それに右の腿をやられた。血が止まらない。姿を消しても滴る血で分かってしまう。


「奴を倒せても次が周りに控えている……四面楚歌ってか、クソッ」


 気配からして、ちょうど向かいの倒れたテーブルにいるようだ。距離も把握した。


 ――よし、少し難しいが、やってみるか。


 銃を持っていない片方の掌を、黒鬼のいる方向とは逆方向へ突き出す。


「光の螺旋――」


 掌から光が生まれ輝きだす。


「刃の奇跡、鋭光矢(シャープアロー)」


 手の光が弾け無数の光条が放たれると、その光の光熱波たちが軌道を百八十度方向を変え、多方向に発散してから一点、黒鬼の隠れている場所へ襲い掛かった。


 連続する光の爆裂。無数の白い光熱波が、黒鬼の居る場所へと突き刺さり、テーブルや床の破片が熱波と共に飛び散る。


 ここからではよく見えないが、エネルギーの余波か流れ弾にあったのか、周りを取り囲んでいる人間の悲鳴やどよめきが聞こえる。


「ッ!」


 凉平がその場を横っ飛びに転がる。


 一瞬前までいた場所にいくつもの火花が散った。


「くっ」


 床に伏したままごろごろと転がる、それを追うように銃弾の火花が散る。

 弾切れになったのか、追撃がやむと素早く立ち上がり発砲の出所を見る、別のテーブルを盾に隠れている黒鬼がいた。サブマシンガンの弾倉を素早く取り替えて銃口をこちらに向けた。


「ちっ、外したか」


 光熱波を放った先には既に黒鬼はいなかったのだ。おそらく、詠唱中に別の場所へと移動したのだろう。


 タイミングが悪かったのか。それとも――


「それは言葉を発しないと使えないようだな」


 相手もおそらくとっさの判断だったのだろう。戦闘中に会話でもない言葉が出れば気にもなる。しかしそれだけで正しい判断と行動を起こすとは。


「やるね、オタク」


「俺にも場数があるんでな。その不可思議な力、何なのかは分からんが少し威力のある銃器となんら変わりはないな」


「なら」


 銃をタキシードの中にしまい、両手を左右に広げる。


「させん」


 黒鬼のサブマシンガンが火を噴いた。体勢を低くしてそれを横に飛ぶように避ける。


 凉平の両手が輝きだした。


「うらぁ!」


 その輝く両手を突き出す。タイミングを計った黒鬼が銃を撃つのを止め今度は横っ飛びに転がる。

 しかし何も襲ってこなかった。黒鬼が素早く起き上がる。


 ――よし、騙せた。


 掛け声は黒鬼へのフェイクだった。黒鬼は自分の周囲を見渡し。


「なに?」


 黒鬼が疑問符をもらす。室内一杯に数え切れないほどの無数の光の玉が浮かんでいた。

 光の玉発生源は両の腕を広げて立っている凉平の掌からだ、水が流れるようにどんどん光の玉が生まれては室内を満たしていく。

「これならどうだ」


 掌から光の玉が生まれるのが止むと、凉平は全ての光の球に命じる――


「流れる星は炎の如く……」


 言葉に合わせるように光の球たちが強く輝きだし室内を眩しくも熱い、白い光で満たす。


「流星斬!(シューティングセイバー)」


 全ての光の球が細い矢に変形し、凉平の叫びと共に黒鬼を全方位から襲い掛かる。


 ドドドドドドドドドド――


 鋭光矢よりも一発の威力は弱いが、回避不可能の光の矢が床を撃ち抜くかというほどの激震を起こす。


 光の大嵐が止んで、あたりが静まり返る。

 しんと静まり返り、爆発の煙がゆっくりと晴れていく。


「…………っ!」


 凉平は内心驚愕した。黒鬼がまだそこに立っていた。


「耐え抜いただと!」


「これで終わりか?」


 両腕を顔の前でクロスして、黒いスーツを見る影もないほどにぼろぼろにした黒鬼がそう呟いた。つっとこめかみから血が流れる。


「大技の割にはたいしたことは無かったな」


 黒鬼が腕を下ろして腰の後ろにしまったサブマシンガンを改めて取り出した。


 普通の人間ならば、嵐のような多方向からの熱エネルギーの爆発で全身の骨が砕けるほどの威力はあったはずなのだが。腿を撃たれた時の傷で集中力がそがれ、完全な威力を発揮できなかったために、この男にはたいしたダメージを与えられなかったようだ。


「俺は……」


 不意に、黒鬼が呟く。

「俺は人を守る為にボディガードをやっている。お前らのような奴らから護る為に」


「へえ……そいつは立派な心構えだな。別にテメェの過去になんざ興味無いぜ?」

 精一杯に強がって返事をする。


「どんな奴だろうと、助けてくれといってくる奴は俺が守る……それが俺の誇りだ!」


 それを聞くとどうしても鼻で笑ってしまう。


「へっ、どんな奴でもか……体のデカイ奴は心が広いって言うけど、テメェは即身仏並みだな」


 タキシードの中から銃を取り出す。もう大きな呪文を放つ余裕がない。腿の傷も血が流れすぎた。集中力がもうもたない。


「お前の誇りは何だ? 戦う上での誇りは?」


「はん、そんなものはねぇよ。とっくの昔に失くしちまったぜ!」


 サブマシンガンのグリップを、黒鬼が握り直す。


「誇りのない戦いをする下郎が……俺は大嫌いだ!」


 腰を落として、構える。


「そうかい、それは良かったゼ!」


 走り出すと、黒鬼が構えた。


 サブマシンガンが火を吹いた。痛みをこらえながら素早いステップでかわしつつ凉平が距離を詰めていく。


 黒鬼が横に走った。距離を取るためだ。だがすぐに弾が切れた。空になった弾倉を外して新しいのと取り替えようとするが、それを見逃さない。取り出した新しい弾倉めがけてデザートイーグルが吼える。


 チュィン!


「!」


 新しい弾倉が光の弾丸に弾かれて宙を舞った。


 ――一気に距離を詰める。!


 至近距離まで近づいて発砲。それを黒鬼がタイミングを計り、体を回転させて紙一重で避けた、そのままの勢いを利用して回し蹴りを放ってきた。


「くっ」


 大木に等しい黒鬼の足、その蹴りを腕でガードして受ける。吹っ飛ばされて倒れないように足で踏ん張った。


「ッ!」


 右腿に激痛が走る。一方の黒鬼は新しい弾倉を装填してすかさず発砲。


 パパパパパパパパ――


「ぐうっ!」


 左の脚に銃弾の雨が命中して足に力符が入らなくなり、体勢が崩れる。それを黒鬼が素早くこちらの首を掴んで持ち上げた。


「お前に手加減は命取りだったな」

 持ち上げた俺胸に、サブマシンガンの銃口を向けた。


「戦いに誇りをもてない下衆が……これで終わりだ」


「俺、には……」

 凉平が呻くような声を上げる。

「ほこ…り………なんてものは無え」

 両足から血がポタポタと流れる。

「だから……俺は……くために……勝つのは、俺だ」

「否、それは俺だ。死ね」


 黒鬼がトリガを引く。


 銃弾の雨が胸板を貫通して、背中から弾丸と一緒に鮮血が噴き出た。

 激痛を超える激しい衝撃に、頭が真っ白になった。


「がぁは!」


 連射を止めると、タキシードが自分の血で包まれ、ぼたぼたと床に血溜りを作っていた。


「……フン」


 とどめを刺したと言わんばかりに黒鬼が俺を投げ捨てようとして……。


 ギリギリで残っていた意識を集中させる。


「あるのは…い…きる…それ、だけ…だ」


 最後の言葉を言うと同時に、ゴプッと口から鮮血が吐き出でた。


 デザートイーグルで一発。それだけの力を、黒鬼の額にこすりつけるようにして、


「テメェ、が……先に…死ね」


 パァンッ


 ――奴の方が先に死んだから、俺の勝ちだよな?


 天井にぶら下がったシャンデリアの光を見つめる。意識が消えそうな中、なぜか子供の頃TVで見たフランダースの犬を思い出した。


 ――確か、光の中から天使達が降りてきて……。


 痛みは感じない、代わりにどうしようもない眠気がやってきた。


 ――ネロとパトラッシュを空へ連れて行くんだよな……。


 まぶたが重くなって、シャンデリアの光がいっそうぼやけていく。


 ――今眠ったら、降りてくる天使が見れなくなる……。


 何気なく、自分の血だらけの胸に掌を置いた。

我ながら苦笑する。ここで終りかs……。 


 紗耶香、お前はいつもこうやって強く笑っていたな。俺も、今はお前みたいに強くなれたのかな? ……死なせてしまった、守れなかったことを、許してくれるのかな?

 

 いつも俺を守ってくれた彼女はもういない、もうどこにもいないんだ。


 だがアイツには居る。守っていくべきもの、俺が死んでしまった心を、あいつは持っている。アイツはまだ死んでなんかいない。俺の死んでしまった心の遺志を継いで欲しい……。


「テメエは、俺のように……なるんじゃ……ねえぞ……」


 からだが冷えていくのを感じつつ、だんだん意識がかすれていく。ゆっくりとまぶたがおりて来て眠りにつこうとして。


 最後の視界の中に、真上に小さな缶のようなものが飛んで来た。


 炸裂音がして、まぶたを閉じても眩しく感じる強い光が、体をジリジリと焼く。誰かが側にやってきた。


「まだ生きているか! 返事をしろ!」


 耳元で怒鳴り声がする。「ああ」と、呻こうとするが声が出なくて唇を動かすだけだった。


「間に合うか! 完全回復!(ライフセイビング)」


 次に来た感覚は、温かく優しい感覚。眠気が消えて体中がじんわりと体温を取り戻していくのが分かる。痛みもなくなり、意識も戻っていく。目を開けると、そこには仮面をつけたアックス1、誠一郎がこちらの顔を覗き込んでいた。


「……ギリギリセーフだな」


 起き上がって体を探った。穴の開いたタキシードからは健康的な肌が見えている。


「これは……?」

「これが俺の能力、治癒の能力だ」


 治癒の能力者。こんな今にも死に体の姿でも、ここまで回復させられるのか。


「……また死に損なったのか」


 安心と、残念な気持ちの混ざる。


「ああそうだな……」

「おしかったなぁ」


 その俺の言葉に、誠一郎が少し不機嫌そうな、何かを思い出して辛そうな顔をする。


「俺は、大切なものを失うのは、もう御免なんだ」

 最後の言葉だけ、静かに力強い口調だった。

「……そうか」


 二人で立ち上がって周囲を見渡す。閃光弾の効力が切れてきた、数名が強い発光にやられて苦悶の声を上げているが、状況は変わらない。


「さてどうするかね、俺の光の能力なら姿を消せるが。こうきっちりと包囲されていると逃げられないな」


 どう切り抜けるか考えあぐねていると、不意にくぐもった爆音と微震が伝わってきた。


「……そうでもないようだ」


 上の階で爆発。爆煙と共に何かが回転しながら俺たちの前に降り立った。

「へえ、待たせてたようだな」

 綺麗に着地したアックス2、シュウジが立ち上がって辺りを見渡す。


「いいや、グッドタイミングだアックス2。頼むぞ」

「おう、俺様から離れるなよ、巻き添えくうことになるぜ」

 シュウジが両手を胸の高さにまで持ってくる。バチリと紫電が迸って雷球が生まれた。


「雷の能力者」

「ああ」

 生み出した雷球を、頭上に持ち上げ。


「唸る雷鳴――」

 雷球が強く輝きだす。

「轟く雷光――」

 球が弾けて巨大な雷の奔流が上へと向かって走る。

「くらいな!雷爆嵐(!サンダーストーム)」


 上昇した雷が弾けて、何本もの雷が降り注ぐ。荒れ狂う閃光と、暴れまわる爆音、雨のような雷撃が全てを吹き飛ばす。


「へへへ……」


 雷の暴風が過ぎ去って、辺りが真っ暗になる。シャンデリアの照明も吹き飛ばしたのであちこちから火花が散っていた。


「すげぇ……」


 あまりの威力に素直に感嘆する。


「長居は無用! 次へ行くぜ」

 快活なシュウジの言葉。


「もう数も半分以上は減っただろう。分散して蹴散らすぞ」


 誠一郎の言葉に、俺は力強く応えた。


「おう!」


   ――――――――――


「はあっ!」

 襲い掛かる銃弾をものともせず。黒刀で敵を切り捨てながら疾走する。


 きついな……。


 目の前の相手を逆袈裟で切り伏して、角を曲がって突っ走る。


「こっちです!」


 客室のドアが開いている。そこから実咲の付き人だった老人、水村が呼んでいた。

 滑り込むように部屋に入り、水村がドアを閉める。


「大丈夫でございますか?」

「ああ、なんとかな」


 水村が銃を持っているのに気付く、警戒しつつ室内の気配を探る……二人だけらしい。


「私が外の者達を誘導します。その隙に屋上へ向かって下さい、おそらくヘリポートで実咲様が待っています」


 実咲がヘリポートへ……実咲を迎えにヘリが来れば、また離れ離れに……。


「ご老人、何故そこまでしてくれるんだ?」


 水村を警戒の目で射る。だが水村はそれに動じることも無く答えた。


「私は、あのお方と出会ってから今までずっと、お側でお仕えしておりました」


 まっすぐに、水村が麻人の目を見て。


「なぜ、あなた様の妹、実咲様が我が主の啓介様の妹として暮らしているのか。全てを話しましょう。あれは、あなた様一家が巻き込まれたハイジャック事件の時です」


 まるで決心をしたかのように、水村は話し出した。


「その飛行機の中に啓介様の妹、香澄美様も同乗しておりました。そして事件が起こり、挙句の果てに墜落したと聞いた時、香澄美様を溺愛していた啓介様は、あまりのショックに気が狂ってしまいました。 そして独自で五度にもわたる散策を行いました……ですが香澄美様は見つからず。救出できたのはわずか三名。後一人は、帰還する前に衰弱死してしまいました……そして二人のうち一人があなたの妹、実咲様でした」


 ぞじて、水村の表情に影が差した。 


「気の狂っていた啓介様は、既に妹の見分けすらつかず、実咲様を、実の妹の香澄美様と思い込んでしまったのです。聞けば、実咲様は自分以外の家族を失い絶望の念に駆られていました。気の毒に思った私は葉桐家の養子に出来ないかと、啓介様のお父上の清介様に話を持ちかけ、了解を得ました。そして実咲様もそれを受け入れてくれたのです」


「そんな事があったのか」


「ですが啓介様は実咲様を香澄美様とでしか見ず。皆が実咲と呼ぶことに対して激しく怒り、最後には実咲様は香澄美様と名を変えて、今まで香澄美様を演じてきたのです」


「そうだったのか……」


「はい、その後私はあなた様が救出されたとの情報を知り、独自にあなた様の行方を捜しました。ですが救出された事以外の情報は分からないままでした……当たり前でしょう、ソーサリーメテオの者になっていたとは」


「ソーサリーメテオを知っているのか」


「啓介様は裏社会の実力者になられるつもりです、そして私はそれに仕えるものです。名前くらいなら」


「そうか……」


「全ては実咲様を養子に引き取ろうと考えた私の責任なのです……こんなことを言える立場ではありませんが、実咲様をお助けください。できれば啓介様も……」


「だが……答えてくれ。俺はソーサリーメテオで、多くの人間を暗殺してきた。そんな俺が、実咲の側にいる資格があるのか……」


 ずっと、考えていた想い。家族を奪った復讐と言いつつ、多くの人間を殺してきた


 俺が、実咲の前に現れていいのか。殺人鬼となった俺が……。むしろ、死んだままでいたほうが実咲は新しい暮らしを受け入れることが出来たのではないか……。


「……あなた様は先ほどの実咲様の安心するような顔を見ましたか?」

 不意にあの顔を思い出して、はっとする。


「実咲様はきっとあなた様を求めています。そしてあなた様も実咲様を求めておられる。会えない理由などどこにもございません」


 実咲は俺を見て、生きていてくれたことを喜んでくれた。


「それだけで、もう十分なのではありませんか?」


 この水村も、自分の起こした事を悔やんでいるのだろう。例えそれが初めは善意だとしても……死んだ人間を演じることになって、本当の自分を押し込まれて、実咲は今までどんな想いでいたのだろう……家族を失った悲しみと、そんな姿をさせることとなり何年も見続けてきたこの老人の気持ちは……。


「……実咲は俺が助け出す。絶対に」


 俺は、この気持ちに答えなければならない。いや、出来るのはきっと俺だけだ。


「その意気でございます」


   ――――――――――


「香澄美! どこだ!」


 ボディガードを引き連れて、廊下を走り回る。


「啓介様! あまり焦らないでください!」

「分かっている。香澄美!」


 ガガガガガガガガガガ――


 走りを止めて、振り向く。


 さっきまで後について着てきた、獣人に変身できるボディガードたちが人の姿のまま絶命して倒れていった。


「いくら強化されていようと。変身する前に倒せばあっけないな」


 現れたのは、大型の銃器をベルトで肩にかけた、仮面の男。


「お前達か! お前達がこんなことをしたのか!」

「そうだ」


 なんの感情も無い、だがはっきりとした声で仮面の男が断言した。


「桐生啓介。最重要抹殺対象」

「……くっ」


 歯噛みする。動けば即座にやられるだろう。


「だが残念だ。お前と決着をつけるのは、俺ではないんだ」


 ――スッ


 足音すら聞こえない歩行速度で、一気に目の前に現れた仮面の男。

 こちらの頭を無造作に掴んだ。


「離せ!! このぉ!」

「だがセイバー1と決着素させる前に、お前の頭を治しておこう」


 頭がギリギリと締め付けられる。


 そして仮面の男は。一言呪文を発した。


「体内調整(キュア)」

「な……」


 なんだ、頭が、体中がかき混ぜられるような感覚。だが不快ではない。むしろ清々しいほどの――


 そこで意識が暗転し、体が倒れた。

「これでよし、か」

 それが聞こえた、仮面の男の最後の言葉だった。


 …………。

 ……。


「……お兄様? お兄様!」


 気がつくと、知らない女性がお兄様と言って、俺の手を握っていた。

 何をされた? 頭がくらくらする。


「良かった、死んでしまっていたのかと思いました。お兄様」

「…………」

「お兄様?」


 女性がこちらの顔を除きこんでいる。

 ああ、そうだ。そうだったんだ……。


「早くここから逃げましょう、屋上のヘリポートへ」

「ああ、そうだな」


 起き上がり、桐生啓介は女性の握る手を強く握り返した。


「行こう」


 ああ、分かったんだ。思い出したんだ。

 全てを――

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