死人
私はどこにいるのだろう?
私は私のはずなのに……名前を読んでくれる相手も家族もどこにもいない。
兄がいたはずだった、少し内向的だが真面目で優しかった兄が……。
しかしもういない、どこにもいない。実の父も、血は繋がってはいないがやっとできた義理の母親も。
あの時助けてくれた、引き取ってくれたあの人は私を香澄美と呼ぶ。
あの人の本当の妹の名前なのだが、それは私ではない……。
あの人を愛することも、愛に応えることも、しようと思えばすることができた。心が弱くもあるが優しい人だ。頻繁に、愛撫してくるその掌も、言葉も、キスも、柔らかく温かい。だけどあの人は私を香澄美と呼ぶ。
あの人は仕事から帰ってくると毎晩のように私を抱く。あの人は実の妹ともこんなことをいつもしていたのだろうか? あの人は香澄美と何度も呼びながら、酔いしれそうな快感と熱い抱擁で私を包む。しかしあの人がどんなに熱くなっても私の中は冷たいままだった。
あの人が抱いているのは私ではなく妹の香澄美だ。
この熱さも、キスも、抱擁も、気持ちも、全部は亡くなった妹に向けられている。
じゃあ今あの人と体を交えている物は何なのだろう?
私は一体何なのだろう?
死んだ人間はもう戻ってこない。壊れたものは二度と元へは戻らない……。
何も残らず失って、新しく用意されていたものは私のものではない。私ではない。
私はどこへ行ってしまったのだろう?
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