暴走
精神がボロボロになろうと俺は、立て続けに入る任務に参加せざるを得なかった。
「まてぇ! エキドナヘルの聖剣を返せ!」
後方から複数の怒鳴り声と足音が追って来る。
「ったく。テロ用の猛毒ガスが聖剣だなんて、冗談が過ぎるぜ!」
隣で走る凉平が愚痴を漏らす。自分は右手に銀のアタッシュケースを持っていた。
港の倉庫密集地帯で、裏社会の邪教集団。エキドナヘル教の信者達との逃走劇が繰り広げられている。
猛毒ガスの入った金属の筒を3つほど納めたケースを持って走る。と、T字路に差し掛かった。
「……くそっ!」
毒づく。左右の道から武装した信者が挟み撃ちでやってきた。背後からも追って来た信者が――。
「正面の壁は倉庫か」
凉平にケースを渡すと、コートの袖から黒刀を取り出す。
「はっ!」
気合の声と共に黒刃がコンクリートの壁に切れ目を入れていく。
「セイバー2!」
「あいよっと」
こちらの合図を待っていたかのように、凉平が自分の掌から光を生み出す。
「ウラァ!」
掌から眩しく輝く光のエネルギーを、切れ目の入った壁に叩き込む。
爆発。
掌の光が膨らみ、壁を吹き飛ばした。
「行くぞ」
倉庫の中へと入る。真っ暗で良く見えないが、巨大な木箱や幾つもの麻袋が山の様に積み重なっていた。
後ろから銃声。
「!」
凉平との間に銃弾が通過する。信者達も入ってきた。
「分かれるぞ」
合図で二手に別れた。
「アイツだ! アッチの奴が聖剣を持ってるぞ!」
信者の一人の声で、凉平に銃口が集中する。
「撃てー!」
銃弾の雨が凉平を襲う。それを素早いステップでかわして――
「セイバー1っ!」
かなり無理な体勢でこちらに向けてケースを投げる。案の定すっぽ抜けて、あらぬ方向へとケースが飛んでいく。信者達の注意も宙に舞うケースに行く。
舌打ちして飛んでいくケースを追いかけた。勢いをつけて跳躍。
ドンッ
「っ!」
ケースのキャッチに成功したが、置いてあった木箱に激突してしまった。視界の悪さに室内の把握が出来なかったようだ。叩きつけられたように地面に倒れる――
「逃がすかよっ!」
叫ぶような声が聞こえた。視線を移せば新たに入ってきた信者が膝立てに座り、長い筒のようなものを肩に担いで構えていた。対戦車ロケット砲。それはこちらに向けられていた。
「セイバー1!」
直撃したら、ケースも粉々になってしまう。
凉平が銃を取り出してロケット砲を構えている信者に発砲する。信者の肩に命中。
バシュウ――
ロケット砲は発射され、頭上の木箱に向かう。
爆発。
熱波と衝撃波が荒れ狂い、室内が茜色に染まる。
――――――――――
燃えている。炎の海が視界一杯に広がる――
炎が機内を真紅に染めていく。爆発音と高熱のジリジリとした熱波、悲鳴、犯人たちの追い詰められて狂った笑い声、崩壊していく飛行機、次々と飛行機の裂け目から人が外へ放り出されていく。藁おも掴む気持ちで俺は手近な物に捕まって荒れ狂う突風に耐える。
聞き覚えのある悲鳴がした。
実咲!
手を伸ばす! 届かない! 外へ放り出された実咲が遠く離れて――
「うあああああぁぁぁぁぁぁ―――」
炎の中で頭を抱えて絶叫した。
――――――――――
「どうした、セイバー1」
麻人へ駆け寄ろうとして、足元で火花が散った。立ち止まる。
自分達の作った入り口に新手の信者達がいた。こちらにそれぞれが持った火器の銃
口を向けて自分達を囲むように展開する。中には三人程、対戦車ロケット砲を構えていた。
「何処の誰かは知らないが、いい加減にして貰おうか」
信者達の中に、教祖の遠山大門がいた。横目で麻人を見やる。絶叫こそ挙げていないものの、膝立ちになってケースを抱きながら肩を震わせていた。
今の状態では助けも無理だろう。
「お前達に裁きを下す」
遠山大門が片手を上げた。信者達の殺気がこちらに集中する。
炎は室内全体に広がって息苦しい。だが、汗ばんで濡れた頬を冷ますように、ゴウっと突風のような風が撫でた。下から上へ。
こんなとこで、こんなにも強い上昇気流……。
「う、うわあぁ――」
何気なく天井を見上げた信者の一人が悲鳴を上げた。遠山も信者達も、俺も天井を見上げる。そこには――
「………うわぁ…」
呻くような声を漏らす。心なし引いた。
天井では赤く輝く巨大な大蛇、ブレイクの火炎龍が天井ギリギリのところで宙をうねっていた。しかも室内に広がった炎を龍が吸い上げている。火炎龍が炎を喰らっていたのだ。
全ての炎を吸い上げた龍がその頭を遠山と周辺の信者達に向ける。
炎の龍の頭上に乗っている黒いトレンチコートの大男。ブレイクが、たった今吸い終わった煙草の吸殻を指で弾いて捨てていた。
「……返すぜ」
ブレイクの声で、火炎龍が口を大きく開け、吸い上げた炎を遠山達に向かって吐き出す。
「う、うああああああ――」
火炎が直撃。三つの対戦車ロケット砲が引火して暴発すると、大爆発を起こして遠山と信者達が消し飛んだ。文字通り、跡形も無く。
しばし呆然としていた残る信者達、だがいち早く我に返った残りの信者の一人が叫んだ。
「よくも大門様を!」
その一言で他の信者達も次々に我に返った。
「なんとしてでも聖剣を取り戻せ!」
火炎龍の炎を逃れた信者達が口々に叫ぶ。普通、中心人物が撃破されれば全体の士気や戦意は失ったも同じなのだが……人数にしてまだ十余人。
『我が神エキドナヘルの為に!』
残りの信者達が吼えて、銃器を手に一斉に構えた。
狂気に彩られた眼光と銃口が、俺と火炎龍に乗った上空のブレイクに向けられる。
はっとして気付いた。
「セイバー1!」
遅かった、未だうずくまっている麻人に目を向けると、既に後頭部に銃口を押し付けられて四人の信者に囲まれていた。その中の一人が麻人の抱えているケースに手を伸ばして奪い取った。その時――
ズドンッ
突然の音だった、他の信者達もその音と光景を見て唖然とする。びちゃっ、と粘っこい液体が落ちる音、一拍遅れてしんと静まり返った室内に響いた。
沈黙が続くにつれ、視線の先にいる麻人の周りに血の水溜りが広がっていく。牙のようにそそり立った巨大な石の槍が、麻人たちを囲っていた全員を下方から垂直に貫いたのだ。四人とも、股間から頭部までが串刺しになっている。
くちゃり……幽鬼が揺らぐようにゆっくりと立ち上がる麻人の足音がする。異様な気配。四人の信者を貫き、未だ広がる血の池の上を歩いて石の林から出てくる。手には濡れるような光沢を見せる黒刀を携えていた。
一番近い信者の一人に、麻人が頭を向ける。対する信者がはっとして、手に持った銃のトリガを引こうとして――。
ザンッ
銃を持った両腕だけが、赤い軌跡を描いて宙を舞った。
残像を残すような速度で麻人が信者の懐へ踏み込んで、両手で構えた銃をその腕で斬断したのだ。
悲鳴を上げさせる隙も無く
ザンッ
続けて肩から腰まで斜めの大降り。
ザンザン――
逆袈裟に信者を切り裂くと胴へ横一文字に、そして最後に首を切り飛ばした。
ばらばらになった信者がぐちゃりという音と共に地面に転がる。
「うっ」
吐き気を覚えて口を押さえた。麻人はたった今滅多切りにした残骸を踏みつけ、骸に残った体液を搾り出すようにぐりぐりと足で踏みつける。暗さで表情は見えないが……笑っているような気がした。
「てめえ!」
その怒声で、他の信者達が一斉に麻人へと銃を向けた。銃声の嵐が麻人を襲う。
が、銃弾は麻人まで届かなかった。
音も無く、静かに素早く、麻人の足元から長方形の石版が彼を囲うように数枚出現する。けたたましくもかん高い音を響かせて銃弾の集中豪雨を受け止めた。
全員が発砲を止めた。これ以上は弾の無駄遣いだと思ったのではなく、異変に気付いたからだ。足元が、地面が微振動している。
それは次第に大きくなり、大気を通じて振動音をその場の全員の耳にまで届かせた。
ピシリ
地面がヒビ割れる。無規則にひびが入っているわけではない。蜘蛛の巣のような放射状で、その中心には麻人が居た。
メキッメキメキメキメキ――
砕けた地面が麻人を中心に巻き上がっていく。
突然、誰かが凉平の首の後ろを掴んだ。
「うわっ」
つい情けない声を上げて、見れば背後でブレイクが火炎龍の上から身を乗り出して掴み上げようとしていた。
「乗れ、死ぬぞ」
それはまるで、雄たけびのような破壊音だった。天井ギリギリまで昇った火炎龍の上で、眼下の光景を見ていた。
信者達の断末魔の悲鳴。切り裂かれ、潰されて飛び散る血飛沫、頭、手足、臓物。
瓦礫が飛び交う黒い嵐の中を、発狂する麻人が次々と信者達に切りかかっていた……いや、切り刻んでいた。獣のような雄叫びを上げて……。
地獄絵図、そう思うしかなかった。今の凉平の目からは麻人が黒い獣のように見える。肉を切り裂き、引きちぎり、握り潰し、それを快楽のように酔いしれて、黒い嵐の中を激しく飛び回るその姿は……。
「うっ」
こんな過酷な様子は、見ていて吐き気がする。
「まったく……」
ブレイクがぼやくような口調で、新たにタバコを取り出して火をつけた。
「面倒なことを起こすな……お前達は駒だ、ただの捨て駒だ。代わりならいくらでもいる。お前達が生きたいのならば自分の手で生き抜け」
なぜ、今そんなことを俺に言うのだろうか? そんなことが頭をよぎりつつも、目下の麻人の狂乱に目が話せないでいた。
麻人が全ての骸を粉々にして終わらせても、凉平は込み上げてくる胃の中身と凍えるような寒気を必死になって堪えなければならなかった。
――――――――――
なぜだろう、手がこんなに赤いのは。俺が昔に望んでいたことは、抱いていた気持ちはドコへ行ったのだろう……。
温かい家庭に憧れ、愛する者と共に居ることを想い……そして奪われた。悪を憎み、密かにこんな思いを誰にもさせてはいけないと、自分へ言い訳のように聞かせ続け、戦い続けて……死ぬことなど、セイバー1の名を与えられてから今まで恐れたことはなかった。死ぬまで、俺は悪を斬り続けると心に決めていたハズなのに――
決して崩れない、揺るがない輝かしい栄光が欲しかったわけじゃない。豊かな富が欲しかったわけでもない。ただ……温かい、寂しさを感じることの無い、みんなが居る家族があって欲しかっただけなのに……。
なぜ俺の周囲は今、こんなに赤いのだろう……。
血生臭く赤黒い瓦礫の中で、膝を折った。
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