闇を駆る狩人(後)
「くそっ! 何で開かないんだ!」
ドアノブを乱暴に何度もひねろうとするが、ガチャガチャと音がなるだけで開くことは無かった。非常口と書かれた看板が、不気味に緑の明かりを放つ。その真下のドアは、その名の役目を果たすため、内側からなら常に開けることができるはずだった。
「何で非常時にまでセキュリティがかかってんだよ!」
焦りに堪え切れなくなった部下が、ドアに蹴りを入れる。この非常口の向こう側には階段があった。だがドアは開口を頑なに拒否している。
「きっとセキュリティを弄られているんだ……安全対策が裏目に出たね」
「な、なら別の所からっ!」
「うろたえるなっ!」
焦る部下を竜也が一喝する。
「おそらくさっきの黒い奴には仲間がいる。ここまで手の込んだことは一人だけでは到底できないからだ。そしてこれは明らかに計画的なもの……どの出口にも細工がしてあるだろう。逃げることは不可能だ……どこかで奴らの仲間が待ち伏せていると思う」
「つまりワシらは自分の城に閉じ込められた……」
コクリ、と竜也が父の指摘に頷く。そして社長室から脱出する際に持ってきた日本刀を顔の前にまで持ってきて、笑みを溢す。
その動作で、あの黒い男とまだ見ぬその仲間等との戦闘の意を表す。
カツ……カツ……。
「ホラ、おいでなさったよ……」
暗く、先の見えぬ廊下から硬いブーツの鳴らす足音がやってくる。歩行音からして一人のようだ。その、静かでゆっくりとした不気味に思える足音を聴きながら、竜也が二人の前に出る。
ドゴゥン……。
そう遠くない場所。自分達の居た社長室の方向からくぐもった爆発音が微震と一緒に聞こえてきた。だがそんなことに気を向けることが出来ない。
足音が近づくたび、喉の奥が冷たい感じが来て、息が苦しくなる。四肢が固まって凍りついたようだ。
少しでも気を抜けば、即座にこの感覚に呑まれて、体から力を吸い取られてしまいそう……。これが本物の殺気!
竜也にとっては剣道の試合や、無力な人間をいたぶるだけでは知ることの無い感覚。
初めての感覚に気圧されそうになりながらも、頭の中が冷静でいられるのは自分でも不思議だった……さっきのレザースーツの男ではない。だが奴等はやろうと思えばやれるのではないか?
姿を消せるのなら、音も無く襲い掛かることも。相手に気づかれないように命を奪うことも……。
「プレッシャーか、悪くない」
竜也にそんなひらめきが頭をかすめると、唇の端が苦笑で歪んだ。
「面白い……」
相手はこちら側に恐怖という重圧を与えている。生き物は恐怖に負けると、冷静な判断すらできなくなり、大体の人間はパニックを起こす。
それはにとっては絶好の獲物――。奴らは俺達を追い込むことを楽しんでいるのか。
実際に後ろの、たった一人残った部下が震え、歯をカチカチと鳴らしている……。
コイツも後で殺そう――と、おもう竜也。
主を守れぬ犬に生きる価値は無い。
今、非常口の看板が放つ緑の光が、黒一色に統一された男を照らし出した。
それと同時に足音も止まる。
「だが、相手が悪かったな」
相手の姿を見て、心の中で勝ち誇る。
現れたのは明らかに男性の体格だった。前をきっちりと閉め、膝下まで覆う黒いコート。見た目から生地は薄く、動きやすくするためかコートの二の腕部分と腰周りが細い。かわりに袖口が広く作られていて、両手には黒い手袋、手には何も持っていない。
レザースーツの男と同様、目と髪以外の露出は見当たらな――
「うあぁぁぁぁーーっ!」
突然背後から、最後の一人になった部下が自分を越えて、黒いコートの男の前へ飛び出した。緊張の糸が切れて恐怖に負けたのだ。
部下が黒いコートの男の正面に立つと、両手で銃を持ち、腰を落として構える。黒コートの男も同時に反応して、素早く片手を突き出して手の平を部下に向ける。
銃声は……無かった。
ただ分かったのは、男の突き出した腕の、コートの袖口から何かが飛び出して、次の瞬間に部下の首の真ん中辺りから貫通して鮮血が吹き出た事ぐらいだった。
竜也は部下の真後ろにいたために、自分のスチールグレイのスーツに鮮血がべったりとへばりつく。
廊下にむっと血生臭いにおいが広がった。
銃声がしなかったので、銃で部下がやられたわけではないようだ。すでに命を失った部下の死体が、がっくりと膝から床に崩れた。
それを見ず、まっすぐにこちらに視線を向けたまま、黒いコートの男がゆっくりと突き出した腕を下ろす。
「武器はコートの中か……」
部下の死を見ても、動揺は無かった。後ろにいる父、十蔵は「ひい」と小さい悲鳴を漏らしたが、そんなことよりも――。
「いいねいいね。面白い……」
殺し合い。体の内から高ぶる高揚を抑えながら、ゆっくりと手に持っていた檜の鞘から銀に閃く刃を抜刀する。
数歩前に出ると、竜也は床に倒れている部下の死体を蹴り飛ばして廊下の隅へと転がす。
黒いコートの男、セイバー1も動いた。
先ほど突き出した腕の袖口、そこにもう片方の手を入れる。
「へえ……」
セイバー1のコートの袖口からスラリとした刃が出現した……黒い、いや、光沢を持った闇色の刀身。まるで刀の形をした闇色の宝石に見える。魅入られてしまいそうだ。
どうやってそんな長いものが袖の中に入っていたのは知らないが……セイバー1は漆黒の刃の切っ先を竜也の喉に、正面に構える。正眼の構えだ。
それを見て、自分の刀を頭上の高さにまで持ち上げた。左手で握った刀の柄を、額の真上に持ってきて、構える。上段の構え。
緊迫していく空気の中、頭の中で今の状況と相手の取る行動を推理し、予想する。
ここはビルの廊下、左右には十分に動くほどの余裕は無い。奴が仕掛けるなら正面からしかない……。だが正面から来れば、僕の間合いに入ってきたとたん大振りの刃が降りかかる。そして奴が僕に攻撃できる箇所は、持ち上げた腕、胴、下半身。そこで腕と下半身は狙いに来ないだろうと予想できる。一撃では仕留められないからだ。こちらは大降りの一撃がある。だから相手の方も、一撃狙いで来なければ勝てない……・
上段に構えた柄を握り直す。
セイバー1の方はピクリとも動かない。
自分よりも素早く動くか、集中が途切れる隙を突くかをして、竜也に胴へ一撃を決めればセイバー1の勝ちだ。
だが今は、スーツの中に特注で作った防弾防刃チョッキを着込んでいる。そこいらの拳銃はおろか、マシンガンの雨にも軽々と耐える特別製だ。刃物にも耐性が十分ある
セイバー1の殺気に負けぬように、竜也も気迫で押し返すように睨み返す。
気と気のぶつかり合い。静寂。
………………。
先に動いたのはセイバー1の方。時間にして瞬き一回分――。
予想通り、セイバー1は胴を狙う。竜也のスーツに刃が食い込み、切り払った。そのまま脇を抜けて交差する。
自分の大振りは一瞬遅く、誰もいない目の前を縦一文字に空を切った。
そして背後にいるセイバー1に素早く向き直り、背中を切り捨てる。
――ハズだった。
ブシュウゥゥゥゥゥ――
破裂するような血の吹き出る音がした。スチールグレイのスーツの胸から腰にかけて、斜め一直線に刀傷が入っている。そこから鮮血が勢いよく吹き出たのだ。
あまりの驚きに力が抜けて、手から刀が落ちた。それを拾おうとせず、胸をまさぐる。
正直何が起こったのかわからなかった。セイバー1の刃は、防弾チョッキごと自分を切り払った、ただそのことを理解できなかった。したくなかった。
自分の手の平を見つめる。暖かい血が、両手にべっとりとついていた。
「あれぇ……おか……しい…な」
力が、意識が、ゆっくりと消えていく……。
――――――――――――
「セイバー1よりAヘ、目標(ターゲット)の一人を抹殺(デリート)。もう一人は逃走した」
「A了解。問題は無い」
――――――――――――
通信を終えて、ふと足元を見る。抹殺を終えた標的の一人がうつ伏せに絶命している。
「防具に頼り、自分の力を過信しすぎるからだ」
そのぽつりと言った一言は、とてもつまらないと言った口調。
セイバー1は、竜也が上段の構えを取った時、即座にスーツの中に防具が仕込んであることを読んでいた。
あからさまに胴への攻撃を誘っているのだから。冷静に竜也の行動を観察すれば相手が胴への攻撃に耐えるほどの何かがあることぐらい簡単に読める。
だが、それに対してまったくの問題は無かった。実際にチョッキごと体を切り捨てたのだから。
彼には鉱物、金属などの硬さや柔らかさなど関係なく切る事ができるた。
刀をコートの袖口に差し込んで、出した時と逆の動作で収める。
丁度、小型無線機から通信が入り、次の命令が出された――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます