第138話 よろこびのまい

 ペイトンやゼルシュにアリヤ達、オレグ始めとするケンタウロス達に加えて、更にオーガの女性達が新たに鉱石の武器を手に浮かれている様を見て、悔しそうにしているオークとミノタウロスからの次の武器の要望を聞き流しつつワインを味わっていると隣に二人の女性がやってきた。


「ホリ様」

「ウタノハ、ラルバも。どうしたの?」


 彼女達は傍までやってくると、そのまま静かに頭を下げてきた。

「一族の代表として武器を賜れた事のお礼を、と思いまして。フフ、皆のこれ以上ない程に元気な、喜んでいる声が聞こえてきます。ありがとうございます」

「ホリ様、ありがとうございました。我らオーガ、更なる忠誠を……」

「あー、ラルバ? そういう畏まったのは無しで。それに、お礼ならペイトン達に言った方が良いかもよ? 『作った武器全部よこせ』とか言ってたらこうはならなかったんだし」


 ペイトン達はまだ戻ってこない。

 ゼルシュはびゅんびゅんと尻尾と武器を振り回しているし、オレグもまだ小刻みに震えてぷるぷるしているし、中でも一番酷い様子のペイトンに至ってはパメラの膝枕で武器を抱きしめるようにして眠りこけている。


 今日感想を聞かせてもらえれば、と思っていたけど難しそうだなというのがちらりと見ただけでもよくわかった。

 武器の事はまた後日、聞くとしようかな。


 ラルバはそれを聞いて口元に皴を寄せ、とても嬉しそうな表情で深く一度頷いてきた。

「わかりました。それでもホリ様、これだけは言わせて頂きたい。ありがとうございます。先程スライム殿が新しい料理を作ってらしたので今お持ちしますね」

「ありがとう、ラルバも程々に楽しんでね」


 ええ、と軽く頷いてゆっくりと歩き始めた彼女を見送り、それと入れ替わるようにやってきた金髪と金の尾を持ったラミアの女性。

 先日まであった体のあちこちに見られた生傷のような物も無く、元気そうだ。

「ここはいつもこうなのか? 騒がしいな」

「ええ、まぁ。事あるごとにこうして酒宴をやってますよ。他のラミアの方もそうですが、うるさいようなら拠点の中へ……」


 彼女は周囲を一度見渡して俺やウタノハ、アナスタシアのすぐ傍へと座り言葉を遮るように首を横に振ってきた。


 見ればその手にはビーフジャーキーとワイン。何だかんだ言いながらしっかりと楽しんでいるようではある。

「いや、我らは穴倉の奥で静かに暮らしているのが常だったからな。あの女王が取り仕切るようになってからは特に。だから、他の同族達もこの新鮮な空気を楽しんでいるようだ」

「それならよかったです」


 彼女はどうやら燻製のお肉が好きなようで、一度噛り付いてからずっともごもごとやっている。初めて見た時や、それ以降の対応から冷たい印象を受けていたが、今は普通に笑顔でもごもごしている。


「シャミエさん、ホリ様に何か言いたい事がある筈でしょう?」

「うん? ……ああ、そうだった。すまない」


 ウタノハがそう切り出すと、シャミエと呼ばれたラミアの女性が持っていた物を横に置いて静かに頭を下げてきた。


 一体どうしたんだろうか?

 暫くそうして、宴会の騒がしさが遠くの物に思えるような沈黙の時間が続いた後にゆっくりと顔を上げた彼女にじっと見つめられる。


「まず謝罪をさせて頂きたい。我らの種族の問題を、この拠点に押し付けた事を申し訳なく思う。すまない」

「んっと……? どういう事……?」


 突然シャミエが切り出してきた言葉の意味が分からず、隣にいるウタノハやアナスタシアに問いかけてみると静かに野菜料理と酒を味わっていたアナスタシアが応えてくれた。


「ホリ、そいつはな? 私達を利用したんだ。ホリ達が対峙した例の女王を殺す為にな」

「その通り。我ら、少なくとも私ではあの女王を殺す事が出来なかった。だから、ここにいる者達の力を利用させてもらった」


 そこから彼女は、ぽつりぽつりとあのおっさんのようなラミアの女王との因縁のような物を話し始めた。


「以前に話をさせて貰った時に、『本来の』我らの女王をヤツに喰われたと話したのを覚えているだろうか?」

「ああ、はい。確か、戦争の時の留守を狙われたとか何とか……?」


 以前に話をした時に聞かされた内容を言うと、彼女は深く頷き自嘲するように笑った。

「そう、身重だった我らの母は喰われた。腹の中にいた子も、腹を裂かれ喰われたらしい。我々はヤツの手足となっている間、反逆を企てていたが相手にすらならないのは明白だった。私自身、アノ女王に畏怖もしていた。ヤツはまず……」


 震える拳を抑えつけ、一つ一つをゆっくりと語る彼女とそれを静かに聞いている両サイドの女性陣。真正面にいる女性のつらつらと話す話の内容の重さと、すぐ傍で馬鹿騒ぎしている拠点の住人の温度差が酷い。俺もあっちに混ざりたい。


「……そうして、親や仲間を殺された恨みが常に心に影を落としながらも日々を何とか過ごしていたそんな時、変わった連中を見つけた。そいつらはゴブリンと……、まさかの人間。そして、その者達を我らが殺したと報復に来た更に多くの種族達」


 ラミア独特の眼光を向けられ、真面目な話を続けさせられる。ああ、ワインの味がわからなくなるくらいの重苦しい空気が辛い! あと報復措置は俺の知らないところで決まった事なんだけども!


「我らでは足元にも及ばない戦力を有した集団が躍起になって我らを潰そうとしている。これは魔王様が我ら……、いや、私に復讐の機会をくれているのだと思う程だった」

「そこでコイツは私達に目をつけた。捕まっていた時に少しずつ情報を出して、極自然に巣の場所を教え、挑発する事で私達を煽り戦わせる腹積もりだったらしいが……」

「ラヴィーニアさん達によって想定よりも早くそうなって、内心かなり焦っていたようですよ」

「へえ……」


 告げられる内容にどう答えていいものか、と頭を悩ませていると目の前の女性はその内容に居たたまれない心境なのか苦虫を噛み潰したような表情のまま、またも頭を下げている。うーん……。


「どうして今更になってそんな事を言う気になったんですか?」

「私、そして同族の者達がこれから世話になる。これまでの事は水に流そうと言ってもらえた上に、亜人達に謝罪を受け入れて貰えたとはいえ、それでも私達に対して言いたい事、蟠りのような物があるのは当然だとも思う。それだけの事をしていた自覚もある」


 堰を切ったように話す彼女、強い意志を感じさせる眼力。こういう時美人は得だな。アナスタシアなどもそうだが、こちらが何かを言おうと思ってもそれすら黙らせるような圧が凄い。


「亜人達に謝罪をし、一番酷い扱いを受けたであろう狐人の少女にまで赦され……。それでも、いや、だからこそ、自身のしてきた画策やここの者達を利用した事、そして同族を売った事実に私が悩んでいた時、『そういった気持ちも何もかも全て正直に話した方が良い』と彼女が言ってくれたのだ」


 彼女は視線を横に移し、俺の横にいるオーガをじっと見つめた。

 ワインの入ったカップを両手で持ち、自身の事を話していると察した彼女は口元を緩めて一度頷いた。


「フフ、ここに住むなら自分に正直に生きた方が何かと楽しいと思いまして。ホリ様が人里に向かった日の夜に、彼女やアナスタシアさん、ラヴィーニアさんやレイさんといった女性陣と小さな宴を開いて話を聞かせてもらったんです」

「何その女子会、何か怖いな……」

「フフッ、女子会か。確かに、ホリには聞かせられない話ばかりしていたような気もするな」


 野菜料理を粗方完食して今はワインを飲んでいるアナスタシアも話に加わり、その時を振り返っているのか楽し気に微笑む俺の両サイドに居るケンタウロスとオーガ、そして真正面にいるラミアと。


 俺がいない一日、二日で女性陣は随分と仲良くなったのだろうか? 


「その時に参加していた者達に口々に言われたよ、出会い方はどうであれこれから出来うる限り貴方の力になり、より多くの楽しい事を見つける事が大事なのだと」

「出会い方はどうであれ……、か。それもそうだね、アナスタシアには出会い頭に蹴り飛ばされて首根っこ掴んで投げ飛ばされたり」

「うぐっ」


 あれは痛かった……。確か、パッサンGの影響で体がズタボロの時に出会ったんだったなぁ。隣でワインを楽しんでいたアナスタシアは何やら咽てしまっている。


「ウタノハの時はオーガに襲撃されて、もしかしたら拠点最大の危機だったし」

「うっ」


 胸を押さえそっぽを向いてしまったウタノハ、彼女の時は襲撃してきたオーガに頑張って作った排水の桟橋が壊されたり、誰にも死んでほしくないから寝る間を惜しんで鉱石の防具を作ったりしたっけ……。


「他にも大概敵視されてたしなぁ……。大なり小なり、出会い方は碌でもないからね俺とここに住んでる人達。まともな出会いはアリヤ達とスライム君と……、ゼルシュくらいかなぁ」


 ペイトンから始まって各種族関係無く出会った時に怖い思いや怪我してるからなぁ俺。どれも一歩間違えたら死んでいる、という状況ばかりだしポッドがいなかったらとっくに死んでいるであろう自分の境遇を思うと何故だか、ワインの味が少ししょっぱくなってきた。


「ほ、ホリ? 昔の事を、き、気にしてはいけないぞ?」

「ホリ様、か、過去を振り返るのは止めましょう?」


 優しくされると尚のことその事実が心を打ち、見上げた星空は少し滲んで見える。今日はあの老木に優しくしよう。そうだ、滋養強壮にペトラの薬草丸薬を根元にいっぱい埋めてあげよう。


「『何でも貪欲に楽しんでいける者がでは勝つ』と彼女達が告げてきた言葉に救われたような気がした。死んだ者達の為にもそうするべきだと。

 だから私も、正直に貴方に懺悔しようと思ったのだ」


 慌てふためく両サイドのケンタウロスとオーガを見て、少しだけ表情を緩めた彼女の表情はグスタールに出向いた日に見せてくれた時と同じように、何か憑き物が取れたような晴れやかな笑顔。

 まぁ、自分が納得出来ているならそれはそれでいいんだろう。とやかく言うのも間違っている。


「まぁ、俺から貴方に何かを課して罪を償え! とか言うつもりはないです。亜人達や、他の住人達からの信頼も貴方達の手で勝ち取るしかないでしょうし。あ、ただ女性のリザードマン達と揉めるのは無しで! リザードマンを纏めているト・ルースにはもう話はつけてあるんで!」


 最低限俺から言えるのはそれくらい。それでも、白い髪と尾を持ったラミアと話しているマリエンとコーヌを眺めていると、あまり問題は無さそうではある。

「ああ、約束しよう。信用などまだないに等しいだろうが、信じて欲しい。我らには我らに出来る事で報いていく。……改めて、これからよろしく頼む」


 彼女と最後に握手をして小難しい話が終わった事にほっと一息ついていると、ラミアの女性はウタノハの隣に座り一緒にワインを楽しみ始め、笑顔でまたもごもごとビーフジャーキーを楽しんでいる時に「そういえば」と彼女が話しかけてきた。


「先程貴方が見せてくれた炎の魔法は見事だったな。私は貴方が全く戦闘が出来ないと思っていたが、あれほどの魔法が使えるとはな」


 彼女の出した話題に食いつくアナスタシアも、そして気付けば他にも数名のケンタウロスやオーガ達がやってきて興味深げに頷いている。

「ああ、それね……。うーん、何といえばいいのか」

「私もそれは気になっていた。シャミエ、ホリはあんな魔法使えない筈だ。新たに購入してきた道具か何かでも使ったのかと思っていたが違うのか?」


 説明しろと言われても原理とかは詳しい事知らないし、上手く行けば儲けものくらいのつもりでやってみただけだからなぁ……。


「私は直接見た訳ではありませんが……、オラトリやうちの子達が話している内容を聞いている限りでは相当な物だったとか。もう、危険な事はしないで下さいね?」

「危険っていうか……、うーん。そうだな、これから先拠点で製粉作業をしたりする時に何かのタメになるかもしれないし、説明しておこうか。あれはね、粉塵爆発っていう現象だよ」


 聞き慣れない単語に首を傾げているアナスタシアやウタノハ、シャミエを筆頭に近くでお酒を楽しんでいた人達も続々とやってきた。

 彼らは多分、俺達が面倒な話をしているのが聞こえたからあえて近寄って来なかったのだろう。無用な気遣いをしてくれよって……!


「これ、何かわかる? 使ったのはこれだけだよ」

「これは粉……? 小麦粉、か?」


 鞄の中から出した大きな袋、中にはたっぷりと小麦粉が入っている。

 アナスタシアが手に取って指で確かめるようにして出してきた解答に頷くと、益々わからんという表情でこちらを見つめてきた。

「実際に見せた方が早いかもしれないけど、ちょっと危ないからこの場から少し離れようか。ポッド達が燃えちゃう。ウタノハ、ちょっと待っててね」

「はい、わかりました。ホリ様、充分に気をつけて」


 皿に山のように盛った小麦粉を準備していると、噂が噂を呼ぶようにまたも集まり出してきた住人達。先程よりもお酒が回り、全体的に声がデカい。

 更に珍しい事に、今日はアリヤ達がかなりゴキゲンになっていて俺の傍に顔の血色が良い状態でご陽気にやってきた。


「オッ、ナンダナンダ!?」

「ホリ様、ナニスルノ!?」

「ちょっとした実験、かな? これからの生活で、皆が怪我をしないように気をつけようって意味を込めてね」


 今日は風もそれほど吹いていない。皿に山のように盛った小麦粉を準備して、他にも焚き火などの準備を手伝ってくれた俺の隣のアリヤ達に一つ質問を投げてみた。

「それじゃあアリヤ、ベル、シー、この皿に盛った小麦粉に火を近づけるとどうなると思う?」

「ンット、燃エル?」

「燃エナイ?」


 二人はシーに首を傾げてそう問いかけると、シーが代表して首を横に振った。

 どうやら彼女は燃えないという事を分かっているようだ。


「シーの言う通り、この皿に盛った状態の小麦粉に火を近づけても、この通り、燃え盛るような事はないんだ」

「ウン」

「燃エナイデスネ」


 指から出ている小さな火種を皿に盛り付けた小麦粉に近づけても何も起こらないというのをアリヤ達に見せると、彼女達は頷いて確認をしてくれる。


「ちょっと離れててね。上手くいくかは分からないけど……」


 安全な場所までアリヤ達を下がらせ、皿に盛ってある小麦粉を思い切り、全力で勢い良くすぐ側にある焚き火に撒き散らしてみる。

 そうして散らした小麦粉によって、大きな火柱が上がると隣のアリヤ達や見物人がどよめいた。

「オォッ!」

「爆発シタァ!」

「上手くいってよかった……、今見せたのがさっき虫退治の時にした事だよ。細かく説明は出来ないけど」


 ぽかんと口を開けている者、大きな火に驚いている者、キャンプファイヤー感覚で酒を呷る者、反応は様々だが注意をちゃんとしておこう。


「こんな風にね? 小麦粉が空気中に舞っている時は少しの衝撃で大きく爆発したり、炎が巻き上がったりするんだ。だからこれから、拠点で小麦粉を作る時は皆でちゃんと注意していこうね」

「ハイッ!」

「ホリ様、モウ一回! モウ一回!!」


 ピシッと手を上げて応えてくれるベルや、アンコールを求めるアリヤの頭を撫でつつ住人全体に注意を喚起すると、酒に呑まれながらも元気な返事があちこちから返ってくる。その集団の中から、一人のオークが口を開いた。

「そういえば聞いた事があります。お父さんが子供の頃、おじいちゃんと一緒に小麦を粉にしていて、おじいちゃんがくしゃみをした後に突然大きな火に巻き込まれたって。全身チリチリになったって言ってましたよ」

「そうそう、種族によっては大変な事になるからね。もしそうなったら、全身の火傷にペトラの薬草汁を染みこませたりしないといけないから大変だよ? 皆気をつけようね」

「全身ッ……!?」

「しみこま……?!」

 ペトラの言葉にそう返すと、ラミアや狐人族以外の住人達が大きく目を見開いてこちらへ視線をぶつけてくる中、一人のオークがやる気を見せるように手を握り締めて気合を入れている。


「そうですね! そういう時の為にもっと幅広く薬を用意しなきゃ!」


 彼女の元気な声と、告げられた宣告にお酒が入ってご陽気な住人達も顔を強張らせている。俺達が見守る中、更にそのオークに近寄っていくラミアの姿が……。


「ペトラは薬草の知識があるのだな。我らラミアも薬の知識には明るい、何か手伝える事がある筈だ。是非協力させてくれ」

「それなら早速明日森へ出かけて、一緒に薬草を探しましょう! よーし、頑張らなきゃ!」


 シャミエとペトラの会話の横では、頭を抱えている者達がやめてくれと言わんばかりに視線を送っているが、ペトラは勿論の事、何故か周囲のラミアもシャミエも気付いていない。


「そうだな。我らもここの一員となった餞別として、ラミア秘伝の特別強力な薬の配合を教えさせよう。かなりマズイが、その分効果は絶大なんだ」

「それは良いですね! シャミエさん達ラミアの薬の作り方も聞いて、もっと勉強しなきゃ!」


 気合を入れ合う両者、そしてそれに呼応するラミア達。先程ウタノハやアナスタシアが言っていた女子会のおかげか、彼女達も親し気なのは良い事。それはそうなのだが……流石はペトラと薬草汁、その話題だけで騒がしかった連中をぴたりと素面に戻すくらいの効力を持っている。


 そして、普段薬草汁に世話になる者ほどそのありがたい効力には文句は言えないので、やけくそとばかりに勢い良く酒を呷っていた。


 良薬は口に苦し、を地で行く彼女の薬はまた一つ進化をするのだろう。

 そして確実に被害に遭うであろう老木に手を合わせて祈っておくとするか。


「粉塵爆発と言ったか? 確かに凄まじい物だったな。一瞬とはいえ、少量の粉であのような事が引き起こせるとは。これはもしかしたら戦時にも活かせるかもしれんな……」

「まぁ、出来るかもしれないけど危ないよ。あと上手く行くのにも条件がかなりあるんだ、何より小麦粉が燃えるなんて勿体ないでしょ? だからコレで何かしようというよりはコレで事故が起きないように注意しようね」


 アナスタシアが顎に手を当てて今見せた現象に唸るように考え込んでいるが、俺としてはこの現象がもし拠点で起きて、明日からパン無しとなる方が致命的である。

 ペトラと薬草汁の話で素面に戻された影響からか、俺の言葉に強く首肯して返してくる住人達。この様子なら、製粉している場所で火災が起きる事もないだろう。


 明日、皆の酒が抜けているタイミングで改めてそういったルールを考えてもいいなーと考えていると、ペトラの隣にいたシャミエが何やら笑顔を零している。


「貴方は小麦粉が勿体ないと言いつつ、先程ゴキローチの退治にコレを使ったのか? それほど虫が嫌いなのか、それともここを荒らされるのが嫌だったのか」

「そのどちらもかな? それに虫が嫌いというよりはアイツラが嫌いなんだ。生理的に無理だ、本当に無理だ」


 俺の回答の何がおかしいのか、口元を拳で隠すようにして笑っている金髪のラミアは何かを思い出したようにポンと一つ手を叩いてきた。


「そうだ。それなら、でも作ろうか。少し特殊な薬草が必要だが、あれがあればここへ来る虫も……、ッ?!」


 さっちゅう、殺虫……、殺虫!? 

 彼女が出したワード、それに最初は理解が及ばなかったが体は反応をして、彼女の両手を強く握り締めてしまっていた。

 つい勢い余って彼女に迫るように近づいてしまった、独特な眼光と少し染まった頬が色っぽいが今はそれどころではない。


「しゃ、シャミエ! それはまさか、む、虫を殺せるのかッ!?」

「あ、あぁっ……、薬草の配合でゴキローチだけを仕留める事も可能、わっ」


 その返答、素晴らしい内容、これでこの拠点の平和が維持できるとつい感極まって彼女に抱き着いてしまった。

「ありがとう、ありがとう……。シャミエ、君が仲間になってくれて良かった……! 是非、明日から頼むぞ」

「う、うん。わかった、任せてくれ。フフ、そんなに虫が嫌いなんだな」


 しゅるりと腕を回して抱き返してきた彼女、接近した状態で見つめ合うとやはり美人。ラミアの薬学がどれ程の物かを一度聞かせてもらって、彼女達にしか出来ない事を任せてしまってもいいな。


 ああ、それにしても勢いに任せて風呂上りの、お酒が入ってほろ酔いの美人に抱き着いてしまうなんて、この後魔のつく王族に身包み剥がれても文句は言えないな。


「よし、決めたぞ! 明日は拠点全員で山菜と薬草採取をするぞ! 明日の結果次第ではまた明日も宴会するぞ、新鮮な山菜の天ぷらでな!!」


 善は急げ、と思い立った事を周囲に聞こえるように大きく叫ぶと握り拳を掲げて応えてくれる住人達。

 訳も分からないまま周りに合わせるようにしている狐人の一団や、ラミア達もそうだが既に和気藹々と話し合いを始めている。


「いやぁ、それにしてもシャミエ……、あれ?」

「ラミアなら、あっちだ」


 先程まで目の前に居た色っぽい女性は消え、眼前に広がるのはムチッとした筋肉。そして上から聞こえてきたのはイダルゴの声。

 彼が指差した方向を見ると、何故かシャミエは数名の女性に体を押さえられるように運ばれていってしまった。


 何故かは良く分からないが、とりあえず手を合わせておこう。


「よし、イダルゴ! 今日は飲もう、まだまだ野菜料理は沢山あるしな!」

「お、おう……。大丈夫か、あのラミアは?」


 彼の小さな呟きは住人達が生み出している声でかき消されて聞こえなかったが、それよりも今大事なのは殺虫団子なる新アイテムだ!

 これは忙しくなるな、と気合を入れ直すように俺はイダルゴの胸筋をパンと叩いておいた。

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