第136話 おひろめ

 ぷにぷに、ぷるぷるとした感触が顔を覆い、そろそろ新鮮な空気を取り込まないとまずいなーと考えている時に、うっすらと聞こえてきた周囲の者達の叫びが届いてくれたのか、俺の頭部はスライム君の抱擁から解放された。


 俺の身を案じてくる人達を他所に、当のスライム君はこれといった反応はないままだ。


 普段の彼からは想像も出来ないその行動に不安が尽きない、何故なら彼がそうなったキッカケは俺の持ってきたお土産なのは明白だろう。


 スライム君は今、傍で座り込んでいる俺や周囲で見守っている者達からの視線を意に介さず、ひたすら俺の渡したお土産の包丁が入った箱の横に佇み、よく見れば小さくプルっている。


 いつもならスライム君に何かを問いかけると肯定する時は跳ね、否定な時に震えるという分かりやすい反応をしているのだが、今の彼から何かを感じる事は俺には困難を極めた。


「一体どうしたんだろうか……、そんなにお土産外したかなぁ……」

「違ウヨホリ様、アレ、喜ンデルンデスヨ」

「凄イ嬉シソウダヨネ!」


 ぽつりと呟いた俺の言葉に、応えてくれたのはアリヤ達。

 彼女達はまるで自分の事のように笑顔でスライム君を見つめている。


「喜んで……るの? それじゃあ、さっき俺の顔面に飛び掛かってきたのは俺に対して苛立っていたとかではなくて……?」

「ハイ、嬉シクテ飛ビツイタンデスヨ!」

「アンナスライム、初メテ見マシタ!」


 ベルやアリヤ、そして横で頷いているシーも初めて見たという程に喜んでくれるなんて、お土産を選んだ甲斐があったという物だ。


 彼が怒っていない、とほっと一息ついたところでスライム君の体に触れてみると、やはり小さくプルっている。

 折角なのでマッサージ機能のついたウォーターベッドのような感触を楽しませてもらうとしよう。


 少し時間を置いた後に彼の体に置いていた手から伝わる感触に変化が表れ、今度はスライム君が俺の掌を包み込んでいる。


 そして俺の手を解放すると彼は包丁ケースを開けて小刻みに震え、中に収められている包丁を触手を伸ばして取り出しては一本一本念入りに構えたり振り下ろしたりと、表情はなくとも楽しそうに見える。


「スライム、私にも見せて貰える?」

「私も私も!」

 珍しく浮かれているような彼のその仕草を見守っていると、料理班の子にそう声をかけられたスライム君は肯定するように高く跳ねた。


 彼らのやり取りを見守りつつ、珍しい状態のスライム君を眺めて一杯やっていたい所だがそうも言っていられない。


 今回はお土産の種類も量も過去最多。

 その分お披露目しないといけない物も多いので皆が泥酔して寝てしまう前にとっととやってしまうとしよう。

「よし! それじゃあお土産出していくぞー。まずは大量の魔石からね!」


 鞄から物を出していく度にその尋常じゃない量に歓声が上がるが、魔石だけでもかなりの量だと改めて自分でも驚く量だったので、次の物からは少量ずつ出してみた。


 魔石の次に出した多種多彩な野菜や果物が姿を見せると、歓声が強まりすぐにしまう予定だったのにも関わらず料理班の子達が、そして何よりそれを指示したのであろうスライム君が、颯爽と全て持っていってしまった。


 スライム君の頭の上には早速使おうという意志を表明するように、包丁ケース。

 どうやらアレを使って何か美味しい物が食べられると期待した住人からはスライム君に向けてどういった物が食べたいとリクエストが飛んでいる。


 特にケンタウロス、ミノタウロスの両種族からのリクエストは強かったようで、運ぶのを手伝っている程だ。

 次に出したのも消耗品、俺が多少使ってしまったがそれでもまだまだ在庫がたくさんある油や炭、布などを出してみた。


「ホリ様、こちらの布、少し手に取っても?」

「どうぞどうぞ。これだけの量と以前に貰った魔道具で作った布があれば暫くの間は布で困るような事にはならないでしょ」


 衣服などを仕立ててくれる事の多いパメラを筆頭に亜人達を中心にそれを確かめるように手に取っていたり、色を確かめるように体に巻いたりと楽し気にしている。


「フォニア殿、これだけ炭があれば当分炭作りはしなくて済むな!」

「そーだねー! ホリさん、これ全部貰っておくね! 工房ならこれ保管する場所があるから、明日にでも鞄に入れてもってきてよ!」

「了解、それじゃあ炭はしまっておこう。油ももういいか……」


 鍛冶班のフォニアやイダルゴは炭が手に入り、仕事が一つ減ったと乾杯をしている。

 意外と気を遣うらしい炭作り、相当な量があるとわかった彼らはこれを使って何を作ろうかと早速話し始めているし、任せておいて良さそうだ。


 ノリが良い住人達は騒いでいる内にお酒が更に回り、どんどん騒がしく賑やかになっていく中で、緩んだこの場の空気が少し引き締まるような物を出してみた。

 セバートとジーヌから大量に購入した武器を各種少しずつ並べていくと、彼らは静まり、その表情は少し前のご陽気さとは対照的に真剣そのもの。

 少しずつ出したつもりではあったが、やはり種類が多くずらっと並べただけでも壮観。


 そして、よくもまぁこれだけスイッチの切り替えが早い物だと感心してしまう程に種族や年齢など関係なく、大事に大事に武器を吟味している住人達。


「どうだろうかみんな、俺はとにかく安くて良い物をと考えて買い漁ってきたけど、使ってもらえる?」

「こう言っては何ですが、ホリ様……」


 真剣な面持ちの彼らの中から、男性のケンタウロスが一振りの曲刀を持ってこちらに声をかけてきた。


「どれもこれも、剣も槍も全てが相当な品ですよ。こんなに良い品々、我々が使ってもよいのでしょうか?」

「勿論! むしろ道具は使ってあげないと、腐らせておく余裕なんてうちの拠点にはないし、使える物は何でも使っていこうよ」


 俺がそう答えると、彼らは一段と武器を念入りに確かめて議論のような物を交わしている。

 その声をかき消すように武器を管理している者達が後で欲しい物を申告するように、と叫んでいるし、購入した武器の管理は彼らに任せるとしよう。


「そういえばさ、フォニアの武器って質としてはどうなの? 俺、さっぱりわかんないからさ」

 武器の方にはあまり興味を示さずにすぐ傍で酒を飲んでいるフォニア達鍛冶班。

 ミノタウロスの女性は楽し気な表情でカップを思い切り呷り、ぷはぁと大きく息を吐いている。


「フォニア殿が作られる武器はホリ様もご存じの通り、資源が少なく、使っている素材も粗悪な物ばかりの中で作ったとは思えないほど良い物だと思います」

「そうね。ただその、彼女は気まぐれなので……。何かを作ってくれと言われない限りは好き放題やっていますよ」


 オークの女性が最後に放った一言に、彼らは苦笑混じりに問題の人物を一瞥した。

 そのフォニアは先程まで居た場所からいつの間にか移動をしていて、したり顔でスライム君のすぐ傍で何かを狙っているのが見える。


 どうやら調理されていい匂いを醸し出し始めた料理の出来立てを一番に食べるのが目的のようだ。


「腕は良いんですがね……」

「腕はな……」

 イダルゴ達はそう呟いて大きくため息をつき、彼ら鍛冶班の苦労が少しだけ垣間見えた気がするが、フォニアには武器以外にも作って欲しい物が多々あるからこれで彼らの苦労が少しでも減ればいいんだけどなぁ……。


 俺がイダルゴ達に向かい心中で祈っていると右の手にマンガ肉を持ったアリヤと、ワインの入ったカップを持ったベル、そしてシーがやってきた。


「ホリ様! 武器イッパイダネ!」

「アリヤ! アレトカ使イ勝手良サソウダヨ!」

「あ、三人共いいタイミングで来るね。三人にはとっておきがあるんだよ」


 首を傾げて、俺の一挙一動を見守っているアリヤ達の目の前で鞄の中に手を突っ込み、まずは大きなケースを取り出した。

 流石にこちらの動きに気付いた他の者達もやってきて、わくわくとした様子で見ているが、これは今までの物と違って自分のセンスが出ちゃっているから少し緊張するな……。


 少しだけ息を整えてから、鞄の中から取り出したのは大きなケース。

 まずはアリヤとベルからだ、と気合を入れてみたはいいものの、いざこうしてケースを開けようとすると少しだけ手が震える。

 彼女らにガッカリされたら、その時は誰かに抱き着いて慰めてもらうとするか。


「アリヤ、ベル、前に渡した武器大事にしてくれてありがとうね。これはスライム君のお土産の時と同様、初めてこれを目にした時から二人にあげようって俺が惚れこんじゃった品なんだ。気に入ってくれるといいんだけど」

「ウン……!」

「ナンカ、ドキドキスルネ……!?」


 そわそわとしている二人には見えないように一度ケースを開けて中を確かめると、先日見た時と同じ輝きを放つ剣と槍がそこにはある。

 何度見てもその完成度に見とれてしまう、そんな逸品が弱気になった心を励ますかのように俺の緊張を解してくれた。


「よしっ」

 小さく口から出た言葉と共に、それをアリヤ達に見えるようにするとアリヤ達だけではなく、野次馬に来ていた住人達も覗き込み、息を飲んでいる。


「これがアリヤ達へのお土産。君らの新しい武器だよ、どうだろう?」


 俺の言葉にアリヤもベルも何も言わず、周りにも何かを言う者がいないのは、覗き込んでいる者ほぼ全員が箱の中の武器に心を奪われているからだと思う。


「アリヤ、ベル? ちょっと待っててね」


 彼らはずっと武器から目を離さずにいた。

 そんな彼らの前でケースの中からまず槍の先端、槍頭の部分と柄を取り出してこの槍本来の姿に戻した。

 その後、槍頭と柄を固定する穴に棒を刺し込み腕輪のハンマーで軽く叩いて固定をする。

 接合部分には刺し込んだ棒が抜ける事のないようにという細かな仕掛けと装飾がなされていて、見た目にも美しい。

 完全な形のこの槍を見るのは初めてだが、刃が相当長い。

 大身槍と呼ばれるタイプの槍を一度その場に置いて、次は剣の方を手に取ってみた。


 細身でありながら、確かな力強さを感じさせるこの剣、ドラゴンの素材を使っているという細剣と比べても全く遜色のない代物を鞘に一度収めてみたが、何の抵抗も音もなくスルリと滑らかに入った。

 しかし、少し傾けた程度では抜ける事はないという職人の技が光っている。


 二つの武器を手に、じっと固唾を飲んで俺を見つめているアリヤとベルの前に差し出すと、彼女達はゆっくりと手を伸ばして、俺から武器を受け取ってくれた。

「二人共、これからもよろしくね。頼りにしてるから」


 二人の頭を撫でつつ、そう話しかけてみたがそれでも何も言わない彼女達ではあったが、最初に動きを見せたのはアリヤだった。

 無言で一度剣を鞘から抜いてその刀身を見つめ、にぎにぎと柄を握ったり離したり、感触を確かめている。


 それと同じような事をアリヤから少し遅れたタイミングでベルが始めたので、二人の頭から手を離して少し様子を見守ろう、と思った次の瞬間だった。


「わっぷ」


 目の前が真っ暗な空間に覆われ、それと同時に素晴らしい感触が顔と胸の辺りに感じられた。

「ホリ様、アリガトウ……」

「アリガトウ!」

「こちらこそ、ありがとう!!」

 以前の小さな体の時にも感じた温かみは文字通り進化を経て! 柔らかさを伴うようになり癒し成分が増し! 感極まったアリヤとベルの抱き着く力強さを感じさせないほどの柔らかいその感触にお礼を叫んでしまう程に素晴らしい物だった! 


 そんなとてもありがたい暗い空間の中で伝わってくるのは震える程に喜んでくれているアリヤ達の声。


 二人はそうして暫く体全体で喜びを表現して、それが落ち着くと今度は興奮冷めやらぬといった様子で武器を手に取り、様々な角度から眺めたり、構えてみたりして歓喜の声を叫んでいる。


「アリヤ、良かったな? 早速明日から訓練しよう」

「ウンッ!」

「ベルもォ、カッコイイわよォ」

「エヘヘ……」


 二人の女性にそう褒められ、更に上機嫌になったアリヤ達の様子に胸を撫でおろし、二人を微笑ましく眺めているもう一人のゴブリンにアレを渡すとしよう。


「シー、前にシーが使ってた弩と同じ物、探してみたけど無かったんだ。ただその代わりといっては何だけど……」


 鞄の中にまた手を突っ込むと、次は何だとまた期待の視線を向けてくる住人達だったが、鞄の中から出てきた物を見た時の彼らの表情は先程のアリヤ達の時とは対極に、見惚れるというよりも驚きを孕んでいた。


 彼らが驚くのも解る気がする。弩が出てくると思っていたら鞄から顔を出したのはおよそ弩とは思えない程の大物だった訳だし。


 それは目の前にいるシーも同じようで、少し呆けるように口を開けて俺の手にある大きな弩を見つめている。

「これ前の物よりもかなり強力との事だけど、ご覧の通りデカい。使い勝手が悪い武器かもしれないけど……」


 彼女の目前に差し出してみると、ゆっくりと受け取ってくれた。

 俺よりも細腕なのに、軽々と持っているシーは大きな弩を見下ろして先程のアリヤ達のように持ち手の部分をにぎにぎとしたり、感触を確かめるように指を這わせてみたりと集中している。


「俺もこの目で見た訳じゃないから確信を持って言えないけど、前の弩よりも威力も精度も上らしい。試し撃ち、してみる?」


 俺の言葉が届いた彼女はこちらにキラキラとした視線を向けてきて力強く頷いたので、早速セッティングしてみよう。


 シーに少し待つように伝えてトレントの並木道、宴会の場から少し離れた場所に酒樽と、その上に少し大きな硬い皮に覆われた野菜を置き、暗くてよく見えないという事がないように野菜の近くに光の魔石を置いて準備は完了した。


 野菜を選んだ理由は弩で風穴が開いてもすぐさまスライム君に調理して貰えばいいや、という安易な物だったが、他に丁度良い物もないのでこれでいいだろう。


「お? 何だ何だ! 何が始まるんだ?!」

「ホリ様が買ってきた武器、試し撃ちするみたいよ」

「それにしてもデカい弩だなぁ……。シー殿よりデカく見える位だぞ」


 職人達から聞かされたこの弩の細かい注意点や使用方法を説明していると、あちこちから話し声が聞こえる。


 彼らは皆片手にカップを持っていて、酔っ払い達のご陽気な声があちこちからシーを激励して、また酒を飲んで……楽しそうだ。

 俺の説明を聞いて弩の準備を始めたシーは既にその声が届いていないのでは? と思わせる程に集中していて、じっと酒樽の上にある的から視線を外さない。


 静かに俺の傍でしゃがみ込み、そのままの姿勢で弩を構えると先程までわいわいと騒いでいた者達も彼女のその動作と共に静まり、聞こえてくるのはトレント達の生み出す波の音とスライム君達調理班が生み出す香ばしい音だけ。


 見ているこちらの方が緊張してしまう程に集中している彼女、そして微かに、だが確かに聞こえる深呼吸の音が一つ。

 張り詰めた空気の中で、シーの手元の弩が空気を切り裂く音を生み出した直後に俺始めとする見物人は、ある種の衝撃映像にあんぐりと口を開けている。


「な、んじゃありゃ……」

「じょ、冗談だろ……?」

「どうなってるのあれ……?」


 シーの放った弩のボルト、常識外れの大きさの弩の試し撃ちの一発目でしっかりと目標を狙い撃った彼女の腕前は素晴らしいのだが、それよりも目の前に広がる映像の方に意識を奪われてしまった。


 先程まで酒樽の上に置いてあった野菜、ど真ん中に命中したのであろう矢の威力によって、中心部から上の部分が綺麗に


 シーと共に先程設置した酒樽の傍までやってくると的の役割を担っていた野菜が無残な姿で酒樽の上や周辺に四散していた。

 その破壊力を確かめる為に酒樽の上に残っていた半分だけになってしまった野菜を手に取ってみたが、この野菜の硬い皮なんてお構いなしな破壊力についシーと顔を見合わせてしまった。


「こりゃ……、とんでもないね……?」


 大事そうに弩を抱えながら、コクコクと頷いているシーは腕の中にある物と俺の手にある半分だけの野菜を交互に見て、先程見せてきたキラキラとした視線を俺に向けてきた。

「気に入ってくれた……、みたいだね?」


 力強く頷いて、見物していた人達が待つ場所へと戻るとシーはレイやオラトリと楽し気に弩について話を始め、俺はスライム君に無残な状態の野菜を持っていき怒られていた。


 食材を無駄にするな、と感じさせる彼の前で正座をしていたが、その傍ではお皿を手にして野菜炒めのような物を確保しているフォニアの姿が。


「ねぇねぇホリさん、シーやんのあの弩、後で少し見せて貰ってもいい? 壊さないから!」

「シーが許すならそれはいいけどフォニア、何かするの?」

「フフー、内緒!」


 そう言ってぱくぱくと出来立ての野菜炒めにご満悦の表情を浮かべながら、シーの元へ行ってしまった彼女を見送っている時に一つ、思い出した。

「そうだ、物のついでに……おーいペイトン、オレグー?」


 目的の為にあともう一人呼びたいところではあるが、その彼はポッドの根元で鼾を掻いているし、また後でいいだろう。


 鼻の辺りの血色が良くなっているペイトンはワインを、口元がてらてらと輝いているオレグはクレープを手にやってきた。

「どうかされましたか?」

「ホリ様、スライム殿の作ってくれた拠点で採れた果実のみを使用しているこのくれーぷ、堪らない出来ですぞ」

「二人共、楽しんでいるところごめん。そろそろ約束を果たす時が来たかなと思って、最終確認をしてほしいんだ」


 俺がそう告げるや否や、カタッとカップを落としたペイトンと、クレープをぎゅっと握り潰したオレグ。二人は御機嫌な様子から突如として表情を変えてポッドの根元で横になっているゼルシュの元へと走り出した。


「ゼルシュ! ゼルシュ、起きろ!!」

「早く、ホリ様の気が変わらない内に早く!!」


 何をそんなに急いでいるのか、二人はパンパンとテンポ良くゼルシュの顔を叩いている。


 割と強めに顔を叩かれているゼルシュはそれでも起きず、ぱっくりと口を開けていて、これでは埒が明かないと判断した二人はおもむろに口の中に何かを放り込み、ペイトンがそのままがっちりと口を固定するように手で口を閉じ、オレグは身動きを取れないようにと体を押さえ付けている。


 何をする気だ? と二人を見守っていると突然ゼルシュの口の隙間から水が勢い良く噴き出し、それにより目を覚ましたゼルシュが身を捩っているのだが……。口の中に入れたのは水の魔石だったようだ。


「ゼルシュ! ゼルシュ、起きてくれ! 起きたか!?」

「ゼルシュ殿早く! 早く起きてくだされ!」


 二人は気が動転しているのか、それともゼルシュを衆人環視の中で堂々と仕留めようとしているのか知らないが、あのままでは一人のリザードマンがその生涯を閉じてしまうので止めるとしよう。


 彼らに割って入るとペイトン達は正気に戻ったようにゼルシュを解放した。

 寝起きドッキリを受けて憤慨しているゼルシュやそれを謝罪しているペイトン達が落ち着くまで待っているのもあれなので、本題を話させて貰おう。


「それじゃ、三人共。約束通り、俺が用意した武器を渡すね」

「何だって!?」

「やはり!!」

「いよいよ来ましたか!」


 初耳、と驚いているゼルシュや、叫んだペイトンにオレグ。あまり期待されても困ってしまうんだけどなぁ……。


「まず最初に、一応試作品として出来上がった物をいくつか見せるよ。合間合間の時間で作った物だし、バタバタしててまだちゃんとは出来てないんだけどね」

「おぉっ!!」

「待っていましたよ!!」


 先程までの怒りから一転、喜びを現すゼルシュ、大きく口を開いて尻尾をピンと天高く空へ向けたゼルシュに続き、バッと音を出して立ち上がったペイトンの言葉が終わると同時にオレグは既に俺の後方で腕を組んで、もう逃がさないと言わんばかりの対応。

 どんだけ期待しているの君達……。


「んーっと、鞄、鞄はどこだ……? でも、恥ずかしいなぁ。アナスタシアの槍は彼女が持ってて、かつシンプルだからこそカッコイイけど、ペイトン達のは結構独特にしちゃったし」

「ホリ様、はい鞄ですよ。フフ、ゼルシュさん達の息遣いが荒くなっていますから、早く見せてあげて下さい」


 ウタノハに手渡された収納鞄、眼が見えないのによく場所がわかったな。

 取り敢えず今は試作品を見せて反応を見させてもらうとしよう。


 気付けば宴会をしていた全員、つまり拠点にいる全員がウタノハの持つ鞄に腕を突っ込んでいる俺の姿を熱の篭った視線で見つめている。

 どんな物か見てやろう、という興味本位の冷やかしの目ではない。もっと別の何か、熱量のある目をどの子もしているが……、やり辛いな!


「一応、これを作るに当たって俺の中で決めていた事があってね。あの武闘会で見せてくれた三人のチームワークを讃えた作りにしてみたんだ」

「ホワー……」

「スゴー……」


 目的の物を鞄から出すと周りの者達から好感触とも受け取れる大きなどよめきが生まれ、俺の前に並んでいた三人、ペイトンやゼルシュ、そしてオレグの三人は息を呑むように固まっている。


 あれ……? 

「これだと、三人で一組だっていう感じが出ているかな? って思って作ってみたんだけど……。どう?」


 当初から頭の中に思い描いて作り上げたのは槍というよりはハルバードや方天戟と呼ばれる武器に近い物。

 割と長い穂先と穂先の根元、首の部分には彼らの種族をイメージした蹄の形をした斧刃やリザードマンの尻尾をイメージした鉤爪をつけてある。

 それだけではオーク成分が足りないと思い、魔王のツマより貰った魔道具で作り出したペイトンの毛並みに似た色合いの黒い布をトレニィアに頼んで再度糸の状態に戻して貰い、浅く彫りこんだ石突に近い柄の部分へ巻き付けてみた結果、我ながらかなりの出来栄えとなった。


 三種族の特徴を出せたかな? と試作品の中でも上手くいった武器を彼ら三人に恐る恐る手渡してみたけど、三人共両手で力強く槍を握り締めて俯いてしまった。

 あれ? 先程までの元気は鳴りを潜め、押し黙ってしまった。

 そんなに酷い物だったか……? フォルムにもちゃんと拘ったし、刃の部分とか結構頑張ったのに。


「何だ、これは……!」

「えっ、ごめん、そこまで気に入らなかった?」


 ゼルシュが小さく震えるほどに力を入れて槍を握り締めて呟いた一言にやってしまったかと頭を抱えてしまいそうになったが、彼はそのまま手渡した槍を空高く掲げた。


「何だ、これはぁ!!」

「喜んでいるのか、がっかりしているのかわからない反応だなぁ……」


 ゼルシュのよくわからない反応を眺めて、不安な気持ちを払拭出来ないままペイトンとオレグの方へと視線を移すと、二人も槍を握り締めてプルプルしている。

 今日は色々な人物のプルプルを見る事になっているが、彼らが思っていた以上に出来が悪かったかな? 鞄から出した時の周りの反応は良かったけど、やっぱりこういう事はセンスないからなぁ俺。

 あっ、こういう事以外にもセンスなかったわ、俺……。悲しい。


「パ……、ペ……」

「ペイトン? どうした「パメラァ! ペトラァ!!」の……」


 ペイトンが珍しく取り乱すようにして、家族の元へと走り始めた。ペイトンも、ゼルシュもオレグも俺の声が届いていないようなその対応にすぐ傍で鞄を持っていてくれたウタノハが何やら口元を隠して笑いを堪えている。


「あの御三方の念願がようやく叶ったのです、ホリ様? ペイトンさん達が落ち着くまで少し待っていてあげてくださいね」


 どうやら相当首を長くして待っていた彼らは今、家族に自慢したり同族に自慢したり、槍を握り締めたまま俯いて震えていたり……。喜んでくれているのなら、まぁいいかな?

「う、うん。それなら三人が落ち着くまではスライム君がいつの間にか用意してくれた新作料理でも食べるか。ウタノハも一緒に食べよう」

「はいっ」


 夜は長い。

 彼らが戻ってきて感想や意見を聞くまでゆっくりと待つとしよう。その間、食べ物を無駄にするつもりはないと言わんばかりに、調理されたばかりの先程弩で吹き飛ばされた野菜の炒めものを頬張った。

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