第135話 愛情表現

 俺は今、風呂好きな者達に少しだけ、というか、かなり申し訳ない事をしている。


 つい先程まで俺やカーリンは貸し切りの風呂を楽しみ味わい抜いた事により、浴槽の中のお湯にはカーリンの緑の体毛がかなり目立つ感じで漂っていた。


 それを掃除しようと最初は気合を入れた物の、浴槽のデカさと途方も無い体毛の量から早々に断念。その後、誤魔化す為に一か八かの大勝負に出た。


 我が浴場には三つの浴槽が有る。

 熱いお湯、温いお湯、そして水。


 カーリンが浴びていたのは主にぬるいお湯、そして最初の一度だけ熱いお湯に入ったのでそちらには毛があまり残っていない事が結果的に幸いした。


 カーリンには気にして欲しくなかったので、先に外で体を乾かすように言って自然と俺一人になった時、こっそりとぬるいお湯を全て排水、そしてそのぬるいお湯の両サイドにある浴槽に、ツルハシを振り抜き鉱石に風穴を開けた事で、今熱いお湯と水が中央の浴槽に注ぎ込まれ、混ざり合いぬるいお湯が生み出され続けている。


 みるみるうちに減っていく両サイドの水量、そして生み出されていく中央の少しぬるめのお湯。

 中央の浴槽にある程度お湯が貯まったところで更にここから俺にだけ許された反則技は続き、浴槽の壁を叩いて穴を封鎖すればミッションコンプリートである。


 水が漏れているような事もない、我ながら完璧な犯行につい感嘆してしまった。


 コロンブスの卵作戦と名付けたコレ、風呂好きな魔族達や準備してくれている猫人族にバレたらどのような報復を受けるか分からないので、この秘密は墓まで持っていこう。


 完全犯罪はこうして生み出されていくんだな……、と半分近くまで減ってしまった両サイドの浴槽を知らんぷりしながら体を拭い、外へ出た。


 そういえば替えの服を持ってきていなかったなー、と少し後悔をしていたが、先程まで俺が着用していた服は回収されていたようで、代わりにと新品の服が置かれていた。


 誰がやってくれたかは知らないが、感謝を捧げておかねば。


「ホリ、遅かったな」

「カーリン、先に行っててよかったのに。ごめんね、お待たせ」


 銭湯で待ち合わせている恋人同士のようなやり取りだが、相手は犬である。


 カーリンの首筋を一度撫でてみたが、風呂に入った直後とは思えないくらい既にふわふわとしていて、良い香りがしている。


 周りをよく見てみれば、カーリンの体から放たれたのであろう水飛沫の跡があちこちに見られる。新品の服が濡れなくて良かった。


 気分もリフレッシュされ爽快、カーリンも俺と同様に上機嫌になっているのでまた背中に乗せて貰い、スライム君のところまで連れて行ってもらった。


「ただいま、スライム君。報告が遅くなったけど、ホリ無事に帰還しました」

 ポンポン、と跳ねている彼の体に手を置いて感触を楽しませてもらいつつ、意識は彼の後ろにある大きい、とても大きい鍋に持っていかれた。


 フォニア達鍛冶班に作らせたのであろう中身のない鉄製の鍋がスライム君の後ろにずらりと並べられている。


「今日は鍋かぁー! ヤツラを退治してたせいで宴会の時間が少し遅くなって冷えるかもしれないし丁度良いね、楽しみー! あっ、そうだ」


 もにゅもにゅと彼の体を揉みこみ労っている時に、思い出した事がある。

 今回はいつもとちょっと趣向の違う、彼への特別なお土産が二つあるのだ。


「うーん……、まぁあとで皆と一緒にお披露目しようかな。スライム君、今回のお土産楽しみにしててね。気に入ってくれればいいんだけど」


 頭の上に『?』が見えてしまいそうなほど不思議そうにプルっている彼の反応を楽しみつつ鍋を収納鞄にしまい込み、そのまま俺とスライム君はカーリンの背と頭に乗せてもらった。


 その際に手馴れた様子でカーリンの頭に座り? 込んだスライム君と、それに対して何も言わないカーリンの両名に疑問を投げかけてみた。


「……あれだねカーリン、スライム君? 君ら、ぱっと見た感じ凄く仲良さげだね。何て言うか、慣れてる?」

「うん? あぁ、スライムはこうしてよく拠点のあちこちに運んでいるぞ。食材を直接見たいと言っていたのだが、スライムは足が遅いから大変だろう? 代わりとして、ちょくちょく甘い物を貰っているんだ!」


 カーリンの言葉を肯定するようにポンポンと頭の上で器用に跳ねているスライム君と、尻尾をばたつかせるワンコのコンビ。

 し、知らなかった……。


 カーリンの頭上で小さく弾むスライム君、そしてそのスライム君を落とさないよう気遣ってか、こちらに振動が来ないように配慮して走っているカーリンの二名、拠点内でも体格差は一番だろうが中々どうして、息が合っているようにも思える。


「名コックさんと、名ドライバーさん……かな?」


 ワンコとスライムの珍しい組み合わせを微笑ましく見守りつつ、ポッドの傍へとやって来るとそこには見慣れない亜人達が十名程、その中には数日前とは比べ物にならないくらいに元気を取り戻しているコーヌと呼ばれる少女が居た。


 彼らは俺達が傍までやってくると、静かに膝をついて頭を下げてきたのだが……。


「スライム君、俺は彼らと少し話をしてるから料理の方頼むよ。カーリン、手伝ってあげてね」

「わかった。おいホリ、スライムが火の魔石を用意しておいて欲しいそうだ」


 軽く頷いて言う通り火の魔石を置いておくと、スライム君の指示通り動き始めたカーリン。彼女の担当は宴会のセッティングが中心のようだから衛生面も大丈夫……、だろう。


「すみません、お待たせしました。コーヌさん、他の皆さんもお体の方はどうですか? それと、そういう風に畏まらなくていいのでまずは座りましょうか」


 コーヌと呼ばれる少女はこの数日で大分持ち直したのだろう、視線を合わせて話しかけてみたがいつか見た時と同じように微笑んではくれず、顔を赤らめて俯いてしまった。


 その横にいる、少しお年を召した女性がこの場での代表者のようで、コーヌの代わりに俺の言葉に返答してきた。


「は、はい。……おかげさまで私達も、今ここにいない者達も本調子ではないまでもこうして自由に歩けるほどに回復し、この拠点の皆さんにもとても良くしてもらっています」


 そう言う彼女の顔色も良く、表情も明るい。俺がポッドの前に腰を下ろした事で、狐人族の面々も同じように腰を下ろしてくれたが、体調の悪そうな人は見受けられないのは良かった。ラミアの巣から救い出してからコーヌ以外の人は全く放置していたしなぁ……。


「それは良かったです。大分荒っぽい事をしたので、充分に療養してください。この後は色々あって宴会です、うちの名コックさんが腕を振るってくれるので余裕がある方は参加してくださいね」


 そういえばどうして彼らはこんな時間にここに居るのだろう? と疑問を抱いていたところへ、ポッドが口を開いてきた。


「今コイツラの治療を終えたところでな、体調の方は問題ない筈じゃ。お前さんが戻ってきて、せめて互いに挨拶くらいはしておきたいじゃろうと思ってな? ワシ、気配りできる大人じゃし」

「そうか、わざわざありがとうポッド。後でペトラの新作を大量に埋めておくね」

「えっ」


 後ろでボヤキ続けながらそれを阻止させようとするお爺ちゃんは放っておいて、その気遣いを無駄にしないようこれからの話をしておこう。


「自己紹介が遅れました、ホリと申します。今は他に話せる者もポッドくらいしかいないので、この拠点の代表として私が話をさせてもらいますね」

「私はリンセル、リンセル・ファニーと申します。本来の代表である夫は今この場にはいませんので私が代表として話をさせて頂きます。狐人の代表として、コーヌの叔母として、まずは感謝をさせて下さい。この度は誠に、ありがとうございました」


 彼女はそう言うと深く頭を下げ、それに倣い横に並んでいたコーヌ始めとする他の狐人族の人達が同じように頭を下げてきた。

 一斉に向けられる頭の上のふわふわとしていそうな耳に意識が行ってしまうが、それは後にしておこう。


 彼女は顔を上げ、言葉を続けた。


「ここの事はヒューゴーさん達猫人族に聞かせて頂き、魔族の方達からもお話を伺っておりました」


「そうですか。それならこれからどうされるかはゆっくり決めて下さっても結構ですよ。言い辛いのですが貴方達を苦しめた直接の原因のラミア、彼女達はここに住むという意志を見せています。もしその事で貴方達が心を痛められるというのなら……」


 ここにいない同族の、ラミアの巣で殺されていた仲間を思い出して沈痛な面持ちに変わってしまった狐人族だったが、リンセルとコーヌはその中でもすぐに持ち直し、俺に強い視線を向けて一つ頷いた。


「大丈夫です、ホリ様が居られない時に一度、ラミアの代表のシャミエという方を始めそれ以外の方々から心よりの謝罪を受けました。正直申しますと、まだ折り合いをつけられるような余裕は私達にはありませんが、それでも……」


 彼女はちらりとコーヌを視界に収め、優し気に微笑んだ。


「この子、コーヌが私達全員を説き伏せるように『ホリ様についていこう』と言い張りまして。普段は大人しい子だったのにその時の必死の様子のこの子の強い意志と言葉に動かされ、私達はもう意見を統一しています。どうか、我々をここの住人として受け入れて頂けませんでしょうか?」


 コーヌと呼ばれる少女を一度見てみると、先程と同じように恥ずかし気に顔を紅潮させて俯くように顔を下げてしまった。


「そうですか……。コーヌさん、ありがとうございます。ただそれでも、他の狐人族の方々も何かあれば私に言ってください。出来る限り配慮はさせてもらいます。こちらとしては拠点の中で揉めるというのは避けなければ、と思っていますので」


 リンセルと同じように頭を下げてくれる狐人族の面々に、こちらも深く頭を下げてお願いをしておく。


 拠点の住人達は今日に至るまで大きく揉めたり、喧嘩をしたりというのは少ない。だがそれは相手の種族が嫌いだから、などの理由が主だった。


 目の前にいる彼女達は違う。

 明確な被害者と加害者に揉める事無く一緒に暮らせ、という酷な事を頼んでいる自覚はあるし、彼女達が住む場所を失っていて行くアテがなく、選択肢が殆ど無いのも知っている。


 仕方ないとは言え、そういった重荷を強いてしまうのは我ながら情けないなぁ……。


「あの……、ホリ様……」

「はい? 何でしょうコーヌさん」


 初めて聞いた彼女のまともな声、喉が潰れてまともに話せない時しか知らないがこうして普通に話せるようにしてくれたポッドには追加で薬草汁をオマケしておこう。


「フォニアさんというオーガの方からも謝罪を受けましたが……、私達の事でそんなに思い詰めないで下さい。私達は大丈夫です、ねっ、叔母さん」

「そうです。私達をこうして助けただけではなく、安心して住める場所と、それにあのような美味しい食事まで頂けて……。聞けば、我らの同胞も手厚く弔って頂けたとか。何から何まで、本当にありがとうございます」


 フォニアが自ら謝罪に行くなんて、と思ったがあれで意外としっかりしているからなぁ……。彼らの仲間を弔ったのはペイトン達だし、飲み会の際に改めてその話をしよう。


 リンセルの言葉に続いて、以前に見せてくれた微笑みを浮かべているコーヌもそうだが他の人達にも暗い表情をしている者はいなかった。コーヌと目が合うと恥ずかしそうにまた俯いてしまったが……。


「少しでも……、何か、小さな事一つでも貴方へこの御恩を返していかねば、我々はムコーテ様に見放されてしまうでしょう。どうぞ、これから末永くよろしくお願いします」


 そう言った彼女と、横に並ぶコーヌ始めとする狐人族はまたも深々と頭を下げてきた。とりあえず後は周りがフォローしてここに慣れてもらうしかないかな? 


「いえ、こちらこそ。これからよろしくお願いしますね」


 最後にリンセルやコーヌと握手を交わしたがやはり彼女達にも肉球は無かった。

 残念。


「そういえば、ムコーテ様というのは……?」

「私達、狐人族を守護してくれていると言われる守り神様です。伝説ではとても大きく、そして美しい狐で、あらゆる種族に姿を変えられる能力があると言われています」


 そういえばうちにもいたな守り神様。

 リーンメイラは犬人族の守り神だったかな? 最近お風呂マッサージのおかげで腰の調子が良いからか、狩猟の方でも活躍しているらしいが……。


「ソイツならワシも知っとる。リーンメイラと同い年じゃぞ、ババアじゃババア」

「おい大木、誰がババアだって? ホリさんおかえり、戻って早々大暴れしたみたいだね。カーリン以外の娘達が怯えてたよ?」

「ヒッヒッヒ、ムコーテならあたしも会った事がありますよ。尻尾が九本あるババアですわい。ホリ様、おかえりなさい」


 噂をすれば影、やってきたリーンメイラがポッドへ向かい憎まれ口を叩き、その背に乗っているト・ルースが言葉を続けた。彼女達、というかリーンメイラの登場と会話の内容を聞いて狐人族の面々が少し色めき立っている。


「ただいまト・ルース、リーンメイラもただいま。ごめんね、色々任せきりにしちゃって」

「いいんだよホリさん、私らも暇だしね」

「そうそう。ヒッヒ、最近はリーンメイラと散歩したり、年寄り集団でホリ様のくれたゲームしたり好き勝手やらせてもらってますしねぇ。少しは役に立つところを見せておかにゃ、ここから追い出されちまいますよ」


 そう楽し気に話すト・ルースをリーンメイラの背から降ろすと、彼女はゆっくりと狐人族の面々の前へと歩いていき、一人一人下から上へと視線をずらして何かを観察している。


「リンセルとコーヌの嬢ちゃん達も、体の方はもう大丈夫みたいだねえ?」

「ええ、おかげさまで。お二方にもご迷惑をおかけしまして……」


 ト・ルースと狐人族の面々が話を始めてしまったので、先程リーンメイラの口から出た気になる言葉について聞いてみるとしよう。

 リーンメイラはポッドの横に伏せるように座り込み、何やら年齢の事で言い合いをしているが……。


「ねえねえリーンメイラ、娘達が怯えてるってどういう事? 俺帰って来てから虫退治しかしてないけど」

「うん? クック、その虫退治が問題だったんだろうねぇ。あんなに怯えさせて、むしろ私の方が何があったか詳しく聞きたいね」

「ワシも気になるのう。ここからでも見えたあの大きな火の手、ホリの仕業じゃろう? あんなに強力な魔法、いつの間に使えるようになったんじゃ?」


 彼らと会話をしている内に、拠点の住人のまず男性陣がほかほかとした状態でやってきた。先程まで泥だらけ、という状態だった彼らも流石に風呂に入ってきたとあって、身綺麗になっている。

「やっぱりあれは少ない……」

「いやでも、ヒューゴーさん達は……」


 気になる、というか気にしてはいけない、というか……。


 彼らの会話が聞こえてきて、後ろめたさからくる少し速まる心臓と逸る気持ちのまま、ゼルシュやペイトン達へと声をかけてみた。


「お、お疲れ様ペイトン、ゼルシュ。他の皆も。ど、どうかしたの?」

「いえ、その……」

「ちょっと風呂の湯が少ないと皆で話していてな? 何故か湯がいつもの半分も無かったのだ。多少足しておいたからメスは問題無いだろうが……」


 少しどもってしまったが、彼らには不審に思われていないようだ。

 ただそれよりも目の前のペイトンやゼルシュ以外の者達の視線や態度が気になる。何故かどの子達も俺と目を合わせてくれない、それどころかヒソヒソと話しているがもしかして犯行がバレている……? 


 脇に汗を掻きつつ、彼らから逃げるようにスライム君の手伝いをしていると狐人族の人達も手を貸してくれて、準備はあっという間に済んだ。


 今日は皆が座る場所の前に様々な鍋が並んでおり、どの鍋からも様々な香りが食欲を掻き立ててくる。

 先程まで悪臭と戦っていた身としては、この良い香りに包まれる空間はありがたいな。ああ、鍋から立ち昇る湯気がイヤな記憶を浄化してくれているようだ……。


「良い匂いだなぁ……」

「そうですね……」


 ぽつりと呟いた俺の言葉に同じ様に呟いて返してきたコーヌ、そして彼女が小さく呟いた後に、俺と彼女のお腹からほぼ同時に空腹を知らせるサインが聞こえてきた。


 顔を真っ赤にさせて自分のお腹に手を当て、恥ずかし気にしている彼女ではあるが食欲があるというのは元気な証拠。


 ついそのピクピクと動く耳の間に手を置いてしまったが、抵抗されてないしセーフ!


「フフ、お腹空きましたねコーヌさん? うちのコックさんの料理なので、知っての通り美味しいですよ。楽しみですね」

「えっ、あっ、はい……。ほ、ホリ様! その……」


 ぶわぶわと右に左に、忙しなく尻尾を揺らしているコーヌ。狐って尻尾揺らすんだなぁ、嫌がっている訳ではなさそうだけど……。

 彼女はその状態を止める訳でもなく、撫でられたまま小さく頭を下げてきた。

「あの、森で私を助けてくれた事、その後も優しくしてくださり、本当にありがとうございました。本当に……」

「ああ、別に気になさらないでください。それに、私も貴方に……。いや、何でもないです。あぁ、鍋楽しみだなぁー!」


 彼女を保護した際、薬草汁を注ぎ込み続けるという暴挙を行った事を謝罪というか、懺悔しようと思ったが今この場で言うよりも、もう少し仲良くなったらにしようと逃げた自分。


 そんな小さい人間が誤魔化しの為に叫んだ一言に、目の前の少女はきらきらと輝く笑顔を見せて小さく頷いて同意してきた。


「あ、マリエンちゃんお疲れ様!」

「コーヌちゃん! あっ! ホリ様もおかえりなさい!」

「ただいまマリエン、お仕事お疲れ様」


 どうやら浴場での仕事を終えてきたマリエンはコーヌと俺を見つけると一目散に傍までやってきた。そしてそんな彼女の頭にも手を置いて、両手で別々の少女を撫で続けるというお巡りさんあいつです状態をしていると、拠点の方から続々と女性陣もほかほかの状態でやってきた。


「ホリ」

「アナスタシア? どうしたの? イダッ」


 湯上り状態の、いつも纏め上げている白い髪を解いた珍しい状態のケンタウロスが目の前にやってくると、突然頭にチョップをされた。


 彼女はそれから少しの間、何も言わずに眉根に皴を寄せてこちらを睨みつけるように見下ろしているが、何かしてしまっただろうか……?


 彼女の迫力に押され、マリエンとコーヌの両名は静かに距離を取ってしまった。正直、心細いので傍に居て欲しいのですが。


「先程、あの虫を退治した後、お前が興奮していたようだったから言わなかったが、暴挙はもう止めろ。一人で虫の大群の只中にいるお前を見て、何度息を飲んだかわからん。それにあの爆発、心配で胸が張り裂けそうだったぞ」

「それは……イデッ」

「そうねェ。それにィ相手が苦手だからァ余裕が無かったのはわかるけどォ、誰にも相談せずにやったのも許せないわァ。私でもいいしィ、アナスタシアでもォ他の誰でもいいからァ相談してからやって欲しかったなァ」


 目の前にいるケンタウロス、そして、俺が何かを言う前に後ろからも頭部にチョップをされ、ラヴィーニアの声が聞こえてきた。

 更にチョップは続く。


「これはホリさんのせいで怯えている皆の分ね? モォ、あんな事一人でしちゃダメだからね」

「そーそー! さっきまでアリやん達やラヴィ姉さん達と一緒にホリさんに怯えちゃった子達を宥めてたけど、大変だったんだから! これ迷惑料ね! トォウ!」


 レイやフォニア、そしてその後もアリヤ達やオラトリ等々、お叱りの言葉と共にチョップを受け続けている俺。それはどうやら女性陣だけに留まらず……。


「ならば私も。全く、ああならない為に頑張っていたのにあのような……、無茶はしないで下さいよ」

「俺もやっておくとしよう。おい、オレグもやっとけ!」

「ハハハ、ホリ様がこのように怒られるなんて、これは中々見られない光景ですな。ホリ様? もうあのような怖い事、やめてくだされよ!」


 ペイトンやゼルシュ、イダルゴやレギィなどの男性陣も加わりチョップをされ続ける。どうやら虫退治の際にやりすぎてしまったようで、拠点の住人達全員に恐怖を与えてしまったとか……。


 チョップをしてくる者達全員に思い思いの言葉で怒られ、一通りそれが終わると最後に目の前で睨み続けていたアナスタシアがふぅ、と大きく息を吐いた。


「我らは仲間だ、そしてお前は私のぱ、伴侶パートナーだからな。一人であのような事をするんじゃない。次はこの程度では許さんぞ」

「うん、わかった。ごめんね皆、ごめん。知らず知らずの内に俺がやらなきゃって気負ってたかもしれないよ。つい勢いに任せてやっちゃったけど、これからは誰かに相談……、……出来る限り前向きに、可能な限り善処します!」

「コレ、反省シテナイヨ!!」

「許スナー!」


 そうして騒いだ事でエネルギーを使ってしまったからか、先程の俺やコーヌと同じように鍋から香るいい匂いで腹を鳴らした者が。それも一人二人では無いという事実に俺も、周りにいた人達も笑いを堪える事は出来なかった。


 流石にこれ以上待つというのは全員の腹の虫が許してはくれそうにないので、宴会を始めるとしよう。


 俺が鞄の中からバーニーの店で大量購入した酒樽を出したり、拠点に貯蔵してある酒樽が運ばれてくると、いよいよかと場の空気も盛り上がってきた。


「ホリ様、それではいつものように挨拶を」

「ええっ? 今日はもういいよペイトン、疲れてるし」

「なりませんよ、ホリ様。先程までの混乱や種族間の諍いはあれど、こうして新たな仲間を迎えたのです。せめて貴方から一言、あるべきでしょう」


 ラルバにぴしゃりと釘を刺され、俺の小さな抵抗は虚しく消えてしまった。周りを見れば、既に酒の入ったカップを片手にこちらへ視線を向けてくる住人達。


 人、増えたなぁ……。

 狐人族とラミアが加わって、これで何人になったんだろうか? 流石にこの人数から一斉に見られていると圧力が凄いな、なんだか緊張してきた……。


 仕方がない、ここはアノ御方のやり方をそっくりそのままパクろう。


「よしわかった。一同、起立!!」

「ほぼ全員立っとるじゃろうが。何言っとるんじゃお前は」


 それもそうか、と気を取り直してカップを掲げ、全員に聞こえるように大きく乾杯と叫ぶと、正面に並んでいた住人達からも元気良く「乾杯」と言葉が返ってきた。


 始まったばかりの興奮冷めやらぬ内にすぐ傍でバタン、といういつもの音がしたので、その音の原因である倒れたリザードマンをポッドの根元に寝かせて、ポンポンと跳ねているスライム君の傍に座り直した。


「これは……、豆乳鍋かな? あっちは水炊き? くぅ、スライム君! オススメから頂戴!」

 どの種族もお酒は頂いたみたいだが、食事の方には一切手を付けずに俺とスライム君のやり取りを見守っている。俺が食べるまで手はつけないというのだろうか? 律儀だなぁ……。


 そんな視線を集める中、鍋の中からひょいひょいと具材を選び出し目の前に置かれた器の中身を一度眺める。

 恐らく豆乳であろう白い液体の中に、白魚の切り身や野菜がふんだんに入っていて見た目からして美味しそう。


「ふぅあぁぁあぁっ……」

 まず最初に豆乳の味付けを味わう為スープを飲んでみたが、疲れた体と空っぽの胃に染み渡っていくその味に声を漏らしてしまった。


 そしてそのまま魚の身を一口サイズにして口の中へ運ぶと、今度は熱々の切り身が口の中でほろほろと崩れ、味が広がっていく。


「うまい……」

 体の芯まで温めてくれるようなその優しい旨味にしみじみと感想を漏らしてしまうと、スライム君はポンポンと跳ねて次の器を俺の前に出してきた。


 今度は先程の豆乳鍋とは対極のような、赤いスープが特徴的な鍋。

 一度香りを確認してそのまま赤いスープを飲み込んでみると、見た目通り少し辛い。


 食欲を掻き立てる効果のありそうな辛味と、今度は野菜を一緒に味わってみたがやはりこれも絶品だった。

「うーん、うまいっ!!」


 俺の反応と伝えた感想を楽し気に聞いていたスライム君、すぐ傍で俺達を見守っていた者達も我慢の限界と、あちこちからそれを楽しむ声が聞こえ始めてきた。


 スライム君が相当な数用意していた大きな鍋、どうやらどれもこれも味付けが違うらしく、ほぼ全員が全ての絶品鍋を網羅する為に行動をしている。


 スライム君一人じゃ捌ききれないだろう、と思っていたが料理班の子達が鍋奉行をしているので混乱するような事もなく、随時具材が追加されていくのでなくなるという事もない。


 俺も先程スライム君に貰った物とはまた別の味付けの物を貰い、お酒と一緒に楽しませて貰っている。


「あっ、そうだスライム君! さっき言ってたお土産渡すね。えっと……」

「おっ、なんだなんだ!?」

「あれは……、箱?」


 すぐ横でプルっていたスライム君に声をかけて、鞄の中に腕を突っ込んで目的の物を取り出した。

屋外でも使えるコンロを取り出し、彼の前に置くと流石の彼もこれは何だと不思議そうにプルっている。

俺とスライム君のやり取りを見て、興味本位で駆け寄ってくる者達も多数いるが、彼へのお土産をお披露目するとしよう。


「これね、魔石を使う料理機材でさ。ここをこうすると……」


 魔道具店の店主の説明の通りに装置を起動すると、しっかりとした炎が風の影響など受ける事もなく、絶えず一定の感覚で燃え続けている。


 これがどれほど便利な事か、流石の彼は即座に理解したようで今日一番の飛び跳ね方をして喜びを表してくれている。

「更に更に! このレバーで火力もいくつか調整できるという……」


 がちゃり、とレバーを動かしてみると炎が小さくなったり、大きくなったりという機能を見せると周囲もどよめき、スライム君の喜び様もまた一段と楽し気な物へと変わった。


「ホリ様、スライムさん、私も触ってみていいですか?」

「私も興味あります!」

「フフ、スライム君にちゃんと許可取ってね? これはスライム君へのお土産なんだから」


 料理班の子達が興味深げに、まじまじと箱を眺めながら問いかけてきたがスライム君も彼女達の頼みを断る筈も無く、ポンと一つ跳ねた。


「それと……、これはいつも食事で楽しませてくれたり、助けて貰ってるせめてものお礼というか……、気に入ってもらえればいいんだけど」


 先程の魔道具を確かめるように使っている料理班の子達を横目に、もう一つのお土産を取り出してみようと鞄の中へ手を突っ込んで目的の物をイメージした。

 鞄から腕を抜けば、しっかりと目的の物が取り出せている。


 俺の右手に握られている一つのケース。これは一目惚れをして勢いで購入する事の多かった今回の旅路の中でも、アリヤとベルやシーの武器を購入する時と同じくらい我を忘れて買ってしまったシロモノ。


「ちょっと待ってね。フックを外して……、と。はい、スライム君。開けてみて?」


 箱のフックを外し、そのままスライム君の前にそれを置いてみた。どうやら他の者達も興味があるようで、スライム君の後ろで箱の中身を眺めようと覗き込んでいる。

 珍しくスライム君が戸惑いのような反応を見せ、小刻みに揺れているが彼の体から触手のような物が一つ伸び、箱を掴みゆっくりと開いていった。


「まぁ……、これは……」

「料理用のナイフ……? それにしても美しい……」


 箱の中には素人目にも美しいと感じた料理包丁、太さや長さがそれぞれ違う物が七本並んでいる。

アレック君と二人で街中を散策している時に見つけたコレ、一目見た瞬間にスライム君に渡してあげたいと思えた品だった。


 箱が開かれ、そしてそれを覗き込んで箱の中を見た人達からの反応は良い。

 だが当のスライム君はというと、小さくプルっているだけでそれ以外の反応は全く無かった。

 スライム君は以前に俺がグスタールの露店で料理用に、と購入した短刀を主に使用していたのだが、流石に毎日のように大量の食材を切ったりしていると摩耗も激しい。それでもその短刀を大事に使ってくれていた彼に何か報いれないかと思って購入したがこれは……、外したか!?


「前に俺が街で買ってきたナイフだけでずっと料理をしてくれてて、流石にそれは申し訳ないから、スライム君専用の料理用のナイフを買ってみたんだけど……。ごめん、気に入らなかったかな……?」


 いつものように跳ねるでもなく、いつものように揺れるでもない。


 小さく小さくプルっている彼の反応に、俺だけでなく周りで見ていた者達も不思議そうにスライム君を眺めている。


「ご、ごめんスライム君、何か気に入らな――」


 あまりにも反応が見えない彼に、焦りから言葉を出そうとした瞬間。

 俺は彼に包まれた。


 いつも寝る時に、眠れないゴブリン達をあやすのと同じように包まれたが、ただ唯一違う点が一つ。

 ゴブリン達は首から下を包まれていたが、俺は全身を覆うように包まれた。


 スライム君の中、冷たいナリィ……。

 初めての感触、とりあえず息が続いている内に周りで慌てふためく住人達に助けてもらおう。スライム君の中から、騒然としている周りを眺めながら俺は必死で息を止め続けた。

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