第126話 うなぎのぼり

 ざわざわとした声と、突き刺さる視線。

 普段見せてくれる元気はどこへやら、この宿の看板娘は俺を指差しまるで見てはいけない物を見るように顔を青ざめさせている。


「嬢ちゃん、どうした……オバケだァー!!」

「またか……」


 宿の奥、食堂から出てきたのはこれもまた見知った顔。

 頭頂部の輝きが今日も眩しい、武器屋のセバート。

その口元には何か、クリームのような物をつけている彼もまた俺を指差してこの宿の看板娘と同じように叫んできたが……。


「お二人共、いきなりの挨拶がそれって酷くないですかね? まるで人が死んだみたいな言い方ですけど、この通り普通に生きてますよ」

「い、いやだってセバートさんがさっき……」

「お、俺も昼に店に来たジーヌによう……」


 二人の反応を見るに、どうやら前回この街から拠点への帰路での事情を聞いている様子。それならまだこの街にジーヌ一家がいるかもしれないな。

 心配をかけてしまった事だし、この街に彼ら一家が滞在しているのなら探し出して無事を知らせてあげたいなー。


「セバートさん、すみません。俺の事情を知っているのなら、今ジーヌさん達はこの街にいるんですよね?」

「お、おう……。確か、宝飾エリアで小遣い稼いで『ホリさんと会ったこの街で酒の一つでも手向ける』ってよ……」


 それならば善は急げ、彼やその一家の人達を探してみるとしよう。

「お兄さんッ!」

「おわっ」


 少し悪巧みを企てている時に不意に抱き着かれ、突然の事に少し驚いてしまった。

 抱き着いてきた相手はこの宿の看板娘、そして俺達の騒ぎを聞いて厨房からやってきていたこちらを覗き込んでいる強面、彼女の父の手には包丁が握られている。


 彼の視線、見覚えがあるな。

 そう、あれは魔王のムスメにやきそばを食べさせた時、同じ様な目をしていた。


『娘に手を出すのなら』という、父親独特の殺意のある視線がぐさぐさと俺に突き刺さっているが、看板娘はまるで気付いていない。


「生きてて、生きててよかったね!!」

「ありがとう、この通り五体満足だよ。あのハゲに騙されたんだね、可哀想に」

「おい」


 彼女を撫でつつ、気付けば並んでいたお客さんや食堂にいたお客さん、更に宿泊の為に部屋を取っていたお客さんが俺と看板娘を生暖かい目で見ている。

 恥ずかしいので、とっととチェックインを済ませてしまおう。アレック君にも早く会いたいし。


「それじゃあ、いつものように泊めて貰えるかな? 今回は短い滞在なので、今日と明日の二泊でお願いしますね」

「はいっ! お兄さんが次来たら宿泊代はいらないってお父さんが言ってたから、お代はいいよ!」

 彼女の出してきた言葉を聞いて殺意の波動を出している人物に視線をやれば、親父さんはそのまま頷いた。

 彼らの心意気はありがたいが……。


「いや、それはダメだよ。こちらはお世話になる身だからね。はい、銀貨四枚。その代わり、親父さんにお酒を一杯ご馳走してくれるように言っておいてくれる?」

「うーん……、どうする? お父さん」


 看板娘や俺、そしてセバートに他のお客さんから一斉に視線を向けられている強面は一度大きく息を吐き、そのまま軽く数回頷いた。

「いいみたいだ。それじゃあまたお世話になるね。俺はこのまま一度死亡説を流してくれた人に会いにいくから、晩御飯期待しておくね」

「うんっ! 最近のうちの目玉、食事の時に出すね!」


 元気な返事をして俺から離れ、そのまま部屋の鍵を取りに行った彼女。

 色々とタイミングが良かったな、と周りの視線から逃れるようにしながら少し気まずいといった顔を浮かべているセバートの肩に手を置いて大事な事を伝えておこう。


「セバートさん? 死んだと言われていた私の傷ついた心は、安く商品を仕入れられない限り癒えません。後は言わなくてもわかりますね」


 輝く頭に感情をぶつけるようにぼりぼりと掻いた彼は、一つ舌打ちをしてこちらの意思を汲み取ってくれたようだ。


「あぁー、わぁかったよ!! 悪かったって!! 明日にでも、うちに来い! 格安で色々面倒見てやっから!」

「ありがとうございます、それじゃあジーヌさんに会ってきますね。晩御飯もここで頂こうと思ってますので、バーニーさん夫婦とまたここでご一緒しません?」


 彼は景気よく返事を返してくると、それを了承してくれた。

 積もる話が有る訳ではないが彼とバーニーの二人には世話になっているのだし、明日の為にも甘い物の一つでも用意してもらってもいいだろう。


「親父さん、そういう事なので晩御飯の時に甘い物を頼みます。この女性人気とセバートさんの口元を見るに、相当な物なのでしょう?」

「おう……」


 小さく返事をした彼は包丁を構えたまま厨房へ戻っていってしまった。少し不憫なのは、野次馬の女性がその親父さんを見て小さな悲鳴のような物を上げている事だ。

 ああいうタイプ、意外と傷付きやすい人多いからなぁ。魔王然り……。


 彼と入れ違うようにして、看板娘が部屋の鍵を握りしめて戻って来たのを最後に、周りで此方の様子を見ていたお客さんも各々解散、となった。


「じゃあ、お兄さんの部屋はいつもの場所ね! お湯もいつもの時間でいいかな!?」

「うん、それでお願いします。それじゃあお二人共、このまま行ってくるのでまた後で」

「おう、何か色々悪かったな。まぁ、話はまた後でな! 俺も食い終わったら嫁さんに声かけてくるぜ!」


 少しだけ騒動になってしまったが、却って無事を知らせたい人がこの街にいるとわかって良かったかもしれないな。

 仕入れ……、といっても金は白金貨一枚分ってところかな? 本格的に動くのは明日からにして、今日はジーヌ一家やゴダール商会に顔を出すくらいにしておくか。


 白い街並みを眺めつつ、道中の露店に拠点の住人達が欲しがった物があれば交渉をして、と歩いていれば目的の人物がまたも売れ残りの商品を横に頭を垂れている。

 今回もまた入浴剤が多めだ、丁度良いこれも人気の香りの物を中心に仕入れられたらとウタノハに言われていたな。


 うちの拠点でもこういう物を作って、この街に卸せるようになればおいそれと鉱石を売らずに済むから、何か名産品を作るっていうのも面白いかな? 一度ペイトンやアナスタシアに話をしてみてもいいな。


 ジーヌのすぐ傍までやってきたが、いつかの時のような威勢の良さは余り感じない。

 むしろ頭を抱えてため息をしているのが印象的な程に元気も無いし、まるで商売そっちのけで何かに頭を悩ませているような。


「この香料、また買わせてもらうよ。久しぶりですねジーヌさん」

「あぁ……、……はっ? はっ!? ほ、ホリさん、ホリさんか!?」


 声をかけてみると、最初は生返事だった彼は突如としてスイッチが入ったようにこちらを見て、そのまま飛びつくような勢いで近付いてきて俺の体をばしばしと叩いている。


「ホントに、ホントにホリさんか!? 死んでねえよな! 化けて出た訳じゃねえよな!?」

「痛い、痛いからねジーヌさん。この通り無事ですよ、言ったでしょう? 逃げ足は速いんですよ私」


 こちらの言葉を聞いて安心したのか、ぶわりと涙を浮かべて歯を食いしばっている彼は俺の服を掴む力を強めて再会を喜んでくれている。

「よかった、良かったよぉ……。俺はよ、あん時、アンタをあそこに残しちまった事が苦しくて、悲しくてよお……!」

「あの時はああするのが最善かな? って思いまして。辛い思いをさせてしまってすみません。何度も言いますが、この通り生きてますよ」


 溢れ出る涙と鼻水が再会を喜んでくれているのはわかる、笑っているのだか泣いているのだかわからない不思議な表情の彼が何度も頷いて再会を喜んでいると、すぐ近くの商店から勢い良く飛び出してこちらへ叫んでくる、これもまた見知った顔が。


「あんたうるさいよ! こっちは交渉ちゅ……、ホリさん……!? ホリさんかい!?」


 夫婦揃って表情がコロコロと変わる様に少し笑ってしまったが、彼女も慌ただしくこちらへ駆け寄ってきてこれまた夫婦揃って人の体をバシバシと叩いてあちこちを確認している。


「ミリーさん、お久しぶりです。お二人ともお元気そうで何よりです。こうして再会出来た事は嬉しいのですが、もう少しお手柔らかに……」

「ホントに!? ホントにホリさんかい?! ゾンビや幽霊の類じゃないよね!?」


 どうしてか、ここでも先程の宿屋と同じ様に人目を引く結果になってしまったがこうして喜んでくれているのだから良しとしよう。

 それから二人を落ち着かせ、商談の場へと戻るミリーをジーヌと二人見送りつつこちらも店に並んでいる商品を改めて見させてもらった。


「それじゃあ、この香料全部貰っていきますね。お代は……」

「いらねぇ!」

「へっ?」


 お金の入っている小袋を取り出し、前回と同じくらいかな? と中身を確認していると思いがけない言葉に見舞われ、視線を彼に戻すと腕を組み唸っている。

「ホリさんには一家全員が世話になった、そんなお金は受け取れない!」

「え、でもここに並んでる物の売上がジーヌさんの晩酌代になるんでしょ? それなら別に……」

「いらない!」


 頑として譲らないと体から滲み出るような空気と大きな声。

 そんな大声を出したらまた奥さんに怒られますよ、と言うと少しトーンを落とした声量で、それでも金はいらないと再三にわたり告げてきた。

「それなら、今夜一緒に食事にしませんか? 再会を祝して、セバートさん夫婦やその彼の友人夫婦と一緒に私が滞在する宿で食事を、と約束したんですがジーヌさん達もよろしければ。お代は私が出すので、それなら気兼ねなく飲めるでしょう?」

「そりゃ、まぁいいけどよ……。うーん……」


 飯を一緒に食うという事は大丈夫みたいだが……。

「私もジーヌさん達にこうして会えて良かったと思ってます。あの時は色々と運が悪かったと思って、再会のお酒を一緒に飲みましょうよ」

「おう……、よし、そうだな! じゃあ、うちのアレックやクラリーも連れていくぜ! ホリさん、今日は寝かさないからな!」


 出来れば美女に言われたい台詞だが、彼の笑顔に釣られて笑っていると商談を終えたミリーが再度こちらへ慌てた様子でやってきた。

「良かった、やっぱり夢じゃなかったんだね!」

「かーちゃん、まだ信じてなかったのかよ……。いや俺もひょっとしたら夢なんじゃねえかって思っちまってるけどよ!」


 宝飾エリアの華美な通りの前で大きく笑う彼と、呆れたような表情を浮かべているミリー。二人がこの様子なら、アレック君とクラリーの両名も大丈夫だろうな。

 それから暫くの間ミリーに矢継ぎ早に質問をされ、こちらも答えられる範囲で返していると店を畳んでいたジーヌが大きな声を出した。

「そうだホリさん! アンタ、セバートのところで武器買うんだろ?!」

「え、ええ。おかげさまで安く色々譲ってくれるみたいですが……」


 血相が変わった、という感じのジーヌに少し戸惑っていると、彼は俺の返答を聞きニヤリとほくそ笑み何か悪い事を企てるように不気味に笑って頷いている。

「あの野郎、俺の目利きに文句言ってとっておきのモンを安く仕入れやがったんだ、少しお礼してやるぜ……」

「アンタねぇ……。まぁ、程々にしときなよ?」


 不敵に笑う男性に、それを見て痛む頭を押さえるようにして呆れている女性、そんな様子のジーヌ夫妻と改めて晩御飯の約束を取り付け、その場を後にして以前に香水を買わせて貰った店先へとやってきた。


 店先には、一つの小さなテーブルに置かれた色とりどりの瓶が。

 何かお土産を、とあれこれ悩んでいる時にこの店のこのディスプレイを見てここに転がり込んだ事を思い出しつつ、店内を覗き込みながら入店をするとすぐに声をかけられた。


「いらっしゃいませ。本日はどのような御用件でしょうか?」


 ピシリとした身なりの男性店員、イケメンである。以前にもお世話になった人がやってきてくれたので彼に欲しい物を伝えるとしよう。

「あのですね、実は……」


 流石はプロ、こちらの要求と合致する物を即座に数点候補に挙げ、それらを纏めて購入させてもらうと彼は俺が購入した物を纏めて一つの小綺麗な箱に詰め込んだ。

「これは……」

「サービスです。また奥様にプレゼントの際は是非当店へお越しください」


 恭しくこちらへ頭を下げ、イケメンスマイルに心をやられながら差し出してきた箱を受け取る。悲しい誤解が生まれているが、わざわざ誤解を解くのも失礼か。

「ありがとうございます、また何かの折にお願いしますね」

「はい、心よりお待ちしております」


 最後までイケメン。

 神は残酷、イケメンでこういう心配りが出来る、きっと彼はモテるんだろうな。


 溢れ出る心の汗を拭い、また露店の商品を眺めつつまた別の目的地へ。

 向かう先はこの街のほぼ中心、商業エリアの元締めのような人がいるあの商会。常に緊張を強いられるあの場所へと足を運び終える頃には空や街が茜色に染まり出している。


「少し、時間を食っちゃってるな……。最悪明日の朝一番でもいいかな。あちらは忙しいだろうし」


 一応、アポイントだけは取っておいた方が良いだろう。後日伺うにしても、急に行くよりはマシだろうし。


「……ん? んー? んー!?」

 拠点の人達に恨まれそうなので購入するか悩んだがペトラの調合道具を数点、新たにやってきた亜人達の食器などをかなりの数購入しながら目的地付近へと到着すると、何か行列のような物が出来ている。

「これは……」


 ゴダール商会、この街並みの中でも一際目立つ建物から伸びているまさに長蛇の列。様子から察するに商人だが、どの人も目をぎらつかせて並んでいる者同士で牽制をし合っている。

 その様子を眺めて少し呆気に取られていると、彼らの先頭にいた人が意気揚々と店へ入っていき、それとは入れ違いにしょんぼりとした様子の男性が店から出てきた。


 一体何が起きているんだろう? と長蛇の列の先頭近くには何やら看板が。

 看板にはよくわからない文字が並んでいて、悲しい事に全く読めない。アリヤ達が使う文字ともまた違う形の文字の連続、さてどうした物か……。


「どうかされましたか?」

「これ、何て書いてあるんだろうって思いまして」

「『ホーリーナイフを希望される方は係員の渡す紙に値段をご記入の上カウンターまでお持ち下さい』と書いてあるんですよ。ホリさん」

「へぇー。そりゃまた随分……って、あれ?」


 頭を悩ませていた事が解決したのはいい、だが何故だろう? 今日はこの街で人目を引き続けているような、そんな気がする。

 看板に集中していたので気付かなかったが、後ろから聞こえてきた聞き覚えのある二つの男女の声。


 看板横に並んでいる商人が目を見開いて俺とその俺の後方にいるのであろう二つの声の持ち主を交互に見ている事からも大体誰かは察せられた。

 ゆっくりと視線を横にずらすと他に並んでいる人からも同じような目を向けられていて、彼らの視界の最後は決まって俺の後方。


 今回は緊張する暇もなかったなぁ、と一つ息を吐きつつ後ろへ振り返ると以前会った時よりも美貌に磨きがかかっているように感じる女性と、今日も変わらずダンディな執事然とした男性。


「お久しぶりですホリさん、どうです? 凄いでしょう?」

「お久しぶりですゾフィーアさん。ええ、これが『アレ』の人気なのだとしたら、何といえばいいか言葉に迷います。セバスさんもお久しぶりです」

「お久しぶりです、ホリ様。我が主もお陰様で、困ってしまうほどに快活になられましたよ」


「ここでは落ち着いて話も出来ない」と中へ、そしてそのまま彼女の部屋へと案内をされたが店先から店内を歩いている最中、お客さんから店員までほぼ全員に穴が開くほど見られ続けていた。

 おかげで嫌な汗を掻いてしまったが……。


「フフ、どうされました?」

 ここゴダール商会の長の女性が以前よりも明るくなったような印象を受ける程楽し気に笑いながらこちらへ向き直りながら声をかけてきた。


「いやぁ、田舎者には中々辛い視線を感じまして。変なところに汗を掻いていないか、確認をしていたところです」

「フフフッ、これでこの街に新たな噂が広まりますよ。『あの商会長をタラシ込んだ男』として、ホリさんの人相が広まってしまったりして」

「ゾフィーア様、はしたのうございます。ホリ様、我が主は貴方に久々に会えて心を弾ませてしまっているようです。僭越ながら私から謝罪をさせて頂きたく」


 楽し気な彼女と、少し困り顔で釘を刺したセバス。

 どちらもお元気そうで何より、ゾフィーアに至っては元気が有り余っているといった感じで、まさに溌剌としているような……。


「いえいえ、お気持ちだけで結構ですよセバスさん。それにお二方のお元気そうな姿を見る事が出来て何よりです」

「フフ、ホリ様から頂いた寝具のおかげで少々困った事になっておりますよ。この通り、若かりし頃に戻ったかのような……」

「まぁ、失礼しちゃうわねセバス? それではまるで私が年寄のように聞こえますよ? でもそうですね、あの寝具はもうどれだけの財を積まれようと手放せません」


 質の良い睡眠がそのまま仕事に直結しているのだろう。彼女の敏腕に更に磨きがかかって、結果あの長蛇の列か……。


 積もる話、というよりは鉱石関係のアレコレをまるで歌うように報告してくる彼女と話を進めていると気付けばセバスが押してきたワゴンにはワインクーラーに入れられたワインとグラス。

 時間的にも良い頃合いなのだろう、それを出してくれたセバスを見るとにこりと微笑んでいる。

「セバスはワインには少しうるさいんですよ? これも美味しい物の筈です。頂きましょう? ホリさん、飲めないという事はありませんよね?」

「ええ、大丈夫ですよ。是非頂かせて貰います」


 対面に座る女性と、その横に立つ男性に頭を下げつつ彼が俺の持つグラスへワインを注ぎ込む時に、手の中にある見慣れた輝きに気が付いた。


「あれ? このグラス……」

「気付くのが遅いですよホリさん! もう、焦らすのがお好きなのかしら?」

「フフフ、ゾフィーア様。ホリ様はこの輝きを見慣れているのですよ、気付かないのも仕方のない事かもしれません」


 グラスにワインを注ぎながらセバスが説明するには拠点の中では日常的に使っている鉱石のカップやグラス、この街では今空前のブームになっているらしく、この国の王宮にも献上されたのだとか。


「それはまた随分と出世をした物ですね、この鉱石も……。この商会恐るべし、と言ったところでしょうか?」

「次の移転祭では街の中を変えるのではなくてこの鉱石を使った調度品を賞品に、という声もありましたわ。慣例を変える訳にもいきませんから却下はしましたが、王はそれも良いな、と仰っておりましたし、どうなりますかね?」

 鉱石のグラスの持ち手の部分を優しく摘まみ、うっとりとした目つきで全体を愛でるように撫でているゾフィーア、正直エロい。


 調度品か……。

「あー……、とですね。失礼ながら売る気はないんですが、このワインを頂くお礼に一つ、お二人に見て頂きたい物があります」

「!? 何かしらっ!」

「ゾフィーア様、落ち着いて……」


 がばっと体勢を起こし、興奮の色を強める彼女を宥める老齢の男性。彼も苦労が絶えないんだろうなぁ……、アナスタシアとオレグのようだ。

 彼らの前、テーブルの上に以前作り上げたアナスタシアの彫像を置いてみた。

「まぁ……」

「ほぉ……」

「い、如何でしょう?」


 机の上に置いたアナスタシアの彫像は訓練の時に剣を誰かに向けて叫んでいるシーンを模して作った物なのでとても荒々しい。

 気付けば先程までの和やかなムードも無くなり、いつの間にか装着していた白い手袋をつけたゾフィーアがこちらに一度断りを入れてから大事に手に取って見ている。


「素晴らしい、素晴らしい品です。あの頑強な鉱石でここまでの品を作り上げるだなんて……。ホリさんが作られたの?」

「いえ、私の知り合いが。何かの折に私に譲ってくれたのですよ」

「細工としては端々に未熟な部分を感じさせますが、それでもこの鉱石の輝きがそれを感じさせる事なく、むしろこの荒々しいケンタウロスを際立たせておりますね。女性のケンタウロスのようですが、何と凛々しい……」


 彼らの評価は高い、その事がわかったので内心ほっと一息。

 像のモデルは当然良い、鉱石素材も勿論良い、作り手の俺が悪いという評価ではあるが、作った本人としてはこうして言ってもらえるのは嬉しい。


「ホリさん、その方を紹介して下さらないかしら? 私も商品としてではなく、一個人としてこれを頂きたいわ!」

「私も是非お会いしてみたいですね。他の作品も出来れば見させて頂きたいところではありますが……」

「すみませんが、その人は人間嫌いなもので……。滅多に会える方ではないんです。私も時折一緒にお酒を飲む程度なので」


 俺の言葉を聞いて残念、と顔に書いてある落胆する二人。

 その後あれこれと話をしてアナスタシアの彫像を返してもらい、鞄に入れ直すとゾフィーアがワインを味わい、ふうと一息ついた。


「本当に、貴方は来るたびに面白い物を見せてくれますね。ケンタウロス、というのがまた私やセバスには縁が合った物ですから、先程の像譲ってくれるのなら白金貨三十枚は出しますよ?」

「さんっ……、さんっ!?」


 特定の数字の時だけアホになる芸人のようになってしまったが、彼女とその横にいる男性は妥当な値段だと言うように無言で頷いている。

「思い出しますねゾフィーア様、『あの』白銀のケンタウロスを」

「ええ、今でも鮮明に覚えているわ。あの赤い耳飾りをしたケンタウロス、まだ生きているかしらと思ってみたけどあれ程強かったのです、きっとまだ存命でしょうね」


 白銀に、耳飾り……? うーん、ほぼ毎日見ているような気もするがアナスタシアの耳飾りは青いし、きっと別人だな!


「美味しいワインの肴に、お二人のお話を聞かせてもらっても?」

「ええ、勿論。あれはまだ私とセバスが冒険者稼業をしている時の話です」


 話の最初から衝撃の事実なのだが、語り始めたところを邪魔するのもあれなので突っ込むのは堪えた。何かを懐かしむように微笑むゾフィーアと、隣のセバスもいつも見せる笑顔とは別種の柔らかい表情。


「私達はある資源を求めて山林にある洞窟を目指して移動をしていた時、巨大なサイクロプスに遭遇してしまったのです」

「ほうほう……」


 サイクロプス……一つ目の巨人、だったっけ。力が強くて頭が悪いとか何とか、ペイトンが以前に言っていたな。

「私もセバスも腕には自信がありましたが相手には及ばず、あとは死を待つのみという状況まで追い込まれた時に……、彼女はやってきたのです!!」


 気付けばセバスもワインを片手に、その当時を思い返しているのだろう。何やらうんうんと頷きながら、ゾフィーアの語る内容に相槌のような物を打っている。


「あの颯爽と現れて、あっという間にサイクロプスを討伐した美しい女性のケンタウロス、今でもその姿は頭に焼き付いています。黒々とした髪を束ね、耳元には花を象った赤い耳飾り、そして衣服の合間から見えた白い馬体、まるで絵画の中から私達を助けに来てくれたような凛々しい姿……」


 彼女達の話す内容を聞きながら、ワインだけだと寂しいかと思ったのでスライム君お手製のお魚の燻製を用意してみた。

 ゾフィーアは俺が鞄から出した燻製などに一切気づかずに如何にそのケンタウロスが美しいかと整然と語り、止まる様子はまるでない。


「ホリ様、これは……?」

「これもまた私の友人の一人が作ってくれたワインに良く合うオツマミです。美味しいワインのお礼に、どうぞ」


 セバスは語り続けているゾフィーアを差し置いて一度魚の燻製を手に取り、それの見た目や香りを確かめた後に一口頬張るとどうやら気に入ったようで。目を見開いて、こちらと燻製を交互に見ている彼はもう一切れを口に入れて、ワインの入ったグラスを傾けるとご満悦といった表情で一息ついた。


「ですから……、あらっ? セバス、それは何かしら?」

「ホリ様のご友人が作られた物の様です、これは何とも……」

「お二人の思い出話を聞かせて貰ったお礼です。ゾフィーアさんも、宜しければどうぞ。お口に合えば良いのですが……」


 その後、ワインが進み饒舌になった彼女達と魚の燻製が無くなるまで話を続け、この後色々な人達と食事をする約束をしている事を思い出すまでそれは続いた。

 そして何故か話の流れで俺の滞在する宿へ俺とゾフィーア、セバスの三名が向かっている。今日は大変な一日だったがそれはまだ続くようだ。


 宿に入って、俺達一行を見た看板娘の顔は一生忘れる事はないだろう。

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