第123話 宝物
「ブモッ、ブッモォオ」
「おーよしよしよし、よーしゃよしゃしゃしゃ」
全てが終わった事を告げるように、対峙していた相手の肉片を踏みつぶし怒涛の勢いでこちらへやってきた彼女。
その真っ赤に燃える角と、燃え滾るような真紅の瞳にロックオンをされていた俺は今、全力で彼女にじゃれつかれている。
「ブモォッ、ブモッ!」
「おごふっ、よーしゃしゃしゃ」
先程まで戦闘をしていたラミアの女王を粉々に砕き終えた彼女が、何故か俺を視線に捉え、脇目もふらずに駆け寄ってきた時はありとあらゆる神仏と魔王にお別れの御祈りをしていたが、目の前でぴたりと止まった後に少し甘えるような鳴き声と共に頭や顔を擦り始めたのには驚いた。
そしてそこから俺の諦めない心、そして動物王国の王の模倣によりまだ現世にこの命を留める事に成功している訳だが、問題は幾つもある。
まず相手。
レイという一人の女性、それも魅力溢れる彼女が幼児退行してしまったように頬ずりをしてきたりするのは、男性的には嬉しいのだが……。
素直に喜べない理由の大部分を占めるのは相手の種族。突然の事の連続で失念していたが、まず彼女は頭の上の部分に角がある。
先程から顔や頭を彼女が擦りつけてきているので、角がよく当たる。それもかなりの威力で。
ラヴィーニアから貰った頼みの綱である鉱石布を体に巻き付けているので、大事には至っていないがそうじゃなければ恐らく重傷を負っているだろう。
その問題の中でも一番重要なのは彼女の圧倒的なパワー。
顔を紅潮させ凄く楽し気に、常軌を逸した力で抱き締められた時は流石にやばかった。神様の元へ召される寸前まで追い込まれるというソレはまるで死の抱擁。
彼女の豊かな胸の中で逝けるのならそれもまたアリなのかなと自分の体からあまり聞く事のない音を聞きながら考えていたが、すんでの所で踏みとどまる事が出来た。
あともう一押しで見ている人にトラウマを抱かせる大惨事になるところで彼女がぱっと腕を離し、少し不満気な表情で俺の腕に頭を擦りつけてこなかったら確実に死んでいた。
どうしたのだろう? とそれを数回繰り返していたレイの頭につい手を置いて軽く撫でてみると、正解だ! と言わんばかりに溢れる笑顔で倒れていた俺の体の上に陣取り、そのままもっとやれと頬ずりを続けている彼女。
むにむにとした見るからに柔らかそうな物が腹の上でぐにぐにと形を変えていたり、普段の彼女なら既に顔を真っ赤にしているであろう行動を取っていたりとしているが、この撫でるという行為を止めると彼女の抱擁が再開する事になるので止める事は出来ない。
オラトリ達は俺とレイを放置して怪我人の処置に当たっている。
最初、心配をして駆け寄って来てくれたオラトリ達に対して、レイが本気の威嚇をし始めたという事もあって、接触は避けるべきと決断した彼女達はそのまま去り際に一言「後は任せました」と言って苦笑をしていた。
その後、怪我人の治療や他の場所にもいた亜人達を保護し終えたという報告を聞きながらかなりの時間をレイと二人でこうしている訳だが……。
問題のレイはというと、少し前から俺の胸に顔を埋めその表情が伺えなくなってしまった。満足気な笑顔を見ていないと、いつ昇天ホールドが始まるのかわからないので不安で気が気ではない……。
ここは少し大げさにでもやってみるとしよう。
「うーっしゃしゃしゃしゃ、よーしよしよしよし、かーわいいですねー!」
「あぅ……」
半ば自棄になって全力で可愛がり続けていると小さな声が聞こえてきた。
んー……? これはまさか……?
一つの可能性が生まれてきてしまったので、彼女の頭を撫でていた二本の腕の内、片方をふわふわの茶髪からもう少し下げて豊かな丘に手をやってみた。
「んっ……」
どうやら既に、俺の命は救われたらしいという事を小さく彼女が告げてきた。
散々な目に遭わせてくれたので、気付いていないフリをしながら感触を楽しむとしよう。
「いたたたたっ!」
「はァいそこまでェ。レイ? もう気がついてるんでしょォ?」
むにむにとした大重量、ワンダーな感触を夢中で楽しんでいた腕をやってきたラヴィーニアに抓られて敢え無く御用となってしまった。
レイの様子が戻った事をどうやって察したのか? ラヴィーニアはレイへと言葉を投げかけると、俺の胸の上にあった頭が一つ頷いた。
何故か心の汗が止まらない、ここは何とか誤魔化すとしよう。
「あっれー? レイ気がついてたならいってよー、イダダダダダ!!」
「全く、ホリィ? 貴方も気が付いてたわよねェ? それとも、この手が悪さをしちゃったのかしらァ? レイ、大丈夫ゥ?」
「うぅぅっ……」
どうやら、俺が考えている事は全てあの紫黒の瞳にはまるっとお見通しのようだ。
しかし、それならそれでレイの方も早く言えばいいのにとは思うが、何を言ってもここは藪蛇。それならこの流れに身を任せる事で事なきを得よう。腕の痛みはあのワンダーな感触を味わった代償なのだ、ぐっと堪えねば。
「……ごめんなさい。ああなっちゃうと、その、自分じゃセーブが出来なくて」
「フフ、凄かったわよォ。アレならアナスタシアにも勝てるんじゃないのォ? 起きれるゥ?」
「あぐぅっ」
ラヴィーニアがレイの体にポンと軽く手を置いた時、小さな呻き声が聞こえてきた。
その声を出した主は先程までの恥ずかしさから出ていた表情とは一転、眉間にシワを寄せてぐっと目を瞑っていた。
「レイ、どうしたの?」
「じ、実は……、こうしてじっとしてないと、体が痛くて痛くて……」
それから、彼女はぽつりぽつりと説明を始めてきた。
どうやら、角が輝いた状態では力を限界以上に出せるようになる、その反面で例え僅かな時間でもああなってしまうと力の反動で指一本満足に動かせなくなってしまうらしい。
「あんな大それた強さ、何の代償も無しに出せる訳ないって事か……。当たり前っちゃ当たり前だけど」
「そうねェ。フフッ、レイも頑張ったんだからァそのままホリに甘えておきなさいよォ。ホリはエッチな事禁止ねェ」
彼女の体を労るように優しく頭を撫でて、そのままひらひらと手を泳がせてレリーアやリューシィ達の元へと歩き出したラヴィーニア。どうやらこちらの事情を説明してくれるようだから、あとは任せて休ませてもらうとしよう。
何だかんだ薬草汁のおかげで少しは手足も動かせるが俺もまだ体調が万全という訳でもないし。
「それにしても凄かったなぁ、レイの本気になった姿。ティエリが憧れるって言ってた強さを見させてもらったけど、あれなら納得かも」
「それでも、まだちゃんと使いこなせていないもの。少しの時間でこんな風になっちゃうしね? モォ、情けないわ……。それに彼女ならもっと……」
何かを呟いている彼女のふわふわとした茶色の髪と独特の温かさを持つ耳の感触とを楽しませてもらいつつ、オラトリ達が呼びに来るまでの間を休憩させてもらった俺とレイ、それでもレイは満足に動く事が難しく、俺も少し歩いただけで息が切れるという状態。
ほぼ全員が怪我をしているし無事な者は少ないのにも関わらず、俺やレイの体調を気遣っておぶってくれる彼女達には頭が下がる。
「ゴホッゴホッ、すまないねぇ、アリヤも疲れているだろうに」
「イインダヨ、オ婆チャン。俺、頑張ルカラ」
道中に小芝居を挟みつつ外へと出ると、既に時は茜色の空が告げる夕刻。
ペイトン達も既に集まっていて、その中でも目を引いたのは満足そうな顔をしているシュレン。その表情から見てもやりたい事はやれた様子なので、切り上げるとしよう。
「シュレン、ちゃんと弔いは出来たかな? そろそろ帰ろうと思ってるけど」
「はい、里の者にもそうでない者にも、別れの祈りは捧げておきました。本当に皆さん、ありがとうございます」
普段あまり見せる事のない表情で頭を深く下げた彼女の言葉を聞いて、一度頷いたペイトンがオラトリに背負われているレイを見て少し困惑といった表情を浮かべた。
「それにしても、ホリ様はまだ何となくわかりますがレイ殿まで満身創痍とは……。日が沈む前にせめて森を出るとしましょう」
「そうですね、それでは重傷者は荷台へ。動ける者は荷物の整理を手伝って下さい」
最後に一度、穴の中へと数名が入り亜人が残っていないか等の確認を終え、中に誰も残っていない事を確認したラヴィーニアが魔法で洞窟の入り口を完全に潰してしまった。
「これでェ、この辺りの臭いもその内消えるでしょォ」
「ラヴィ姉さん、やる事派手だなぁ」
その間にペイトンに鞄を渡し、粗方の物資や荷物を収納して出発となった。
怪我の度合いなどにより荷台にはレイや俺、他にもリューシィやシーが乗せられている。
かなりの人数があちこちに怪我をしているが、応急処置は済んでいるのでそちらはポッドに見てもらうという話で満足に歩けない者や怪我の度合いが酷い者が優先して荷台には乗せられている。
ゆっくりと周りを見回すと心なしか来た時よりも森の威圧感というか、不気味さが薄れているようにも感じ、帰りの道中皆の足は疲労もなく軽いようだ。
「アッ、ホリ様目ヲ瞑ッテ!!」
「ヒギィッ!!」
そろそろ森から出られる、というところまで来ると一つの緊張状態から解放され、明るい表情で会話をしている周りを荷台から見ていると突然飛び掛かるように目を潰された。
そうだ、油断をしてはいけない。出口が近いとはいえここはまだ森なのだ、敵はうようよといる。緩んでしまった心を引き締めるようなこの目の痛み、甘んじて受けよう。
「べ、ベルありがとうね。虫がいたんだね、言ってくれればちゃんと目を瞑るから」
「ハイ! 首ノ無イ死体ト、ソノ周リ虫ガイッパイイマシタ! アンナノ見タラホリ様泣チャウ!」
既に君の手によって別の意味で泣かされているよ、という事実は言うまい。
滲んだ視界の中では、俺の為を思って行動してくれた彼女の笑顔は一際眩しく見える。
「ありがとうね、ベル。ただもう少し俺の眼球に配慮をね……?」
「アブナァイ!!」
「ビャァァアッ!」
優しさ、彼女達の思いやりが痛い。
何やら頭上を人の背丈よりも大きい羽根の生えたムカデのような虫が飛んで行ったとオーガの女性が濡らした布を渡しながら教えてくれた。
そんな恐ろしい虫もいるのか、と戦々恐々としながら滲んだ視界が戻ると、褒めてくれといわんばかりのアリヤが笑顔を浮かべていた。
「あ、ありがとうねアリヤ。でも、もう少し優しくだね……?」
「それよりもホリィ、少し様子がおかしいわァ。さっきもそうだけどォ、来た時よりも死体が増えてるみたいよォ?」
荷台の上からアリヤとベルの頭をぐりんぐりんと撫でていると、横を並んで歩いていたラヴィーニアが周囲をキョロキョロとしながら何かを警戒しているような……。
「えっと、それはもしかしてまだラミアの連中がいるかもしれないって事?」
「うーん、そうねェ……。その可能性もあるんだけどォ……」
周囲にあるという死体や、それに集っているという虫の群れなどに目をやりながら、何かを考えている彼女に並ぶように訝し気な表情を浮かべたオラトリがやってきた。
「ラヴィーニア殿、今フォニアに幾つかの死体を調べさせましたが、どれも簡易的ではありますが燃やされているようです。それに、死体は全てラミアの物だったと」
「そォ。フフ、なら気にしなくていいわァ。どこかの暴れん坊が私達の為に頑張ってくれたんでしょォ」
合点がいったと一つ強く頷いたラヴィーニアの言葉、口振りから察するにアナスタシアがやったようだが……。あまり深く聞くと怖いな、安全に家に帰れるという事実だけをありがたく受け止めておこう。
「ホリ様、森が終わりますが休憩はどうされますか? 出来ればそこで、オークさん達を休ませてあげたいと思いますが……」
「そうだね、ペイトン達もずっと頑張ってくれてたし、皆の反対が無ければそうしようよ。そこで改めて体調の悪い人は言ってくれればいいしね」
ミノタウロスの女性が出した提案に乗り、そして俺と彼女の会話を聞いていた周りも反対する者はいなかった。荷台の亜人達の様子も落ち着いた状況で一度確認をしておこうとは思っていたし、丁度良いタイミングだろう。
「あまり量はないけど、皆にカップ一杯分くらいならお酒も振る舞えるよ。風も冷たくなってきたし、温まりたい人は自分の体調を見てから言ってね」
薄暗くなってきたという事で体を撫でる風も少し冷たい。
拠点まではまだまだ距離がある。
それでも問題の森はもう抜けたのだし、張り詰めた糸のような緊張感を少しでも和らげられればと鞄から樽を一つとカップをそれなりの数出してみると、周りにいた者達の素早い動きでカップは全て無くなってしまった。
「皆……、体調は問題ないみたいだね」
「ホリ様、ホリ様! 前ニ作ッテクレタほっとわいんガ飲ミタイデス!」
頭上にカップを掲げているベルが楽し気に言った言葉が気になったのか、アリヤとシーが不思議そうな顔をしてベルに質問をしている。
「そうか、体を温めるならそっちでもいいかもしれないね。でもそれだと火を起こしたりして時間がかかっちゃうから、皆が許可をしたら……」
「火、起こしました!」
「鍋、鍋ありませんでしたっけ!」
ベルの体験した物を自分達も味わいたいという事だろうか? オーガ数名の迅速な動きによって既に焚き火が用意されていた。
「フフ、私もォ味わってみたいわァ」
「凄イ温マルンダヨ!」
「ホリ様、アリヤモ、アリヤモ飲ンデミタイ!」
どうやらホットワインを飲むという事で満場一致となっているので用意するとしよう。少しでも早く拠点に戻るべきではあるが、一番重体だったレイも少しだけ元気になっているしこれくらいはまぁ、いいか。
お酒の量も少ないのでそれほど時間も掛からず全員にお酒を振舞い、その後少し陽気になった俺達を歓迎するように帰りの道中で迎えに来てくれたケンタウロス数名と合流し、彼らが荷台を引くという言葉に甘えて拠点への道を急いだ。
「それにしても、ワインを温めて飲むという事は初めてでしたが悪くはありませんでしたね。寒い時に飲むのがクセになってしまいそうです」
「本当なら他のお酒でオススメがあるんだけどね、まぁそれは追々かな。気に入って貰えたようで良かったよ」
話をしながら、ちらりと荷台に乗せられている亜人の人達を見てみると今は死んだ様に静まっている。
先程、試しにと
亜人達の上げた悲鳴の小ささから、気付いたのは荷台に同乗していたシーとレイ、リューシィのみ。
お前は何をしているんだ、と口をぽかんと開けてこちらを見ていた三人にも丸薬をそのまま飲ませようとしたのだが、抵抗激しく失敗に終わってしまった。
この丸薬も、拠点に戻り次第ポッドに試してみよう。
今日は少し雲が出ていて月の光もなく道は暗い。
各々が手にしているランタンや、松明などで灯りを確保しているが時折吹く冷たい風に炎が揺らめくと少しだけ不安にもなる。
ゆらゆらと揺れる炎や、歩調に合わせるように躍るランタン。先導をしてくれているケンタウロス達や、他の者達はその暗い中でも迷う事なく拠点へと真っ直ぐに足を運んでいるようだ。
俺はワインが入った事もあり、少しだけ襲ってきた眠気に抗う事もなく亜人達の横に並び、談笑をしている声や蹄の音など様々な音を聞いている内に意識を失った。
次に体を揺すられ、目を覚ました時には既に拠点のそれもポッドの根元。
体を揺すって起こしてくれたシーと目が合うと、彼女は小さく微笑んだ。
「おはようシー。ごめんね、たっぷり休んじゃったよ。んー……?」
固まった体を伸ばしながら何やら騒がしいな、と周りを見ればトレントの根に腕を包まれているリューシィ達を筆頭に治療を施されている者達と、手に食器やカップを持ってワイワイと食事を楽しんでいる者達の姿が。
どうやら宴会をやる、という事ではないがここでポッドに怪我の様子を見てもらいながら食事にしてしまおうという段取りをウタノハが組んでおいてくれたようだ。
アリヤやベルもすぐ近くで肉や魚を頬張りながら治療を受けている。
「ホリ様、おはようございます。お疲れ様でした」
「ウタノハ、色々気を遣ってくれてありがとうね。亜人の人達はどう?」
「ヒッヒッヒ、ホリ様おはようございます。亜人らはあたし達で処置をしておきましたから、早ければ明日くらいには話せる者がいるやもしれません。大丈夫ですよ」
トレイに色々な食べ物を乗せて持ってきてくれたウタノハとト・ルース。
それを頂きながら救助した人達の状況や、新たに捕らえたラミアの対応などをやってきたアナスタシアも交えて話し合い、また後日に相手のリーダー格の女性と話をすることとなった。
「ホリ、少しいいか……?」
「アナスタシア、どうしたの? 何かあった?」
ラミア達や亜人達の今後はまた後日、となりまた食事を再開していると、少し浮かない顔のアナスタシアがつん、と背中を小突くようにして小さく声を掛けてきた。
いつも冷静で堂々としている彼女にしては珍しい、何かあったのだろうか?
「ちょっと、こっちに来てくれ……」
「? うん、わかった」
軽く摘まむように服を引かれながら何故かゼルシュが寝転がっているポッドの近くまでやってくると、彼女はポッドの根元から何かを拾い上げた。
その手にある物、見覚えのある鞘と持ち手。
「これアリヤの剣じゃない、取り返してくれたの?」
「あ、あぁ……。ただその、な……」
少し歯切れの悪い彼女、一つ大きく息を吐いたアナスタシアはそのまま静かに剣を滑らせる様に鞘から抜き放つとその理由は一目瞭然だった。
「折れちゃってるね……」
「……すまない。これを持っていたラミアに部下が不意打ちを喰らってしまって……。武器を打ち落とす余裕がなかった……」
成程、帰り道にあれだけの死体があったのだからただでさえ人数の少なかったアナスタシア達は大変だったろうな。
「ターシャ、体は大丈夫? 怪我はしてない? 部下の子達も」
「ああ、私の部下達も捕らえたラミアも無傷だ。勿論私も。ただ、武器を向けてきた相手は投降を促したが抵抗が激しかったので全員殺した。すまない、私の未熟さが招いた結果だ。無駄に死者を出してしまった」
普段の凛々しさはどこへやら、手にしている剣を震わせ悲痛な面持ちを見せる彼女だが護衛についていたのが彼女ではなく、別の者だったらこちらにも甚大な被害が出ていてもおかしくはないだろう。
「いや、死んだ人には悪いかもしれないけど、ありがとうターシャ。おかげで俺達は助かったよ。あの帰り道に敵と遭遇していたら、俺達の中から死者が出てたかもしれないしね。それじゃあ、二人でアリヤに謝ろうか?」
「二人? いや、アリヤにはこの後私が謝るから、別にホリは……」
彼女の手にある途中から刀身の無くなっている不思議な波紋が入った剣を受け取り眺めてみるとやはり見事に折れている。これ結構な逸品だった筈だけど流石はアナスタシアといったところか。
「ほら、俺もかなり油断して護衛をターシャ一人に任せちゃったしね。あの数の相手を一人でさせちゃったのに、その上一人で謝れなんて言わないよ。俺にも責任があるんだから、二人で謝らせて欲しいな?」
「……、ありがとう……」
きゅっと唇を噛んで悔しがる彼女は微かに呟きながら、一つ頷いてきた。それならば早めに済ませて、彼女の心労を軽くしてあげるとしようかな。
彼女にアリヤを呼びに行ってくる旨を伝えて、ゴキゲンな様子で骨付き肉に噛り付いているアリヤへ声をかけた。
「アリヤ、ちょっといいかな? 大事な話があるんだけど」
「? イイデスヨ! ア、フォニアソレアリヤノ肉!!」
「へへー! もーらい!」
俺に返事をしつつ皿の上に乗っていた最後の骨付き肉を取ろうとしていたアリヤが横から肉を掠め取られ、多少憤慨しつつもポッドの傍で待っているアナスタシアの元まで連れて行く。
最初はどうしてここへ、と連れて来られた理由が分からず首を傾げていた彼女だったがアナスタシアが手にしている剣を見て飛び跳ねるように駆け寄って行った。
「コレ、アリヤノ剣!? アナスタシア、取リ返シテクレタノ!?」
思いがけない物があった事でぴょんぴょんと跳ねてその剣が返ってきた喜びを体全体で表現しているアリヤを見ると、どう話せばいいか切り出し辛いな……。
「う、うむ……。それなんだが……」
「アリヤ、まず話を聞いてほしいな?」
「? ハイ!」
少し空気の違和感に気付いたのだろうか、一度首を傾げた後に頷いたアリヤへ深々と頭を下げたアナスタシア。
「すまない、アリヤがこの剣を大事にしていたのは知っていたが、その……」
「ごめんねアリヤ、俺達の油断が原因で実は剣をダメにしちゃったんだ」
「エッ」
ゆっくりと剣を受け取り、こちらの言葉の意味を確かめるように鞘から剣を抜き放ったアリヤの目に、途中からぽっきりと折れてしまった剣が顔を覗かせた。
「アリヤノ……」
その剣をもう使う事が出来ないとわかると、先程までの元気が無くなり今にも泣き出しそうになっている彼女に、アナスタシアは改めて深々と頭を下げた。
「すまない。ホリは二人の責任だと言ってくれたが、直接へし折ったのは私だ。謝って済む問題ではないとわかってはいるが……、本当にすまない」
「ごめんなさい、アリヤ」
頭を下げているアナスタシアの隣で俺もそれに倣い頭を下げると、アリヤは何も言わず俺達三人は暫くの間静寂に包まれた。重苦しい空気の中でトレント達の葉擦れの音と少し離れた場所でわいわいとやっている声が聞こえ、少しの時間の後にその音に混じって一つ大きな溜息のような物が頭の上から聞こえてきた。
「二人共、頭アゲテ」
その言葉を聞いてゆっくりと頭を上げると、眼を潤ませているアリヤの姿が。彼女は大事そうに剣を鞘に戻して自らの腰に備えた。
「コレ、ホリ様ニ貰ッタアリヤノ宝物ダッタ……。デモ、結構無茶ナ使イ方モシテタ。ダカラ、ソノ内コウナルダロウッテ思ッテタヨ。ダカラ、ダカラネ……」
ごしごしと目元を服で拭い、それが終わると彼女は腰に携えた剣をポンと軽く叩いてアナスタシアへ向けて笑顔を浮かべた。
「コウシテ、最後ニ帰ッテ来テクレテヨカッタ! 取リ返シテクレテアリガトウ、アナスタシア!」
「すまんアリヤ、すまん……」
その言葉にまたも項垂れて小さく体を震わせているアナスタシアを慰めるように、小さい体を目一杯伸ばして頭を撫でているアリヤ。空元気かもしれないが、小さな子をあやすようにしている彼女の頭に手を置くと、じわりと滲んでいる瞳がこちらを見つめてきた。
「許してくれてありがとう、アリヤ。アナスタシアも、ちゃんとお礼言わないとね」
「ああ……、そうだな。ありがとうアリヤ、ありがとう……」
「ウン!」
輪を描く様に撫で合っていると、落ち込んでいたアナスタシアも元気を取り戻して笑顔になってきた時、アリヤがまたも表情を変え今度はニヤリと牙を見せるように妖しく笑っている。何やら不穏な空気が……?
「ソレニネ、アナスタシア……」
「む? なんだ?」
妖しく笑うアリヤは小さな声で話しかけながら、表情を崩さぬままこちらへ視線を移してきた。
「コレノ代ワリニ、ホリ様ニ剣ヲ作ッテ貰エバイインダヨ! ホリ様モ、責任ガアルッテ言ッテタカラ断レナイデショ!」
「ヴぇっ?」
「アリヤ……、天才か……?」
そう来たか、と意外な発言により変な声が出てしまったがそれを引き受けるのは難しいなぁ……。
「いやぁ、それはちょっとね。槍とかならまだ出来ない事はないんだけど、剣は色々難しいんだよ。後で皆に言おうと思ってたけど、早ければ明日グスタールに行って買い物をしてこようと思ってるし、そっちで良い物を見つけてくるから。ね?」
「エーッ!?」
アナスタシアに作った槍も見てくれはカッコイイが直槍と呼ばれる穂先が少しだけ長いだけの普通の物だし、今試作しているペイトン達の槍は少しだけ遊び心を出しているが言ってしまえば俺が作れる物はシンプルな物ばかり。
その槍に対して剣は持ち手の柄の部分や鍔、刃の向きや剣先の形と、全体のバランスもそうだがセンスが絶望的な人間にはまだまだ作れる物では無かった。
その事を伝えると自分の思いついた計画が頓挫したとわかり、ぷくーっと顔を膨らませているアリヤ。面白いので指で突くと空気の抜ける間抜けな音がした。
「ん? いや、待てアリヤ。ちょっと考え方を変えてみるんだ」
「ン? ナニナニ?」
顎に手を置き少し考え込んでいたアナスタシアも何かを思いついたようで、ふくれっ面をしたアリヤへと言葉をかけた。
「逆に言えば、だ。剣を作れるくらい鉱石を扱う技量が上がったら、それこそ優先的にアリヤへ剣を作ってくれるんじゃないか?」
「アナスタシア……! 天才カ……!?」
「えええ……?」
どうやら、剣を作るという事からは逃げられないようだ。
更にそのアナスタシアの考えで元気を取り戻したアリヤは、その提案をしてきたケンタウロスの腰元にある剣を見てポン、と手を叩いた。
「ソウダ! ソレナラ、アナスタシアノ剣ミタイナカッコイイノガイイ! 二本作ッテ貰ッテ、オ揃イニシヨウヨ!」
「む? それはいい提案だが、アリヤは曲刀の方が使い慣れているだろう? 私の剣は直刀だから、それに比べると使い勝手がかなり変わってしまうぞ? 切れ味も大分違うしな」
先程までの暗いムードから一転して楽し気に話をしている二人、彼女達はあれこれと話をしているがちらちらと期待が込められている瞳がこちらを見ている。
「大丈夫! アノ鉱石ノ武器ナラ問題ナイヨ! 絶対ソウシヨウ!」
「フフ、そうだな。それに私の武器という見本があればホリも着手しやすいだろう。お揃いの武器にしてもらうとしようか?」
最後にアナスタシアの告げた一言により、まるで逃げ道を封鎖されてしまったような錯覚に陥るが、二人が楽し気にしているのだしここは観念するしかない、のかな?
「もう……。わかった、わかったよ。何時になるかはわからないけど、いざ剣を作るって時はまず二人にお揃いの剣を作るよ。出来が酷くても知らないよ?」
「ヤッタ! 約束ヲ勝チ取ッタヨアナスタシア!」
「ああ! やったなアリヤ!」
溢れんばかりの笑顔で手を取り合って、小躍りしている二人はその後、刃の長さや持ち手の部分など自分の
「あー、皆、ちょっと集まってくれるかー?」
俺もそれに続くようにして席につき、食事をしている拠点の住人全員に向かって声を張り上げて先程アリヤ達にも言った近日中にグスタールへ向かうという旨を伝えた。
流石に物資を買いに人里へ行くという事にも、回数をこなしてきただけあって反対する者は既にいない様子。
「ラヴィーニア達アラクネのお陰で金銭的な余裕がある事だし、皆が欲しい物も出来る限り買って来るよ。装飾品とか高い物は難しいけどね」
「それならば食事をしながら話し合いをして、ホリ様に意見を出しながら決めて行きましょう。私も実は、今日の森での出来事で欲しい物が出来ましたしね」
ペイトンがそう言うとその周りに居たオーク達も頷き、早速と話し合いを始めようとしている。彼らの会話の中から『布』とか『いざという時の為に』とか、『呼吸は大事』という単語が出ている事から、空気清浄機能付きの布の魔道具を狙っているようだ。今日痛い目に遭ったし、当然かもしれないが……。
どういった物が欲しいか? という俺の出したお題に対して、早々決められる事でもないとわかってはいたが、話し合いをしている者達はその後どんどんと熱を帯びてきて終いにはお酒を片手に夜遅くまで議論を続け、その熱は夜遅くまで冷める事はなかった。
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