第113話 拾い人

「んぁ……、イツツ、頭痛い……」

 天井に開けた割と大き目の空気穴から、朝の陽ざしが差し込みきざはしのように線を引いている。


 簡易寝床の寝心地、悪くはないのだが最近藁布団のおかげで快眠していた影響かな? 久々に硬い床で寝た事で体のあちこちが痛むな。


 それに三人にガチガチに周囲を固められた状態であまり身動きも取れなかったのも要因としてあるだろう、何だかんだハードな一日だったから疲れも残っているかもしれないな。今日は自分の体調もアリヤ達の体調にも充分注意しておくとしよう。


「コファー、コカァーッ」

「折角可愛くなったのに、色気もへったくれもない寝方してるなアリヤは。いや、涎が酷いのはベルも一緒か……。シーは……」


 腕は片腕が解放されている、シーが離してくれれば自由になれるのでどうにか出来ないだろうか? 


チラリと隣で寝ているシーを見れば、空気穴から入り込んでくる光が鉱石の輝きに反射してシーに後光が差しているように見える。


 絵になるなぁ、昨日までの姿のままなら日差しが一番当たる場所にそれとなく場所を移動させて目を覚まさせるが、今は触れる事すら躊躇われるぞ。


 こうしてゆっくりと眺めるとアリヤの髪はショートで活発な感じだし、ベルがセミロングで優等生っぽい、シーが背中の真ん中くらいまで届くロングヘアーで大人びて見える。

 うーむ、三人共健康的なエロス……。


「ムァ……、アッ、ホリ様オハヨウゴザイマス!」

「おはようアリヤ、相変わらず朝から元気がいいね。ご飯の支度をするから上からどいてくれるかな?」

「ハイッ!」


 朝から飛び起きるような勢いで目覚める事が出来なくなったのはいつの頃からだったかな、この元気は体調の方に昨日の影響が少ない証拠。アリヤは大丈夫だろう。


「ん? ふむ……、さてこれはどうした物か……」


 がっちりと腕を抱きしめているシーは何やら口をもごもごとさせているが、このままでは起き上がれないから色々やってみるか。


「ベルー? ベル朝ー!」


 アリヤがベルの体を揺すりながら声をかけているのを横目にシーの纏っている布の中に手を入れてみると、幸せ空間がぽいんぱいんと俺の手に感触という返事を返してくれる。


 いい仕事してますねぇ……昨日ちらりと確認した限り三人ともラヴィーニアやレイのような大きさはなくとも、アナスタシアのように形が綺麗なタイプだった。

 シーは三人の中で一番大きいOPIをしているし、OPI査問委員会特別判定員の俺としてはゴブリンのソレの感触を確かめておかねば沽券に関わる! これは仕方がない、仕方がないのだ!!


「ホリ様……ッ! 何シテルンデスカ!?」

「生命の神秘について神と対談しているんだよ。こうすると会話ができるんだ、OPI神とね」

「サイテーダ!」


 自分のやった行動を途中から見られていたのはわかっていたが、あまりにも素晴らしい感触だったので右腕がいう事を聞かなかったのだ! と話したところで無駄だろう。


 だが私は知っている、アリヤ達は優しいのでどこぞのケンタウロスやアラクネのように叱られる事はない。


「後デ、ラヴィニ言ッテオキマスネ」

「アナスタシアニモネ!」

「すいませんでした!!」


 私は知っている、彼らは頭が良いと。ズル賢いと!


 その後、起き上がりながらも寝ぼけているシーが俺に抱き着いてくるなど一悶着あったが、遭難している事は一旦忘れてわいわいと楽しく食事を終えた。


「さてと、それじゃあそろそろ出発の準備を始めるとしようか」

「準備デスカ」


 俺達が持っている武器は現状一つ、シーのナイフのみ。

 あとは全て川に沈んでしまったし、ゴブリン達の防具は殆どがオーダーメイドのような物、サイズが全く合わない。そして魔法が使えるのも只一人、シーのみ。


「防具を今すぐに作る、っていうのは無理なんだ。アラクネの糸がないと俺には作れないから。だからせめてアリヤとベル用に鉱石で武器を用意しておいたよ。とは言っても、棍棒と簡易的な槍だけね」

「ホリ様ノ武器デスカ!?」

「ヤッタ! 僕達運ガ良イヨアリヤ!」


 どんな物が!? と声に出して喜んでいるところに申し訳ないなぁ、と先程食事の前に手っ取り早く作り上げた物を二つ、それぞれを彼らに手渡す。

「タダノ、棒……!?」

「棒ノ先ニ、シーノナイフ……!?」


 作り上げたと言うのも恥ずかしいほどにまっすぐな二本の棒。

 一つは持ち手のところに布を巻いて滑り止めを、もう一つは先の方で蔦を使ってナイフを巻き付けてある。


 作っている最中から「まぁこんなんでいいか!」という手抜き感溢れる粗末な出来栄えに、期待をしていた二人の美少女が呆けた顔をして棒を握り締めている。


「まぁ俺が作る武器よりも拠点にある武器の方が出来が良いんだし無駄になっちゃうからね。今回はそれで我慢してね」

「ムキー! ダマサレタ!」

「ウゥ……、念願ノホリ様ノ武器ガコレッテ……!」


 鞄の中にもう少し鉱石の在庫があれば良かったんだがなぁ、昨日の寝床を作ったのと火を焚いた時に使った物で殆ど無くなってしまったから今回は諦めてもらう他ない。

 いつもならもっと鉱石が入っている筈だけど、今回はトロルに汚された森掃除の為に鞄の中を軽くしておこうとしたのが却って災いしたなぁ。


「さて三人共、ここからの行動だけどどうする? 選択肢としては一度拠点に戻るか、ペイトン達を探す為に川の上流へ歩いて戻るか……、どちらにせよ俺達はこの周辺の土地勘もない上にあの蛇達という敵もいるから充分に注意しておかないとって、シー? どうかしたのかな?」


 服の裾を摘まんできたシーの方を見ると、山に向かう俺達の絵を地面に描いて指差している。どうやら彼女は一度山に戻った方が良いという判断らしい。


 そしてそれに賛同するように応えるアリヤとベル。

「サッキ、木ニ登ッテ山ノ方向ハワカッテマス。シーニ頼マレテ見テオキマシタ」

「山、アッチデス!」


 仕事の早い彼女達が指差した方向、木々が茂っていて俺には視認できないが嘆きの山があるのはあちらだ、と自信を持って言っているのなら信頼しよう。


「それじゃあ、満場一致だね。俺も正直川を上ってもしょうがないって思ってたんだ。よし、それじゃあ行くとしようか」

「完全武装シテ、アノ蛇ノ所ニ殴リ込ミマショウ!」

「ボコボコ! ボコボコ!」


 既に何かのスイッチが入っている二名は手渡された粗末な武器をブンブンと振り回してぼこぼこと言いながらどこかの民族のように軽快にステップを踏み出すように歩き出した。

 二人のかぼちゃパンツがちらちらと目に入ってくるのは敢えて黙っておこう。


 川の傍は岩場と呼んでも差し支えない程だったが、少し川から離れるだけでまるで植物が狂ったような鬱蒼とした木々に四方を囲まれ、更に言えば道という道も殆どない。

 上半身裸で居ていい場所ではないだろ! と言ってしまいそうになるが、前を歩いて道を作ってくれているアリヤとベルの二人の方が大変なのでぼやく事は出来ない。


 アリヤは布一枚を体に巻き付けドレスのようにして着用しているだけ、ベルも昨日からずっと俺のシャツ一枚、二人とも肌を思い切り露出しているのであちこちを草や木の枝で小さな傷を負っているが文句一つ言わない。


 偉いなぁ、と息も絶え絶えの状態で感心してしまう。

 シーはずっと周囲の警戒を続けているし、俺がこうして歩いていられるのも三人の力があってこそだろう。


 道中、ビックリさせられるが時折現れる動物はまだいい、戦闘にはならずに逃げていくから。

 出会わないように、と何度も祈り続けた物のここは彼らモンスターのテリトリー、遅かれ早かれいつかは来るだろうという覚悟はしていたが、とうとうその時が来てしまった。


 俺達四人の前には今、超巨大なトカゲがいる。よりにもよって、この碌な武器も防具もない時にレアだレアだと言われるモンスターに出会うなんて……。

「あれ、確かブリアンリザード……だっけ? 動いているところ初めて見たなぁ」

「ドウシマショウ、リマスカ?」

「ブチ殺シマショウ!」


 刺激しないように距離は取ってある、そして念には念をと茂みに隠れているが、身を隠しているのを帳消しにしてしまいそうな程に騒いでいる一名。


 アリヤを落ち着かせながらベルとシーの二名を見れば、彼ら二人は撤退を優先すべきという意見。

 倒せない事はないが、無駄に戦闘をして周囲の警戒が疎かになる方が危険だとシーは言っているらしいので、足早にその場から去った。

 その際、次回の狩猟でここに訪れた時の為にブリアンリザードが出たという事を分かりやすくする為に付近の木にナイフで目印を彫りこんでいるシー、抜け目がないな。


「倒セルト思ウンダケドナー」

「うん、アリヤが強いのは知っているけど、今はまず生きて帰らないとね? 武器も満足にないんだし、何よりその恰好で闘うと色々見えちゃうよ?」


 俺が視線を下ろしてそう言うと、その視線を追いかけて何かに気付いたように顔を赤くして裾を押さえたアリヤ。どうやらパンツを見られるのは恥ずかしいようだ、ゴブリンでもそこは恥ずかしいのだろうか? 


 それからも度々モンスターと遭遇するのだが、戦闘にはなっていない。

 アリヤはモンスターを見る度に戦闘になって欲しいという感情が溢れるように期待の視線を向けて棍棒を構えるが、職人のような仕事の速さでシーが魔法を使い追っ払ってくれるのでこちらは安心。だがまた一つ、遭遇した獣に逃げられてアリヤはぷりぷりと怒りのような物を体で表現している。


「モウ、アイツラ気合ガ足リテナイ!」

「戦闘にならないようにシーが頑張ってくれてるんだから……。それより、早く帰って大人の階段を一つ昇った姿を皆に見せる時の事でも考えてなさいな」

「ソンナニ変ワリマシタカ?」


 どれだけ変わったかを熱弁してやろうとベルの方を向いた時に視界の端に何かが入り込んできた。それが何かは分からないが、モンスターや獣のような物ではなくて人型だった事は姿形で把握出来たのだが……。


「何だあれ……?」


 目を凝らしているとそこには、人が……倒れている!?

 鬱蒼とした草が生い茂っているところに、確かに人間の姿をした何かが倒れているのが確認できた。

「三人とも、アレ!」

「ナンデスカ?」

「ンー……? ンン!?」


 行き倒れているのかな? ピクリともしないその存在の事を指を差しアリヤ達に伝え、そのまま小走りで向かい目標まであと僅かというところで凄まじい勢いで駆け寄ってきたシーに押し倒されてしまった。

 上に乗っている彼女は何かを伝えようと首を振り、まるでそれ以上その存在に近寄るなと言っているようだ。


「イタタ……、シー? 一体どうしたの?」


 何を聞いても彼女は首を横に振るだけ、更に動けないように腕を回されているのだがそのおかげで胸の谷間がばっちりと見える。

 うーん、やはり良い物をお持ちですね……と考えていると、アリヤとベルが足音を殺すように静かに傍にやって小声で話しかけてきた。


「ホリ様、アレハ『キラーユニフロ』ノ罠デス……。先ニ本体ヲヤラナイト、ホリ様ガ食ベラレチャイマスヨ」

「ええ!? それどういうむごっ」


 俺の体に回していた腕を戻して今度は口を押さえてきたシー。彼女は逆の手を使い指を一本立てて口元に立てると、静かにしろというアクションを取っている。


 理解したと数回頷くと、今度はアリヤが棍棒を握り締めて周囲の警戒をして俺の傍にしゃがみ込んだ。ナイスかぼちゃパンツ。


「アイツハ音ニ反応シマス! ダカラコンナ風ニ話シテルト……」

「アリヤ、来タヨ!!」


 槍を構えたベルが叫び声を上げて注意を促し、そのベルの視線の先に数本の触手が伸びてきている。

 おっ!? 触手プレイか!! ありがたい展開に胸を震わせた俺の期待を嘲笑うように、植物の蔦は何故か俺の足首に巻き付くとそのまましゅるしゅるという音を立てて体の上へ上へとせり上がり始めた。


「おいっ! 何で俺やねんそこは綺麗どころに行くべきだろ!! 俺が一番弱いからか、良い洞察力をお持ちですね!!」


 あちこちの茂みから伸びているこの触手のような蔦により、気付けば手足を縛られてしまって身動きが取れなくなった俺の周りを、手持ち無沙汰になってしまったと言いたげに色の違う蔦が一本、彷徨さまよっている。


 何がしたいんだ? と見ているとその蔦が俺の下半身の周りをうろつき、右足の拘束だけが緩まると、まるでその先に目でもついているのかと思わせるように何かをロックオンをしてそのまま俺の履いているズボンの裾から侵入を始めてきた!


「おいおいおい、何考えてんだこの植物は! ヒィッ、何でこの蔦だけヌメヌメしてるんだよ気持ち悪い!!」


 気色悪い感触に悲鳴のような声を叫びながら、ふと頭に過ったのは学生時代の他愛のない話。


 知人の兄貴がアイドル並みのルックスを保有している、まさに正真正銘の超イケメンなのにガチの同性愛溢れるというトンデモ属性を持つ御人で、その兄の事についてあれこれと同学年の女子に質問をされ続ける事に疲れた知人が言い放った伝説の一言。

『うちの兄貴、童貞だけど処女じゃないよ』という名言が突然フラッシュバックするように頭の中に落ちてきた。


 どうして今、あの知人の疲れ果てたサラリーマンのような渇いた笑顔と言い放った言葉を思い出したのかは定かではない。

 ただ、俺の第六感は言っているのだろう『このままだと別の意味で喰われる』と。


「いやだァァァァアアアッ!! だ、誰か助けてくれぇえええ!!」


 ばたばたと解放された右足を振り回すが、ヌメヌメはどんどん上へ上へと昇り、膝頭の部分までやってくると再度、足首を拘束されてしまった。


 足を振り回す事も許されず、迫り来る未曾有の恐怖に俺はもうダメだとお経を唱え始めると気付けばヌメヌメは観念したように動きを止めた。


「大丈夫デスカ、ホリ様!」

「ベル、ベル最高! ステキ! 抱いて!」


 伸びてきたヌメヌメとした触手を切り払い、手足を縛りつけていた蔦から俺を解放してくれたベルに縋っていると、すぐ横では触手の本体の場所にアタリをつけたであろうシーが石を放り投げている。


 その放り込まれた投石により茂みの中から動物の悲鳴のような声をがなり立て、そしてその後に現れたのはうねうねとした触手を何本も持った花だった。


 形はチューリップみたいで平和的なのに、茎の途中から生えている触手に「卑猥な手をお持ちですね」とつい呟いてしまった。初めて見るその植物に俺が呆気に取られている内に、既にアリヤは棍棒を手に相手に向かって動き始めていた。


「オリャアアッ!」

 軽快なステップとパンチラから繰り出された棍棒の一撃は確かに茎のような部分にあたったがそれ程のダメージは入っていないようだ。まぁただの棒だしなぁ……。


 茎に入れられた棍棒の一撃で頭にきたのか、一層激しく蔦を動かしてアリヤへと凄まじい勢いで仕掛けてくる植物の攻撃。


 その猥褻な見た目とは裏腹に、地面に突き刺さったり木を抉ったりしている攻撃力の高そうな蔦、あれにロックオンされていたのかと思うとケツの穴が恐怖で締まる。


 こんな恐怖を与えてくるなんて……、異世界怖すぎるだろ! 


「ベル、あれアリヤまずいんじゃないの? 棍棒じゃダメージなさそうなんだけど」

「大丈夫デスヨ、モウスグ終ワリマス」


 彼女の腰元に抱き着き、そのアリヤを眺めているとベルの言う通り勝負はあっさりとついた。

 真正面から強い風が吹いたかと思ったらぽとり、という儚さを見せるようにチューリップの頭が地面に転がり、その頭を無くした卑猥な花はぴたりと動きを止めた後に、崩れるように倒れてしまった。


「一体何が……?」

「シーノ魔法デ首ヲ落トシタンデスヨ、アレガ手ッ取リ早インデス!」


 その魔法を撃ち出したのであろうシーは俺の視線に気が付くと、笑顔で親指を立ててサムズアップしている。


「ソレデモシー、前ヨリヤッパリ魔法ノ威力ガ上ガッテマス。前ハ何発モ撃チ込ンデマシタシ」

「成長のおかげで威力が上がってるって事だね、それにしても助かったよありがとうベル」


 あらゆる意味で助けてもらった彼女に抱きついたまま心の底からお礼を伝えると、顔を赤くして照れているベル。

 うーん、昨日までと反応もそこまで変わらないのに、見た目がこれ程違うと破壊力も違うんだなぁ……。


「ホリ様! アイツアイツ! 忘レナイデ!」


 アリヤの声に意識を戻し、彼女の指差している方を見ると茂みの中の人影。

 そうだ、あの人のために貞操の危機を味わったのだった! 忘れていた!


「ナイスアリヤ! 忘れてたわ! もうあんなのはいないよね?」

「イナイミタイデス! 一応警戒シテオキマスネ!」


 アリヤにお礼を伝えてその茂みに倒れている人影に駆け寄ると、最初に目に入ってきたのはもっこもことした立派な黄金色の尻尾。毛先が白く、ふわふわとした尻尾の持ち主である年端もいかない少女はあちこちに酷い怪我を負っており、尻尾の方も全体的に薄汚れ本来の輝きではないだろう。


 もこもこのボリュームが凄いというのは充分に理解できるが……。


「亜人、か……? 怪我も酷いな」

「ホリ様、薬草汁ナインデスカ?」


 首を横に振ってベルの質問に答えると、どこか悲し気な表情で倒れている人に視線を落とした彼女。

 昨晩、川に落ちていなかったらまだ水筒二本分はあったのだが、現状で無いものは無いのだから仕方がない。


「どうしようかね、俺達も今は助けられる余裕が有る訳じゃない。一度拠点に戻って準備をしてからまたここに戻ってくるか、それともこのまま一緒に拠点へ連れて行くか、見て見ぬフリをするか。どうしたい?」

「スグ助ケタイ!」

「デモ、コノ状況ダト担イデイクシカナイネ」


 即答をした二人と、少し考え込んでいるシー。

 どうやら三人とも見捨てるという選択肢が無い様子、そうなると……。


「森を抜けるまであとどれくらいあるかわからない、三人は戦闘をすぐに行えるように手ぶらの方が良いだろう。となると……」

「ホリ様、ファイトッ!」

「気合デスヨッ!」


 簡単に言ってくれるなぁ、とつい苦笑いをしてしまった。

 ちらりとシーと視線を交わし、彼女の意見も聞いておこうと思ったのだが特に何も意見はないように首肯してきたので担いでいけという事だろう。


「ここにほったらかして行くのも気が引ける、か……。森を抜けるまであとどれくらいかな?」

「ソンナニ距離ハナイ筈デス、拠点マデハマダマダ時間ガ掛カリマスケド……」


 アリヤの手を借り、もこもこ尻尾の少女を担ぎ上げておんぶの状態にしたところで植物の蔦を使って俺の体から落ちないようにしている最中に色々調べているシー。


 そのシーによれば体の方に致命傷はなく、意識を失っているのは別の要因だろうという事なので、もしかしたら先程の植物に頭でも叩かれたかもしれないな。


「シーの見立て通りなら、急いでポッドの元に行かないとね。怪我を放っておいて良い事なんてないし。でも背中で息絶えられても嫌だから大事に運ぼう」

「ユックリ急イデ!」


 俺がしっかりと担いだのを確認して、改めて出発しようとその場から歩き出したアリヤだったが元気に叫んだ言葉の通り、急いだ様子で忙しなく手で空中を掻きながら、その一方ではゆっくりとした歩みで進んでいくが、それはどうだろう? ただただ疲れるだけじゃないのか……? 本人は楽しそうだが。


「ソレ、疲レナイ?」

「スッゴイ疲レル!」


 良い笑顔でベルの問いかけに返すアリヤは暫くそれを続けていた。


 人一人、相手が子供であろうと長時間歩き続けているとかなりの重労働。更にじめじめとした森特有の空気によって感じる温度もかなり高く、汗もぼたぼたと落ちていく。

 シーが定期的に自分の体に巻き付けている布の余った部分で俺の顔から滴り落ちる汗を拭ってくれるが、その際に見える色々な物が原動力になってくれている。


 原動力と言えばもう一つ、背中の少女の尻尾。

 歩いているとふんわりとした物が後ろに回した手に乗ってくるのだが、中々にいい感触。もしこの子が無事だったら、何とか頼み込んで風呂上りのベストな状態で触らせてもらおう。


 ん? ちょっと怪しい響きに聞こえるような……、気のせいだろうか?


「ホリ様! 森ノ外ガ見エタヨ!!」


 アリヤが飛び跳ねて指を差した先には、見慣れた何もない荒野。

 普段だと寂れた物を感じるような荒野も、これほどまで濃い時間を過ごした森の中から抜け出せたと思うと輝いて見える。


 拠点まで距離はあるが、ここからは警戒をそれ程しなくても大丈夫。

 不安要素が多い森の中を抜け出した俺達は森と荒野の境界線で一度休憩を挟み、四人で気合を入れ直した後に再出発となった。



 その後、時間はかかったが日が傾く頃に拠点に到着すると俺達の視界にはトンデモない物が映し出された。

 十人ほどの下半身が蛇の女性達、先日俺やアリヤ達を川へ突き落してきた連中が磔にされていて、戦意が溢れている魔族の方々が武器を片手に鼻息を荒くして磔にされている女性達を囲んでいるのだが……。


「一体何が起きているんだ……!」


 俺の呟きに応える者は居らず、むしろ隣に並び立っていた三人も意味がわからないと首を傾げていた。


 何かの断罪が始まるのを阻止する為に。

 俺達は怪我をしている少女を気遣いながら荒々しい雄叫びを上げている魔族の元へと走り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る