第64話 昇る滝

 俺が集めたのは拠点にいるリザードマン達と、アラクネの三名、ウタノハだけだった筈なのだが、気付けばこの拠点に住んでいる殆どの人達が集合していた。


 逆に呼びに行ったアラクネ達は、すやすやと眠っていて、起こそうとしても、胸を揉んでみても反応なく寝ていたので、そのまま休ませておいた。

 安らかに眠っている顔と多少のセクハラで勘弁しておいてやろう!


「ホリ、今度は何をするんだ! 早く教えてくれ!」

「アナスタシア、どうやって聞きつけてきたのさ……? いや、間違いなく手は借りるんだけどね?」

 気合の入った様子の彼女に少し落ち着くように深呼吸しておいてもらう。だが皆が俺の発言を待つようにして輝く瞳を向けてくるので、早速報告するとしよう。


「先日の宴のお詫びに俺が『例の薬』を使ってここに作り上げた物は、皆の目の前にあるこの大穴だ。俺はこの大穴を使って、ここで魚の繁殖と生育、そして収獲を出来るようにしたいと思っている。今日はその為にここへ集まってもらった」


 どよめく彼らには少し落ち着いてもらう為に時間をあげよう。

 俺はいつも頼らせてもらっている彼女に声をかけた。

「ト・ルース、少し聞きたいんだけどいいかな? あと魚の獲り方が一番うまいリザードマンも来てくれ」

「ヒッヒ、わかりました。魚獲りなら……、アギラール! おいで!」

「はい!」

 以前風呂場作りの際に、手元のサポートをしてくれた青い鱗の彼だ。

 ここから先は正直リザードマン頼りなところが多い、難しい問題もあるし、成果が出るのも時間も掛かりそうだからなぁ。

「二人の知識の範囲で、ここに魚の住みやすい状況って作れないかな? 岩場や隠れられる住処を設置したりとか。どういった場所に罠を仕掛けると魚が捕まりやすいとかあると思うんだよね、それに近い条件を再現するように作り上げて欲しいんだけど」

「つまり、ここに川の一部を造り上げろという事ですよね?」


 アギラールの言葉に頷くと、ト・ルースが顎を爪で掻くようにして口を開いた。

「ヒッヒッヒ、こりゃまた盛大な計画ですねぇ……。出来ない事はないと思いますが、ホリ様? 水はどうされるつもりですかぃ?」

「それは、『コレ』に頼ろうと思う」


 ト・ルースの質問に、俺は一つの首飾りを見せる。

 その瞬間に、ウタノハ以外のオーガからどよめきが起きた。特にラルバが酷い。

 普段絶対見せないような表情で、まさに目が飛び出るようにして見開いて、これ以上開かないという程大口を開けている。

「それは……?」

「これは以前にウタノハから渡された首飾りでね、何か水を大量に出せる魔石がついてる宝物なんだって。これを使って、ここを源流とした川を一本作り出して、付近の川へ繋げる」

 アギラールの言葉に返すと、ウタノハが俺が何を出したのか察して声をかけてきた。

「『精霊の瞳』ですね。使い道考えて頂けたようで、嬉しいです」

 ウタノハの言葉に、驚愕といった表情を浮かべていたラルバも我に返り、彼女に苦言を漏らしていた。暫く放っておこう。


「うん、貴重な品だからこういう使い方をしてしまって申し訳ないけど。もしこれが完成したら、どんな時でも特定の魚をある程度安定して食べられるようになるかもしれないしね」

 今度はオーガ以外の種族からもどよめきが、特にリザードマン達からの物が大きかった。

「ほ、ホリ! もし完成したら魚が食い放題になるのか!? どんな時でも!?」

「ゼルシュ、食べ放題にはならないからね。それでもうまくいけば、安定して魚を食べられると思うよ。量は魚の繁殖次第だね」

 更に続く質問。今度はリューシィだ。

「ホリ! 魚っていうのは何でもいいの!?」

「回遊する魚だと、繁殖の場所が困るかもしれないから、その魚の選定もリザードマン達に決めてほしいんだ。出来ればおいしくて、繁殖力があって、タフな奴がいいかな? その上で魔石の水が魚に合えばいいんだけど……」

「ほ、ホリ様!! 魚は、魔石の水大丈夫だと思います! 以前に魔石の水で生まれた湖に魚が住んでいるのを見た事がありますので!」

 猫人族もかなり興奮している。あぁ、当たり前か……! 猫だし。ヒューゴーの孫がこんなに大きい声を出して喋っているのを始めて見た。


 更には、大きく翼を広げて興奮するように羽ばたかせている集団が……。彼女達も魚を待ち望んでいるのだろう。

「かあさまかあさま! 魚が食べ放題だって!!」

「ええ、羽根が濡れるから川で魚を捕るのは嫌でしたけど、ホリさんの言葉を聞く限りだと、もっと簡単に食べられるかもしれないのね。これは頑張らないといけないわよ」

 そのルゥシアとイェルムの言葉で一気に気合を入れるハーピー達。

 興奮冷めやらぬといった感じだが、話を先に進めよう。


「皆にも勿論やってもらいたい事がある。この水路はまだちゃんと完成していないから急いで水路を完成させたい。むしろそちらの方が重要だと思うんだ。これで排水の設備の巡回も簡単になるし、手入れも少ないと思うしね」

「それがな、ホリ。我々ではどうしても出来ない事がある」


 アナスタシアがそう言ってきたが、何か問題があるのだろうか。


「水路を作るという事は、要するに地面を掘り固めるという事だろう? 我々ならば掘るというのは容易い、そして強度の観点から言えばお前の作ったように鉱石で囲むのが一番だ。だが鉱石を端から端まで繋ぐ事は難しいだろう。土魔法を使って、水路の土を岩にしてしまえばいいとは思うが、我らは殆どの者が土魔法を使えないぞ」

「ああっ、そうだった……!」


 そうだ、風呂の排水設備を作る時も、猫人族しか土魔法を使えないから木の橋を通したんだっけ。忘れてたなぁ。


「あ、それなら大丈夫ですよ。ね、オラトリ?」

「ええ、姫様。ホリ様、私達オーガにお任せください」

 ラルバのお小言から解放されたウタノハの言葉と、それを聞いたオーガの女性達から力強い頷きと視線を向けられた。何かあるんだろうか?

「どういう事?」

「私もオラトリ達も様々な種類の魔法を扱えます。土を強固な岩にするといった事も出来ると思いますので、舗装は私達に任せて頂けませんでしょうか?」

 ウタノハの説明で光明が差してきた。これなら猫人の負担を増やす事なくやれるな! ありがたい!

「それなら何とかなるかな? アナスタシア、どうだろう?」

「ああ、ならばまず水路を掘って、試しに舗装をしてもらってから検討しよう。魚の判断が難しい種族は私に続け! 作戦を開始する前に現場を確認に行くぞ!」

 その言葉に叫ぶようにしながら皆が走っていってしまった。気合が違うな。

 というかオラトリ始めとする侍女達よ、ウタノハとラルバ置いてけぼりだぞ。いいのかそれで。


 まぁあちらはアナスタシアに任せて大丈夫だろう。他には何かあるかな。

「そうだ、猫人の中からも数名リザードマン達と意見を交換しておいてよ。色々な種族から選ばれた魚の方がいいでしょ?」

「おじいちゃん! 私、私とシュレン姉さんでやりたい!」

 俺の言葉に元気良く隣の女性の服を掴んで体を弾ませている孫の笑顔を壊すお爺ちゃんはそうそういない、ヒューゴーは即座に了承していた。


 そうして一部の者達がト・ルースとラルバの指揮の元、頭を捻らせて魚の選考を始めた。残りの者達はアナスタシアを先頭に水路の途中のところまで走っていってしまったし、俺は体調の事もあったので、ウタノハと共にゆっくりと歩いて向かっている。

「それにしても、どうして皆あんなにやる気満々なんだろう。ケンタウロス達に魚好きってそこまでいたかな?」

「もしかしたら、新しい何かを始めるのが楽しいのかもしれないですね。アナスタシアさん達が以前にしたというトレントの大移動の時の事を楽し気に教えてくれましたから」

 隠すようにして笑っているウタノハ。


 楽しい、か。ここには娯楽もあんまりないしな。オーガとの戦闘があったばかりだし、彼らの気持ちを少しでも良い方向へと導いてくれるなんて、出来るマッチョだな。パッサン。

 水路の横を歩いていると、その先には人だかりが見える。


 わいわいと騒ぐように地面を調べている彼ら。

「どれぐらいの日数掛かるかな、ほぼ全員で事に当たるっていうのは食料とかの問題もあるから難しいよなぁ」

「それでも、皆さんの楽し気な声が聞こえます。あっという間にやってしまいそうな勢いも感じますよ? フフフ」

「ホリ! 早速着手するぞ!! おいウタノハ何を笑っているんだ! お前も出来る事で手伝うんだぞ!」

 ウタノハの笑い声を、アナスタシアの声がかき消すようにして計画が開始した。


 前回の排水設備と違って今度は掘る、固めるという工程のみな事もあってか、とにかく作業速度が速い。方向指示はハーピー、地面を掘るのは全員で行い、掘った傍からオーガ達が舗装をしていく。更には、スライム君が珍しくやってきたと思ったら、水路底面の傾斜を魔法で作り出してくれたのだ。それも絶妙な角度のつけ方のようで、流石は出来るスライム君。

 彼はオーガの子達にも手本を見せて傾斜の作り方を教えていた様だが習得できる者はいなかったので、掘り進めたところで適宜彼を呼びに行くことにしておいた。


 数日後、水路の道が工程の半分程出来上がったところで、試しにとゼルシュが全力で水魔法を使い、その激流に数名飲み込まれたが他のリザードマンが即座に救助をしていたりという事件もあった。


「そういえばさペイトン、あの首飾りがどれだけ水を出すかは分からないけど、豊富な水量があればそれで農業に着手しやすくもなるよね?」

「そうですね。この辺りの地下に水があるかもわかりませんが、もし水が豊富ならそちらを先に使って農業を開始し、後から地下水を探して掘ってみるのも出来ると思いますよ」

「何ですと? ペイトン殿、うまくいけば魚だけでなく様々な野菜を常に食べられるようになるという事で!?」


 ペイトンの言葉に、隣で泥だらけになっているオレグが食いついた。

 ケンタウロス達が一斉に一人のオークへと視線を向けている。視線の圧力にペイトンも少し戸惑いを見せている。

「そ、そうですね。その為にもホリ様がここの土を鞄に保管しているのだと思っていましたが、ですがまだ農業予定の場所の掘削をホリ様が着手していませんから、まだまだ先になってしまうかと」

 今度は俺にその視線の矢が突き刺さる。

「うぐっ、いや、俺一人だからやっぱり作業は遅いし……。まだまだ居住区広げておきたいんだよ? 決してサボっている訳じゃないからね?」


 あっ、と思い出したようにして話を変えるペイトン。

「そういえばホリ様。ペトラが育てていた山菜の種が育ちましたよ。この辺の土に、ソマの実の成っている付近の土を混ぜ込むと成長は多少遅いようですが、しっかりと芽吹いてきました。我が家の鉢でやっていた小規模な物でしたが、今度試しに大きくやってみようと思っています」

 おお、とうとうペイトン親子がやってくれたか。ポッドが知恵を貸してくれているから安心していたけど、それならまた他のやり方も出来るな。


「なら、居住区にいっそ家庭菜園の場としてそういった広場を作ってみようか。それなら花を育てて愛でるもよし、野菜を育てて糧にしてもいいよね」


 それを聞いたケンタウロス達もそうなのだが、他の種族達も期待するように何を育てるか話をしている。当然該当するのは食べ物なのだが、スライム君に頼んで野菜の種を取っておいてもらおうかな?


「ペイトン、また少し負担をかけちゃうかもしれないね。いつもごめんね」

「いえいえ、それ程重荷という事はありませんよ? 畑の方もケンタウロス達と共同で管理していますし、虫駆除にアラクネ達が協力してくれたり、鳥に食べられないようにハーピー達が見守ってくれていたりしますから、むしろ楽なもんです」


 そうなのか、畑の事に関して言えば丸投げしたままだからな。一度ペイトンとペトラ、あと数名の人達に意見を聞いて何か出来る事を探してもいいな。


「むしろウォックの考える訓練の方が毎度、皆死ぬような思いをしているからな! あの年であれだとこれから先が末恐ろしいな!」

「死なないで下さいねホリ様! あのお方をどうこう出来るのは魔王様と貴方くらいのものなのですから!」

「オーガよりも強いケンタウロス、化け物のように恐ろしい名駿はホリ様が乗りこなしてくれませんとね!」


 ゼルシュが揶揄うように笑い、更にその隣にいたケンタウロス達が色々言っているが、俺は何も言わない。

 何故なら俺には見えているのだ。水路の横にそびえ立つ白銀の足が。


「ほう、お前ら。それなら今日の訓練は楽しみにしておけよ? 数名は今すぐ訓練を始めよう。勿論いつもの訓練にも参加させるがな?」


 ぴたりと動きを止めて、焦りの表情を浮かべている彼らを見て俺はペイトンとオレグに語り掛けた。

「さぁペイトン、オレグ。人数が減るかもしれないから今日は俺達だけで頑張ろうね」

「ええ、仕方ありませんね」

「いやあ、今日は大変な事になりそうですなぁ」


 ゼルシュ達はその直後から、水路シャトルランという奇怪な訓練を始め、掘った水路の道を往復して、水路の横を走っている彼女が遅い者には槍でつんつんするという地獄の訓練が始まった。


 とにかく走り続けさせられた彼ら、ゼルシュ始めとするリザードマン数名は頑張っていたが脱落、ケンタウロス達のみになるとそのペースが早まり、往復して帰ってくる度に顔から溢れる液体が増えていた。不憫。

 その上、訓練に参加をしていない俺達が掘り進めれば進める程彼らの走る量が増える、何と恐ろしい。


「アナスタシア、そろそろ許してあげようよ。あ、泥ついちゃってるね。少し屈んでくれる?」

 屈んでくれた彼女の髪の毛と耳飾りについていた泥を水に浸した手拭いで落として、銀と青の輝きを取り戻させる。その間に倒れ込むようにして体を休めている訓練をしていた者達。


「ホリ、しかしだな」

「まぁまぁ、アナスタシアにいつも損な役回りをさせてしまって申し訳ない。皆を厳しく訓練するのも死んでほしくないからだもんね。ありがとうね」


 つい、つい魔が差していつもゴブリン達にやっているように頭を撫でてみた。彼女がしゃがんでいた事で目線がいつもより近かった為、普段殆ど出来ない事をやってみたくなったという好奇心。


「……!!」


 普段の倍は強い眼力、普段から崩れぬ表情が更に凍り付くようにして睨みつけてくる。何かしらのアクションをすることはない、無言の圧。

 周囲の声に耳を傾けると、俺達の状態を見て騒然となっている。

「ホリ様、死んだな……」とか「ああ、惜しい人だったな」とか、「今宵はホリの冥福を祈って酒宴にしよう」とか。

 ペイトンとオレグに至っては無言で水路の道を掘っている。


 俺が手を止める事をせずに、更に彼女も俺の所業を止める事もなかった。

 そして暫くそうしていたら食事の時間だとゴブリン達がやってきて、その不思議な空間の終了を告げられる。そして蜘蛛の子を散らすようにして一気に事情の知らないゴブリン達以外の人員が逃げ出した。

 俺とゴブリン達、そして全く喋らない彼女と歩いているが、空気の重さに居たたまれない為、つい謝罪が口から飛び出していた。

「アナスタシア、ご、ごめんね? つい出来心でやってしまったので……、気分悪くしたよね?」

「いや、構わん。子供扱いされるように頭を撫でられるなんて思ってなかったからな、昔を思い出して懐かしい気持ちに浸っていただけだ。……偶にならしてくれて構わんぞ」


 ぽつりと呟いて気持ちを取り戻したのか、少しだけ口角を上げているアナスタシア。

 とりあえず俺を見捨てた彼らと、酒宴をしようと言っていた酒の飲めないリザードマンにはたっぷりとお礼をしておこう。


 水路の方はアナスタシアが監督して、舗装して出来た水路に落ちないよう今まで使っていた排水用の木橋をバラして、新たに落下防止用の柵を付けておいた。そちらの監督はペイトンに任せ、拠点内に住居を作る際に棟梁パメラから学んでいる方々が頑張ってくれるとのこと。


 俺はまた別にやりたい事を思いついたので、拠点で山を削っている。

「そういえば山の上の作業でシーと二人っていうのも久々だね。シーは狩猟班のエースになっちゃったし、凄いもんだね」

 彼は照れ臭そうにしている。以前買ってきた弩も大事にしているみたいで、手入れを怠っているのを見た事はない、選んできた身としては嬉しい事だ。

 彼は不思議そうに俺がやろうとしている事を指差してきた。

「これはね、ただ水を流すのもつまらないから、最初だけちょっと派手にしようと思ってさ。リザードマン達は喜ぶかもしれないかな? 楽しみにしててよ」

 彼は笑顔で頷いて、一緒に鉱石を並べてくれる。


 そういえばまだ一度も首飾りの水量を見ていないんだよな。どれだけの量が、どれだけの時間出続けるのか、一度調べておきたいけど、規模が凄そうだから簡単じゃないんだよな……。

 今作っている物も、直で水槽に流し込まない為にクッションの役割を持たせてるけど、水量が少なかったらあまり意味もなさそうだしな。


 パッサンの作った水槽には、リザードマン達が川の状況を作ろうと試行錯誤をしている。鉱石を組み上げて暗い空間を作ったり、大きな鉱石を持ってきたからどうしたのかと思ったら、穴を開けて中に魚が入れるようにしてほしいとか。


 言われるがまま穴を開けている時にリザードマンによる「ホリ様! もっと魚の気持ちになって下さい!!」とか「まだ魚になり切れてませんよ!!」などの文句に多少腹が立ったのは秘密にしておこう。わからんよ、それは。


 その分出来上がった物は彼らの中でかなりの物らしい。

 水を入れるのが楽しみなのはわかるのだが、早く水路を完成させようと気合を入れすぎて自前の爪で地面をかき出し始めたのは困った。


 全ての設備が完成したところで、披露会が開かれる。

 今回は拠点にいる全員が協力して、事に当たった初めてのケース。うまくいってほしいが、果たしてどうなるか。

「よし、それじゃあ今回は代表を……誰にしようか? 首飾りに魔力込める人」


 これが揉めに揉めた。何せオーガの里に伝わる秘宝の発動である、誰しもがそれを間近で見たい。更にそれを俺が設置した台を使って山の上から解き放つのだ。ほぼ全員が譲るような事はしない、おいしい役目である。

「あ、あのう……、皆で上に登ってから代表で元々の持ち主のウタノハさんか、ホリ様にやってもらえばいいんじゃないでしょうか」

 ヒューゴーの孫が小さく手を上げてそう進言してきた。そうなると次は……。


 全員が一斉に山の上へと駆け出した。

「アッ! ホリ様ズルイ!! ブーツ使ッテル!! アッ、ラヴィ達モ!?」

「おいハーピー達も飛んでいったぞ!! 急げ!!」


 ここまで来ると戦いなのである。少しでも良い場所を取る為に俺は走った。


 螺旋階段を登ってきた息を切らした人達へ、笑いを零しながら労いの言葉をかけたら割と本気のトーンで怒られた。

 ここまで来るのに結構遠回りを要求されるからな、今回だけこの設備を使うから階段を用意しなかった事が仇になってしまった。


 そしてウタノハが代表して水を出す役目を担ってくれる。首飾りは台座にかけるようになっていて、水圧で取れないように細工をしてある。

 俺が首飾りを設置するといよいよという、皆の期待が高まる気配を感じる。


 ウタノハがオラトリに手を引かれて首飾りの横へと行き、俺達に向き直ると大きく頭を下げた。

「それでは皆さん、準備はよろしいですか?」

 彼女がそういうと、一気に歓声が上がる。


「いきます!」

 彼女が少し首飾りの魔石部分に力を入れる。


 オラトリが静かにウタノハを誘導し、こちらへと戻ってきたが……。

「何も起きないね……?」

「おいおい、これだけやって魔石の効果がなくなってるなんて悲しすぎるぞ?」

 後ろからケンタウロス達が会話をして近くまで覗き込みにいこうとしているが、いち早く違和感に気付いた者がいる。


 リザードマンの長、ト・ルースだ。


「ヒッヒッヒ、こりゃやばいね。皆、少し離れた方がいい。あたしらはあの石を少し甘く見てたかもしれないよ」


 その言葉に続くように、不思議な事が起こった。

 空気が震えるような感覚に襲われるのだ、肌に何か震えるような感触がするというのが正しいだろうか? そして、目の前の魔石から静かに溢れる水。


「あれ? そんなに激しい感じじゃないね」

「ヒッヒ、ホリ様? あれは多分、久々に使われる事で溢れ出す魔力が詰まってるんですよ。先程より数段強い水の匂い、これは凄いモノを見れそうじゃ」


 刮目しておこう。

 そして危ないのでもう少し離れた位置へと場所を改めると、その力を一気に開放するように魔石が力強く光り輝いた。


 轟音と共に青空に向かって伸びる滝という表現が一番近いだろうか。

 ト・ルースの意見を聞いて距離を取っておいて正解だったな、間近で見ていた者達は多少腰を抜かしているようだ。

 水の霧に一帯が包まれて、少し気温が下がったような気がする。真夏に最高の設備だけど、危なくて使えないなこれは。


「これは凄い、想像以上だよ」

「確かにこれは凄い、それに水がとても澄んでいる。魔石の水は元々飲む事も出来るが、これはその中でも上質な物に感じるぞ」

 ゼルシュが水についての感想をくれた。


「あ、下の様子が気になるから先に行って見てくるね!」

「アッ! ホリ様ズルイ!! 逃ガスカッ!!」

「捕マエロー!!」


 ゴブリン三人に、オーク三人、リザードマンやケンタウロス達に服を掴まれて壁歩きは禁じられた為、今度は俺も全力疾走が要求された。


 ラヴィーニア達やルゥシア達、うまく逃げ切りやがって……!


 下まで降りると、アラクネ達に勝ち誇るように労われた。なるほど、これは確かに腹が立つな! お返しに何とは言わないが揉んでおいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る