第62話 真の被害者

 ――オーガ達との死闘を乗り越え、本来なら休息を取るべき時に、勝者達は刻一刻と迫る時の中で追われるように体に鞭打ち、宴の準備をしていた。

 仕方がなかったとはいえ、戦闘に入る前に一服盛られ蚊帳の外へと追いやられた彼の報復を恐れ、全員が危機感を持って動いている。


 そして彼の眠りが覚めない内に宴会の準備を終えてしまって、有耶無耶うやむやにしてしまおうという暴挙を行おうとしているのだ。

 幸い、大きな怪我をした者は数名、そしてその者達も森の賢者始めとするトレント達の治療の甲斐もあり、当面の間は日常で無理をしなければ大丈夫というところまで回復をしていた。


「うう、ううーん」


 怪我が他の者達より深刻だったシー、アナスタシア、エンツォ。そして限界を超えて魔力を行使したウタノハの四名は休まされた上で、かつホリの様子をチェックする仕事を任されている。

 急ピッチで仕事をしているペイトン達自称軽傷組は、まず大急ぎで宴会の席を用意し、そして既に料理の準備を終えていたスライムに全員が頭を下げる奇妙な光景を見せながらも、準備を着々と終えている。


「起きたか?」

「ホリ様? ホリ様……? ……いえ、まだ眠ってらっしゃるようです」

「寒いのでしょうか? 何かかけるものを……。あ、私の羽根で何とかできないかな?」

 アナスタシアの体に上体を預けるようにして寝かされているホリは実は既に起きている。

 途中で目覚め、大体の状況を即座に察して、黙って寝ているフリをしているのだ。これから起こす復讐劇の為に。

 薄目を開けて走り回っている仲間を見て、死者はいないと心の底から安堵して、だがそれとこれとは別と言わんばかりに脳内で計画を立てている。


 一人のゴブリンが違和感に気付き、無言で見つめ続けてきたのに多少苦戦をしていたが何とか誤魔化し、宴の準備が終わる直前になるまで狸寝入りを決め込んだ――




 そろそろ準備も終えたようだ、起きるとしよう。

 エンツォの羽根、暖かいのはありがたいけどくすぐったいな。堪えるのも結構限界だし。

「んん……、ああ、皆おはよう。あれ? そうだ、オーガは!?」

「おはようホリ、オーガ? 何の事を言っているんだ?」

「おはようございますホリ様、何か夢でも見ていたんですか?」


 全て夢オチにしてなかったことにするつもりのようだけど……、なんて無茶苦茶な計画だ。まるっとお見通しなのに……。

「おはようエンツォ、羽根あったかいね。ありがとう。あれっ? いやほらオーガの襲撃があったでしょ!? 皆大丈夫なの!?」

「ホリさん、寝惚けてるんですね? 大丈夫! 私もよく寝惚けて巣穴から落ちますから!」

 何も大丈夫ではないし、やはりこれはアレだ。集団意識で違和感を塗り潰して有耶無耶にしようという作戦を取ってきている。

「アナスタシア、何か怪我してない? どうかしたの? ウタノハも血がついてるような……? エンツォに至っては何か焦げてない?」


 バババっと彼女達は離れるように立ち上がった。機敏なのはいいんだけど、怪我してるんだから無理して欲しくないなぁ。誤魔化すように笑顔を浮かべて行っちゃったし……。気づけばシーもいないか、一人になってしまった。


 ううん、流石に意地悪が過ぎた発言だったな。

「ポッド、これはどうすればいいかな?」

「ファッファ、やりたいようにやらせてやればええんじゃないかの。どうするかは自由じゃよ。彼らも、ホリもな」

 やはり俺が起きていた事に気付いていたようだ。流石長生きしてるだけの事はある。

 自由かー、それならば……。

「ありがとうポッド、おかげでどうするか決めれたよ」

「ホイホイ、まぁお前さんの為を想ってやった行動じゃ。あまりいじめるなよ」


 身の振り方も決めれたし、一度拠点に戻るか。彼女がいればいいんだけど。

 拠点のあちこちに走り回ってる人達がいるけど、皆無事そうだし良かった良かった。


 正直、オーガと戦う前は怖かったものなぁ。死ぬ気はなかったけど、何があるかはわからないし。結果としては彼らに感謝だが、それとこれとは別だもんな! むしろこの状況を楽しんでやろう。


「お、いたいた。ペトラ、ちょっといいかな?」

 スライム君の傍で、出来上がった料理を運ぼうとしているペトラを見つけた。

 ん? 彼女もどこか挙動不審だな……、視線泳ぎまくってるし。ああ、俺が真実を知らないと思ってるからか。まぁ丁度いいや。

「ほ、ホリ様おはようございます。酒宴はもう少し待っていただきたいのですが……」

「うん、わかってるわかってる。それよりペトラ? どうしたの? 何か慌ててるように見えるけど? 忙しかったかな?」

「いえっ!? そんな事はありませんよ!! だだっ、大丈夫です!!」

 この機を逃さず欲しい物を根こそぎ貰っておこうかな。

「そうそう、ペトラにちょっとお願いがあるんだ。聞いて欲しいな?」

 彼女は何度も力強く頷いてくれる。ありがたい。


 俺はそうして、戦闘を頑張ってくれた彼らに必要な物を、必要以上の量ゲットする事に成功した。

 どれだけ作ってたんだよこれ……


 酒宴の準備が終わり、さぁ乾杯というところでペイトンにいつものように挨拶を頼まれる。

 だがそれを真っ向から拒否して返しておいた。

「いや、今日はウタノハにしてもらおう。俺はやらなくていいよ。『姫巫女の一族の歓迎』の宴なんでしょ?」

「えっ?」

 ウタノハが自分の名前が出てきた事に驚いている、ちゃんと仕込んでおきなさいよ! 俺が教えられた内容をそのまま伝えると、ペイトンも多少言葉を濁していた。

「え、ええ。ウタノハ殿達の歓迎です。そうですね、彼女にやってもらいましょうか? ねえ皆さん?」


「そうだな、頼むぞ」

「うむ、当然だな」

「姫様、ファイトです」

 アナスタシア、ゼルシュ、オラトリまでもに裏切られ、慌てる彼女。

 皆が座り、一人だけ立ち上がった彼女は少し考えている、意地悪をしてみよう。


「ウタノハ、何か面白い小話もつけてね」

「ええっ!?」

「『ぱわはら』ダ、アレ王女様ガ言ッテタ『ぱわはら』ダヨ、ベル!!」

「アリヤ、静カニ!! コッチニ矛先ガクルヨ!!」


 冗談だという事を改めて伝えて、彼女はコップを片手にそのまま考え込み、静寂が場を包んでいる。そして、空いている方の手を握りしめ胸の前に持ってくると、話を始めた。


「私達の一族は……、皆さんに返しても返しても、返しきれない程の恩が出来ました。それは窮地を助けてもらっただけでなく、こうして迎えるように受け入れて貰って、他に起きた問題も解決の為に尽力して下さって……。本当にどれだけの感謝をしても足りませんが、改めてありがとうございます」


 そう言って頭を軽く下げた彼女。

 オラトリやラルバ、侍女達も合わせるように頭を下げている。


「私は、ここに来れて少し成長できた気がします。少しだけ、少しだけかもしれませんが、譲れない物の為に頑張れる勇気を持てるようになったような、そんな気が」


 彼女が空いた方の手で袖を押さえながら、酒の入ったカップを高く掲げた。

「まだまだ、私自身役立たずだと思いますが……皆さん、これからも宜しくお願いします。今日という日に魔王様と、ホリ様に感謝を込めて。乾杯」



 その言葉に大きな声で「乾杯!」と返し、皆が酒を口にすると恒例のようにリザードマンがぶっ倒れた。


 俺はいよいよと、気合を入れる。

「作戦開始だ……」

「ホリ様、何カイイマシタ?」

「おっと、何でもないよ」


 不思議そうに見てきたゴブリン達を誤魔化し、いつものようにゼルシュをポッドの根元へと寝かしつける。


 だが今日はそれだけでは終わらない。

 俺は樽に入ったペトラの薬草汁を鞄から取り出しながら、それをカップで掬いゼルシュの傷口に指でたっぷりと塗り込んだ。


 するとどうでしょう、酒に酔い寝ていた彼があっという間に起きたではありませんか。

「イギャアアアッ! 何事だッ!? んっ!? ホリ何をモガガ」

「はい、ゼルシュおやすみ」


 わめかれて周りに気付かれてもアレなので、大きく開かれた口に薬草汁を投入した。


 彼は疲れていたのだろう、ぐっすりと休み始めた。


「よし、この調子で戦闘に参加した奴全員やるか」


 次は……、ケンタウロス達に行こう。アナスタシアも重傷らしいしな!!

「やぁアナスタシア、楽しんでる?」

 俺は両手に持っていたカップの片方を彼女に渡しながら、受け取ってもらえた。

 中身は薬草汁である。


「おぉホリ、楽しんでいるぞ。先程ゼルシュの悲鳴のような物がしたが、奴はどこにいるんだ?」

 ポッドの根元を指差すと納得したように軽く鼻で笑った彼女。

「そういえば、何かずっと頭にもやがかかったみたいに大事な事が思い出せないんだよねぇ。アナスタシア、何か心当たりない?」

「な、何の事だろうか! 私にもよくわからないなぁ!」

「そっか、まあお酒でも飲んで忘れようか! ほらアナスタシアも飲んで飲んで」

「う、うむ!」

 かぱっという音でも出しそうな軽快さでカップをあおる彼女は、「ふぐっ」と一声発したと思ったら、白目を向いてカップを持ったまま意識を失っていた。


「あれ? アナスタシアも休んじゃった。疲れてたのかなー? ポッドのとこで休ませておこうか、ちょっと手を貸してもらえる?」

 アナスタシアの隣に座っていた彼女の部下のケンタウロスに協力してもらい、ポッドの根元に休ませていく。ちゃんと休んでいく人達の為に毛布は用意してある。


 風邪も引かないだろう、恐らく。


 次はオレグだな、彼の場合はもう直球で勝負しよう。


「オレグ、話があるんだけど」

「ホリ様? ウォック様が見当たらないようですが……」

「オレグ、はい」


 俺から渡されたカップを訝しげに見つめ、受け取ってから鼻でスンと音を立てて中を確認した。


「ん? これは……? っ!? ……どういう事ですかな?」

 じろりと眉間にシワを寄せて、ソレを渡された理由を聞いてくる彼に、俺は笑顔を崩さずに彼の質問に答えた。


「俺さぁ、今日の事を覚えてないからよく解らないんだけど、オレグがそれ飲んでくれたら『このまま今日の記憶が戻らなくてもいいかな』って思うんだよね」

「うぐっ、ホ、ホリ様。やはり気付いて……」


 俺は彼に妥協案を提示しているのだ。

『それ』を『飲めば』、『今日の事は忘れよう』と。

 彼はカップの中を睨み続け、少し震えている。

「で、ですがこれはそう、怪我人に与えるべきでは……、私はこの通り、ほぼ無傷ですし!」

 体をポンと叩き、無事だというアピールをしてくる彼に追撃をしておこう。

 こうしている間にも怪我人が酒を飲んでいるのだ、急がないといけないしな!


「今それを飲まなかったら後でアナスタシア始め被害者達に『真実をオレグが教えてくれた』って言う事にする」

「ぐううう……っ!! 私には最初から退路はないのですね……! ホリ様、これで勘弁してくだされ!」

 そう言いながら思い切り薬草汁を飲み込み、「あがっ」と一言呟くように声を漏らした彼はやはり意識を失っていた。

 丁重にトレントの根元へと運び、その勢いでケンタウロス達をやっつけていく。皆健康になれるぞー、やったな!


 流石にケンタウロス達を並べると、トレントの並木道にもそのぐったりとした姿が目立つが、大丈夫だろう。どうせ殆どの連中に食らわしていくのだ。

「さて次は……アリヤ達かな」


 見るとスライム君の肉料理、所謂いわゆるマンガ肉のような物を噛り付いているアリヤが目に入った。次のターゲットは彼らにしよう。

「アリヤとベルは肉を食べているのか、最初に狙う相手は……」

 いつも冷静に周りを見て適切な対応をしている冷静沈着な彼だ。この子を潰せればあとの二名は勢いでいける……筈。薬草汁も樽の半分も減っていない、恐ろしい事にまだまだ戦えるのだ。


「シー、ちょっといい?」

 彼はこちらに振り向いて、静かに頷いた。

「ちょっとあっちで手伝ってほしい事があるんだ、悪いんだけど手を貸してくれない? ほら、ケンタウロス達も疲れてるみたいだから休んでる子に毛布を掛けてあげたいしさ」


 そういって手をつなぎ、一緒にポッドの根元付近まで行くと俺の様子がおかしい事に気付いて少し違和感を露わにしてこちらを見ている彼。


「シーさぁ、どうして怪我をしているの?」

 彼はパッと顔を逸らした。普段冷静なのに、嘘は苦手なのか? 良い子だ。

「シー、俺達のルールみたいな物があるよね? 怪我をした人が飲まないといけない物があるって。忘れちゃった?」

 繋いでいた手から逃げる為に力を込められているのが伝わる。だがやはり怪我の影響だろう、それほど振り解く勢いがついていない。

 彼は絶望を見るようにして焦っている、珍しい光景だ。


 俺は空いていた手で鞄の中から薬草汁入りの水筒を出して彼の前に差し出した。

「さぁ、飲もう? 『健康になろうね』」

 蓋を開け、抱き締めるようにして身動きを封じた彼の口へと優しく水筒の口を突っ込み、中身を飲ませる。

 その傾けた水筒から溢れ出る薬草汁を飲み込み、痙攣けいれんするように体を数回びくつかせると、ぱたりと体から力が抜けていった。


 だがその時に、見られてはいけない時に、良心から手伝おうとこちらに声をかけてきたゴブリンがいた。

「ホリ様、僕モ手伝イマ……、何ヲシテイルンデスカッ!?」


 傍から見ると、小さな子供を後ろから羽交い絞めにして飲み物飲ませてる事案物の映像だもんな……。

「ああ、ベル、ちょっと手を貸してよ。シーが何か水筒の水を飲んだら倒れちゃったんだ。何か怪我でもしてたからその影響かな?」

「エエッ!? シー、大丈夫モゴガァ!!」

 近くに寄ってきた彼を押さえ付けて、そのまま薬をぶち込んでおいた。


 うーん、犯罪のかほり! いや、彼らの体の為だ、心を鬼にせねば!


 さて、あとは肉を食べている彼だけだ。

「アリヤ、お肉少し貰うね?」

「ドウゾ! 今日モオイシイデスヨ!」


 さてこの笑顔をぶち壊す訳だが、どうしたものか……。

 そんな時に彼が胸を叩いて、水を探している。

「喉に詰まった? はい水」

 コクコクと頷いて、水を受け取った彼。カップの中にはたっぷりの薬草汁。

 あ、喉に詰まって息止まったりしないよな。少し様子を見ておこう。


「プハーッ! アリガトウゴザイマシタ!! 助カリマシタヨ!」

「あ、あれ? 何ともないの?」

「エ? 大丈夫デスヨ!」

 アリヤは笑顔だ。

 嘘だろ……? この子はとうとう薬草汁への耐性を手に入れたのか……?

「アリヤ、ちょっとコレ飲んでみてくれない?」

「? イイデスヨ?」


 アリヤは何の疑いもなくカップの中身を一気に飲み干すと「ギャッ」と声を漏らして気絶した。さっきのはスライム君の料理のおかげで味が誤魔化されて気付かなかったのかな……?


 よし、彼もゴブリン達に並べて寝かせておいて……と。これで後はリザードマン達とオーガ達数名、ハーピー数名だな。

 リザードマンは口が大きいからな、サクサクやろう。

 ペイトンはパメラに酔い潰されていたので、そのまま寝ているところを襲撃して健康にしておいた。体で喜びを表現するなんて流石は製作者の親。


「うむ……? 私は一体何を……。む、そうだホリに飲み物を貰って……」

 考え事をしていたらアナスタシアが起きた。流石にまだちゃんと健康になれていないだろう。追加で飲ませておこう。

「アナスタシアおはよう、疲れてたみたいだね。それにあちこち怪我してない? 大丈夫? はい水」

「ほ、ホリ! 怪我なんてしてないぞ、大丈夫だ。水もいい、喉は渇いていないしな」

「まぁそう言わず、ほらほらほら」

 無理矢理にでも飲んでもらい、再度健康的な睡眠を提供しておいた。多少後が怖いが、皆の健康の為にも譲れないな。


 戦闘に参加していたリザードマンとオーガ達、夜目の利くハーピーも健康的に寝かせる事が出来たし、後は……。


「ウタノハ、お酒は程々にしておかないとダメだよ?」

「ホリ様、わかっていますよ。今日はまだ先程の乾杯の時の一杯だけしか口にしてません。それにしても、今宵の宴は少し静かですね? 木々の騒めきの音がよく聞こえます」

 彼女は周りに二名の侍女がいる状態で料理に舌鼓を打っていたようだ。スライム君には事情を説明して料理の量を多少セーブしてもらっておいたが、まだまだあるな。

 後で俺一人ででも消化しよう。勿体ない。


「そうだウタノハ、色々と考えたんだけど俺の気持ちを受け取って欲しいんだ。ちょっとごめんね?」

 頬に手を添えて、軽く顔を上げさせてこちらを向かせると彼女は何故かあたふたとしているが、どうしたんだ? 

 あ、セクハラ案件じゃないかこれ!? いや、大丈夫だ。治療行為の一環だ、仕方ない事なのだこれは!!


「ほ、ホリ様っ、皆の前でいきなりこんな……。こ、困ります」

「大丈夫大丈夫、ほら少しだけ口を開けておいて? いくよ」

 二人の侍女が手で目を隠しながらキャーという声を出している。指の隙間からバッチリ覗いてるけど……。

 うーん、誤解を与えかねない映像だな。早めにやってしまおう。


「君達、少し目を瞑ってなさい」

「は、はい!!」

「我ら姫様の為ならば、この目を潰します!!」

「あ、貴方達?!」


 俺が声を掛けた二人の女性はグッと目に力を入れて強く瞑っている。そして顔を真っ赤にしてプルプルと震えているが、チャンスだ。


「よし、それじゃあウタノハいくよ? 覚悟はいいかな」

「は、はい! 私もオーガの女! 腹はくくりました!!」

 彼女の薄い赤い肌が紅潮するように火照っていく。

 手を握り締めてプルプルと力を入れている彼女の顎を軽く上向かせる、少しだけ口を開いているので、うまい具合に薬草汁を投入しておいた。


「むぁっ」と言いながらぱたりと倒れてしまった彼女を抱き留める。口から薬草汁が漏れているので拭いておこう。

「ありゃ、疲れてたのかな? 倒れちゃった。君達、ウタノハをポッドのところで介抱してあげて。そこに毛布も置いてあるから」

「は、はい!!」

「これからも姫様を頼みます! ホリ様!!」

「うん、わかったから早めに休ませてあげてね」


 二人が宝物を運ぶように慎重にウタノハを運んでいったところで、全ての目標が健康になった。あとは非戦闘員達や、拠点に残って防衛をしていた者達だし、やらなくてもいいだろう。


「ふぅ、さてと、たまには静かに飯を食うとするか」

「ヒッヒッヒ、ホリ様? 随分と楽しい事をしていたみたいですねぇ」

「ホリ様、姫様にはもう少し優しくして頂けると、私としては有難いのですが……」

「我らの族の者達は恐ろしい勢いで逃げていきましたよ……」

 必然的にというか、ト・ルースとラルバ、ヒューゴーなど年配の方々がポッドの前の所に残っている。


 彼らにはお叱りを貰って釘を刺された。善意と悪意の入り混じった行動だっただけに、お叱りも大分緩い物だったが……。


「まぁ、君らは皆いい人達だからね。俺を騙して気が引けるくらいならこれくらいされた方が気が楽でしょ?」

「ヒッヒッヒ、そりゃそうですがねぇ。あたしゃいつ自分の所に来るのか冷や汗を掻いてましたよ。周りの者に教えたらいの一番に狙ってきそうでしたしねぇ」

「ファッファ、ルースよ。あの薬草汁をカマされてみい、脱皮が始まるぞ」

「私は同胞の血気盛んな者達よりも、あの薬草汁の方が恐ろしい。今でも助けて頂けた時のオラトリが瞼の裏に焼き付いておりますよ」


 静かになった酒の席、彼らの昔話を酒のさかなにして頂いていると勢いよく酒を飲み込んでラルバがこちらに向き直り、改めて頭を下げてきた。


「ホリ様、此度の件改めて感謝を。同族の者達の犯した罪を咎められるのなら、足りないとは思いますが、どうかこの首一つでご容赦を頂けないでしょうか」

「ああ、やめてやめて。俺何もしてないし、咎めるも何もないでしょう? 今回の件はこれで終わり。そういえば、どうしてあのオーガ達は謀反をしたの?」


 面倒なので話を変えてしまおう。彼女に頭を上げさせると、その時の理由を話し始めた。


「先の戦争で魔族、殊更私達オーガは数をかなり減らし、その上、各族の舵を取っていた者達が軒並み死んでおりました。魔王様の配慮で逃がされたのは若く、荒々しい者達ばかり。そして姫様がとある案を出した事が此度の件の発端になります」


 彼女は俺が新たに注いだワインを飲みながら、これまでの事情を話してくれた。


「その案とは他種族と手を取り合い、助け合うという物でした。今までのような戦闘行為を極力避け、他の者達と協力してまずオーガの数を増やそうという意見を出したのです。その為に代表者を新たに選出したタイミングで今までの所業を詫びて回り、協力を要請しようという事を各族の新たに就任した若い族長達に懇々と説明をしたのですが……」

「結果として理解されなかった?」

 俺が言った言葉に頷いて返すラルバ。


「ええ、オーガにとって、巫女である姫様の意見は絶対です。ですが彼らにはどうしても自分達より弱い者へ頭を下げて詫びる、その上弱い者達に協力をしてもらい、持ちつ持たれつという関係を築く事に抵抗があったようです。それに魔族との一切の私的戦闘を禁止するというのも大きかったのでしょう。それをするくらいなら支配してしまえばいいというのが新たに就任した族長達の主な意見でしたから」


 ポッドも、ト・ルースも黙って聞いている。


「そして、話し合いを何度か繰り返していく内に、彼らは恐ろしい結論に至ったのです」

 グッとカップを持つ手に力を入れたラルバ。


「それは『姫巫女なんてもういらない。殺してしまえば古い慣習なんてなくなる』という物でした。それを声高に主張していたのがシュテン、元は我ら姫巫女の侍女に名を連ねておった者です」

「え、相手のリーダーが侍女の一人だったの? すごい経歴だねそれ」


 深く頷いているラルバ、衝撃の事実なんだが……。

「彼の者はそのまま侍女をしていれば、オラトリと双璧を成すような猛者でした。ですが元々の気性もあって素行の悪さが目立ち、様々な要因が折り重なり、先代の巫女様に一族を追放されてしまいまして。そして気づけば、とある族の族長に力でのし上がったのです。ですので、巫女という物に対して根深い恨みを持っていたのでしょう」

「そうだったんだ。それで結果的に謀反が起きて……」

「ええ、里から逃げるという事態を招いてしまいました。争っている場合ではないというのに、自ら争い合っているのです。オーガは滅びゆく運命なのかもしれませんね」


 ラルバはそう言いながら、渇いた笑いを零してから、再度ワインを呷った。


「ヒッヒ、自虐しても結果はもう出ちまったんだ。嘆く位ならこれからに目を向けときな。若い子が暴走するのはよくある事さ。あたしらの里でもあったからねぇ」

「へえ? どんな事があったの?」


 そこからト・ルースの思い出話を聞いていたら腹を空かせた猫人族が帰ってきて、ワイワイと酒を楽しんでいた。


 そして健康的になって帰ってきた者達が、俺に薬草汁の味の感想を細かく教えてくれながらそのまま宴会に合流するという。タフだなぁ。


「そういえばラルバ、前の宴会の時くらいから感じてたんだけどあまりウタノハ達に意見を言わなくなったよね、自由にさせてるというか。どうしてなの?」

「気付かれてましたか。少々、自分の気持ちを吐露するようで恥ずかしいのですが……。ホリ様達と一緒にいる姫様始めとする若い子達を見てから、もう私が何かを言って制限するよりも自分達で考え、行動し、何か不手際があった際に一緒に謝り、責任を問われればこの首を差し出す事こそが彼女達のタメになると思ったからですね」


 彼女はそういって遠い目をして星空を眺めてカップを傾ける。


 若い子達の為に一歩引いて、責任だけは取るという眩しく見えるその横顔。先程までの自分の行動が急に恥ずかしくなってきたんですが。


「ですので……」


 がしりと、力強く、それはもう力強く手を握られている。

 あれっ? このお婆ちゃん力強ッ!!?


「ラルバ? 手が痛いんだけど……!?」

「ですので、ホリ様ッ!! 私の心残りは後は姫様と貴方の子を見届ける事です!! どうかこの私にあの子の赤子を抱かせて下さいませ!!」

「ん、それはおかしい。落ち着こうね? ラルバさん飲みすぎじゃありませんか?」


 振り解けない! 嘘だろ! オーガのポテンシャル高すぎッ!?

「ヒッヒッヒ! ホリ様、ラルバは普段真面目ですが、酔うと多少タチが悪いんですよ。まぁホリ様も若い子達に劇薬を飲ませたんです、大目に見てやってください」


 こっちの婆さんは知ってて飲ませてたのか! 

 手を離されたと思ったら、伸びてきた腕にがしりと今度は肩を掴まれ、完全に身動きを封じられた。


「いいですか!? あれはまだ彼女が幼い頃、先代の巫女に言われ私はあの子の教育係を任されました! 初めて会った時の事を昨日の事のように思い出します! あの子はまさに天使のように私に微笑み、将来有望な器量を感じさせ! そして何かがあるとすぐに泣いてしまう可愛い子でした!!」


 そこへ、天使のような子供時代を送り、目を隠している為、今はその器量は不明な何かがあるとすぐに泣いてしまう子供だった女性が薬草汁の影響から回復して戻ってきた。


 そういえば確かに一度だけ布を外しているところを見たけど、美人だったな。端整な顔立ちとパッチリ開いた大きな目に、色素のない瞳孔がミステリアスな感じを醸し出してて。


「ラルバ? どうしたの? 大丈夫?」

 ウタノハの声が彼女に届いておらず、暴走は止まらずに俺へ言葉をぶつけてくる。


「いいですか! 姫様が私に初めて泣いている「ラルバ?」所を見せたのは寝床での「ラルバ?!」粗相をしてしまった時の事です!! 真夜中に私の寝床にそっとやってきて静かに、静かに泣いて、私の服の袖を「ねぇラルバ!!」摘まむようにして小さく謝るあの可憐さ! そして自身の母親である先代の巫女様に言わないでと泣いて懇願するあの「ラルバったら!!」愛おしさ!! ホリ様! 私はあの子の赤子をこの手で抱くまで死んでも死ねません! どうか! 夜這いでも何でも「ねぇラルバったら!!」構いません!! 次世代にあの可愛さを受け継いでくだされ!!」


 耳元でステレオに叫ばれても困る。


 普段、真面目な人が酔っぱらうと怖いなぁ。酔い方というか、酔った時の暴れ方がウタノハに似てるのも笑える。オーガは絡み酒が多いのか? オラトリに絡まれても怖いな。飲ませるのやめておこう。


「いや、ほらラルバ。ウタノハにも選ぶ権利があるでしょう? 俺じゃ気に食わないとかあるんだから、そういうのは当人にお任せしときなよ」


 そう俺が言うと、彼女は器用に俺を押さえ付けながら更にト・ルースが追加したワインを一気に呷ると、さらに高揚した勢いをぶつけてくる。その侍女長を必死に止めているウタノハが面白い。


「ホリ様!! 大丈夫です、あの子はチョロい!! 既に寝床へ貴方が来たら「ウワァアアアアアアアッッ!!」でしょう!! 毎晩毎晩あのオルゴールを聞いて貴方「アアアァァァアアアアアアアッッッ!!」ますから!!」


 そこから、ステレオでウタノハ可愛い宣言を続ける侍女長と、その隣でポイントポイントで叫び続ける姫巫女が宴会に花を添えていった。


 一番の被害者、ウタノハは宴会が終わる頃には疲労困憊と力無く項垂うなだれていたので。


 薬草汁を追加して元気になるおまじないをしておいた。

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