第52話 酒のツマミには好みが出る

 拠点に戻る日の朝、ぐっすりと眠る事が出来て体調もばっちり。

 朝の食事もおいしく頂き、準備も完了したので鍵を返しにカウンターまでやってきた。

「あ、お兄さん! 準備出来たんだね! それじゃあまたこの街に来たらうちの宿をよろしくね!」

 と今日も元気よく挨拶をしてくる看板娘。

 鍵と心付けに銅貨を置いていざ出発としたいところだが、少し時間がある。

 そういえばウタノハに魔石貰ったんだし、何かお返しに買っておくとしよう。何がいいかな? 飲食通りのすぐ横が宝飾品のエリアだからすぐ来れたのだが、何を買ったらいいのか悩ましい。

「うーむむ、指輪やブレスレットは……ダメだ。目が普段見えないんだから愛でられないって言ってたし、好みもあるしな。うーん……」


 通りの少し奥まで来ると、貴金属以外にも色々と売っている。

 宝飾品というよりはご婦人用通りって感じだ、化粧品やエステ商品、風呂で使えそうな物から嗜好品まで。朝もまだ早いのに、盛況だな。


「これは……?」

「お? 兄さん。それ興味あるかい? 色々な地方で採れる花を使った香料だよ。王族や貴族が風呂に入れて使ったり、水で薄めて髪につけたりするらしいんだ。いるかい?」

 道にシートのような物を広げて腰かけているおじさんに声をかけられた。


 俺が出店で見つけたのは見た目はお菓子のようになっている香りを放つ物。ずらりと並んだ箱の中には様々な香りを放っているソレがおじさんの横に山積みになっている。全部で百個くらいありそうなんだけど……。入浴剤か、使えるな。

「すごい量だね、色々な花の香りかな?」

「花だけじゃない、香草や香木の香りっていうのもあるんだ。売れると思って大量に仕入れたんだがなー、鳴かず飛ばずって感じで困ってるんだ」

 おじさんは頭を掻いて困った表情を浮かべている。

 うん、いいなこれ。買っておこう。

「一つ幾ら?」

「一箱に四つ入ってて黄銅貨三十枚だ。買ってくれるかい?」

「全部買うから一箱二十五枚にしない?」

 おじさんが少し腕を組んで悩んでいる。数が数だしな、当然か。

 逡巡して決心がついたのか、おじさんは勢いよく自身の膝を叩くと、大きく頷いてくれる。交渉成立だ。

「おし! 銀貨二十五枚だ、毎度アリ!」

「ありがとうおじさん、これいい商品だよ。おじさんいいセンスしてる」

 ありがとよ! と手を振られそのまま別の店で色々と見つけた物を買っている。香水や少し高級感のある日用品があったのでそちらも購入しておいた。


 随分と使ってしまった、金貨数枚吹き飛んでしまったぞ……。

 というか途中から少しハイになって浮かれすぎた、なんだよこのペアグラスとか……。ペイトン夫婦にあげよ、いやでもそれだとペイトンが酒豪パメラに潰される未来しか見えないぞ。

 ……まぁ、いいか! お世話になってるしな!


 今回は少し変わり種が多く買えたな。パメラとアラクネ三姉妹に感謝だ。これは彼女達が実らせた結果のおかげだし、ちゃんと労える物も準備できたしな。


 ……!? いつの間にか日が結構昇ってる、うっそだろ! どれだけ夢中で探してたんだよ! やばい、急がないとアナスタシアがこの街に殴りこんでくるぞ!

 全力で駆け出し、すぐに城門にはつけたが入国と出国の審査の列が長い! どうしようこれ、間に合えばいいんだけど。


 それから大分時間がかかり、また髭の守衛に声を掛けられるまでに太陽が一番高い位置まで来てしまった。ここから急いでいけばギリギリ……間に合うかな?

「おう! 今回の行商はうまくいったかい!」

「ええ、殆ど前回と同じ商会としか取引していませんが。今回も成功しましたよ」


 そりゃよかったな! と背中を叩かれる。

 内心では逸る気持ちを抑えるのに必死だが、焦って問題が起きる方が時間がかかってしまう。冷静になるんだ。


 グスタールを後にしようと入国の行列の横を歩いている時、少し気になる言葉が耳に入ってきた。話をしているのは旅人と思われる服装をした者と鞄を背負っている行商人のような者の二名。

「さっきのケンタウロスはやばかったな。見つかったらと考えただけで命が縮んじまうよ」

「だな、木を殴り倒すなんて正気の沙汰じゃねえよ。仲間のケンタウロスが止めてたし、入国の時に守衛に話しておいてやろうぜ」


 やばい……! 冷静になっている場合じゃないぞ、これは急いで戻らないと!

 そこから来た時よりも速く、それこそいつかのゴブリンキングから逃げている時くらい必死で走った。

 体感的にはあっという間に森まで着いたが、それでも猶予はない。もし先程の連中が守衛に話をして、グスタールの人間がここに来たら、そして俺がケンタウロスと一緒にいるところを見られたらアウトだ。急がないと!


 森の落ち合う場所でアナスタシア達が見えた! 

「アナスタシアァアア!」

 俺は勢いそのままに彼女に抱き着き、有無を言わせず移動を始める為急かす。

「見つかってるかもしれない! 急いで拠点まで戻ろう! さぁ早く早く!!」

「ホリ、遅れた言い訳は道中聞こう。無事でよかった、心配をかけるんじゃない。……お帰り」

 彼女はそう言うと俺を抱え込むように抱き締めてきた。

 アナスタシアさん、ご立派な物が顔にですね……。いえ、何とは言いませんがね? ありがとうございます! 続きは拠点で!

「ただいまアナスタシア。オレグも、心配かけたね。迎えに来てくれて二人共ありがとう。さぁ、急いで帰ろう」


 鞍を用意している時間が勿体ない、このままオレグの背中に乗ろうと思ったら彼女が口を開いてきた。

「私の方に乗れ、そちらの方が速度も出せる。時間もないのだ、振り落とされないよう全力で捕まっていろ」

「え、でも」

「いい、乗れ」

 短いやり取りだが、有無を言わせずに乗せる気満々でしゃがんできたのだが、まぁ今はとにかく時間が惜しい。お言葉に甘えよう。

「じゃあ失礼して」

「うむ、しっかり捕まっていろ。オレグ、全力で走るぞ」

「了解」


 その後はとにかく記憶が飛び飛びで。最初は回した腕に素晴らしい感触が! うほーい! とか考えていたのだが、速度が上がるにつれ歓喜よりも恐怖が勝っていった。

 どうやら来る時はアナスタシアがオレグに気を使い、背中に俺を乗せている事の負担を考えて速度はそこまで上げていなかったらしい。

 だが今回は俺のもたらした情報で時間的猶予がないのだから、自分の方に俺を乗せ速度を出してまずは距離を稼ごうと全速力を出しているようだ。

 走りながらオレグが説明してくれたのだが、顔中から汁が出ていてそれどころではなかった。振動でケツが割れて十字になっちゃうのではというくらいの痛みも感じれる余裕はなく、ただ怖かった。


 グスタールよりかなり離れ、拠点の近くまでやってこれたので休憩となった。

 助かった。俺の頭には生き残ったファンファーレが鳴り響き、その事実だけが只嬉しかった。アナスタシアは息を切らす事もせず、疲れは見えない。いつも通りの冷ややかな表情をしているが、どれだけの心肺機能を備えているのか不思議でならない。

 対してオレグは、少し息が切れている。

「少し飛ばしすぎたか? オレグ、大丈夫か」

「はい、少々疲れましたがまだいけますよ」

 そうか、と彼女達は休むようにそこへ体を下ろした。

「あ、そうだ。疲れた時は甘い物っていうし、二人とも、はいこれ。食べよう」

 魔石販売店で食べたカステラのような味の摘まめるお菓子。二人にカップを渡し水を入れ、お菓子を摘まんで口に放り込む。じわりと広がる甘味が恐怖で凍える心を溶かしてくれる。

 アナスタシアが俺が食べるのを見て、一つ摘まんで口に放り込んでいる。

「おお、中々うまいな」

「だよね、この素朴な感じがいいんだよね」

「どれ私も……」

 オレグが摘まんで口に入れると、彼は眉を寄せてお菓子を睨んでいる。

「オレグ? どうしたの? アナスタシアみたいになってるよここ」

 俺がトンと眉間に指を当ててそう言うと、アナスタシアが更にシワを眉間に寄せている。

「おい、それだと私がいつも顔を顰めているように聞こえるぞ」

 ごめんごめんと笑いながら俺が言うと、彼女はふうと大きく息を吐いて眉間のシワが解かれていき、他愛のない話をしている時も横から手が伸び続けていた。


 オレグが俺達のやりとりの間に、そのお菓子を摘まみ続けていたのに気づいたのはカステラのようなお菓子があと三つしかない状態になってから。彼は口の周りにお菓子の粉をつけて、少し赤面している。

「オレグ……、甘い物好きだったんだね」

「そ、その……、何故か手が止まらず……」

「私はまだ一つしか食べてないんだぞオレグ!」

 喧嘩になりそうだったが最後は皆で一つずつ食べ、水を飲み切ったところで再度拠点へ走り始めた。今度は先程と比較してそれ程速度も出していない、日が沈む前には拠点に戻れそうだな。


「オレグ、甘い物が好きなら今回は調味料をかなり買ってきたから、スライム君に頼んで甘い物を作ってもらおうよ。彼ならきっとすごい美味い物を作ってくれるよ」

「それはいいですな! 楽しみが一つ増えます!」

 オレグはそう言うと、走るペースを少し上げた。お土産に買ってきた甘い物を一番喜んでくれるのはもしかしたら彼なのかもしれない。


 夕焼けに一面染まり、ゆったりと走り続けている二名と背中に乗っている俺。拠点はもう見えていて、俺達が帰ってきた事に気付いたケンタウロス達も走って追ってきている。彼らに手を振り、「ただいま」と叫ぶと「おかえり」とあちらこちらから声が飛んでくる。それよりも……。

「う、ウォックが背にホリ様乗せてるぞ!!」

「ホリ様! 死んでないですよね!?」

 ケンタウロス達の一部が大声で俺の安否を確認している。

「ありゃ、俺降りた方がいいかな? 何か騒いでいるみたいだけど……」

 前から声が飛んでくる。

「気にするな。お前は私のぱ、伴侶パートナーだからな。騒いでいる奴らは後で黙らせておく。安心してくれ」

相棒パートナー? そう言ってくれるのは嬉しいけど、平和にね」

「……? 何かおかしいような。ホリ様、つきましたぞ」


 ポッドの傍まで来ると、既に宴会の用意が始まっていた。さすが! 

 ああ、スライム君の料理を数日食べれなかっただけでもう飢えている。

「ああ、お腹減ったね。スライム君にがっつり胃袋を掴まれちゃったから満足できる食事っていうのが少なくてね。間食ばっかりしてた気がするよ」

「もう日も落ちる。見ればわかるだろうが、今日は酒宴にしようと皆で話し合ってな。ホリの帰還祝いだ。少し休んでいてくれ」

「ホリ様、我らは一度家に戻ります。風呂は宴会の後という事にしておきましょう。猫人族に話をつけておきます」

 二人にお礼を言ってポッドの根元で休ませてもらおう。

 俺がトレント達の傍まで来ると、歓迎してくれているように木々が騒めいた。


「おうホリ、聞いとったぞ? また人族の里へ行ってきたんだってな? おかえり」

「ただいまポッド、うん、今回はちょっと急だったから少し疲れたよ。休ませてもらっていい?」

 好きにせえと言ってもらえたので、彼の根元で腰を下ろす。

 長時間の乗馬で腰が痛いし、途中から鞍とソファーを使ったけどそれでもケツの皮が剥けたな。これは風呂が染みそうだ。

「ホリ様。無事にご帰還なされたようで安心致しました。おかえりなさいませ」

「ホリ様、お疲れ様です。あたし達で今朝に決めたんですがね、ホリ様の帰りを祝って宴会するって話は聞きましたかい?」

 お婆ちゃんコンビ、リザードマンのト・ルースとオーガの侍女長ラルバだ。仲が良いのかな、お茶友達みたいだし。旧知の仲って言ってたっけ?

「二人共ただいま。うん、聞いたよ。少し休んでてくれって言われてポッドに休ませてもらってるんだ。二人にも魚茶の御茶請けにお菓子買ってきたから、楽しみにしててね」

「ヒッヒ、それはいい。是非ホリ様も参加してくだされ。とっておきの魚茶を出しましょう」

「楽しみじゃのうルース。ホリ様、ご配慮の程痛み入ります」

 二人のお婆ちゃん、そしてすぐ隣には年齢不詳のお爺ちゃん。俺も結構歳をとったと思っていたが、この三人からしたらまだまだ赤子のようなものだろうか? というか魔族ってどれくらいの寿命あるんだろう。トレントは数百年は楽に生きてるっぽいけど……。


 四人で街の事を話していると、ゴブリン達が走ってきて一番にアリヤが飛びついてきた。そして連続して二人目、三人目と耐えきり、自身の力の成長を感じれる。重い物も結構持てるようになってきたもんなー。


「今回皆にはお土産らしい物はないんだ。お菓子くらいかな」と言ったら武器をあげた時くらい喜んでいるのだが……。もっと買ってきてもよかったな。


 ペイトン達やゼルシュ達もやってきて挨拶を済ませると、その頃にはほぼ全員集まり宴会が始まろうとしていたので、荷物から酒樽を出しておいた。アラクネ達はいないが、まだ休んでいるのだろう。

 魔王の酒もまだまだある、買わなくても良かったかも知れないけどあっても困らないよね!

 料理がずらりと並べられ、スライム君にお礼を伝えたところで酒を片手に挨拶とか面倒だったので、一言乾杯! とカップを突き上げた。

 お、やはり腕輪チョイスの白ワインもうまい。香りもいいが味もいい。これからも腕輪が反応するお酒には出来る限り手を出していこう。

 そういえば、魔王の持ってきた酒には反応しなかったんだよな。あれもかなりの品だから反応しても良いと思うんだけど。何か理由でもあるのだろうか? 神様しかわからないか、それは。


「そうだ、ペイトン、パメラ。二人にお土産があるよ。色々とお世話になっているし、この前ペイトンには体を張って助けてもらったから、そのお礼に受け取ってもらえる?」

「ホリ様、そんなわざわざ……。我ら一家は楽しくやらせてもらっておりますから、お気になさらずともいいものを……」

「あなた、ホリ様の厚意よ。ここはありがたく受け取りましょう?」

 パメラにそう窘められ、唸っているペイトン。俺は構わず鞄から目的の品を取り出し、二人の前に並べた。

「まぁ気に入らない物かもしれないけど、はい。ペアグラス。何でも、装飾用の金属で作られた夫婦や恋人用のカップらしいんだけど、使ってくれると嬉しいな」

「あら、可愛いデザイン。フフ、対になっているんですね」

「こんな物を頂けるなんて……。ホリ様、ありがとうございます。大事に使わせてもらいますよ」

 パメラとペイトンがそう答えてくれたので、ほっと一安心。

「じゃあ、あなた。このカップを早速使ってお酒を頂きましょう?」

「えっ」

 パメラはそう言いながら、酒樽が並べられているところにペイトンを引っ張っていった。手を振り健闘を祈っておいたが、多分近い未来でペイトンは気絶するだろう。

 ペイトン達を見送り、すぐ近くにいるト・ルース達リザードマンに声をかける。一名倒れているが、恒例行事だ。気にしてはいけない。


「あ! リザードマン達が気に入りそうなツマミがあるんだよ! ちょっと待ってね!」

「ヒッヒ、こりゃゼルシュ! ホリ様が何か出してくれるんだ、起きな!! だらしない子だねぇ!」

「お、おぉオババ……、み、水をくれ」

 ト・ルースが指先を光らせると、酒を飲み寝ていたゼルシュの口に水が大量に流れ込んでいった。え、それ死んじゃうんじゃ……と思っていたら、スッとゼルシュが立ち上がり伸びをしている。どういう体してるんだ? 

「これこれ! 海の幸らしき食材! 匂いが気になって買ってきちゃった!」

 リザードマン達は俺が出したその食材が入った樽を覗き込み、匂いを嗅いで様子を伺っている中で、ゼルシュとリューシィの両名が試食に名乗りを上げた。

「これはまた面白そうな……。誰もいかないなら、まず俺が特攻するぞ! いいか!?」

「ゼルシュ待って! 私も行くわ!」

 二人が容器に盛った塩辛のような食べ物をスプーンで掬い、一口で頬張った。

「なんだこれは!! 昔行った塩辛い湖の味が口に広がり、旨味が襲い掛かって来るぞ! って辛ッ! 辛いぞホリ!」

 忙しく感想を述べてくれるゼルシュ。対照的にゆっくりと噛みしめているリューシィ。彼女の方がちゃんとした判断が出来そうだ、ゼルシュはもう一口スプーンで食べて辛い! と叫んでいるし。

「不思議な風味ね、これ。内臓を使っているみたいな味がするわ。それにこの風味が独特で癖になる人は好きそうね。ホリ、いいお土産じゃない!」

 リューシィがそう言うと、リザードマン達が一斉にスプーンを取りに自分の席に戻った。どうやら試してみたくなったらしい。この様子ならこの量も今日中に食べ切れるかな? 余っても困るが、スライム君が狙っている様子なので少しは残しておいた方が良さそうだ。

「ヒッヒッヒ。リューシィはまずいと一切口にしませんからねぇ。どれ、私も頂きますよ。ホリ様、いつもすいませんねぇ」

「気にしないで、俺も食べたいから買ってきたんだ。あ、そうだ。これを使って少し俺が料理を作るよ。ちょっと待ってて」


 俺はスライム君がお肉を焼いている横で、彼に道具を借り鞄から白いチーズを取り出した。ゴブリン達とリザードマン達が俺の後を追って後ろで見ている。使う物はチーズと香草、そして何かの塩辛。

「スライム君、今回はいっぱい調味料とか食材買ってきたから、またおいしい料理をお願いね」

 俺がそういうと、彼ははしゃぐように跳ねている。撫でると高速でぷるぷるしているから、喜んでいるのかな? 

 チーズを湯煎して溶かし、柔らかくなったところでよく捏ねて更に柔らかくしたところに塩辛を入れ、最後に少しフライパンで炒った香草を入れてみた。

「リューシィ、これも食べてみてよ。もうちょい火を入れてチーズに焦げ目を入れてるのも作ってみるから、先に味を見て欲しいんだ」

「ヒッヒ、リューシィ! 珍しく頼ってもらってるんだ、しっかり味見役をこなしなよ!」

「珍しくは余計よおばあちゃん! フン、ホリの料理に期待なんて……」

 そう憎まれ口を叩きながら、スプーンで一口頬張る。

 彼女は無言で立ち上がり、スライム君とパメラの作ったパンを少し火で炙ってからたっぷりとそれを乗せて一口で頬張った。

「ウマーイ!!!」


 その言葉を皮切りに押し寄せるリザードマン達。ト・ルースには少し味が濃かったようだが、盛況を見せ受け入れられたようだ。そしてそれを見て他の種族も我先にとやってきて、塩辛のような何かがどんどん減っていく。


 ついでだからと少し悪戯心が出てきてしまった。

 鞄から取り出したのは、あの紫のチーズ。ラヴィーニアで試そうと思っていたのだが、あそこで倒れているオークに食べて頂こう。

「うっしっし」

「ホリ様、顔コワイデスヨ」

「ベル、アノ顔ハ、悪イコト考エテル時ノ奴ダヨ!」


 俺は紫のチーズを火で炙り、形が変わりだして香りが立ち込めるようになったところで器に盛り、倒れているオークの所へ歩み寄った。

「うぅう……、うー……」

「ペイトン! ペイトンしっかりするんだ! これを食べれば一気に回復するぞ!」

「ほ、ホリ様……!? すみません、今は食欲が……」

「いいから! さぁ! さぁ!!」

 彼は酒を飲みすぎたからなのか、唸るようにして休んでいたところを俺に体を起こされ、口にその紫のチーズを放り込まれた。


「にがぁああああ!!」

 何時ぞやの森で、俺を騙してくれた恩返しが出来た事を喜び、俺は無意識に右手を高く上げた。

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