第44話 セーフなのだ!
「さぁて、そろそろ寝るとするかね。思わぬ拾い物で良い事尽くめだし、今日はいい夢が見れそうだよ!」
「今日の見張り、最初はガァリだったよなあ。木が残り少ねえ、大事に入れてけよ」
リーダーの女性とデェブと呼ばれる痩せた男がそう切り出し、軽い酒盛りを終える狩人の一団。彼らは設置していたテントに見張り以外の全員が入り、残る一人が火の傍で見張りをする為に残った。
薪をかなり使っていた事で、一晩もたせる為にかなり少な目に木を投入している。辺りが一段と暗くなり静かに俺達は行動を開始した。
「皆、焦らないでね。ゆっくりとで大丈夫だよ。気取られない事だけを考えるんだ。いいね」
先程から小さく小さく呟いているが、喉がカラカラだ。出血しているのも要因なのかな? 喉が渇くのに、緊張で冷や汗なのか脂汗なのかはわからない汗が全身から出てくる。
チラリと火の番をしてる奴を見たら、あのガァリとか言う奴、俺から奪った食料まだ食ってる。かなりの量の食材を入れておいたのに、殆どなくなってるし……。
視線を戻すと、ずっと俺を見つめてくる目の前の少女の顔の傷が痛々しい。ここで弱音を吐いていられないな。もう少しだ、焦らず頑張らねば。
そこから少しの時間の後、全員が足のロープ、数名は恐らく手の方も解放出来た様だ。怪我をした少女が意を決したような瞳を向け、そしてその周りの亜人達も、俺の方に決意の表情を見せてきている。
「これからあの焚き火の火を消す、そしたら音を立てないようにして立ち上がれ。そして俺が合図を出したら、一斉に走り出すんだ。わかったら頷いてくれ」
大きく一度頷いた彼らを見て、俺は深呼吸をして立ち上がる。
テントの方からも大きな鼾や寝息がしている、大丈夫だ。
そして、ガァリと呼ばれる奴のところで一つ頼み事を申し込む。
「すいません……、皆さんのおかげで安心したからか、喉がカラカラで。水を一杯いただけませんか? 私の持っていた水筒は先程の女性が持ってる鞄の中なもので」
「めんどうだな、そこの袋に入ってる奴か、その近くに水の魔石あるから勝手に飲んでよ。カップは適当なのを使えば」
少し会話しただけなのに、鼻息を荒くしているがこいつ日常生活大丈夫か? 寝てる時とか気づいたら呼吸止まってるだろ確実に。
まぁいいか。カップに水を入れて、体に少し水分を補給しておこう。
「おい、僕にも水もってこいよ」
「はい、ちょっと待ってくださいね」
限界まで水を入れたカップを、肥満に差し出し渡そうとした時、ついついカップを落としてしまった。いっけなーい!
「おいぃ! なにしてるんだよぉ! 僕が怒られるんだぞぉ!」
「す、すいません! 腕を怪我しているもので、つい落としてしまいました!」
ついつい落としたカップは、何故か偶然にも焚き火の中心に落ちてしまい、微かに光を灯していた火をジュッという音を出し消えてしまった。
「くそぉ面倒増やしやがってぇ……。火の魔石どこだったかなあ」
ガァリは悪態をつき、がさがさと何かを物色している。
月明かりの中で、亜人達が立ち上がり何時でも動けるようにしてこちらの合図を待っているのがわかった。そしてガァリのすぐ傍に俺が奪われた剣が放置されているので、回収しておく。
気づかれてはいないようだ。
「あ、私光の魔石を持ってますよ。少し待っててください」
「なんだ、そんなものあるなら早くだせよ!」
絶対に奪われないように腰に巻いてある布の中に忍ばせておいた魔石を出し、魔力を込める。
「どうですか? 魔石は見つかりそうですかね?」
「うるさいなあ、少し待ってろよ!」
うるさいのはお前だと言いたくてしょうがないが、ぐっと堪え俺は光の魔石を掲げて一度頭の上で大きく円を描いた。
そしてそれをしたと同時に、猫人族が先程教えておいた方向へ一斉に走り始める、作戦開始だ!
俺が猫人族について聞いていたのは聴覚と嗅覚が優れている事、しなやかな肢体を持ち俊敏性がある事、そして何より、夜目が利く事だ。この暗い森の中は彼らの領域、しかしそれでも彼らは怪我をしている、本来の素早さを出す事は難しいだろう。
「ん!? おいお前ら! いつの間に! おいみんなおきウギッ」
テントに駆け寄ろうとしたガァリを、鞘に収めたままだが剣で思い切り後頭部を殴りつけておいた。そのまま俺も彼らの後を追うが、猫人怪我してるのに早い!! もう何人かは殆ど見えないぞ!
後ろから怒号が聞こえる、リーダーの女性の物だろう。
追い付かれたら命はない、全力で走らないといけないのはわかってはいるが、腕の痛みが鈍く頭に響いてくる。痛みと疲労とで息が苦しい……。
「おいついたぞぉ」
後ろから肥満体がそう言い放ちながらすぐ後ろまでやってきている! というか速い! 動けるデブだったのか! 木の枝などを避けるように走っている俺と、構わず突き進んで槍を振り回しているデブ。
「ふひひ! 僕はこれでも
うっそだろ、名前から何からおかしいだろお前ら! 糞、大誤算だ! 完全に追いつかれ、そのままナイフを投げつけてくるデブ。
しかしそのナイフが何故か弾かれ、俺の体を捉える事はなかった。それどころか……。
「な、なんだよぉこれえ!?」
後ろでデブが何かに動きを制限されて、そしてそれに抵抗するように腕で何かを払うようにしている……? 何かはわからないが、チャンスだ! この機に逃げるしかない!
振り返り、走り出そうとした時にすぐ横の陰から何かが迫る気配がした。
「死ねぇ!」という大声と共に俺の体を目掛けて槍が迫っている。
「うぐぅ……ッ!」
間一髪というか、紙一重といえばいいのか。
僅かに体を逸らす事ができ、脇の腹を掠めた槍を俺は全力で掴んだ。
「ああ、糞……。本当に今日はついてないよ……。痛い、糞、痛い……!」
燃えるように熱い腹の痛みを作り出した
目の前で、槍を押し引きさせ何とかしようとしているが、痩せぎすな男と違い、こちらだっていつも肉体労働で限界まで働いているのだ。そう負けてはやれない。
「クソが! 死ね!」と目の前の男が槍を手放し、小さなナイフを肩に突き立てられた。
歯を食い縛り、更に追加される痛みに耐えて刺した事に喜んで笑みを浮かべている男を再度睨みつける。
俺も槍を手放し、地面に落ちる音がしたとほぼ変わらぬタイミングで、あまり力が入らなくなってきた左腕で目の前のにやけた面をした男の首元を掴んだ。
「お前達がいい奴じゃなくて安心したよ!」
「何だァ!? 何をいってやがッ……アァ?」
男が異変に気付き、視線を下に落とすとそこには俺が握っている剣。
俺は握りしめた剣でそいつの腹を突き上げ、捻り上げる。手に伝わる感触、初めての体験、最悪の気分なのもあるが、それ以上に痛みで気を失いそうなのを必死に堪える。
「ギィッ、イギィッ」
痛みを表情に出し、俺の体に突き立てたナイフを抜き、再度刺そうとする腕を払いのけた。そして、もう一度右手で捻り上げるように剣を持ち上げたところで、目の前の男が絶命した。
密着していた状態から相手を強く突き放すように押すと、そいつはその場で倒れ、俺も立っている事が出来ずに力なく膝をつき、そして腰を下ろし座り込んでしまった。
時間にして僅かだろうが、茫然としてしまった事が仇となり近くまで這い寄っている脅威に気付く事もなかった。
「くそお! よくもデェブをぉ! しねぇ!」
束縛のような物から解放され、自由になったデブが仲間の復讐にその槍を構え全力で走ってきていた。
逃げないと、とは思っていても、体は重く足はまるで動かない。
「ホリ様! 危ない!!」
何か大きな物体が俺の目前、そして俺に向かって突進をしてくる相手の前に現れ、そしてその巨体で槍を受け止めた。
腰に忍ばせておいた灯りが足元に転がり、その物体の正体を現してくれる。
「ペイトン……?」
呻き声を上げながら、突き立てられた槍を抑え込もうとするも相手の槍が再度ペイトンの胸を貫く方が早かった。
「ぐうっ……」
「なんだこのオーク!! 死ね死ね死ね!!」
「ペイトン、逃げろペイトン!!」
俺が居る為動く事が出来ないのはわかっている。足に力を入れる為、殴りつけるがそれでも足が動かない。情けなくて涙が出てくる。糞、糞、クソ……!
目の前でペイトンに何度も突き刺さる槍、だがペイトンも負けじと突かれた際に槍を掴み返し相手を睨みつけ、槍を挟んで力比べのようにして握りしめている。
「グ、ググゥ……ッ!」
「この、豚がぁ……!」
豚はお前だろ! と言いたいが、それどころではない。
その力比べに両者が膠着するように固まり、お互いに一歩も譲らない。
「ウガァァァァアアア!!」
「う、わぁ!?」
ペイトンが森全体に響き渡るのではという程大きな声を上げた直後に槍ごと相手を持ち上げ、その勢いのまま振り回し、相手を近くの大樹の幹に叩きつけた。
その勢いが凄まじく、大樹はへし折れ、相手は頭を潰されたのかは見えないが、痙攣をするように体をひくつかせている。
いやあれ絶対死んだろ。
「ぺ、ペイトン……?」
こちらを振り返るペイトン。いつも着ている布の服には突き刺された事がわかる穴がいくつもある。確実に致命傷を受けているであろうソレを見て、つい声が大きくなってしまった。
「ペイトン! 大丈夫か!? ペイトン!!」
「うぅっ……!」
彼は一つ呻き声をあげ、その場に膝をついてしまった。当然だ、あれだけ突き刺されて無事な筈がない! 焦る感情そのままに声を出し、彼に呼びかける。
「ペイトン! ペイトン!! 返事をしろ!!」
俺は動かない足を引きずるように這いずり、重くなった体で彼のすぐ傍に近寄る。
そして次の瞬間、ペイトンは立ち上がって大きく叫んだ。
「セーフですぞ!!!」
笑顔で服を捲り上げた先には、ペイトンの体に何かが巻き付けられていて、よく見れば傷一つないように見え、血が激しく出ているような事もないのがわかった。
その布は俺が持っている灯りの光を反射するようにキラキラと光り、彼の体への攻撃をそこでせき止めたのが一目でわかる。
無事なことと、そして笑顔でこちらに歩いてくるペイトンをみて、状況考えろよ! と思いながらも、彼の発言と行動がどこかおかしく、俺は涙が出る程大声で笑ってしまう。それにより全身から痛みが出るが、それでもしばらく笑いを止める事ができなかった。
彼は周囲を警戒し、安全を確認して俺のすぐ傍にやってきて膝をついた。
「ホリ様は無茶をしますから、少し怖い目を味わってもらおうと思いましてね! パメラとレリーア殿が作ったこの布のおかげで致命傷にはなっておりません。しかし、またこんなに傷を負って……。無理をしないと約束したでしょう?」
「ごめんごめん、つい頑張っちゃったよ。でもペイトン、さっきの演技は正直心臓に悪すぎだよ。勘弁してよもう」
俺の言葉に彼は大きく笑い、俺に背中を貸しおぶさりながら立ち上がった。
「この布を信用していた訳ではなかったので死ぬ覚悟でしたが、でもやっぱり痛い物は痛いですから。それで少し我慢の時間が必要だったのです」
そうか、衝撃はそのまま伝わってきたのだろう。もしかしたら骨や内臓の方に怪我をしてしまったかもしれない。後で怪我人は全員ポッドとト・ルースに見てもらおう。
ペイトンは歩き始め、そのまま他の仲間の元へと向かっている。
「その布はどうしたの……?」
「パメラが言っていた『やってみたい事』で出来上がった布です。レリーア殿が出す糸とホリ様の鉱石粉、それを混ぜ合わせるように紡ぎ布を作ったようですよ」
そういえば話をしていたな。
これが命を守ってくれたとあれば、次の酒の席ではパメラには浴びる程酒を飲んでもらおう。いつもそれくらい飲んでるけど。
「何でも、鉱石を混ぜ込んだ影響かかなりの強度と、魔法も威力の低い物なら弾くようですよ。致命的に火に弱いらしく、戦闘には不向きかもしれませんが、それでもかなり使えると思います」
「へえ、それならレリーアとパメラにはお礼を言っておかないとね。おかげでこうして生き長らえてるんだし……」
そうですね! と大きく笑うペイトン。本当に無事でよかった。そういえば捕まっていた人達は大丈夫だろうか? 色々思い付くが、少し疲れたな。
「ペイトンごめん、少し意識飛びそう……。それにしても、ホント今日はついてなかったなぁ」
「それでも我々はこうして生きているのです。少しは幸運の女神が微笑んでくれたのでしょう。後の事は任せて、今は休んでください」
ありがとう、と最後に呟いて俺は意識を手放した。
――次に俺が目を覚ましたのは、応急処置としてペトラの薬草汁を全身に振りかけられ、激痛で跳び起きた時である。
――野営の火が消され、亜人と商人の男が逃げた! と言われたリーダーの女性と少年のような出で立ちをした女性の二名は憤慨し、見つけ次第殺そうと喚いてデェブとガァリに男の捕獲を命じ、自身らは逃げた亜人を追うという算段をしていた。
そして人数分のランタンを用意していた髭の男性を加えた三人で、亜人の後を追うようにして走り出し、一番痛めつけていた猫人の少女をもうすぐ捕える事ができるところで、リザードマンとゴブリンの一団に遭遇した。
「な、なんだこいつら! 糞、死ね!」
髭の男はそう叫びながら剣を抜き放ち、ゴブリンの一匹に斬りかかろうと振り下ろす。だが、それをゴブリンの一匹が、変わった模様が特徴的な剣を抜き放ち、迫り合いをすることもなく軽くいなされ、流れるように男性の足を斬りはらった。
その傷に怯む事なく、下ろした刃を振り上げるもそこにはもう敵の姿はない。
つけられた傷自体は浅い、だが今の応酬だけでも目の前の敵から、高い戦闘力を感じた男性は、牽制に投げようと腰のナイフを手にし、投げつけようと振りかぶったとした時――
「イギィッ!」
左の手首に激しい痛みが走る、見るとそこには別のゴブリンが放った弩のボルトが突き刺さり、貫通して大量の鮮血が噴出していた。
そしてそれをチャンスと、飛び出した目の前にいるゴブリン二匹が繰り出す攻撃をなんとかいなそうとしたが、剣と槍とが絶妙な連携を繰り返されてくる為、まず怪我をした左手を切り落とされた。そして次に槍で足を貫かれ、飛んできたナイフで右手を潰され、握っていた剣を落としてしまった。
確実に死ぬ。
その揺るぎない事実で頭を支配され、叫びながら助けを求める髭の男。
「ママ! ボウイ! 俺を助けろ!」
「こっちだってそれどころじゃないんだ! 自分で何とかしな!」
見れば彼女達の前には一匹のリザードマン。その手には先程使っていた不慣れな武器ではなく、愛用している槍を携えている。
「おい、どうした? リザードマンの鞄が欲しいんだろう? 本気で相手をしてやってるんだ、早くかかってこい」
「このぉ! なめんなバッグ素材!!」
女性二人が連携しつつ攻撃をするも、相手にならないと言わんばかりに一蹴するリザードマン。
彼女らの助けは得られない。そう思ったところで髭の男は目の前のゴブリンに向かい、ナイフで何本か指を欠損している手をかざした。
「死ねぇ! ファイアーボール!!」
叫ばれた名前と共に、人の頭ほどの大きさの火の弾がゴブリン達三匹を目掛け勢いよく襲い掛かる。その火の弾を受け止めるように一匹のゴブリンが前に出て――
――剣で火を切り裂くように一閃し、霧散する魔法。
「な、なんだと……!」
そして、そのまま睨みつけるように魔法を発動させた男に向かって飛び上がり、剣を振り下ろそうと構えたゴブリン。
その攻撃を迎撃しようと、右手で足元に落ちている剣を掴み待ち構える男性を、一陣の風が撫でつけるように吹き、腹に大きな衝撃が走る。反射的に顔の向きを動かしてしまった時、剣が振り下ろされ。
男は自分がどうやって死んだか分からないまま、首を落とされた。
ゴブリン達はまず相手を誘う為に一人が跳びかかり、一人がその隙を突くために槍を握りしめ懐に飛び込み、一人が風の魔法で飛び込む速度を上げる援護をするという見事な連携で、この男性を仕留めたのだ。
「アツッ! アツッ!」
「アリヤ! 大丈夫ナノ!?」
三匹目のゴブリンも駆け寄り、火の魔法を切り飛ばす離れ業をやってのけ、熱さに地面を転がっているゴブリンの熱せられた体と剣に即座に水をかけている。
その見事な手並みを二人の女性と相対しながら見ていたリザードマンは感嘆の息を漏らすが、対照的に追い込まれたのは女性二名。
このリザードマンもかなりの手練れ、そしてあのゴブリン達もやばいと感じ取り危険な稼業を続けてきた実力により、即座に頭を切り替え、撤退を選択した。
「ボウイ! 煙幕!」
「はいよ!」
「何!? 糞! 早々に両足を切り落としておけばよかった!」
突如と巻き起こる煙幕に、消えるようにしていなくなった相手、そして自身の油断が相手に逃亡する時間を与えてしまった事に苛立つゼルシュ。
リーダーの女性はそれでも、ゼルシュに右腕を深く切られ、出血を手で押さえるようにして森を走り続けている。
「ママ! 急いで! ここヤバいよ! とりあえず早く逃げよう!」
「わかってる! 糞、どうしたってこんな事に……!」
大木に寄りかかり、斬られた箇所を布で思い切り縛り付け出血を抑える。そうして応急処置を終え、移動を再開しようとした時に彼女達に語り掛ける者がいた。
「どうしてこんな事に、か。恐らくお前達に苦しめられた者達も同じ言葉を吐いていたと思うぞ?」
闇夜に響き、確かに聞こえるその声に二人の女性が意識を向けた時――
「アガァァァ!?」
「ママ!?」
リーダーの女性が先程斬られたのと同じ場所に、月の光に照らされた光の槍が姿を現して彼女の腕を木に打ち付けた。
そして、近づいてくる蹄の音。
「ケンタウロスだと……! こんなところにどうしてこんなに他種族が集まってやがる……!」
腕を貫き、深々と大木に突き刺さっている槍を引き抜こうとするが、二人がかりでもまるで抜けず、身動きがとれない女性は目の前に現れた一匹の白銀のケンタウロスにそう言葉を吐いた。
「またどうして……か。これから死んでしまう者にこれ以上説明する意味はないな。それに、そこのオンナ――」
腕を固定されるように穿たれ、逃げる事が困難だと思ったもう一人の女性は息を殺し、影に潜むように隠れようとするのを見透かされるように睨まれた。
「貴様は言ったらしいな。『手首を切り落としてブレスレットをつけれなくしてやろう』と。面白い事を言うものだ。確かに手を無くせばつけれないものな」
苦笑するように笑っているケンタウロスを見つめる少年のような女性。
何を笑ってやがる、と怒りで沸騰する頭を落ち着かせるように、相手を見据えながら、大きく静かに息を吐いた時――
ぼたり、と足元に何かが落ちる音がした。
「えっ……?」
見れば、そこには見覚えのある物が横たわるように落ちている。
自身の右腕が、足元にある。
現実とは思えない光景を目の当たりに、自分の右腕を見ると、大量の赤い水が噴き出ていた。
白いケンタウロスは目にも止まらぬ速さで抜刀し剣を振り抜くと、風の魔法を剣圧に乗せ女性の腕を切り離したのだ。
「おっと、少しずれたか? まぁいい。『引っ掻ける肩がなくなれば鞄はもういらない』だろう? それは私の
「ウワァアアアアアーッ!!!」
血が噴き出る肩を抑えるようにして、叫び声を出しながら女性は走り出した。
とにかく逃げないと! その一心で走り始めて数秒後に彼女は何かの衝撃に襲われる。そして夜道を駆けていく一つの体……、正確には首のない体。
その自分の体が数歩もしない内に倒れ、首を刎ねられた事を理解すると共にそのまま命が潰えた。
「ふん、ラヴィーニア。奴は確かホリの傷口を嬲った奴だろう? 同じ目に遭わせてやるんじゃなかったのか?」
「だってェ、逃げ出しちゃうんだもォん。私は妹達みたいに肉弾戦はできないしィ。それにィ首が飛んじゃうとは思ってなかったァ、ごめんねェ」
目の前で軽口をたたき合っているケンタウロスと――
「あ、あ、あ、アラクネェ!?」
「あらァ? 呼んだかしらァ?」
狩人のリーダーとして、人身売買のような事をしてきた経験上、草原の民ケンタウロスを見る事は多かった、生活圏がわかりやすく罠にかけやすいからだ。
だがアラクネはその性質から、発見しても生還する事ができない事も多い。商売上レアといえばレアだが、出来る事なら遭遇したくない相手の一つだった。
「畜生、なんだってこんな化け物共が揃ってこんなところに……!」
目の前に並び立つ二つの恐怖に、槍を抜こうと力を入れながら愚痴を零すように言葉を漏らすリーダーの女性。
「おいおい、こんな奴と一緒にするな。仲間外れにされて不貞腐れてたような奴だぞ? こいつは」
「ちょっとォ、私とホリの仲の良さに嫉妬して、裏で文句言ってるの知ってるのよォ? ホリに告げ口してやろうかしらァ?」
「おいふざけるな! 大体お前がそのぱーかー? を私に渡さないから……!」
「フフフ、今日もあったかいわァこれェ」
ぐぬぬと唸り表情を浮かべ、必死に槍を引き抜こうとしている女性を足で踏みつけ、固定するようにしてケンタウロスが、一気に槍を引き抜いた。
「グァアアアアアッ!!」
どれだけ力を込めて引き抜こうとしてもビクともしなかった槍を引き抜かれ、転がりながら叫び声を上げた。
「私だってお前と違ってこの槍をプレゼントしてもらったぞ? しかもお前と違って丹精込めて作ってもらった品だ。どうだ!」
「ぐぬぬゥ、……私のはァ、私が苦しんでいる時に助けてくれた物なのよねェ。つまり、私を愛した結晶なの、これはァ」
ホリ本人に全くそのような気はなかったのだが、二人は自分こそが、というその愛の結晶? を相手に見せつけ自慢をしている。
周りにそれを見ている者は狩人のリーダーしかおらず、彼女も今の内にと逃げ出そうとしている……のだが。それも後ろの会話の流れにより、終焉へと向かっていく。
「よし、わかった。そこまで言うならホリの元へ行こうじゃないか! コイツを片付けてな!」
「ギャァッ!」
ケンタウロスが言い合いをしながら、逃げ出そうと匍匐前進のようにして移動をしていたリーダーの女性を踏みしめた。
「いいのォ? 貴方、自分の敗北を知りにいくような物よォ?」
言い争いながら、アラクネによってリーダーの女性は頭を足で踏みぬかれ、そのまま命を落としてしまった。
そうして、ペイトンが言っていた幸運の女神が爆笑しているかのように体に薬草汁をぶちまけられ、強制的に起こされたホリは更に不運に見舞われた。
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