第35話 お酒はいくつになっても程々に

 魔王と共に酔い潰れ、多大な迷惑を残した酒宴が終わった次の日。


 ゴブリン達に盛大に怒られながら自分が犯した粗相を始末し、優しく胃に染み渡るスープを用意してくれていたスライム君とトレニィアに今日も感謝。


「今日のスープ……、私が味付けしてみた……。どう……?」

「うん、二日酔いで苦しんでる俺には最高においしいよ」


 そういうと、彼女は嬉々として並々と器にスープを継ぎ足していく。

 いや、そんなに入らない……。

 ちょっとこの量は厳しいかな? と言うと、物凄く悲しまれたので全部飲み干しておいた。朝からお腹がタプタプです。

 因みに魔王は早朝に帰宅しており、残った酒はこちらで飲んでくれとの事、いやまだ相当残ってるんですが。


 これだけは言える。ありがとうございます!


 ゴブリン達の襲撃の際にアラクネ三姉妹の姿を見ないな? と思ったら、彼女らは別行動で森の奥深くに残っていたゴブリンやイータルヴォルフを狩っていたらしい。

 俺と魔王が酔い潰れてから酒宴に参加した為、俺が知らないのも無理もないとトレニィアが説明してくれた。

 そしてベルに教えられたのだが、意外な事に三姉妹のシスコン二女レリーアが、俺とゴブリン達が囮をやっている時にピンチになったら助ける為にと、気配を殺し近くで見守っていたらしい。

 姉に頼まれたから仕方なく、と本人が言っていたらしいが、会ったら改めてお礼を言っておこう。


 昨日の影響で、足腰がまだ回復しておらず今日はお休みという事にしている。

 それでもペイトン一家始めとする他の種族達はいつも通りの日常を送っていて、休みになっているのは俺とゴブリン達囮組だけらしい。


 みんな頑張ったのに、とゼルシュに言うと。

「いい走りっぷりだったからな。功労者には褒美があって当然じゃないか! いい囮だったな!」と高らかに笑いながら言ってくれた。


 どちらにせよ、今日は少し運動は避けておいた方がよさそうだ。

 足腰に力が入らないのと、足も挫いているので、歩いてるだけでも転びそうになっている時がある。掘削なんて以ての外という感じだ。


 ただ、一つの問題が起きた。


「さぁホリ、昨日の約束通り私の槍を作ってみてくれ!」と表情は変わらないが、期待に満ち満ちている眼光を向けてくるケンタウロスが一人いる。

 酔って記憶を無くしている為、こちらは全くと言っていい程覚えていないのだ。


「ウォックさん? えっと、ごめん何の事だかわからないんだけど……?」

「えっ……!?」


 俺が記憶を無くしていることにショックを受け、カランと持っていた折れた槍を落としたウォック。

「ほ、ホリ! 昨日私の折れた槍を見て『俺が鉱石で作ってあげますよハハハ!』と言っていただろう!? 忘れてしまったのか!?」


 いやあ覚えてないですねハハハ!!


 とはいう事もできない。なぜなら……。


「そうか、酒の席の事だものな。本気にした私がおかしいよな……」

 と先程の輝く瞳を失わせた、期待を裏切られた子供のような悲しみを纏わせてしょげている人がいる為で。


 くう、覚えがあるぞ。これは親戚の子供と遊ぼうと約束をして、それを裏切ってしまった時の奴だ!!


「お、覚えてますよぉ、当たり前じゃないですかー、ちょっとふざけてみただけですって! さあ、ウォックさん作りましょう! ちょっと不慣れなので手伝ってくださいね!」

 という言葉しか出せなかった。

 まぁ、どうせ今日は肉体労働の殆どはできない。丁度良く時間を潰せると思うし、少し槍にも興味があったしなー。


「といってもなぁ。俺に出来る事なんて限られてるし、初めての試みなのであまり期待しないでくださいね? 前に買ってきた槍を使った方がいいのは明らかですし」

「いいんだ、何事も初めてというのはあるだろう? 経験を踏んでより良い物を作れるようになればいいではないか」


 それもそうか、気楽にやってみよう。

 折れてしまった槍の元々の大きさと同じくらいの長さの角材を数個用意し、さてこれからどうするか? まずはスコップで削ってみよう。

「持ち手の細さまで削るのに少し時間がかかりそうだな……。ウォックさん、他の事してていいですよ? 待っているのも暇でしょう?」

「いや、先程手伝うと言ったではないか。それにこうして見ているのも面白い。ゆっくりと待たせてもらうよ」


 彼女は座り込み、こちらを眺めつつ休んでいる。

 見られてると緊張するな。即座に意見を聞けるのは助かるからいいか!

「そういえば、槍を投げて使ってましたけど、重い方が投げやすいですか? 振り回して使う分には軽い方がよさそうですけど?」

「そうだな、私は投げて使う事も多いから、割と重量のある槍を愛用しているが。狩猟や小規模な戦闘の場合小回りの利く軽い物や、長さが短い方がいいだろうな」


 なるほど。重い方がいいのなら……。

「ホリ? 何をしているんだ? 素材ならそこにあるだろう?」

「いえ、ちょっとやってみたい事がありまして。見ててください」


 重量感のある、少し大きな岩塊をハンマーで叩き伸ばしていく。

 先に作った他の槍と同じ長さになるまで様々な角度からまるで圧縮するようにして調整をした物を一つ作ってみた。

「ウォックさん、これ一度持ってみてもらえます?」

「? わかった、これでいいか?」


 そこそこ重い物な筈なのに、軽々と扱っている……。やっぱり根本的に馬力が違うんだよなぁ、魔族と人間。

「おぉ、見た目の割にそこそこ重さがあるな。君は中々面白い事をするな」


 問題がないようなので、一度置いてもらい、腕輪をスコップ形態にする。


 以前にスコップの角を使って鉱石が削れるのだから、形を整えるのに使えるのではとペイトンに指摘を貰い、実験をしてみたところうまくいった。

 ただあまりにも使い道がなく、臼を作った時やグスタールの宿で鉱石の塊をバラバラにして形を整える時に使ったくらいで、スコップの大きさもあってできない事が多いのが難点。

 小さい物はスコップの大きさがネック、大きい物はハンマーでガンガン叩いた方が早いという結論になり、日の目を見る事があまりなかった。

 剣などを一度作ってみたが、俺の技術がまるでない為、却って棍棒にした方がいいという悲しみを背負ってしまった。


 ただ槍ならどうだ? 槍の熟練者がこうして近くにいてくれる事だし、やってみて損はないだろう。

 持ち手部分の凹凸を無くすようにスコップの剣先の角で削る。

「うーん、大体こんな物かな? ウォックさん、どうでしょう?」

 彼女が俺から槍を受け取る。

 穂先はまだ手を加えていないので、鉱石ブロックがついているようになっている。その為、バランスが酷く悪い筈だが、強靭な力の前ではあまり関係ないのか、持ち手の握り具合を確かめるようにして振り回している。

「うん、悪くない。手に掛かるような事もないし、握りやすさはもう少し細い方が私は好きだな」

「はい、じゃあもう少し細くして、同じような物を何本か作っておきましょう。問題なのは穂先なんですよね。重要な箇所ですから失敗できませんし」


 何本か試作として形を作って、気に入った物があればそれを鋭くしてという手順でいいと思うんだがどうだろう。


「穂先はどんな形がいいとかありますか? あまり細かくはできませんが」


 彼女は少し考え込むようにして、眉間に力を集めている。

「うーん……、シンプルに突く事が出来るならそれでいいな私は。投げて刺されば良い。ベルが持っているような槍は刃の部分が長いだろう? ああいった斬る事も想定した槍を私が扱うとすぐ使い物にならなくなってしまうんだ」


 ああ、パワーで……。


「それならいくつかの候補を作ってみましょうか、それでウォックさんの気に入ったのを仕上げる感じで」

「ああ、それならむしろありがたい。私にも好きな槍のタイプはあるしな!」


 そこから二人で試行錯誤を繰り返していく。

 その間に、彼女が少し眉間に力を入れ、口を開いてきた。

「なあホリ、昨日みたいに『アナスタシア』と呼んでくれないのか?」

「えっ?」

 どうしようそんな記憶ないんだが。

 どれだけ酔っていたんだろう、飲みすぎには注意しないと……。


「いや、昨日君が御機嫌だった時に肩を組んでそう呼んでくれたからな。てっきりこれからそう呼ばれる物だと思っていたのだが……?」

「え、いやその……。いいんですかね?」

「構わない。敬語もいらないぞ。あと、二人の時は『ターシャ』でもいいぞ。母にはそう呼ばれていた」


 それはハードル高いわ。

「いや、それは。……アナスタシアさん?」

「呼び捨てでいい。ペイトンやパメラ達、ゼルシュにもそうしているだろう? それと二人の時は『ターシャ』でもいいんだぞ」

 高いって、ハードルが。


「アナスタシア?」

「うむ。それでいい。それと二人っきりの時には『ターシャ』と呼べ」


 許可から命令までが早かったなぁー? まぁいいか。

「わかったよ『ターシャ』。これでいい?」

「うむ!」

 お喜びのようで、良かったです。



 穂先をいくつかのパターンに造り上げた。

 以前に彼女が使っていたような刃が短い物から、円錐のようにした突く事と投げた際によく刺さりそうな物。刃の部分をハンマーで軽く潰すようにして横に広げた笹歩槍と呼ばれる物に近い槍など。他にも数本。


「どれも使ってみたいな、ホリ、何か的のような物はあるだろうか」

「的か、何かあったかなぁ……? ああ、木材で試しに使ってみるとか」

「それだ!」


 彼女に急かされるように、木材保管場所にやってきた。

 いくつかの槍を携えて移動している為、人目を引くようで、少しギャラリーが集まってきた。槍を主武装にしているリザードマン達は勿論、ケンタウロスもそこそこの数がいる。


「よし、ホリ! 準備が出来たぞ! 槍を貸してくれ!」

「はいはい。やりすぎないでね」


 ウキウキと新作の試作槍を試し投げをする彼女、楽しそうだ。

「これは少し違うな」とか「投げた時にブレるな」とか呟いている。

 槍が当たった木材はというと、槍によって貫く物もあればスパッと切れる物、へし折るような物と様々だ。

 というか槍が粗悪なのにその精度がおかしい。二投目、多い時でも三投目にはほぼ確実に目標に当てており、そして当たる度に周囲のギャラリーから歓声が漏れる。


「ううん……。これか、コレだな……」

 彼女が悩みに悩んでいるのが二本。

 一本は円錐のようにしたスポーツ競技の槍投げで使われる槍のような物。これはとにかく投げると使い勝手が良いそうで、投げるという目的だけなら間違いなくこれだと言っている。

 二本目が直槍、以前に彼女が使っていた槍より切っ先が少し長く、突き心地が一番いいのがこちらとの事。いやわかりませんよ。投げてもかなりの精度を誇るようで、完成度がこの時点で高いと言っている。


 その他の槍はどれも彼女の御眼鏡に叶う事なく、今回でお蔵入りとなった。

 頑張ったのになぁ……。唸り続け、悩み続けているアナスタシアは選び抜いた槍を高々と掲げた。

「これだ! これに決めたぞ!!」


 その右手には、直槍が握られている。

 最終的な判断基準は槍の突き心地と、刺した時に致命傷になりやすいのはこちらだという事だ。判断基準が恐ろしい。


「じゃあそれでいいね。まぁダメだった槍も保管しておこう。この形にしちゃったから潰すのも惜しい気もしちゃうし」

 集まったギャラリーに終わりを告げ、元いた場所に戻ってきた。


 そして選ばれた直槍は、再度スコップの角で先程よりも刃先を鋭くし、全体的なバランスを調整したり、持ち手の太さを確認したりを行った。

「どうしても素人の技術だから、これ以上は難しいかな。どうだろう? これでよければ後は砥石で研いでみようか」

「うむ! いいと思うぞ! 研いで改めて使ってみよう!」

 砥石を鞄から出し、その場に座り込み槍を研いでいく。


 ここでかなりの誤算だったのは、鉱石産の武器は普通の砥石で研ぐと砥石の摩耗が激しいという事だ。鉱石の強度があるという証明にはなるが、あまりやりすぎて砥石を消耗するのはよくないな。当分槍を作るのはやめておこう。それに強度がある為仕方ないのだが、先程から異常な回数研いでいる。全然研げていないからだ! 硬すぎだよ! 


「それにしても美しいな。キラキラと輝いて、投げる時には自分の手から光が放たれている感覚に陥ったぞ」


 そうなのだ、スコップの角で削れば削る程白銀に輝く槍。


「これよりもまだ綺麗になるって聞いたよ、本当に不思議な鉱石だよね。ターシャの髪みたいな綺麗な銀色だし、装飾品を作れたら人気出そうだなぁ」

「私の髪は綺麗か? あまり何かをしている訳ではないが……。少し照れるな」


 あっ、これはセクハラ案件としてやらかした奴。

 大丈夫だ、この世界に労働局や相談窓口などない! 多分大丈夫だ!


「ああ、ごめんごめん。無礼な発言だったね、つい思ったことが口から出ちゃって」

 というと、彼女は少し眉間に力を寄せた。

「いや、構わない。そう思ってもらえるなら私も嬉しいさ。それに、この髪に少し因縁というか、思い出というか、色々あるんでな」


 へえ、どんな? とこちらは興味深々である。

 それが顔に出ていたのか、彼女は少し眉間のシワを緩めて口を開いた。

「フフ、興味があるか? だがダメだ。もっと親密になったらその内教えよう」


 少しいたずらっ子のようにそう言った彼女。まぁいいか、こちらも仕上がったし。


「ならその内聞かせてもらおうかな? 楽しみにしておくよ。じゃあこれ、試しに使ってみてほしいけど大丈夫かな?」


 彼女は槍を受け取り、新しい玩具を貰えた子供のように喜んでいる。

「よし! 先程は軽く投げただけだったからな! 試しに使ってみたい! ちょっと森までいって何か仕留めてくるぞ!」


 そう言って彼女は風のように去っていった。

 というか、さっきので軽くって……? 恐ろしい。


 その日の夕方頃、彼女は巨大な鹿……フォレストディアーだったっけ? を仕留め、意気揚々と槍の使い心地を語ってくれた。大変満足のいく出来だったようだ。

 よかったよかった。


 ただ、この事を発端とし、とある問題が起きる。

 朝にゼルシュが急いで俺の元へとやってきた。


「ホリ!! ホリはいるか!?」

「おぉ? ゼルシュどうしたのこんなに朝早くに? こっちはまだ朝飯の前だよ?」


 ゼルシュは切らしていた息を整え、俺に迫るようにして叫んだ。

「俺にも! 俺にも槍を作ってくれ! ウォックよりも俺の方が付き合いが長いだろう! 昨日散々自慢されて悔しい! 頼む!」


 そこに声が木霊してくる。

「ちょっとまったァー!!!」ね〇とんか?

 そこへ来たのはペイトンで、彼もまた早朝にも関わらず息を切らして走ってきたようだ。

「ホリ様! 槍を作るならまず私でしょう! 付き合いもゼルシュ殿やウォック殿よりも長い! ゼルシュ殿も! ここは私に譲るべきではないですかな!?」

 走ってきた勢いそのままに、そう言い放つペイトン。

「ナニ!? ペイトン! 私の方がホリに早く頼み込んだ! ここは譲ってくれるのが友情だろう!」

「いえ、それとこれとは別ですね! ねぇホリ様!?」


 二人は朝からうるさい、スライム君が淹れてくれたお茶を飲んでリラックスしてもらおう。お茶を飲みながら事情を聴くと、アナスタシアと昨日別れた後に槍の事で興奮していた彼女が、ペイトンやゼルシュ、その他の者達にも自慢げに武器を見せつけ、勝ち誇っていたらしい。

 更に表情を崩さず高笑いをしていた様に多少腹が立ったとか。


 それに対抗して自分にも武器を作ってもらおうと朝一番でここに来たのだと。


 子供か!


 そこにベルが後ろから肩を叩いてきた。

「ホリ様、僕ニハナイノ……?」


 寂しそうな顔に心を抉られるが、三人に砥石事情を説明したら納得してもらえた。

 ところが問題はそれだけではなく……。


「まずいかもしれんなあ……」

「どうしたの? ゼルシュ」


 彼が少し唸っている。何かあったのだろうか?

「ウォックの奴、多分だがここにいる全員に自慢しているぞ。表情を変えることは一切なかったのに、浮かれていると一発で分かるほどだったからな」

「はぁ!? 全員!?」


 見たら、朝だと言うのに拠点前に軽い人だかりが!!

 どんだけ浮かれてたんだよアナスタシアは!


 それから集まってきた者達には何故か俺が頭を下げ、武器を作るという話は無しという事になったのだが。

 例外としてト・ルースに「あたし用に杖をお願いできませんかねぇヒッヒッヒ」と言われたので、それだけは作成しておいた。


 ゼルシュはそれすら羨ましがっていた。それでいいのかリザードマン。

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