魔王様、顔怖いです。

ふかづめ

神様の腕輪

第1話 神様と魔王様

 ――不思議な空間にいた。

 そこは周りを見渡しても、遠くを見つめてみても何も感じることのできないほど、どちらが上でどちらが下なのかわからなくなるほど白い、そして針が落ちた音すら聞こえてきそうなほどに静寂に包まれているその空間に少し恐怖を覚える。少し考えたが、あぁこれは夢だ。と現実逃避したのは自然な流れだった。


「明晰夢ってやつかな? でもなんだか不気味だなここ……。うーん、夢なら素っ裸になって空でも飛んでみるか」

「やってもいいけど、今君の体はないんだ。ごめんね」

「うわぁっ!」


 不意に話しかけられ、声のした方に意識を向けるが何も見えない。

 ただ、かけられた声に恐怖心が和らぐのを感じる。どこか優しく、何故か儚い声。


「驚かせてしまったかな、いきなりこんな状況じゃ当たり前か」

 不思議な体験の最中に現れた声に言葉をなくし、その声の主は続ける。


「さっきも言ったけど、今君は体がない魂だけの状態なんだ因みにここは僕の庭園で君はそこに招かれた魂だよ。ようこそ堀井進ホリイススム君。いきなりだけど、君には僕の頼み事を聞いてほしいんだ」


「へ?」

 あまりにも突拍子もない言葉の連続に変な声が出てしまった。


「君は今ここが真っ白な空間に見えるだろう?それは、今の君が魂だけの状態だから。そして僕がする話を了承してくれたら、こちらに君を生み出そうと思ってるんだよ。そうすればここの景色も見えると思うんだ。まずは落ち着いて自分の体を確認してみて?」


 言われるがまま自分の体を確認しようとするとそこにはやはり、現実離れした光景が目に入ってくる。

「か、体がない……?」

 どこを向いても白い空間が広がっているようにしか見えなかった。

 手や足、体がない。本来そこにある筈の物がないという事実が、恐怖となって心を蝕むように支配する。


「そう、魂だけ存在しているから何もかもが見えないし、認識できない。認識できていないから白い空間が続いているように見えているだろう?」


 その通りだ。あるのは自分とこの『声』だけ。


「って、魂だけ? それって地球で死んだとかそういう感じなんでしょうか?」

「覚えてないのかい?」


 そう言われて、落ち着くようにゆっくりと一つずつ思い出していく。

 自分が三十路に片足を突っ込んでいる年齢であり、好きでもない仕事でもそれなりに出世をし始め、大好きな趣味や色々な事に手を出せる自由を満喫していたことを。


 そしてある日、自分が病に倒れ病気が発覚し闘病の末……。

「私は……、死んだのですね」


「そうだね、まさかバナナの皮を踏んで後頭部を強打の後、頭に看板が落ちてきて死ぬとは喜劇王でも中々できることではないよ」


 闘病の末に病気は寛解し、日常生活を送ろうとはしゃいでいた第一歩でまさに躓いた。しかも目的は医者に隠れてビールを飲みに……。

「プクク……、しかも看板が生命保険の広告とは恐れ入る。いや、失礼。君にとってはとてもショックな出来事だよね。フフフッ」

「そ、それで! この状況はなんなのですか!」


 恥ずかしさにいたたまれなくなり、つい声が大きくなってしまった。


「フフッ、そうだね話を戻そう。そうして死んだ君は僕が出していた波長に応えて今ここに呼び出されているんだ。魂だけなのは、これからする僕の頼み事を聞いてくれたら今ここにいる君という存在を、こちら側に完全に移して体も元のものを作り出すよ」


「もしその頼みを聞かない場合はどうなるんでしょう?」

「どうもならないよ、元の世界に魂を戻して輪廻転生の環に戻るだけだよ」


 死んだという事実を混乱する頭で受け入れ、さらに輪廻転生だのとマンガやアニメでしか聞かないワードもなんとか理解をする。その頼みというのがどういうものかはわからないけれど、現時点で聞く限りはかなり胡散臭い。


「さらに君が死んだことで身内に見られるであろう色々なものを消しておこう」

「受けます」


 しまった、つい即答してしまった。

 しかし、世の男性を代表させて言わせてもらえれば、パソコンの中身やスマホの中身、検索履歴やお気に入りに多少エロスがあるのは当然なのである。

 それを死んだ後とは言え、家族や親戚や友人にもし見られたらと思うとそれは死んでも死にきれないのではなかろうか。いい年してと言われかねないアニメのDVDやゲームの数々、PCやスマホ内のムフフなものを処分しておいてくれるというまさに神の一手をしてくれるという言葉に反射的にそう答えてしまったとしてもそれは致し方無い。


「決断が早いね、助かるよ。それとも相当見られたらまずいものがあったのかな?」 声の主はその表情などは伺えないが、楽し気な雰囲気を醸し出して聞いてきた。

「勘弁してください……」


 死んでるらしいけど、恥ずかしくて改めて死にそう……。


「まぁ人は誰しも秘密にしたいことの一つや二つあるよ。いいじゃない? 長い間集めてきた素人モノコレクションと人妻傑作選、むしゃぶりつきたいお尻百選とか他にも」

「ヤメテ!!」


 傷口を抉るスタンスで声の主は楽し気にしていた。


「話を続けよう、受け入れるということでいいの? 後悔はしないかな?」

「すみません、先ほどは勢いで受けると答えましたが、質問をしてもいいですか?それから考えたいんですが」

「うん、質問に答えられる事はあまり多くはないし、時間もあまりないんだけど、よく考えてくれて構わないよ」


 了承してもらった。時間とか言っていて気になることは多々あるけど、重要なことを聞かせて頂きたい。


「私が仮にその話を受けたとして、どのような世界に行くことになるんでしょう?」

「うーんそれくらいはいいか、君らの世界で言う剣と魔法のファンタジー世界だよ。」


 あぁ、それ系かぁ……。

 薄々わかってはいたが正直、心が折れそうになる。もし仮にそのような物語の世界に行ったとして、自分に何ができるだろう? そう考えたことがある人間は多いだろう。でも自分がその手の物語の主人公になれるとは思わなかった。

 

 何故なら神にチートを貰おうが、強大な魔法が使えるようになろうが自分は自分。根っこは変わらないのだ。いきなり色々なことができるようになりましたよ! といわれてはい、そうですかと順応できるわけがない。

 異世界でもそう、剣が振るえるから魔法が使えるからといきなり相手を殺せるだろうか?答えはノーだ。


 現実世界でのサラリーマンの酔っ払い同士の喧嘩程度ならまだいい、だがその時、

相手が逆上して刃物を振り回して来たらどうだろう? 確実に命に関わるとわかれば普通の人間なら震えるし、多くの人は逃げ出すか恐怖で立ち尽くしてしまう。

 大概の人間は自分の命がかかっているとわかれば冷静でいられない。

 人間は皆勇者や主人公ではないのだ、命のやり取りが簡単に行えるわけがない。そんな命のやり取りを日常的に行う異世界でも慣れれば話は別なのだろう。慣れられれば……。

降って湧いた話に浮かれて、その場の雰囲気に酔い、勢いでイエスと答えられるほど自分は若くはない。正直、怖い。


 それでも……。


「もし話をお受けするとして、代わりにお願いしたいことがあるんですが」

「なんだい? できることは少ないけど、聞かせてもらえるかな?」


 こんな無様な死に様を晒してしまっているのだ、せめて……。


「残してきた母とペットの猫達をなんとかしてあげたいんです。私が死んだことによって迷惑をかけてしまっているので」


 ふむ、と声の主が考え込んでいると思いついたように続けた。

「そうだね、君のペットの猫達は母親が引き取るそうだよ。だからこの場合母親の方をどうにかすればいいかな?」

「そうですね、母も動物が好きでしたから。それができれば……」


 片親で頑張って育ててくれた母にせめてこんな不孝な息子から何か返せればと思ったのだ。

「わかった。もし君が話を受けてくれた場合は悪いようにはしないよ。それは約束しよう」


 それを聞いて、悩む理由はなくなった。

「その話、受けさせてもらいます。」

「いいのかい? 胡散臭いとかあると思うんだけど……」

「ええ、ダメで元々ですしね。せめて母と猫達さえ幸せになれればそれでいいと思いましたんで……。それにダメだったしても、それを確認する術もないでしょう?」


 声の主は軽く笑い「それもそうだね」と答えた。


「じゃあこれからこちらの世界に体を作るよ、少し楽にしててね」

「あ、作るならせめてめっちゃイケメンに……」

「あ、ごめんもうできちゃった」


 大誤算である。

 ここでせめてイケメンになり異世界で異性にチヤホヤされたかったという願望を叶えるチャンスを逃してしまった。畜生。


 気付けば自分の体が見える。

 おぉ、手と足がちゃんとあるぞ。しかも一気に場所が変わったのも認識できる。先ほどの白い空間は手入れの行き届いた庭園へと様変わりしていた。


「仕事……、早いんですね……」

「秘書たちが優秀だからね、それに君の体は殆ど変わってないよ。肉体年齢はちょっと若くしてあるけどね」

 

 そうなのか、と現状ではわからないが手を使い顔をペタペタしながら、周囲を見渡すと手入れの行き届いた庭園と、少し離れたところに四本の大木が見える。

 そこで気づいた。目の前からしていた声の主がフワフワパーマのイケメンショタなのはこの際どうでもいい。


 その彼の体を襲っている、その異常性に。


「こちらの世界に誕生おめでとう堀井進君。歓迎するよ」

 彼の両手両足、そして腹部は刃に貫かれ、その刃は鎖に繋がれており、彼の体に巻き付いていた。


「いやめっちゃホラーやん」

「感想がそれなの……? もう少しなんかないかなぁ……」


 ショタ神様は苦笑混じりに答えた。

「改めて自己紹介をするね、僕はいくつかの世界で神をやってるんだ。ようこそ僕の庭園に、ってこれはやったか。この鎖は……これから君がいく世界の民に契約で縛られているという証なんだよ」

 

 あぁ…やっぱり声の主は神様だった。

 不可思議な発言や、この現実離れした状況からそうじゃないかとは思っていたけども……。ただ神様は想像していたものより若く、そしてあまりにも痛々しい状態なのが目についた。

 よく見れば彼の体に巻き付いた鎖の先の刃で、ほぼ全身抉るように刺されている。


 いや異世界人怖すぎだろう。神様を契約で縛ってるとか貪欲すぎる、神様相手に緊縛プレイなんて地球でも……、いやそれに似た様なことやってたような。


「外せないんですか?」

「僕の方からは無理かな。人間側に契約の石碑があって、それを壊さないと鎖は外れないんだ。」


 アカン、既に嫌な予感がする。はもうなのだろう。

「僕の願いはまずこの鎖を外すためにその石碑を壊してほしいんだよね」

 それはつまり……。

 彼の次の言葉を待っていられずに、つい思っていた事を口から出してしまった。

「この世界の人間に喧嘩を売れってことなんじゃ……?」

「そういうことになっちゃうかな、でもそれだけじゃないんだ。むしろもう一つのお願いが大事なんだよね」


 神様は周りにある大木を見回しながら説明を続けた。

「その世界には色々な種族がいるんだ。人間だけじゃなく亜人や魔族、精霊、魔物その他諸々いっぱいね。ただ、今人間以外の種族は結構追い込まれててね、正直それはどうなんだろうって思うんだよね」

「何故です? 自然に淘汰されていくなら……、あぁ契約の力というのである程度ズルをしているからとか?」

 俺がそう言葉を返すと、彼は静かに頷いた。

「そう、厳しい環境の国とかに僕の力が使われて栄えるとかならまだいいんだけど、一部の種族だけで力の恩恵を独占したり個人の私利私欲を満たすために使われてるから、さすがにね。そしてそういった結果、一部の種族が選民思想的になってしまったりしてるんだ」


「それで……、争いになってしまったり?」


 ある意味では当然の流れの事を聞いてみると彼は再度頷き、こちらの言葉に答えた。

「そう、僕の友人も最初は我慢していたんだけど、ついには戦争になり負けてしまった。だから君には彼に協力してあげてほしいんだよ。そして様々な種族をまた繁栄させてあげてほしいんだ。これが僕のもう一つのお願い」


 オーケー、わかった。これはあかんやつや!


「焦ると口調が変わるのかい? 面白いね」

 さすが神様、頭の中も覗けてナンボですよね。でも流石にそれは無茶にも程があると思うんです。


「でも神様、協力っていってもいったい何をすれば……? 普通の人間にできることなんてあまりないと思うんですが」

「そこはホラ、神様パワーの恩恵ギフトをあげる」


 おぉ!? 光明が差してきたぞ! と期待に胸が躍る。

 彼が少し黙り、こちらを見つめているので少しの間目を合わせていると。右手に違和感を感じた。

 いつの間にかそこに白銀のブレスレットが輝いている。まさに今生命が誕生したようにほんのりとした熱を生み出している美しい腕輪だった。


「それは君にしか扱えない道具になる腕輪でね。ちゃんとを使った道具が入っているよ」


 ふぅ、と一息ついた神に聞いてみる。

「神様なのに、人間の味方っていうわけではないんですね。契約までしてるのに」

「僕は確かに神だけど、人間だけの神じゃない。それに種族で淘汰をするなら僕の力はなしでやってほしかったな。それなら自然の摂理だしね」


 神様は自身の体の鎖を見ながら、少しその表情を悲し気な物に変えた。

「大事なのはバランスかな、僕は別に種族で争えと言いたいわけでもないし、殺し合いが見たいわけでもない。ただ色々な種族がいた方が僕の方でも都合がいいんでね」

 

 都合? 様々な種族がいた方がいい都合とはいったいなんだろう……?

 そこではたと気づいた。自身の足先が光りだし消えていく様に。

 

「神様、なんか消えてるんですけど!! これは!?」

「おや、もう時間か早いなぁ……。これから君はさっき話した僕の友人のところに行ってもらう。そこでその腕輪の力を使って彼に協力してあげてほしい。あとの事は彼に聞いてほしい」


 話をしている今も、体の末端から光りを放ち、粒となり消えていく。まずは手の先、そして足から腰へ、そして胸へと。


「あぁそうだ、君の母親と猫達は幸せな余生を過ごせるようにしておいたよ。具体的には、君の直接的な死因の一つの看板を出していた保険会社と、看板を立てた会社からの賠償金という形で死ぬまで困らないだけの金銭が渡るようにして、彼女の夢だった老後のスローライフを満喫できるように。あと長い間交際していた動物好きな男性と連れ添えるようにもね」

「え、ちょっ……?」


 ここにきて母が男性と付き合っていた衝撃的事実を聞かされた。そしてそんな衝撃事実はお構いなしに、光は首元に差し掛かる。


「それとその腕輪は争い事というか、人に向けては一切使えないから気を付けてね。そうそう、君が次に気がついた時、目を開いて多分一番最初に目に入る顔の怖いのが僕の友人なんだ。魔王っていうんだけどね」

「えっ」


 そこで意識が遠のき、僅かな時間の後に暗い意識の底で響くように会話が聞こえる。

「パパ、そいつなの?」

「ムスメよ、下がっていなさい。第一印象が大事なのです。」

「そんな怖い顔が近くにあったら、心臓弱い人間だったら止まっちゃうよ」

「私の顔は怖いわけじゃないのです、ちょっと目つきが鋭いだけだとツマもいっているでしょう?」

「でもママ、寝起きのパパの顔はキツいって…」

「おぉ!! 目を覚ましましたぞ!!」


 目が覚めるとすぐ傍に怖い顔がいた。

「うわ顔怖いっ!!!」


 これが俺の魔王への第一印象だった。

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