退院準備

 投薬治療が終了し、回復期も抜け、通常よりも免疫力は低下している状態ではあるものの、大きく問題とされる所もなくなった息子は、がん治療病院での入院生活こそ続いていましたが、その内容は大きく変わりました。平日はリハビリメニューをこなし、週末は自宅に帰る、というスタイルで、2週間程を過ごしたと思います。免疫力の都合上、週末帰っても人混みに出掛けることはまだ難しく、胸のCVカテーテルも、この時点ではまだ緊急対応用として残されたままでしたので、入浴等は一苦労ありました。それでも前年11月から4か月ぶりに過ごすことの出来る日常は、特別感動的なものでした。何もない瞬間が、これ程ありがたい、と感じたことは、これまでなかったでしょう。命の重さ、日常の尊さを、改めて想った日々でした。


 CVカテーテルを取り除く処置が3月の初めに行われ、息子本人も自由に動く事の出来る範囲が広がった事を喜んでいましたが、何故か少し寂しくも思う、という様な話をしていた事を覚えいます。闘病中、ずっと一緒にいて、注射の痛みを無くしてくれた、相棒の様な存在だ、という様な表現で話していました。そんな風に感じるものなのかもしれません。


 息子は生魚が好きでしたが、免疫力の落ちている治療中は、やはり食べる事が出来ませんでした。生食に許可が出たのも、大体この辺りでした。その日の外泊は、久しぶりにちらし寿司を買い、食べました。抗がん剤の影響で味覚が変化し、食も細くなっていた息子が、物凄い勢いで食べていた様子に、随分驚かされました。息子いわく、


「魚好きなのは変わらなかったね」


との事で、一つでも好きなものが、変わらず残っていてくれてよかったな、と感じました。


 病院と自宅を往復する日々の中、病院の生活にもすっかり馴れた息子は、


「ただいま~」


と看護師さん達に告げ、


「お帰り~」


と迎えられる様になっていました。第2の我が家の様な顔をして、車椅子で颯爽と病棟を走る姿は、とても逞しく見え、子どもは本当に強いものだと感じました。大人のわたし逹等、到底及ばない様な強さを、子ども逹は元々持っていて、わたし逹はその力に、少しだけ手を貸して上げるだけでいいのかもしれない。そういう力強さを息子から感じたのです。

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