3‐12.雨の気配(side 悠真・奈緒)

7月27日(Sat)


 高園悠真は新宿の区立図書館で夏休みの課題を片付けつつ、大学入試に備えて受験勉強に励んでいた。

バンドでのメジャーデビューの夢はあるが、大学に行きながらでも音楽活動はできる。彼の目下の目標はメジャーデビューよりも第一志望の大学に受かること。


冷房が効いた静かな館内での勉強は家にいる時よりもはかどる。正午を知らせる鐘が鳴り、空腹を感じた悠真は勉強を中断した。

問題集や参考書をバックに入れて受付に預け、財布と携帯電話だけを持って外に出る。


 薄い雲に覆われた空から太陽が少しだけ顔を覗かせていた。むしむしとする不快な空気が肌にベッタリとまとわりつく。天気予報によると雨の降り出しは夜頃。

今日のバンド練習は午後6時から。昼食を済ませてあと3時間ほど勉強して早めにスタジオに行こうと決めた。


 夏休みを迎えた街の飲食店はどこも混雑している。手軽でさっと食べられる物がいいとの理由で選んだ図書館の近くのハンバーガーショップは予想通り注文を待つ人の行列が出来ていた。


ここのハンバーガーショップはよくある有名ハンバーガーのチェーン店ではなく、陽気で海好きなサーファーの店長が経営している。店内にはハワイアンミュージックが流れ、サーフボードが飾られていた。


 待つのはだるかった。だがここを出てまた不快指数の高い街を歩いて他の店に行く気にもなれない。

大人しく列の最後尾に並んだ悠真の側を店のエプロンをつけた女性店員が忙しくなく通り過ぎた。店員は悠真の数歩先を歩いて振り返る。


「……高園先輩?」

『増田さん? ここでバイトしてるの?』

「はい。今月から始めたんです」


 杉澤学院高校の後輩の増田奈緒ますだ なお ※ は柔らかな笑顔を見せた。

(※【story2.私の百花繚乱物語】主人公)


「先輩もハンバーガー食べたりするんですね。なんだか意外です」

『そう?』

「はい。ワイン片手に高級フレンチを食べてるイメージがあります」

『ははっ。一応未成年だから。俺のイメージどんなだよ』


悠真は笑いが止まらなかった。意外と言われても気を悪くしないのは奈緒の言葉に嫌味や皮肉がないから。素直過ぎて面白い。


「増田さーん。お喋りしてないで仕事してね」

「は、はいっ! すみません、戻らないと……」

『ごめん、俺のせいで叱られちゃったね。仕事頑張って』


先輩店員からの叱責を受けて奈緒は慌てて仕事に戻った。奈緒は客が去った後のテーブルの片付けをしたり注文をとったりと大忙しだ。


 悠真の注文を受けたのは奈緒ではなく別の店員。フィッシュバーガーとチキンナゲットとアイスコーヒーを頼み、奈緒が運良く確保してくれた奥のソファー席でゆったりと昼食にありつけた。


 奈緒の印象も先月までの内気な印象からだいぶ明るく積極的なイメージに変わった。先月までの彼女はこうして飲食店でバイトをするようなタイプではなかった。

テストの順位が絡んだあの嫌がらせの事件を乗り越えて精神的に強くなったのかもしれない。


客に見せる明るい笑顔を見ていると、奈緒は益々に似ていると感じる。

元々、おっとりとした雰囲気がよく似ていた。あと数年後、が高校生になれば奈緒のような子になりそうだ。


『ご馳走さま。夏休みはほとんどそこの図書館で勉強してるからまた食べに来るよ』

「はい! お待ちしています」


 レジカウンターにいる奈緒に一声かけて悠真は店を出た。

乗用車四台分の面積しかない店の駐車場には一台の車が停まっている。その車から三人の男が降りてきた。上等なスーツを着た男が悠真の前に立ちはだかる。


『高園悠真さんですね?』

『どちら様?』

『我々の雇い主からあなたをお連れするようにと仰せつかっております。一緒に来ていただけますか?』


        *


 先輩店員から外の掃除を頼まれた奈緒は掃除道具を持って店の外に出た。駐車場の植え込みの前を掃除していた奈緒の耳に男達の話し声が届く。


(高園先輩? ……と、あの人達誰? あんな人達お客さんにはいなかったけど……)


 高園悠真とスーツ姿の三人の男が話をしている。そのうち男に囲まれるようにして悠真が黒い乗用車の後部座席に乗り込んだ。

男達もそれぞれ運転席、助手席、後部座席に乗って車が発進する。

一連の流れを目撃した奈緒は左胸を押さえた。何故かよくわからないが、嫌な予感がする。


 ポツリ……ポツリ……と音を立てて冷たいものが肌に当たった。


「雨……降るのは夜からって天気予報では言ってたのに」


頭上には暗雲が広がり冷たい雨を降らせている。胸騒ぎが止まらないのは夕立のせい?

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