2‐10

 高園先輩の指示通りに全校生徒が昼休み終了後の予鈴の前に体育館に集まっていく。

クラス順に整列して点呼を終えると、高園先輩が壇上に上がった。高園先輩の隣に木村先輩が並ぶ。


 本鈴のチャイムと同時に高園先輩がマイクを握った。


『皆さん、お集まりいただきありがとうございます。期末テストを来週に控え、貴重な授業時間を潰してしまったことをまずはお詫びします』


高園先輩が軽く頭を下げた。体育館は静まり返り、全校生徒が彼の言動に注目している。


『ですが僕達生徒会には、どうしても期末テストが始まる前に皆さんにお伝えしたいことがあります。これはテストの後では意味がありません。よってこのタイミングになってしまったことをご理解ください。……我が校で行われる定期テストの成績上位者の順位が貼り出されることは皆さんには周知だと思います』


高園先輩が一拍置いて言葉を続ける。高園先輩の声は穏やかなトーンで滑舌もいい、聞いていて心地いい声。


『そしてこれもすでに周知の事実となっていますが、一部の生徒が定期テストの順位で賭け事をしていることが生徒会の調査で判明しました』


 生徒達がざわついた。定期テストの順位で行われている賭け事のことは知っている生徒と知らない生徒がいる。私もあの三人組に賭け事の件を知らされるまでは裏でそんなことが起きているなんて知らなかった。


『皆さん落ち着いて。静かに』


 マイク越しに聞こえた木村先輩の鋭い声にざわついていた体育館が一気に静かになった。全校生徒を一言で黙らせてしまう木村先輩……凄い。

静かになった頃合いを見て再び高園先輩が口を開く。


『以前から定期テストの順位が賭け事の対象にされているとの報告は生徒会に寄せられていました。僕達が独自に調査したところ、昨年の二年生と一年生、つまり今の三年生と二年生の間で賭け事が実施され、賭けで動いた金額は昨年から前回の中間テストまでを合わせて数十万単位に上ります』


高園先輩の後に今度は木村先輩が言葉を放つ。


『具体例を挙げてみましょう。ある二つのグループがあります。Aグループが定期テストで田中さん……ここは仮名とさせていただきます。田中さんが1位になれば2万と賭け、Bグループは鈴木さんが1位と予想して2万賭ける。結果は田中さんが1位。負けたBグループはAグループに2万支払う……実際にこのよなことが幾度も続き、無関係な生徒を巻き込んだ恐喝騒ぎも起きています。生徒会としてはこのような事態を見過ごせません』


 高園先輩と木村先輩の静かなる怒りで蒸し暑いはずの体育館が冷え冷えとした空気に包まれる。先輩達は賭け事で動いた金額をどうやって調べたの?


『賭け事をしていたグループの生徒達はすでに先生方に氏名を報告済みです。生徒達の名前をこの場で名指しすることは避けますが、処分は個々に先生方が告げます』


高園先輩の言葉に数人の男子生徒が反応を見せた。


『おい生徒会! なに勝手なことしてんだ。お前らにそんな権限あるのか?』


三年生の軍団から聞こえる怒鳴り声やひそひそ話。


『僕達生徒会はこの件について校長先生はじめ、すべての先生方から処理を一任されています。生徒同士の問題を生徒会が対処することは当然の措置だと思いますが?』


怒声にも動じない高園先輩の冷ややかな声が男子生徒に向けられた。


『そいつらが賭けをした証拠はあるのかよっ?』


 高園先輩の圧倒的オーラにひるんでしまった男子生徒に代わって反論する別の男子生徒。高園先輩は溜息をついてからマイクを入れずに隣の木村先輩と何か話している。木村先輩が頷いた。


『亮ー。スタンバイOK?』


木村先輩が舞台袖に向かって叫んだ。スタンバイOK? の発音が綺麗でかっこいい……! って感激している場合ではない。


『オーケー、オーケー。行くぜー』


 舞台袖から渡辺先輩の声が聞こえた次の瞬間、体育館の照明が落とされた。体育館の窓にカーテンがかかっていたのはこのためだったの?


 壇上にはスクリーンが下ろされ、そこだけが明るい。スクリーンが完全に下りてそこに映しだされたのは数字。

私も、周りの生徒達も唖然としてスクリーンを見つめる。この数字は何?

木村先輩がマイクを握った。


『これはアルファルドと呼ばれるグループの帳簿です。アルファルドの皆さんでも帳簿を見たことがあるのは一部の人間ではないでしょうか? 先ほど高園会長はこの場で名指しはしないと言いましたが、俺は会長ほど優しくないので名前言っちゃいますねー。これで納得しましたか? アルファルド所属の3年7組村山大輔くん?』


木村先輩に名指しされた村上さんってさっき高園先輩に怒鳴ってた人? 三年生の軍団がまたどよめいている。


『まだまだありますよー。亮、次出してくれ』


 木村先輩が舞台袖の渡辺先輩に指示を出す。木村先輩、なんだかとっても生き生きしていて楽しそう。

次に映し出されたのもまた数字が羅列する画像。この画像の説明をするのは高園先輩。


『次にレグルスと名付けられたグループの帳簿です。アルファルドとレグルスは杉澤学院高校の生徒が作ったグループです。この二つのグループがテストの順位で賭け事を行っていました』


アルファルドとレグルス、そんなグループがあることを私は知らなかった。私を恐喝してきた三人組もどちらかのグループ所属ってことだよね?


『さっき証拠がどうとか言ってたが、俺達が入手したアルファルドとレグルスの帳簿が証拠だ。何年何月にどの定期テストで誰が1位になるか、誰にいくら賭けていくら儲かったか、ご丁寧にすべて記録されてんだよ。賭けの対象に俺と高園会長の名前もあった。人の成績を賭けのネタにしやがってお前ら最低だな』


 見た目は平静を装っていても、木村先輩の怒りは言葉の端々から伝わってくる。木村先輩の迫力に負かされてざわついていた三年生や二年生も黙っている。入学して間もない一年生は事の成り行きを静観していた。


『僕達生徒会ができることは生徒を守ることです。賭けに関与した生徒を断罪して処罰するのは先生方の仕事ですので僕達は処罰に関しては口出しはしません』

『誰が停学だ退学だ、そんなことはどうでもいい。たがひとつだけ言っておく。お前らのくだらないお遊びのせいで何も関係のない生徒が悩み苦しんだ。そのことだけはよく覚えておけ』


 高園先輩と木村先輩の怒りの告発に震え上がった生徒は多いだろう。木村先輩の最後の言葉に私の事も含まれているのかと思うと、涙腺が緩んだ。


『以上で生徒会からの話は終わります。異議申し立てがあれば受け付けますが、誰か意見や質問のある人はいますか?』


高園先輩が体育館を見渡すも、誰も手を挙げない。怒鳴ったり意見を言う人もいない。

……こんなに恐い二人組に意見できる人はいませんよ!


『……いないようですね。ではこれで全校集会を終了します。この後の授業については各学年で先生からの説明がありますので先生の指示に従ってください』


 最後は高園先輩の微笑みで全校集会は終了した。


「高園先輩も木村先輩も怖かったけど格好よかったね! まさに正義のヒーローって感じでさっ」


 教室に戻って次の授業の開始を待つ間、教室の話題は高園先輩達の話で持ちきりだった。

本当に先輩達は格好よかった。あんな風に堂々と人前に出て、怒鳴られても冷静に対処して自分の意見がはっきり言える。

あの二人はなるべくしてなった生徒会長と副会長だと思う。

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