2‐4

 花壇の手入れがすべて終わったのは薄曇りの空に太陽が傾き始めた頃だった。

女子トイレで体操着から制服に着替えてトイレを出ると三人組の知らない女子生徒がトイレの前で待っていた。


「増田奈緒さんだよね。話があるんだけど一緒に来てくれる?」


茶色く染めた髪を巻いた女の子が私を睨んでいる。


 このシチュエーションは嫌な予感しかしない。その昔、小学校四年生の時もクラスのリーダー格の女の子とその取り巻きにトイレで待ち伏せされて暴言を吐かれた経験がある。

増田奈緒の勘が告げている。絶対に“良い話”ではない!


 部活も終わる時間。校舎内に人の気配はほとんどない。

ここは裏門に近い旧校舎。今は生徒会のための生徒会室と特別教室などがあり、職員室からは一番遠くて用がない人は誰も近寄らない。


助けを呼ぶこともできずに私は三人の女の子に囲まれて裏庭に連れて来られた。

木々の覆い茂る裏庭には土を踏みしめる私達の足音以外は何も聞こえない。下校する生徒達も正門から出ていくから裏門に近い裏庭は誰も通らない。


「あんたさぁ、うざいんだよね」


 巻き髪の子が髪の毛先をいじりながら刺々しい言葉を吐いた。


「一年の時は順位表に名前なかったくせに二年でいきなり2位とっちゃって。あんたのせいで今回の賭け、私らが負けちゃったじゃない」


今度は背の高いショートヘアーの女の子は私を見下ろす。彼女達が何を言ってるのか話がさっぱりわからない。


「えっと……賭けって……?」

「あははっ! あんた何も知らないのぉ?」


黒髪ロングヘアーのお嬢様のような子が笑い出した。見た目は大和撫子なのに目付きが怖い。


「テストの順位で私達は賭けをしてるの。この前のテストで1組の多賀たが康平こうへいか4組の北川きたがわ朱美あけみのどっちが1位になるか。一年の時は毎回その二人がトップ争いしてたからね」


賭けって人の成績で? 信じられない……


「私らの予想は朱美が1位で多賀が2位ってことで賭けてたのに順位表見てびっくりだよねー。朱美は1位だったけど多賀が3位で。朱美と多賀の間にあんたがいるんだもん」

「2位、増田奈緒。は? 増田奈緒って誰ですかー? って」

「あんたが2位になったおかげで私達賭けに負けたの。私達と勝負してた奴らが今回は多賀は1位にも2位にもなれないって踏んでたからあっちの予想が当たっちゃって」

「ひとり二万ずつあっちに支払うことになっちゃってさぁ。ねぇ、どうしてくれるの?」


三人に詰め寄られて私はたじろぐ。巻き髪の子が私の胸ぐらを掴んだせいで制服のリボンが外れて地面に落ちた。


「そう言われても……」


 この人達は人の成績で賭け事をして負けた理由を私のせいにしている。私が責められるのは理不尽だ。

でも臆病者の私は反論もできない。私の物を盗んで捨てたり嫌がらせもこの子達がやったの?


黒髪ロングの子が私のカバンをひったくった。


「とりあえず今いくらある?」

「え?」

「金だよ! 賭けに負けて私達金欠なわけ。だからあんたが慰謝料として支払ってよ」


ショートヘアーの子が私のカバンから財布を抜き取った。慰謝料って意味がわからない。

私はこの人達に何もしてないのに!


「あ、あの……」

「なに? 文句ある?」


私の胸ぐらを掴む巻き髪の子に睨まれて怖くて何も言えない。お小遣いもらったばかりなのにこんな理不尽なことで恐喝されてお金盗られて最悪だ……!


『君達、何してるの?』


 背後から声が聞こえてその場の空気が変わった。目の前にいる巻き髪の子は目を見開いて私の後ろに視線を彷徨さまよわせている。


「木村先輩と緒方先輩っ!」


黒髪ロングヘアーの子とショートヘアーの子が口を揃えてその名を呟いた。え、今、木村先輩って言った?


 背後でふわりと香る甘くて色っぽくてスパイシーな香り。この香りは木村先輩の香水の匂い……って……ええええええ? まさか……


『女の子がこんな乱暴なことしちゃダメだよ? せっかく可愛い顔してるのに台無しだ』


右肩に置かれる手、背中に感じる体温、顔を後ろに向けるとそこにあの……杉澤トップ4にして生徒会副会長で私の好きな人……木村隼人が立っていた。


「えっと……その……」


木村先輩に腕を掴まれた巻き髪の子は真っ赤な顔をして先輩に触れられた手首をもじもじと触っている。その仕草はさっきまで私を睨み付けていた怖い女の子ではなく、恋する女の子のように見えた。


『そっちの子達は人の荷物漁る趣味でもあるのー?』


今度は緒方先輩が陽気な笑みを浮かべて私のカバンを持つ黒髪ロングの子と財布を持つショートヘアーの子を見ている。緒方先輩、顔はニコニコ笑っているのに声がめちゃくちゃ怖いです……。やっぱり緒方先輩が元暴走族って噂は本当だったんだ。


 三人の女の子の顔がひきつっていく。さらに足音が近付いてきた。


『もう校舎も閉まる時間だよ。早く帰りなさい』


 チャリンチャリンと鍵束を指で回しながらこちらに歩いて来たのは高園生徒会長。渡辺先輩を除いた杉澤学院のトップ3が私達の周りに集まっている。

何……何が起きているんだっ?


黒髪ロングの子が持つ私のカバンにショートヘアーの子が財布を戻して、私に押し付けるようにしてカバンを返して来た。


『帰り道気を付けてね』


 三人に笑いかける木村先輩。きゃー! その笑顔は反則ですよっ! でも緒方先輩と同じように木村先輩も顔は笑っていても雰囲気は冷たくて少し怖い。


「は、はい! 失礼します……!」


巻き髪の子が二人に目配せをして三人は裏門に向けて一目散に走り去った。

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