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 渡辺亮にはこの夏からつるむようになった二人の同級生がいる。

それが緒方晴と高園悠真。


 晴とは面識はなかったが、悠真のことは知っていた。特進理系クラスの亮と悠真は親しく話す間柄ではなく、席が近い時や体育の授業で同じチームになった時などに雑談する程度。

それでも悠真の持つ雰囲気は幼なじみの隼人に近いものを感じていた亮は悠真には妙な親近感があった。


 さらに悠真は学校ではある意味で有名人だ。顔は知らなくとも高園悠真の名前を知る生徒は大勢いる。


悠真は東京都の偏差値トップクラスの杉澤学院高校の入試を全科目トップの成績でクリア。入学式の新入生代表挨拶をしたのも悠真だ。

あの隼人でさえも全科目トップ通過ではなかったのだから、それを成し遂げて入学した悠真は一体どんな人物なのだと一時期かなり噂になったほどだ。


 入学以降も定期テストの成績上位者だけが掲示板に名前が貼り出され、いつも全科目トップの常連に君臨するのが高園悠真と木村隼人。

これは亮も後で知ることになるのだが、隼人も悠真も順位表を見たことがなかったらしい。順位に興味のないところまであの二人はよく似ていた。


 隼人と悠真が校内で一緒にいるのを見掛けた生徒達の驚きは凄まじかった。生徒達は驚き、困惑し、狂喜した。


本人達にそれまで面識があった、ないに関わらずテストの順位の件を例に出して周囲は隼人と悠真は犬猿の仲だと噂して勝手に盛り上がっていた。隼人と悠真のどちらが次はテストで学年1位になるかで賭け事をしている生徒もいた。

女子生徒の間では隼人派か悠真派か、亮にはよくわからない派閥も出来ていた。


 そんな二人が親しげに会話をしているのだから、犬猿の仲と盛り上がっていた生徒達も隼人派と悠真派で敵対していた女子生徒達も大騒ぎだった。


 隼人繋がりで亮も悠真と親しく話すようになると、やはり隼人と悠真は似ていると感じる。

顔はいい、頭もいい、スポーツ万能。(悠真は陸上が得意)自分の周りはどうなっているんだ、イケメンと秀才とスポーツ万能の友達が集まる星の下に生まれてしまったのかと思う。


しかし亮にひがみの気持ちはない。隼人は表には出さないが彼の根が良いことは昔から知っている。悠真もクールに見えて内側は熱い。


 友達の友達は友達の図式で晴とも話してみると、明るくて気のいい晴ともすぐに仲良くなれた。晴はさりげない気遣いや場の空気を察して行動することに長けていた。彼はおちゃらけている裏側で実はとても頭の回転が速い人間だった。


いつの間にか亮、隼人、悠真、晴の四人は肩を並べて昼食を食べる仲になっていた。


 高校二年の10月下旬のある日。屋上で昼休みを四人で過ごしていた時のこと。


『なぁ隼人。お前、生徒会長やれ』


 悠真が今朝配られた校内新聞を隼人に放り投げた。隼人は新聞には見向きもしないで寝そべって雑誌を読み耽っている。


『やだよ。面倒くせー』

『なになに? 隼人、生徒会長やんの?』


隼人の隣で寝そべっていた晴は悠真が放り投げた校内新聞を広げた。亮も新聞を覗き込む。


 校内新聞の一面には来年度の前期生徒会役員を決める生徒会役員選挙の告知が載っていた。選挙は一ヶ月後、候補者が多数出た場合は全校生徒の投票での多数決で決まる。

出馬するには立候補か推薦のどちらかになるが、悠真は隼人を会長に推したいらしい。


(隼人が生徒会長……似合うけど中学の時に一度やってるからやりたがらないだろうな)


 亮は隼人を見た。彼は相変わらず雑誌から目をそらさず、生返事を返すだけ。


『生徒会長なんてあんなクソ忙しいもの二度とやるか』


亮の予想通り隼人はやる気ゼロだ。悠真は気を悪くした素振りもなく、晴から校内新聞を取り上げた。


『わかった。じゃあ俺が会長やるから隼人は副会長な』


 いつの間にもらってきたのか、悠真は白紙のエントリーシートの会長の欄に自分の名前を、副会長の欄に隼人の名前を綺麗な字で記入した。


『だから俺はやらないって……』

『会長じゃなくて副会長ならどう?』


悠真の不敵な笑みに、彼以外の三人は嫌な予感がした。悠真のその顔はなにかを企んでいる時の悪い顔だ。


『……まぁ副会長なら……いいけどさ……』


隼人と悠真のにらめっこも長くは続かない。隼人は諦めたように溜息をついた。


(悠真って何者? 隼人に勝てるのは菜摘姉ちゃんだけだと思ってた……)


 それから日が経ち11月下旬。生徒会役員選挙当日。

例年の選挙もそうだったが、生徒会選挙なんてものは人気投票と同じだ。しかも今年は会長に高園悠真、副会長に木村隼人。

杉澤学院高校のツートップの立候補に他に会長や副会長に立候補や推薦された生徒は皆、勝ち目なしと悟って辞退。


色々と波乱の生徒会選挙を終えて、無事に高園生徒会長と木村副会長が誕生、来年度の前期生徒会が発足した。


 二年生の終わりにもなると役員じゃない亮と晴も生徒会室に出入りするようになり、生徒会室が彼らの新たな溜まり場となっていた。


『おい悠真! 何なんだこの仕事の量は! 何なんだよこの書類の山は!』


生徒会室のソファーに寝転んで漫画を読んでいた亮の耳に隼人の叫び声が聞こえてくる。隼人の机には山積みの書類があり、彼はその書類を前にして悠真をねめつけていた。


『何ってそれが副会長の仕事だからね』


悠真は隼人と違ってクールな表情で机に向かって黙々と作業をこなしている。


『多過ぎだろ! 確実に俺の方がお前より仕事が多いぞ』

『だから隼人が会長にすれば? って言ったんだ。副会長は雑用だらけだけど会長は上がってきた書類にハンコ押すだけだから』

『俺が中学の時の副会長は暇そうにしてたぜ!』

『それは会長だった隼人が仕事の割り振りがヘタクソだったからだろ。下の人間を上手く使えば上は楽できるんだよ』


悠真はまたあの不敵な笑みを見せた。


『お前……最初からこうなること見越して俺に会長薦めた後で自分が会長やるって言ったんだろ?』


 一触即発の空気に亮は今すぐここから逃げ出したくなった。不敵な微笑みの悠真とキレた隼人のいる空間から一刻も早く出たい……救いを求めて亮が向かいにいる晴を見る。

晴はソファーに寝そべったまま片耳だけイヤホンを外していた。


『いいから早く書類書いて俺のとこに持ってきてよ? 副会長』


キレたオーラを漂わす隼人に臆せず余裕の笑みで悠真は返す。一瞬の不気味な静寂。


(ヤバいヤバいヤバい、まじにここから出たい! こいつら二人とも敵に回したくないや……)


 こんな時こそ陽気な晴がおちゃらけたムードを出してくれることを期待して亮はまた晴を見た。……が。晴は何故かニヤニヤ笑っている。


(晴! そこ笑うとこかっ? 悠真を止めてくれよ!)


静寂の数秒後に隼人の溜息が漏れた。


『わかったよ。やればいいんだろ。会長様』


 隼人が負けた。晴もこの展開になることを読んでいたようで、悠真と隼人が作業を再開すると晴もまたイヤホンを両耳につけて音楽の世界に浸り始めた。


 悠真の計画は亮にもわかっている。サッカーを失くした今の隼人には何か打ち込めるものが必要だ。

たとえそれが生徒会の仕事でも、一時の気休め程度でサッカーの代わりにはならなくても、何もないよりはマシだから。


 イケメン、秀才、スポーツ万能の三拍子揃いのたまにブラックな一面を見せる悠真とひたすら明るい晴のおかげで少しずつ隼人が立ち直ってきた。亮は悠真と晴に感謝していた。


 季節はもう春。来月からは新学期、隼人達は高校三年生になる。

生徒会長になった悠真、副会長の隼人、亮と晴は彼らの知らないところで起きていた陰謀にまだ気付かないまま、楽しい学校生活を送っていた。


杉澤学院高校に全校生徒を巻き込んだ大騒動が起きることになるのはここから数ヵ月後の話。



story1 END

→story2.私の百花繚乱物語 に続く

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