1-12

 隼人達はサトルのスタジオを出て新宿駅前のお好み焼き屋に三人で入った。


『そう言えば隼人は杉澤の帝王って呼ばれてるんだろ?』


 いつの間にか隼人を下の名前で呼ぶ晴が雑な手つきで鉄板の上にお好み焼きの具を大雑把に落とす。

大阪の親戚仕込みと自称する晴がお好み焼きを焼く係を買って出たが、晴の危なっかしい手つきを見ると彼に任せて大丈夫なのか隼人は心配になる。


『女子が勝手に呼んでるだけ』

『実はな、悠真も女子に勝手にアダ名つけられてんだよ。それが杉澤の光源氏だぜ? 笑えるだろ?』


フライ返しで悠真を指す晴がニヤニヤと笑っている。悠真は不機嫌な顔でグラスに入る水を飲んでいた。


『光源氏って源氏物語のあの?』

『そうそう。妹が源氏物語の漫画持ってるんだけどその漫画に出て来る光源氏が悠真そっくりなんだよな!』

『晴。それ以上言うならこの鉄板の上でお前を焼いてもいいんだな?』


 笑っている晴に悠真の冷ややかな視線が向けられる。顔が綺麗なだけに睨みを効かせた悠真は迫力があって怖い。

しかし晴のボケと悠真の冷静なツッコミを聞いていると面白い。


『お前らって高校からの付き合いなのか?』

『いや、俺と悠真は中学が一緒。まぁ腐れ縁? なんやかんやと喋ってたら一緒にバンドまでやる付き合いになっちまったんだ』


 晴と悠真、性格がまるで違う二人は本来なら絶対に交わらない関係だったと思う。二人の中学時代の話を聞きながらお好み焼きを食べるこの時間が楽しかった。


 今まで心にモヤモヤと覆っていた霧の中に光が差し込んでくる。霧はまだ晴れないが視界は明るい。

夢は何? と聞かれても今の隼人にはまだ答えられない。サッカーよりも大切なものがこの先見つかるかも、自分が何をしたいのかもまだ解らない。


でもいつか見つかるといい。

晴や悠真みたいに、キラキラとした瞳で熱くなって人に語れるくらいの最高で大切な夢。

晴と悠真の音楽に出会えて、二人の熱い想いを聞いて、隼人は何かが吹っ切れた。


        *


 お好み焼き屋を出た三人は新宿駅に向かう。晴と悠真はまず隼人と改札口で別れた。


『じゃーなー。隼人。気を付けて帰れよ』

『おう。またな』


晴と悠真に手を振って、改札機を抜けた隼人が人混みの中に消えていった。


『今さらだけどemperorのこと隼人に言って大丈夫だったのか?』


 軽率だったかもと悔やむ晴の隣で悠真は平然と微笑んだ。


『アイツなら大丈夫だと思ったからスタジオに連れて来たんだろ?』

『まーな。ただの勘だけど隼人は秘密を人に喋るような口の軽い奴じゃないと思ったんだ』

『それなら大丈夫だ。野生の勘は当たる』

『俺はサルですかー』

『サルの方がまだ賢い』


悠真とのこんな軽口は中学時代から変わらない。悠真も隼人を信用したからemperorと父親の話をしたのだ。


 悠真と同じ電車に乗り、地元の駅前の自転車置き場で別れた。自転車で夜の道を駆ける晴は今日の出来事を振り返る。

隼人を助けたのは偶然だ。しかし偶然が呼んだ必然に彼は感謝する。


 木村隼人とは一年生の時に同じクラスだったが話をしたことはほとんどない。一年の時の晴は出席日数ギリギリで二年に進級したほど学校をサボっていたから、隼人と話をする機会もなかった。


 それでもたまに学校に行くと木村隼人の噂は耳にした。あの容姿だから彼は目立つ。

女関係の噂は絶えず、加えて定期テストの順位が悠真と並んで学年トップ。

あの悠真と対等に並ぶ人間がいたことに晴は驚いていた。


 他に聞こえてきた噂は関東の強豪サッカークラブに所属し、杉澤学院高校では一年生にしてサッカー部のレギュラー、女子生徒達が隼人を杉澤の帝王とアダ名をつけていることや渋谷のホテル街を毎回違う女と出入りしていること…とにかく隼人に関するあらゆる噂は絶えなかった。

晴が抱いていた隼人の印象は飄々としたクールな男で、友人の悠真と似ているところがあると思っていた。


 二年生になってからも晴のサボり癖は直らなかった。そろそろ真面目に出席しないと夏休みに補習が待っていると担任教師に脅され、最近はちゃんと朝から学校に来ていた。


6月の中旬、廊下で隼人とすれ違った。相変わらず一年生の時と同じように飄々としていた彼からは煙草の匂いがした。

それから数日後の今日。悲しい顔をしていた隼人は自分達の音楽を聴いて涙を流していた。人の心に響く音楽を届けられた時、黒龍を辞めてでもドラムを選んでよかったと心底思う。


 今日、新しい友達ができた。

木村隼人。これから先も大事にしていきたい、最高な友達ができた。

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