2-1
2002年4月8日(Mon)
今日から新学期。私は杉澤学院高校の二年生になった。
「なーお! またクラス一緒だね!」
一年生の時にクラスが一緒だった亜矢と玄関前に貼り出されたクラス表を見る。クラスは私も亜矢も文系の2年2組だ。
杉澤学院では二年から特進クラスと普通クラスに分けられ、特進はさらに文系2クラスと理系2クラスに分かれる。
二年生の下駄箱に向かう途中で昨日入学式を終えた一年生とすれ違った。まだ制服の馴染んでいない新入生を見ると一年前の自分を思い出して微笑ましい。
昇降口に入ると周囲がざわついていた。様々な女の子達の“彼ら”を称賛する言葉が耳に届く。
「高園先輩のネクタイ緩めてる姿セクシー!」
「木村先輩、髪色変えてる! 茶髪もよかったけど黒髪もかっこいい……!」
「渡辺先輩の笑顔ってなんであんなに爽やかなの! ふわふわパーマも似合ってるぅ」
「緒方先輩オーラありすぎ! あの不良っぽさがいいよねぇ」
どうやら杉澤のトップ4が降臨した様子。昇降口にいる女子生徒の視線はその四人に注がれる。
私の学校には最強の四人組がいます。
生徒会長の高園悠真
副会長の木村隼人
バスケ部主将の渡辺亮
暴走族黒龍の元No.3の緒方晴
杉澤学院高校で女子に絶大な人気のこの四人は去年の夏辺りから一緒にいるところを見掛けるようになった。嘘だと思うホントの話、四人全員がタイプの違う容姿端麗のイケメン。
私も少女漫画かよって思う。嘘のような現実。
会長の高園先輩と副会長の木村先輩は常に学年成績トップ。王子様のような優しい物腰の高園先輩は杉澤の光源氏、見るものを惹き付ける圧倒的なオーラを放つ木村先輩は杉澤の帝王と呼ばれている。
長身で爽やかスポーツマンな渡辺先輩はバスケ部のエース、黒髪にカラフルなメッシュの入った緒方先輩は普段は陽気な笑顔を見せているけど喧嘩がとても強いらしい。
いつの間にか女子生徒達はこの四人組を杉澤のトップ4と呼んでいた。
「先輩達の人気は相変わらず凄いねぇ。三年生になったら益々人気になったんじゃない?」
「うん、凄い人気だね」
亜矢に答えて靴から上履きに履き替える。廊下に出ると階段下に集まる四人組のある人にどうしても視線が向いてしまった。
四人組のひとり、木村隼人。私の好きな人。入学してすぐに、当時二年生の木村先輩に一目惚れをした。
木村先輩のことが好きな女子生徒は何人もいて、彼の女癖の悪い噂を聞いても諦められなかった。
木村先輩のことを何も知らない私は先輩の外見だけで好きになったんでしょと誰かに罵られても否定できない。だけど好きな気持ちは止められなくて、去年の6月、人生で初めての告白をした。
結果は玉砕。『君は俺の女には向かない』と言われた時に遠回しにお前なんか俺に相応しくないと言われた気がしたけど、最後に木村先輩は『自分を大事にしなよ』と言ってくれた。
自惚れかもしれない。でもその言葉に木村先輩の優しさと温かさを感じたの。
四人が仲良くお喋りしている。私が出会った頃の木村先輩はクールな印象が強かったのに今の先輩は笑顔が多くて楽しそう。
木村先輩の笑顔にきゅんとした。やっぱりダメだ。まだ好きみたい。クールな先輩もかっこいいけど笑っている先輩はさらにかっこいい……。
「こらこら。まーた木村先輩見てる」
亜矢が私の頬をつっついた。
「だって……」
「奈緒の気持ちはわかるけど木村先輩は止めた方がいいって。木村先輩本人は生徒や先生からの人望もあるし、イイ人だと思うよ。でも女のことに関してはうちの学校だけじゃなくて他校にもたくさん彼女がいるとか、年上のOLと付き合ってるとか、いろんな噂聞くよ。傷付いて泣くのは奈緒なんだから」
真剣な顔で私を諭す亜矢は本気で私のことを心配して言ってくれている。
「亜矢、ありがとう。わかってるよ。もう一度告白する勇気はないもん」
私達はトップ4を横目に見ながら階段を上がって2年2組の教室に入った。座席表で確認した席に荷物を置いた私と亜矢は廊下に出る。
本日のお喋りの話題はやはりトップ4のこと。
「私は木村先輩よりも爽やかで優しそうな渡辺先輩派」
「付き合うなら渡辺先輩か緒方先輩がいいって子けっこう多いよね」
「ねー。緒方先輩はあれで暴走族入ってたの? ってくらいに明るくて面白そう。渡辺先輩は彼女になったらすごく大事にしてくれそう。だけど渡辺先輩の彼女情報って全然入って来ないのよね。やっぱり彼女は他校の子かなぁ。前に、渡辺先輩が聖蘭学園の子と一緒に帰ってるところ見た人がいるのよねぇ」
私と亜矢のこの話題も杉澤の女子生徒の間ではありふれたもの。もし付き合うなら四人組の誰の彼女になりたいかで妄想して騒ぐのが楽しい。
それは私や亜矢や、きっと他の子達にとっても、先輩達は芸能人と同じだから。
絶対に手の届かない存在。見ているだけで満足の雲の上の人。
私は木村先輩の彼女にはなれない。もし彼女になれたとしても何人もいる彼女のひとりにされてしまう。
木村先輩の“たったひとりの彼女”になれる人がいるのならどんな女性だろう?
木村先輩の1番になれる人……美人で大人で上品な女性かな? 可愛くて明るい女性かな?
あの女遊びの激しい木村先輩を射止める女性がいるのならどんな人になるのかって、そんなことを朝礼の時間に考えていた。
*
体育館で新入生も含めた全校集会。
『続いて生徒会長挨拶と生徒会役員の紹介です』
司会の先生の言葉の後に生徒会長の高園先輩が壇上に上がると体育館がわずかにざわついた。
『皆さんおはようございます。生徒会長の高園悠真です』
カリスマ性って高園先輩のような人を言うのかも。高園先輩が壇上に上がったそれだけで体育館の空気が彼に支配される。
芸能人がステージで舞台挨拶しているみたい。
『では僕から生徒会役員の紹介をします』
高園先輩の隣に生徒会役員が並ぶ。一年生の女の子達には心臓発作を起こさないように事前の注意書きが必要だ。我が杉澤学院高校の生徒会長と副会長は超絶の美形なんだから!!
私なんて二人が並んだ場面を見ただけで心拍数上がりまくって大変。
朝に女の子達が騒いでいたけど、木村先輩の髪の色が黒に変わっている。3月の時は金髪に近いような茶髪だったのに今は落ち着いた黒髪。でも真っ黒じゃなくて焦げ茶色っぽいオシャレな黒髪。
茶髪だった頃よりも大人びて見える。
『副会長の木村隼人です。1学期は新入生歓迎会や球技大会があります。期末テスト後には生徒会企画の打ち上げも予定していますので……』
周りを見ると女の子はみんな木村先輩の挨拶にうっとり耳を傾けていた。彼を好きな人はこの学校にたくさんいる。
学校の人気者の木村先輩は私には遠い存在の人。でもいいの。遠くから見ているだけで幸せなんだ。
私の高校生活は平和で平凡。目立つことが苦手で引っ込み思案な私の生活には劇的な変化も刺激もない。
将来の夢もない。大学進学のための勉強。
息抜きと言えば少人数で廃部寸前の園芸部で学校の花壇の手入れをすること。
園芸部は三年生がいないから私は二年生なのに部長になってしまった。何かのリーダーになることが初めてで部長の肩書きは不安しかない。
こんな臆病者が一年前に木村先輩に告白できたのは奇跡だ。……振られたけど。
私は木村先輩に憧れているのかもしれない。私と違ってみんなの人気者でキラキラしている木村先輩に憧れて、それを恋と勘違いしているのかな?
幼稚園、小学校、中学校と恋愛に縁遠い人生を歩んできた私には恋が何なのかよくわからない。
私が憧れじゃない恋ができるのはいつになるのか……。
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