2.ふたりの公園

 家の近くの公園の前を通った時、公園のバスケコートから規則的なボールの音が聞こえてきた。

ボールが宙を舞い、シュートが決まる。麻衣子はバスケコートの入り口に立ち、シュートを決めた背の高い少年に向けて拍手を送った。


 麻衣子のもうひとりの幼なじみ、渡辺亮がバスケットボール片手にこちらに走ってくる。


「亮はバスケ、隼人はサッカーかぁ」

『なんだよ急に』


バスケットボールを器用に操る渡辺は麻衣子のしんみりした呟きに首を傾げた。


「別に。でも中学入ってからはみんなバラバラになっちゃったなぁーって思っただけ」

『そりゃあ男と女がいつまでも一緒ってわけにはいかないだろ。麻衣子だって吹奏楽部じゃん』

「そうだよね。そうなんだけど。やっぱり……どんどんバラバラになっていくものだよね」


 空を見上げると茜色の空が次第に紫がかっていた。自然と溜息が漏れる。

あんなに一緒にいたのに、いつの間にかみんなバラバラ。年齢を重ねるにつれて、離れていく。


『隼人と何かあった?』

「何もない。だけど隼人って私のこと伝言板とでも思ってるんじゃないかってムカついてきてさ」


ベンチに座る麻衣子は渡辺がドリブルやシュートの練習をする光景を眺めた。彼はボールを動かしながら麻衣子の話し相手をしてくれている。


『また伝言頼まれた?』

「今日遅くなるから夕御飯いらないって伝言。自分で家に電話すればいいのにいつも私を使うんだから。女の子達の前で私のこと呼びつけて」

『またかよ。隼人もわかってるならちょっとは気遣えばいいんだけどな。隼人が麻衣子と話してるだけで麻衣子は他の女子から睨まれるのに』

「女子のやっかみは小学生からずっとだからいい加減慣れた」

『人気者の幼なじみ持つとお互い大変だな』


空中に投げたボールをキャッチした渡辺はそのままドリブルをしてシュートを決めた。ボールが地面に落ちて転がる。


『帰るか。麻衣子も隼人の家に伝言伝えるんだろ?』

「うん」


 公園を出た二人は住宅街が並ぶ道に入る。渡辺の家は麻衣子の家の二軒隣。

麻衣子、隼人、渡辺は幼稚園から今通っている中学校までずっと一緒に過ごしている幼なじみだ。


『進路希望調査、月曜提出だっけ。麻衣子は高校どこ受ける?』

「第一志望は聖蘭せいらん学園。ランク高いから受かるか心配」


 まだ中学三年の5月、もう5月。そろそろ志望校を決めて受験に備えなくてはいけない時期だ。


『聖蘭か。じゃ、高校からは別々になるな』

「亮はどこ受けるの?」

『俺は杉澤すぎさわ学院狙い』

「うわっ! 杉澤って偏差値ランクトップじゃない。でも亮は頭いいから納得」


どこかの家から美味しそうなカレーの匂いが漂ってくる。自分の家の夕御飯は何だろう?


『隼人もたぶん杉澤学院だぜ。二年の時に高校は杉澤にするってアイツ言ってたし』

「ふーん。隼人も杉澤ねぇ。二人とも受かればまた同じ学校だね」


 杉澤学院高校は杉並区にある東京都の偏差値トップクラスの高校だ。麻衣子の第一志望の聖蘭学園は渋谷区の女子校。

三人が希望通りの学校に通えたなら麻衣子だけが高校からは二人と別の学校に行くことになる。それは、少し寂しい気もする。


『隼人ってさ、普段は俺は勉強してませーんって感じで毎日サッカーと女遊びしてるくせにあれでムカつくくらいに頭いいからな。隼人なら杉澤は問題なく受かるだろうよ』

「ねー。ほんと悔しいけど隼人は成績いいのよね。あんな遊んでばかりいていつ勉強してるのか。頭の構造どうなってるのよ」


隼人のテストの成績はいつも学年トップ。小学生の頃からずっとそうだ。


『顔はいい、頭もいい、運動神経もいい、あれだけ揃ってればモテるのも当然か。性格は歪んでるけど』

「隼人がモテるのが信じられない。あんな悪魔の申し子みたいな男のどこがいいのよ」


隣を歩く渡辺がトンッ……とボールをバウンドさせた。


『とか言って、何年も隼人に片想いしてるのは誰だよ?』


わざとおどけた調子で言う渡辺に向けて麻衣子は頬を膨らませた。


「いつの話してるのよ。隼人のことなんてとっくに終わってますっ!」

『へぇー』

「何よその“へぇー”は」

『ただの感嘆詞』


 渡辺の言い方は素っ気ない。たまに彼は麻衣子に対して素っ気ない態度をとる。

最近は隼人だけではなく渡辺のことまでわからなくなった。中学生の男の子の思考回路は理解できない。


 隼人の家に伝言を伝えて、渡辺とは家の前で別れた。ようやく自分の家の玄関に入った麻衣子を出迎えたのは食欲をそそるカレーの匂い。

どうやら我が家のメニューがカレーだったらしい。

自室に入って制服も脱がずにベッドに横になった。


「隼人のことなんかもう好きじゃないもん。好きじゃない……好きじゃない……」


 あんな意地悪で人を召使いのように使うインテリ野郎なんか、もう好きじゃない。好きじゃない。

何度も呪文のように繰り返して麻衣子は自分を騙してきた。


 目を閉じると隼人の憎たらしく笑った顔が浮かんでくる。


「もう……バカァ……」


赤くなった顔を枕に伏せた。


(隼人のバカ。アホ。悪の帝王。鬼。悪魔)


「やっぱり大好きみたい……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る