1.ひとりの帰り道

 私には好きな人がいます


 その人は私の斜め向かいの家に住んでいる同い年の男の子

彼とは幼稚園も小学校も中学校もずっと一緒


 いつから彼のことを好きになっていたのか幼すぎた記憶は曖昧でもう覚えていません

気付けばいつも私の隣には彼がいました

彼は私の初恋でした。


        *


1999年5月21日(Fri)


 女子生徒達の黄色い歓声がグラウンドに響き渡った。

放課後の校庭ではサッカー部の部員達が練習をしているが、グラウンドの周囲に集まる女子生徒達の視線はただ一点に集中している。


「隼人くん今日もかっこいい!」


彼女達は頬を赤くして溜息混じりにその人物だけを見つめていた。


「やれやれ。今日もとりまき連中がやってるねぇ」


 靴を履いて昇降口を出た田中真理がグラウンドの周囲に溜まる女子の群れを指差して呆れ気味に言った。加藤麻衣子はスニーカーの靴ひもを結んで立ち上がる。


「でも麻衣子が羨ましいよ。あんなかっこいい人が幼なじみだなんて」

「ぜーんぜん、羨ましいことないよ。アイツのせいで今まで私がどれだけ迷惑こうむってきたかっ!」

「毎年バレンタインは大変だもんね。“隼人くんに渡してくださいー”って麻衣子がチョコ山盛り渡されて」


麻衣子と真理はグラウンドに目を向けた。サッカー部の練習の日はいつもこうだ。いつもある男を目当てに女子がグラウンドに群がっている。


「チョコだけじゃないよ。手紙に誕生日プレゼントに電話番号書いたメモ……渡すなら直接本人に渡せばいいのに。私は隼人との連絡係じゃなーい!」

「うわぁ、荒ぶってますねぇお嬢さん。あ、休憩みたいだよ」


グラウンドの横を通って校門に向かっていた真理が足を止めた。合図の笛の音が鳴り、サッカー部の部員達がグラウンド脇に集まってくる。


 麻衣子は無意識にの姿を捜していた。彼はフェンスにもたれてペットボトルの水を飲みながらコーチと話をしている。


彼を見ているのは麻衣子だけではない。真理も、グラウンドの周りに集まる女子生徒全員が彼に注目していた。

コーチと話を終えた彼がこちらを見た。緑色のフェンス越しに目が合った瞬間、麻衣子はまずいと思って反射的に目をそらした。……が、遅かった。


『おい、麻衣子ー』


彼が麻衣子の名を大声で呼び、こっちへ来いと手招きしている。当然のように女子生徒達の視線も麻衣子に集中した。


「ほら、学校の王子様からのお呼びだしだよ」

「隼人のどこが王子様なの? どちらかと言えば悪の帝王でしょ」


 真理が笑って麻衣子の脇腹をつつく。笑い事じゃないと憤慨しつつ、麻衣子は仕方なく彼のもとに向かった。

緑色のフェンス越しに自分よりも背の高い男の子と向かい合う。


「なに?」

『今日コーチと夕飯食べてくから帰り遅くなるって母さんに言っておいて』

「そんなの自分で電話して言いなよ」

『お前がいるんだから電話する必要ないだろ?』


木村隼人は憎らしいくらいに爽やかな顔で笑っていた。


(隼人はずるいよ。そうやって笑えばなんでも許されると思ってる)


『じゃ、頼むな』


 集合の合図の笛が鳴って隼人は麻衣子の意見も聞かずに颯爽とグラウンドの中央まで走っていく。彼がいなくなると同時に背後からひそひそと話す声がした。


「加藤さんて隼人くんの彼女じゃないよね?」

「隼人くんは幼なじみって言ってるけど」

「ただ家が近いってだけであんなに仲良くなれるの? 怪しくない?」


彼女じゃないし、怪しくもない! 後ろを向いてそう叫んでやりたい気持ちを抑えて麻衣子は真理と二人で女子達の視線から逃げるように学校を出た。


「じゃ、日曜日に駅前集合ね」

「うん」


 真理とは日曜日に遊ぶ約束をしている。明日が休みの金曜日の帰り道はどこか解放感に満ちていた。

分かれ道で真理と別れて、麻衣子はひとりで夕暮れに染まる道を歩く。


 この道をひとりで歩いて帰るようになったのはいつからだろう?

小学生の頃は行きも帰りもいつも一緒だった。いつも、三人並んで歩いていた。

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