あなたの淋しさ
静香とふたり、歩いて帰ったあの冬の月夜のことを今でもよく憶えている。
そんなに好きではなかったし、気が合うわけでもなかった静香のことがなぜかいつまでも印象に残っていてときおり何の前触れもなく私の頭の中に登場する。あのとき以来私の中では時の流れがぎゅんと速まってしまって、まだ三年くらいしか経っていないと思ってしまうのはどうしてか。
そんなわけで、私が静香のことを思うとき彼女はいつもジャージファッションで、しかもそれがよく似合っていて、ゆるいハーパンから伸びる脚が細くて白くて愛らしい。
みんなの前では仲良しのように振る舞っても影では何を言っているのか知れない、そういう女子は幾度となく目にしたけれど、静香はそれとは逆のパターンだった。みんなといると私のことをからかう癖に、ふたりきりになると妙に素直だった。それがただただ不思議だった。
静香はおそらく小学生の時はガキ大将的な立ち位置にいたのだろう。気が強くて、声を大にして主張すれば、つまり「強そうに」して「威張って」いれば周りはきっと付いてきたのだろうと思う。活発で目立つ女の子だったに違いない。
でも、高校生になってみんな大人になってしまった。クラスの中心になることよりも、協調性を重んじることが大切になっていた。クラスのメインはそういう平和な人たちだった。だから、自己主張が強すぎて周りに合わせない静香はクラスで浮いてしまっていた。加えて、静香にお金を盗まれたとか嘘を吐くとかの噂がたち、ほとんどのクラスメートが静香を避けるようになった。
私は静香に同情した。
私に同情されていると知ったなら、きっと彼女はプライドを傷つけられて怒ったのに違いない。だから、こっそりそうした。さりげなくでも優しくしたいと思った。噂の真偽は知らないし、実際やりかねないなとは思ったけれど、それでも胸が痛んだ。
静香は不器用さの点で私とよく似ていた。
他人とどう接したら良いのかが、わからない。
静香はひとりで行動することを極端に厭う。いつもコンビニでお菓子を買って、「これやるからあたしに付き合えよ」と偉そうに言うのが口癖だった。お菓子なんかで釣らなくったって私は別に付き合うのなんか苦じゃないのに。静香にとってお菓子は具現化された御守りなのだ。
私が静香に優しくしたいと思ったのは、私が優しい人物だからというわけでは決してなく、クラス中に外される痛みを知っていたからだ。
自分のために、自分が痛いから、そうした。
*
あの頃、連日生徒主催のファッションショーの準備で帰宅が遅く、その日も空には月が出ていた。寒空に月の黄色い光がぼやんと滲んでいる。静香と並んでふたり、モデル歩きをして帰りながら月を眺めた。
──あー、なんか、
なんか朧月夜って感じ、と少し高い声で嬉しそうに言った静香の言葉がずっと耳に残っている。
その後もふたりでぽつぽつとお喋りをしながら帰ったのだけれど、そちらの内容はもう忘れてしまっている。ふたりきりになったときの静香は真面目で優しいので印象が薄い。
思えば静香に意地悪されても、恥ずかしい思いをさせられても、私は本気で傷ついた事はない。その小学生染みたからかいをを真に受けたことはない。
きっと、それは私と一対一になったときの静香をよく知っていたからだと思う。だから程良い距離を保って仲良くできた。
大好きというわけではなかった。でも、嫌いではなかったのだ、静香のこと。
だからといって、じゃあ明日会おうか、なんてことになったら、ちょっと照れるけれど。
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