夢を見るのも命がけ

石嶺 経

第1話(1)

「ねぇねぇ、俳句作ったんだけど、聞いてくれる?」


 隣を歩く少女が言う。この少女は名をゆかりと言い、一日に一回は俳句を詠み、それを誰かに――主に僕に――聞かせることを生きがいにしている。だが、出来は今一つである。どうやら俳句を作るにあたって、特に勉強とかしているわけではないらしい。


「そりゃ聞くけど、今日こそは五七五になってるの?」


「ううん。今日も自由律。そして無季」


「だろうね」


「うん」


 そういうのは基本が出来てからにするべきじゃないか、と一度言ってみたことがある。しかし、縁にとっての俳句はそうじゃないらしい。好きなものは、好きにするから楽しいのであって、そこに練習だの、勉強だのを挟むのは不純である、ということだ。要するに上達は目的でないのだろう。ただ楽しいから詠むだけ。ならば、僕がとやかく言うべきではない。今日も今日とて下手な俳句を聞くことにしよう。


「それで、どんな俳句なのさ」


「うーん、と。ちょっと恥ずかしいんだけど」


 縁が足元の砂利を蹴っ飛ばす。そのうちの一つが僕の踵にあたって、幾つかは側溝に落ちた。ぽちゃん、ぽちゃんと間抜けな音がする。


「いつものことじゃん」


「そうだけど、恥ずかしいんだってば」


 そういうものなのか。


 僕は何一つ創作をしたことは無いし、これからもする予定はないけれど、やっぱり自分が生み出したものを発表するのは恥ずかしいのだろうか。だとすると、余り急き立てるのは良くないのかもしれない。とは言っても縁の趣味に付き合ってあげている僕が、そこまで気を使う必要があるだろうか。


 どうしたものか。


「夢はあるけど夢の中」


 出し抜けに縁は言い放つ。会話を突き破る勢いと裏腹に、その声音は空っ風の様に寒々しくて頼りない。だけど、音の響き自体はそんなに悪いものじゃなかった。少なくとも僕にとっては。


「へえ。そしてその意味は?」


「叶えたい夢は有るんだけど、どうにも夢のまた夢みたい、ってところかな」


 ううむ。僕だって俳句についてそんなに知識がある方じゃないけど、これは中々のものではないだろうか。少なくとも昨日の帰り道に聞かされた、『嵐の夜に一人泣く』よりは気が利いている。なんかパクリっぽかったし。


「実体験だったりする?」


「どうだろう? 夢って言われても、まだ良くわかんないし。ただ道具として使っちゃったって感じ」


 将来、俳句で食っていくという夢は無いのか、とは聞かない。そんなことを言えば、好きなことでお金なんか貰いたくない、と返されるのが目に見えている。じゃあ、何があるだろう。野球選手だ、宇宙飛行士だ、と言えるほど身の程を弁えていないわけでもなく、かといって何かを諦めるほどに僕たちはまだ成熟していない。将来の夢なんて言われても困る。不安定な僕たちは明日にさえ恐れを抱いている。


「そういえば、夢で思い出したけどさ」


「うん? いつからそんなロマンチックなことが言えるようになったの」


「縁の影響だよ……。じゃなくて、夢囚病」

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