無為識

銀文鳥

暇つぶしに

あなたは今文字を読んでいる。

青い鳥、赤い花と聞いてまるで見ているかのように鮮明に思い浮かべる。

洋梨みたいな女だとか、真っ青な赤だとか、とぼけたハムスターのような顔だとか、はてどんな風だろうかと首を傾げつつ想像する。

やがて、あなたは活字に飽きて目を離し席を立った。すると額には銃が突きつけられている。

あなたはそんな風になったことにまるで覚えがないが、冷たく重たい金属は、間違いなくあなたの頭蓋を砕くだろう。さながらスイカ割りのように、ぱっくりと。

銃を突きつけたニヒルな男は言った。あるいは金髪碧眼の美女かもしれないが。

「あなたは活字からまだ目を離していない。『目を離して席を立つ』ことはできない」

なるほどそれはそうかもしれない。

あなたは文字に目を戻した、ということにしてまた文字を読んでいる。

銃は煙のように消え、ヒットマンは喫いかけの煙草を捨てていなくなった。

あなたの視線は携帯端末、パソコン、あるいはもしかしたら紙に書かれた文字に注がれている。

実はその時、その瞬間、文字たちは見られていることをちゃあんと知っている。

あなたが読む前はどんな文字列か確定されていないかもしれない文字列が、あなたが読むまでは微粒子めいて蠢き、囁いている。

あなたはいま文字を読んでいる。間違いなく。

あなたはこの文章にひょっとして意味がないのではということに気づいている。

意味がないと知っているのにまだ読んでいる。そのことを文字たちは嬉しく思っている。とっても暇だから。

あなたが読んでいる事実は、あなたが今この文字を読んでいる限り観測されている。

この言語の意味が擦り切れても、単語の連なりとして横たわり続ける。あなたが目にすることで意味不明でも観測され続ける。

あなたは文字を読んでいる。

もう間も無く、おそらく30秒以内に、この文字列はあなたの視線から外され、再び宙ぶらりんになるだろう。

またあなたが観測するまでは、文字たちは空白の上で震え、囁き、遊んでいる。それはそれは暇だから。

句読点や濁点を好き好き動かしながら、あなたの帰りを待っている。

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