アイテム農家はダラダラ儲けたい。

徳川レモン

第一章 アイテム農家と猫

プロローグ

 そこは真っ白い空間だった。

 どこかに光源があるわけでもないのに部屋の中をはっきりと確認できる。

 広さはだいたい八畳ほどか。机も椅子もなくがらんとした場所だ。

 ここはどこだろう? どうやって来たのかも思い出せない。


「よく来たな」

「――!?」


 背後から声がしたので振り返ってみるが誰もいない。

 すると今度は前から声がする。


「どこを見ているのだ。無礼な奴め」

「ひっ!?」


 前を向くがやはり誰もいない。

 やばい、この状況すんごく怖い。

 しかし、逃げようにも部屋の中は狭く出口らしきものも見当たらない。

 できることと言えばガタガタ震えて殺されるのを待つだけだ。


「いい加減にしろっ! 下だ、下!」

「へ?」


 足下に視線を向けるとそこには薄茶色の猫がいた。

 お目々はぱっちりで毛並みはふわふわ。

 俺の心は一瞬で和んだ。

 あら、可愛い猫さんだこと。

 よしよし、遊んであげるからこっちにおいで。


 ぺしっと俺の手が猫パンチで弾かれた。


「我が輩は神だ! ちゃんと敬え!」

「……猫の神様?」

「ちがーう! 地球の最高神だ!」

「へー、サイコウシンって名前の猫なんだ」


 俺は懐から猫じゃらしを取り出して目の前で揺らしてやる。

 すると猫は目で追い始めた。


「やめ、やめろっ! 我が輩は猫じゃ……うにゃん! うにゃにゃっ!」

「あはは、可愛いなぁ。サイコウシンは」


 猫じゃらしの先っぽを、ようやく前足で押さえ込んだ猫はハッとする。


「この羞恥! よくも我が輩をもてあそんだな!」

「あれ? そう言えばどうして猫が喋ってるんだろう?」

「今頃だと!? お前の頭の中はどうなっているのだ!?」


 ひとまず猫じゃらしを懐に入れて猫の話を聞くことにした。


「まず最初に言っておかなければならない。お前はもう死んでいるのだ」

「なるほどなるほど。死んじゃったのかぁ……え!? 俺、死んだの!?」


 嘘だろ。だってまだ二十五歳だぜ。

 ようやく入った会社にも居場所を見つけて、これから昇進や結婚なんて大イベントを迎えようってところだったのにさ。あんまりだ。


「えーっと、山田明やまだあきら、二十五歳。死因は溺死。沼に入ってうっかり溺れ死んだ……なぁ、なんで沼に入ったんだ?」


 猫は空中に浮かぶウィンドウのようなものを見ていた。

 どうやらそこに俺の個人情報が書かれているらしい。

 沼で溺死? はて、どうしてそんなところに行ったんだっけ?


「そうだ、今月は食費がピンチだったから、沼でウシガエルを捕まえようと思ったんだ。で、運良くザリガニも見つけたから、はしゃいでいたら泥に足を取られて……」

「二十五歳とは思えない死に方だな」


 猫は呆れた口調で身体を後ろ足で掻いた。

 そうは言っても死んでしまったものは仕方がない。


「じゃあ猫――猫神様は閻魔様みたいなものか?」

「近からず遠からずってところだな。我が輩がお前の前に現れたのは、チャンスを与えるためだ。本来であればとっとと天国か地獄に押し込んでいた」

「チャンス?」


 コトンッ。と足下にどこからともなく穴の空いた紙製の箱が出現する。

 表面には『天界転生フェア! 今なら貴方もチート付きで大転生!』と書かれていた。俺はその瞬間、コンビニで引かされるくじ引きを思い出した。


「当たりが出ればチート付きで異世界へ転生だ」

「外れると?」

「地獄行きだ。お前は生前、テストのカンニングや女子のスカートの中を覗いたりと、多くの罪を重ねてきた。そんな重罪人は地獄で一万年間、ブラック企業に勤めるのがお似合いだ」


 い、いやだぁ! 一万年もブラック企業で労働なんて!

 ただでさえ今の職場もブラック企業っぽいのに。これ以上苦しい思いはしたくない。


「ち、ちなみに……天国ではどんな扱いを……?」

「一万年間、ホワイト企業で労働だ。自由に有休の消化が許され、残業代支払いはもちろんのこと、ボーナスもしっかりもらえる。加えて天界に希望を出せば、理想の相手を現実に作り出して結婚もできる。まさに夢と希望の理想郷だ」

「天国に行きたい! 頼む、俺を天国に!」


 猫神様に土下座する。

 天国なら一万年でも耐えられる自信がある。むしろ行きたい。

 だが、猫神様はたしたしと前足で俺の後頭部を踏んだ。


「お前は地獄行き。諦めるんだな」

「そんな~!?」

「ただし、このくじで当たりを引けば運命も変わるだろうがな」

「くじ! 引きます! 引かせてください!」


 俺は箱の中に手を突っ込んでくじを選ぶ。

 感触としては五枚ほどしかない感じだ。

 いや、もう一枚ある。

 箱の隅に挟まるようにして六枚目が。


「このくじを引いたのってどれくらいいる?」

「そうだなぁ、ざっと千人くらいか。ここへ来る奴は一定の条件を満たした奴だけだからなぁ」

「一定の条件?」

「中途半端な性格をしていて、中途半端な人生を送って、中途半端な死に方をした奴だ」

「なるほど。まさに俺だ」


 俺は隅に挟まっているくじを取り出した。

 なんとなくこれには特別な何かを感じるのだ。

 頼む、当たってくれ。


 ぺりぺりとくじのくっついている部分を剥がす。

 そこには赤文字で大きく『当たり』と書かれていた。


「やったー! 当たったぞ!!」

「なんだと!? ちっ、なんて運の良い奴だ!」


 舌打ちする猫神様を余所に俺は晴れやかな気分だった。

 これで地獄は回避できた。

 しかもチート付き転生だぞ。

 これで俺もラノベみたいな人生を送れるぞ。

 ひゃっほー! 待ってろよ俺の素敵ライフ!


「じゃあ最後・・のチートを受け取れ」

「……最後? 最後ってなんだ?」

「もうほとんどのチートは出てるんだよ。まさか当たったのがお前一人だとでも思ってるのか。ほら、これがお前の受け取るチートだ」


 目の前に現れたウィンドウには【アイテムの種】と言う文字が一つだけあった。

 まさかこれが俺のチート? 創造魔法は? スキル強奪は? 鑑定は?


「残念だったな。特賞から二等まではかなり使えるチートだったんだが、お前の引いた三等だけは当たりの中でもはずれの部類だ。ま、記憶持ちで転生できるだけありがたく思うことだな」


 ちくしょう、なんだよアイテムの種って。

 これじゃあ異世界で素敵ライフが送れないじゃないか。

 若い内に生涯年収を稼ぎ出して、後はだらだらと余生を送るつもりだったのに。


「それじゃあ異世界に転生させるぞ。せいぜい足掻くことだ――うにゃん。にゃんにゃん」

「こうなったら少しでも猫神様の機嫌を良くして、さらなるチートを付けてもらうしか手はない」


 猫じゃらしで猫神様と遊ぶ。

 くそっ、可愛いな。猫好きの俺にはたまらない。

 よーし、こっちにおいで。抱っこしてあげるからね。

 俺は猫神様を抱き上げた。


「はっ! しまっ――!?」


 猫神様の声が聞こえて、視界は暗転した。

 こうして俺は猫神様と共に異世界へと転生したのだった。




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