最低最悪男の最低最悪で最高の恋
ごんぞう
第1話 はじまり
最低最悪男の最低最悪で最高の恋
「お前はさー!そういうところがダメなんだよ!」
誰かが誰かに説教をしている。
いくつかあるテーブルをおじさんや若者が囲んでいる。
テーブルの真ん中には火がたかれており、焼かれている肉からは何とも言えない香りがしている。
そんななかに若者たちがいた。
「さてさて!俺のはなし聞きたい人ー?」
そう発した男の口にはしっかりとした八重歯があり、ぱっちり二重で笑顔のかわいい男が言った。
声を発した男に皆の目線が集まる。
「俺、フラれましたー!!」
△△△△△△△△△△△△△△△
ガチャ
スーツ姿の男がコンクリートでできたマンションの玄関を開ける。
薄いピンクのシャツ、ピンクのネクタイ。
そして黒スーツ。
春らしい格好だった。
男の名前は土屋零也(つちやれいや)。
マンションを出ると正面と右にそれぞれ真っ直ぐ道が通っており、正面の遠くの方には大きな建物がある。
その建造物は見るからに綺麗で、近代的な建物だった。
『入学式の案内』
左手にはそう書いてある紙を握りしめて、右手にはスマホを握っている。
(ダルいなぁ)
零也は緊張で足が重くなったのか、いつもよりも遅く、誰が見ても遅いペースで建物の方へと歩きだした。
一歩、また一歩と近づいていく。
ちょっとした坂を上り、さらにしばらくいくと少し騒がしくなってきた。
(嫌だなあ)
そんなことを思いながらも、一歩ずつ近づいていく。
人がゴミのようにいた。
『神代大学入学式』
大学の入学式の看板の近くに多くの人が群がっていた。
回りを見渡せば皆、親とおぼしき大人となにやら喋っており、時折写真を撮っていたりする。
金髪や茶髪、中には赤や緑といった奇抜な髪の色の者もいて、少し圧倒された。
そんな人混みを一人で掻き分けながら入学式会場の前まで歩く。
(ショボ……)
思わず心のなかで呟いた。
ニュースなんかで見る大学の入学式会場と違ったためだ。
仕方なく案内通りに会場の中へ入る。
会場には多くのパイプ椅子があり、ポツポツと座っている者がいる。
残りは立って喋っていたり、そわそわして歩いているものもいた。
適当な場所に座る。
椅子は冷たく、お尻が冷えた。
(お腹痛くならないといいなぁ)
そんなことを思っていると放送が流れた。
「えー、みなさん、入学式を始めますのでご着席ください」
入学式が終わると別会場へ移動させられた。
別会場へは階段を上る必要があった。
歩きながら回りを観察していると、とても美しい女性や男性の姿がちらほら目についた。
階段を登りながらふと視線を落とすと、一人の女性の足に目が止まった。
その女性はヒールのサイズが合っていないのか、階段を上る度にかかとの部分がカパカパと脱げていた。
(馬かよ……)
心の中で呟いた。
少し面白い発見をし、テンションが上がったところで会場へ着いた。
席につき前を見るとスーツを来た背の低いおばあちゃんがマイクを持っていた。
「今から学生生活を送る上での注意点などを話しますのでよく聞いてください。」
△△△△△△△△△△△△△△
「はーーーー、疲れたー」
家へ帰った零也は大きな独り言を言った。
8畳ほどの部屋には、ベッド、テーブル、テレビ、パソコンといった物だけがあり、クローゼットには服をいれるカラーボックスがぎっしりとつまっていた。
携帯を見るとメッセージが来ている。
『入学おめでとう。どうだった?こっちは大きくてビックリしたよ。』
メッセージの相手の名前には優(ゆう)とあった。
零也と優は高校時代から付き合っており、共に同じ地元から遠くの大学へ進学した。
零也と優の大学は違ったが、お互い同じ県内であり、そこまでの寂しさはなかった。
周りは零也が彼女に付いていくために、同じ場所へ行くことを決めたと思われているがそうではない。
実はなぜか昔からこの場所に憧れがあったのだ。
しかし、その憧れも入学式で破綻した。
『こっちは少し小さくてガッカリ。てか独り暮らしって寂しいね(笑)』
『零也の家行ってみたい!今度泊まりにいってもいい?』
『いいけど、汚いよー?(笑)』
そんな返事を返しているうちに深い眠りに着いた。
入学式を終えてから1年が過ぎるのは早かった。
大学の講義もまともに受けていたのは最初だけだった。
春が終わる頃には出席だけするようになり、出席のあとは家でゲームをしていた。
友達はそこまで多くできず、基本的には大学と家との往復になっていた。
家ではいつもゲームをして遊び、一人で過ごしていた。
1年間なにもなかった訳ではない。
彼女の家へ泊まりに行ったりもした。
彼女がいながらも、別の女性と付き合ったりもした。
その女性の名前はたまき。
2つ下の後輩だった。
彼女は高校の後輩で、初めてあったときもなぜか初めてあった気がしなかった。
零也にとって、たまきはなぜかほっとけない存在だった。
彼女は少しぽっちゃりしていて、ショートヘアー、笑顔はかわいいと少し思えるほどだった。
決して美人ではない。ただ、なぜか心惹かれるものがあり、付き合ってしまった。
秋にはコンビニでアルバイトを始めた。
そんなこともありながら1年が過ぎ、あっという間に春休みになった。
△△△△△△
ガタンゴトン
男は今、帰省している最中である。
実家までは電車で4時間ほど。
乗り換えが上手くいかないと5時間ほどかかる場合もある。
そんな中を一人で電車に揺られている。
スマホの画面とにらめっこをしている。
『あと1時間で駅につくよ!』
『分かった!楽しみに待ってるね!』
男の頬が緩む。
緩むというよりも強張るといった表現が正しいだろうか。
何とも言えない緊張によって筋肉が萎縮した感じだ。
それからしばらく電車に揺られ、駅につくと一人の女性が改札の前で待っていた。
「先輩!」
零也が帰省すると一番に会ったのはたまきであった。
照れていることがバレないように怖い顔をしながら近づく。
彼女は不安げな顔で覗き込むようにして見上げる。
二人の視線がぶつかりあった。
「先輩、好きだよ」
「俺もだよ」
会うと、ごく普通のカップルのようなやりとりをした。
二人はそのまま駅の外へ行き、どこを目的とするともなく歩き続いた。
お互い車を運転することができなかったが、なにもない地元で会うだけでも楽しかった。
特になにかをやるわけでもなく、時折喋ることがなくなったりもしたが、一緒にいるだけで心が落ち着いた。
彼女はまるで優しさの権化のようにすべてを受け入れてくれた。
二人はできるかぎり同じ時間を過ごした。
桜もちらほらと咲き始める頃、学生たちは学年を1つ上げた。
△△△△△△△△△
桜が散った5月。
零也は赤赤とした空に照らされた道を歩いていた。
車道には多くの車が行き交っており、大学帰りの学生も多い。
まっすぐな道を何度か曲がる。
どこへいっても学生の姿が見えた。
大きな交差点を越えるといくつかのコンビニが見えた。
シフトの確認をしようと、バイトをしているコンビニへ行きバックヤードへ向かう。
コンビニの中には年配の女性や若い男性や学生、何人かがいた。
「おつかれさまでーす」
マジックミラーの小窓がついているドアを開けてバックヤードへ入る。
入ってすぐの右側には扉がある。
そこをスルーし奥へと向かうと店長と見たことのない女性が座って話していた。
「こんにちは」
零也は少し無愛想に言った。
「こんにちは。」
見たことのない女性が挨拶を返した。
零也と見たことのない女性の目線がぶつかる。
女性はぱっちりとした二重で、太っているわけではないが、ムチムチとした肉感があった。
(かわいい………)
零也は一目惚れをした。
その女性の名前を確認しようと、シフト表を見る。
(市原…佐藤…神山……………長槻かなみ………ちゃんか…!)
確認を終えた零也は彼女をもう一度見る。
胸が高鳴る音がした。
何を喋ればいいのかわからず、ゴモゴモしていると彼女が話しかけてきた。
「学生さんですか?」
彼女の動作一つ一つがかわいかった。
「そうよ!神代大学2年やでー」
できるかぎりの笑顔で答える。
「そーなんですね!同じ大学です!」
彼女の笑顔はピカ一だった。
なにかに圧倒されたように動けなくなってしまった。
指先の感覚はある。
ただ、今自分がどんな顔をしているのか、全くわからなくなった。
「今年入学?」
「そうですよ。バカでも推薦で入れました。」
そんな会話をしながらタイミングを探る。
「連絡先教えてもらってもいいですか?」
その一言をいう勇気がどうしてもでなかった。
「連絡先教えてもらってもいいですか?」
かなみの口からその言葉が発せられた。
零也にとってそれは願ってもいないことだった。
正直、今は交換までできなくてもあとで履歴書から電話番号を確認して連絡しようと思っていたが。
思わずほほが緩む。
「いいよ!」
二人は連絡先を交換した。
二人は頻繁に連絡を取り合いお互いのことを知りあった。
彼女には彼氏がいること。
彼氏と上手くいかないことが多いこと。
彼女のバカさ。
あっという間にかなみに惹かれていった。
ただ、彼女をひたすら知りたいという気持ちが湧き出てきた。
一つ一つのメッセージのやり取りが胸を高鳴らせ、ドキドキを止めることができなかった。
一方でその頃、優との関係は破綻していた。
プルルルルルプルルルルル
「はい、もしもし」
「もしもし、俺やけど………。」
そうして5年近くの付き合いに別れを告げた。
△△△△△△△△△
小汚ない部屋のなか、ベッドの上で横になっている男がいる。
エアコンからは冷たい空気がガンガン出ている。
男は携帯をずっと眺めている。
顔には笑みが溢れており、端から見ると少し奇妙だ。
『先輩、好きだよ』
(かわいいなぁ…………)
零也はゴロゴロとベッドを転げ回っている。
とにかくうきうきして、そわそわして、狭い部屋のなかを歩いたりする。
しばらして、やることもないのでゲームをする。
ただ、どうしようもなく彼女のことが頭から離れない。
プルルルルルプルルルルル
「はい、もしもし」
「もしもし、俺やけど………。」
ゲームをしながら電話して、無言になったりしたときも、繋がっていることが嬉しかった。
△△△△△△
「バイト行きたくないな……」
男が呟く。
8畳ほどの部屋に一人ベッドで呟いた。
男は仕方なくバイトのシフト表をスマホで確認する。
シフトが入っていないかもしれない、という僅かな希望に願って。
(お願いだから……シフト入っていませんように……)
男の願いが届くことはない。
無惨にもきっちりとシフトが入っている。
「はぁ………」
大きなため息が部屋中に立ち込める。
男は仕方なくスマホの画面を閉じようとする。
しかし、あることに気づいてしまった。
もう一度、シフト表を確認する。
しっかりと確認する。
名前の横には日付が書いてあり、いつ自分が入っているのかがわかる。
それだけでなく誰がいつ入っているのかもわかる。
長槻かなみのシフトを確認した。
自分の入る時間の前に彼女は入っていた。
(よし…………よし……よし!!)
男の目には輝きが戻っていた。
急いでシャワーを浴び、着替え、バイトへと赴く。
(会える!喋れる!)
男は純粋にただ、彼女と喋りたかった。
これがどんな感情なのか知らなかった。
ただ、声が聞きたくて、小走りで向かった。
「おつかれさまです!」
レジには彼女がいた。
バックヤードへ行きうきうきしながら着替える。
まだ自分の仕事の時間までは1時間ある。
ガチャ
バックヤードへ誰か入ってきた。
「おつかれさまです」
入ってきたのはかなみだった。
彼女はまるで大福のようなもちもちとした感じで優しさが溢れていた。
その時、零也は恋をした。
それは同時に、二人の女性を心から愛してしまうということにその時は気づいていなかった。
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