里の母君ぞうしろめたけれ記述
秌本単于
スクイズ、冒険者を投げる
ジェイは四人組を見据えたまま背後の城を指さした。
「お前ら、あいつ倒しに行くのか」
「そうだ。だからここをどいてくれないか」
リーダーと思しき青年が答えた。腰の剣に手をかけている。
「いや、相当に勇者だな」
ジェイは道の真ん中に立ったまま続けた。背後には山道の横幅いっぱいにスクイズが控えている。左側は崖だ。
「かの城主が首をば取らせまほしくおはすやうなり。あはれ、いと理不尽なる御えびす心かな」
スクイズは脚を竦めておびえて見せた。
「なにあのイカ、キモイ」
「役畜?みたいななんかじゃない?」
二人の女がこそこそと話している。魔法使いと僧侶だろう。スクイズには全て聞こえていた。
「我をば役畜とぞ呼び給ふ。役畜、役畜ぞ。さばかりあはれ知る我を」
スクイズは引きつった笑顔を浮かべながらぶつぶつと呟く。触腕の筋肉の隆起が傍目からわかる。吸盤がぽきぽきと音を立てる。
「どかないというなら、押し通らせてもらう」
拳法家とみられる女が言った。残りの三人がどうであれ、この女は相当な手練れだろう。雰囲気からそれがわかる。なぜこの三人とつるんでいるのだろうか。彼と同じく、金がないのだろうか。
「いや、どくよ」
ジェイはスクイズに摑まった。スクイズは二本の触腕で器用に山道にぶら下がり、大きくスイングして四人組の後ろに着地した。衝撃で山道にヒビが入った。
「しかしこっちも一人必要なんだ」
スクイズはジェイに目配せした。ジェイは応じた。
途端、スクイズは走り出した!二本の触腕を交互に叩きつけ、全速でパーティーを追いかける!その上でジェイは目晦ましを次々と放つ!フォスとアクラが混ざって、四人組のすぐ後ろで蒸発!応戦する暇もなく、四人組は全力で逃げる!
「そこなる女御殿、しばしおはしませ」
スクイズは魔法使いとみられる女をからめとった!すぐに残り三人に墨を吐きかけ、彼らのリーチ外まで跳んで逃れる!もう一つ上の切通に着地!手近の大岩を投げつけて残りの三人を戻ってこれなくする!
着地の衝撃でスクイズは手を放した。三角帽子の女は地面を転がり、杖を頼りに立ち上がる。打ち身をこしらえたのか、左わき腹を押さえている。帽子や服の埃も払わず、ジェイを睨みつける。
「何なのよ、あんた」
「『殿ばら』なり」
スクイズが訂正する。女は意味を分かっていない様子だ。
「申し訳ないが、お前の命をいただくことになった」
ジェイが宣告する。
「はあ?私は勇者様と一緒にあの極悪魔王を退治しなきゃいけないの」
「勇者っていうのは、何をするんだ」
「知らないの?あの城の悪い領主を退治して、みんなに感謝されるの」
「そうしたらどうする」
「王様になるの。私はお妃になって、勇者様に、みんなに愛されるの」
「は、かたくななる土百姓が」
スクイズが鼻で笑う。
「何このイカ。トノバラ?あんた何とかしなさいよ。さもないと、魔法撃つわよ」
「魔法って、どの魔法だ」
「はあ?魔法っていうのはでっかい火の玉しかないの。当たったらこんがり焼けちゃうわ」
身の振り方から見て、ろくな教育を受けず、魔法は辻説法師の口伝で覚えたひとつのみ。荒事にも慣れていない。貴族の子弟が見たら、偽魔法使いと称するだろう。しかしこういった者は、城襲いのグループに多い。そして、そのだいたいが逃亡農民の子だ。幼少期に教師を持たず、字も読めない。どれほどの生まれ持った才能があったとしても、そうして何の能力も身につけられずに結局は奴隷になる。そうなったらその子供も奴隷だ。こういった者は多い。パウエルら有能な教師は存在するが、教えるのは月謝を払うことが出来る貴族の子弟だけだ。こういった者たちを教える者はいない。
「俺はジェイだ。御大層なビジョンだが、こちらにも事情がある」
「はあ?」
「お前を殺すということだ」
「そんなことさせないわよ。私は合流して、勇者様のお妃になるの」
女は怒った様子だ。しかし、残りの三人はすでに追い付けないところにいるだろう。
女は懐から取り出した魔法石を杖にかざし、長い詠唱を始めた。あれで魔力を増幅するようだ。
「サンアンドレストゥストラ!」
大火球!女の姿を覆い隠し、山道沿いの木を焼き払うほどだ!人が走るほどの速さでジェイに向かってくる!
「マリンディ、ウィニペグ、メヒカリ」
ジェイは水をまとった雪球を投げつけ、ビームで火球に押し込んだ!押し込まれた雪は火球の中心で消滅し、水を大量に振りまいて勢力を削ぐ。属性相性だ!火球は散り散りに分裂、しかしいくつかはまだジェイに向かう!
「セロボリバル」
ジェイの右手から何筋かの稲妻が伝い出た。稲妻は自ら近くの小火球や石つぶてに向かい、ジェイとスクイズに向かうすべてを相殺した。
この魔法はパウエルに借りた魔導書で独学したものだ。パウエルによると、シウダーボリバルやセロボリバルといった派生魔法は今でも残っているが、おおもとの魔法は失伝したらしい。おかげで実用レベルになるまで1年かかった。
視界が晴れ、女は大火球を撃たれても平然としているジェイに目を見張った。火力に相当に自信があったらしい。息を切らしている。しかしすぐにもう一度火球を撃とうとして詠唱を始める。ジェイはその顔に水をぶっかける。
アクラは水を発射する魔法だ。術式は他と比べて簡単であり、だいたいの初学者がまず習う。その中のだいたいは、呪文を理解する前に完全に暗唱してしまう。術式理解が本質である魔法学習において暗唱は効率の悪いやり方だが、最初の魔法の暗唱は初学者誰もが通る道だ。そうして初学者は魔法のコツを体得する。ジェイもその一人であり、そのためアクラだけは黙って撃てる。
水を飲んでしまって、女はむせている。スクイズは女を締め上げ、昏倒させた。そしてそっと地に下ろした。
天守が落下するのが見えた。少し遅れて、石の砕ける音がした。「勇者」はもう一組いたのだろうか。
「あなや、禄も賜はで大殿籠らせ給ひにけるよ」
スクイズは女の所持品をあさりながら、皮肉めいて射干玉の目を細めた。ジェイも全く同感であった。
旅費はもう尽きている。報酬がなければ、自分で補填しなければならない。スクイズは触腕で器用に魔法石をからめとり、女を足蹴にした。女は吹き飛んだ。
「エーア」
ジェイは風で軌道を調整し、岸近くに落ちるようにした。この辺りの海はあまり深くなく、暖流も通っている。落ちても、おそらく死にはしないだろう。彼らの本業は貿易、特に魔導書の密貿易だ。城主に依頼されているといっても、人を殺す理屈はない。それに、依頼者はいま破滅した。
西日が山道を真横から照らしている。沈んでいっているのが見ていてもわかる。魔法石はいくらになるか。
「さて」
街に戻る道中、ジェイはスクイズの背中の上だ。
「次の行商なんだが」
「冬に商ひわたるはあやなし。旅路はいみじかるべし」
スクイズは即答した。まだ晩夏だ。スクイズの足であれば、もう一度くらいは行商できる。それは彼もわかっている。ジェイは黙って、スクイズを待った。スクイズは足を止めた。えんぺらがしおれて、目のあたりに影を作っている。
「里の母上ぞうしろめたけれ」
スクイズは静かに言った。彼の母親はもう老齢で、去年の暮には体を悪くしていた。冬が来るまでに古里に帰りたいのだろう。彼のパワーや移動速度は密貿易に欠かせないものであったが、無理に連れていくことはできない。今年の交易も、そろそろ終わりが近い。
里の母君ぞうしろめたけれ記述 秌本単于 @zenuakimoto
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