明日会えなくなる日

通行人B

明日会えなくなるなる日

「例えば明日に何が起こるか分かるとしたら何が知りたい?」


 コンビニの入り口でアイスを囓る君はそう言った。


「何で明日限定なの?普通こう言う場合は一つだけ願い事が叶うのならとか、無人島に一つだけ持ってくとしたらとかそういうのじゃない?」


「そういうのはきりがないし、何よりありきたりすぎるだろ?それならもっと身近で当たりそうなのが良いんだよ」


 確かに。なんて思う当たりその質問には意味など無かった。七つのボールの物語だって神様にお願いするフィクションで後半殆どボールが出てこないし、無人島に一つだけ持っていく前に辿り着いた際何を持って入れるかの方が正しい気もする。


「じゃあ話を振った以上、なんかあるの?」


 いくらあり得そうな未来を想像するとは言ってもやはり私には咄嗟に思いつかない。ならば質問してきた以上、何かしら自分の願望があったに違いない。


「俺は……あっ」


「どうしたの?」


「ハズレた」


 手に持っているアイスの棒の先端には何の文字も書いてはいない。……要は当たりくじ入りのアイスでハズレを引いたという事だ。

 妙に悔しがっている君を横目に自分のアイスを囓ると先端の方に当たりと文字が書かれており、更に食べ進むともう一本貰えるなんて書いてあった。


「……俺、明日の事が分かっていたのならお前の取っていたアイスを選んで当たりを引いていたな」


「ちっちゃ」


「うるせぇ!なんか悔しいじゃんかよ!」


「はいはい。それで?アイスの他に本当に考えてた事って何なの?」


「……あっ」


「私、アイス貰ってくるからそれまでに思い出しといてね?」


 君のハズレ棒を奪い取り再び私はコンビニ店内に戻り、ゴミを捨てると同時にケースからアイスを一つ抜き取る。

 窓の外では陽炎が揺らぎ、未だに頭を抱えて思い出そうとしている君をあざ笑っているかの様にも見えた。

 店員さんにアイスの当たり棒を渡して代わりのアイスを持ったまま外に出るとやはり君は頭を抱えていた。


「どう?思い出せた?」


「いや、全然思い出せない」


 隣に座りなおすと手元の袋からアイスを取り出しては一口囓る。


「……腹壊すぞ?」


「勝者の余裕」


「ッチ」


 考えるのをやめたのか頭を上げては眼前の揺らぎに二人で目を向ける。数メートル先の道路では似たような車が度々通り過ぎ、時折全開の窓から私の知らない楽曲が一瞬だけ流れた。


「なぁ……俺は思い出せなかったけどさ。お前は何か思いついた?」


 まだ続くのかその話は。半ばすっかり忘れていたため頭を捻るように空を見上げる。雲は疎らに漂い、雲がかかってない空の青は手に持っているソーダ味のアイスより綺麗な色をしていた。


「……私さ。きっと明日も今日と変わらないと思うんだ」


「と言いますと?」


「明日もこんな天気で、二人で何となく集まっては暑いねってボヤいて、少ないお小遣いと知りながらもアイスの誘惑に負けて、こうして食べながら明日の事を考えてさ」


 もしかしたら明日は少し涼しくてアイスを食べないかもしれない。

 もしかしたら急に公園で遊びたくなるかもしれない。

 もしかしたら君が唐突にプールに行きたいと言い出すかもしれない。

 もしかしたら……。


 多少の誤差はあれど私と君はもしかしたら今日と変わらない一日を過ごすのかもしれない。もし過ごさなくても、少なくとも明日も晴れて同じ空を見上げているような気はした。


「……まぁそうだな。うん。……このままお互い変わらないまま生きていくのかな?」


「さあね。そんなの明日にならなきゃ分かんないよ」


「確かに。……なぁアイス一口くれよ」


 私は無言のまま食べかけのアイスを君に差し出した。上部全てに噛み痕があり、そのうちの左側の角に君は口をつけた。


「間接キスしたね?」


「そんなんで照れるほど俺はお前の事をそういう目で見てねぇよ」


「それは女として傷つくな」


 それから私達はちょっと口喧嘩したり、その事を忘れて笑いながら次にどこ行くか話し合って、二人で競争だって笑って走り出して。最後に決まっていつものお別れを口にする。


「また明日」








「……よう」


「……うん」


 仕事の休憩中、近くのコンビニで君に会った。実に何年ぶりかの再会であるというのに、頭の中は午後の不要な会議の事でいっぱいだった。


「隣、良いか?」


「いいよ」


 私に一言そう言うと君は煙草のゴミ箱を挟むように立っては一本口に咥えて火を灯す。

 彼の手には店内で買ったのかおにぎりやサンドイッチ、缶珈琲にアイスと随分と豪勢な面子が詰まっていた。


「お前、変わったな?」


「そう?」


「あぁ」


「そう言うそっちも変わったよ」


「……お互い変わったな」


 君は疲れた顔をしたまま煙草の火を消すと袋からアイスを取り出してむしゃむしゃと頬張りだす。昔の君はだったニ、三口で頭を抑えていたのに気がつけばもう半分も食べていた。


「それ、一口貰える?」


「自分で買えよ」


「一口でいいの」


「間接キスになるぞ?」


「そんなの気にしないし」


 君からアイスを受け取り角を一口噛んだ。食べた量は舐めた程度と大して変わらず、昔みたいに大口開けて食べる事もなく君にアイスを返した。


「あっついな」


「……明日も晴れるって」


「勘弁してほしいな。……って、当たった」


「おめでと」


 そう言うと君はアイスの当たり棒を店内に持って行かずに外に備え付けられたゴミ箱の中に放り捨てた。


「交換しないの?」


「……そんな歳じゃないだろう」


 君は何の未練もない様に今度は缶珈琲を取り出しては一気に飲み干してしまう。


「わりぃ。俺、戻って仕事しなきゃいけないんだ」


「大丈夫。私もこの後会議」


「お互い様か。……また今度酒でも飲みに行こうぜ?」


「うん。構わないよ」


「約束だぞ?じゃあな!」


 君は私に背を向けて走り出す。昔と変わった大きな背中。ひょろひょろしてて情けない姿はもう見えない。時間に追われる様に走りながらも携帯を耳に当てては信号に捕まる。

 私は煙草を捨てると携帯の履歴を確認してから逆の方向に歩き始める。


「……私、貴方の連絡先なんて知らないよ」


 明日会えるかどうかも予想できない変わり果てた世界。空を見上げると雲は疎らに漂い、雲がかかってない空の青は先程口にしたソーダ味のアイスと同じ色をしており、私は視線を下げた。

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