第7話 彼女の悲劇
メタモルフォーゼ・7・彼女の悲劇
これでいいのか?……心の中で声がした。
進二の声だ。でも体が動かない。金縛りというやつだろう。
美優の体になって三日目の夜。なかなか寝付けずにいると、こうなってしまった。
――よくわからない。あたしが、進二の双子のカタワレなのか、受売命(ウズメノミコト)のご意志か、とんでもない突然変異なのか……思い詰めるとパニック……にはならないか。あたしって、なんだか、とても天然なんだ。進二は、いまどこにいるの?――
応えはなかった。
乖離性同一性障害だとしたら、あたしがいるうちは、出てこられない。金縛りとは言え、出てくるようなら、まだ完全には乖離(多重人格)しきっていないということだろうか。
よく分からないけど、こうなったのには意味があるような気がする。それが分かって解決するまでは、これでいいじゃん……で、ようやく眠りに落ちた。
翌朝学校へ行くと、なんだか、みんなの様子がおかしい。男子も女子も、なんだか「気の毒そう」と「関わりにならないでおこう」という両方の空気。
「ちょっと、ミユちゃん!」
来たばかりのミキちゃんが、お仲間二人と教室にも入らないで、あたしを呼んでいる。
「おはよう、なあに?」
「ちょっとこっち」
人気のない階段の上まで連れて行かれた。
「ちょっと、これ見て」
スマホの動画を見せてくれた。
「あー、ヤダー!」
そこには『彼女の悲劇』というタイトルで、昨日の体育の授業の終わりにハーパンが脱げたところが、前後二十秒分ほど流れていた。
「これって、セクハラよ!」
「肖像権の侵害!」
「ネット暴力よ!」
もうアクセスが千件を超えている。さすがの天然ミユの自分も怒りで顔が赤くなる。
一時間目は生指に呼ばれた。むろん被害者として。
「渡辺、心当たりは?」
生指部長の久保田先生が聞いた。
「分かりません」
「渡辺さん、これは犯罪だわ。警察に被害届出そう!」
同席した宇賀先生が真剣に言ってくれた。
「でも、これ撮ったのうちの生徒ですよ。誰だか分かんないけど」
「そんなこといいのよ、毅然と対処しなくっちゃ」
「は、はい……」
「まずは、画像の削除要請。さっき学校からもしたんだけど、確認のため向こうから電話してもらうことになってる。それに本人からの要請も欲しいそうなんだ」
まるで、それを待っていたかのように電話があった。先生とあたしが、説明とお願いをして、削除してもらうことになった。そして警察の依頼があれば投稿者を特定し、法的措置がとられることになった。
あの時間、あのアングルで撮影できるのは、いっしょに体育の授業をやっていた、うちのA組かB組の男子だ。女子より数分早く授業が終わっていたことはみんなが知っている。ポンコツ体育館はドアがきちんと閉まらない。換気のために開けられたままの窓もある。携帯やスマホで簡単に撮れる。
警察の調べは早かった。
午後には隣町のネットカフェから投稿されたことが分かり、防犯カメラが調べられた。
しかし犯人は、帽子とマスクをしてフリースを着ているので特徴が分からない。昼休みには、所轄の刑事さんが防犯ビデオのコピーを持ってきて、生指の先生やウッスン先生といっしょに見た。
直感で、うちの生徒じゃないと思った。こんなイカツイ奴は、うちにも隣のB組にもいない。
でも、言うわけにはいかない。あたしは一昨日転校してきたばかりの、渡辺美優なんだから。さすがにウッスンも「こういう体格の生徒はうちにはいません。ねえ土居先生」 で、隣の担任も大きく頷いていた。ところが、刑事さんは逆に自信を持ったようだ。
「分かりました、予想はしていました。さっそく手を打ちましょう」
元気に覆面パトで帰っていった。
六限の半分は全校集会になった。みんな予想していたので淡々と体育館に集まった。あたしは出なくて良いと言われたけど、どうせあとで注目の的になるのは分かっていた。なんせ、削除されるまでにアクセスは三千を超えていた。集会に出ている生徒の半分は、あの動画を見ている。なんせ、最後は顔がアップになっていたのだから。
顔がアップ……あたしはひっかかった。Hなイタズラ目的ならアップにするところが違う。だいいち、あそこでハーパンが落ちたのは事故だ。なにか見落としている……。
クラスのみんなは気を遣ってくれた。ミキちゃんたちは、なにくれと他の話題で気をそらそうとしてくれたし、ウッスンまでも「早退するか?」と言ってくれた。
放課後になると頭が切り替わった。コンクールまで二週間だ。稽古に励まなくっちゃ!
部室に行くと、一年の杉村が、もう来ていた。
「早いね、杉村君!」
「先輩、見てください。一応必要な衣装と小道具揃えておきました」
「え……どうして?」
「昨日台本をダウンロードしたんです!」
「ハハ『ダウンロード』をダウンロードか。座布団一枚!」
「ハハ、どうもです」
「でも、台本はともかく、衣装と小道具は?」
「オヤジが映画会社に勤めてるんで、部下の人がさっき届けてくれたんです。道具は、一応ラフだけど描いてきました」
それは、もう素人離れしていた。衣装の下のミセパンやタンクトップまで揃っていた。
人間いろいろ……死んだ祖父ちゃんが歌っていた歌を思い出した。
つづく
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