ステージ28 魔物を通り越した存在

「アーハッハッハッハ!新次郎、見なさい!あなたを惑わしあの世へと送り込んだ悪の存在がまたひとつ消えたわよ!」

「何を言ってるんですか!」

「大丈夫よ、あなたはそこで見ていればいいの。二度とあなたのような存在を出さないためにお母さんが悪い奴はぜーんぶやっつけてあげるから」





 ディッシュマンズを発売した出版社に続き、アニメを制作したスタジオをも玖子は潰した。血臭の漂わない空間で、玖子はテンションを上げたり下げたりしながら破壊活動に勤しんでいた。


「そんな存在をどこで調べたんです」

「ずーっと前からよ、許される物ならばあなたの仇討ちをするためにね。もちろん叶う事のない夢だったけれどこうして許されてみると本当に素晴らしいわよね」


 決行すれば全てを失うのが分かっているからしなかっただけで、ずっとその欲望が玖子の中で渦巻いていた。連載終了のニュースを聞いた時は内心でガッツポーズもした。それから時が経ちゆっくりと憎しみも消えて行ったはずだった。

 だが新次郎が仕事をやめ、バイトもやめニートにまで落ちぶれ、しまいには入水自殺したと聞かされるにつれ憎しみが蘇り雪だるま式に膨れ上がった。何もかも、あの時のせいだ。あの時までは順調に育っていたはずの息子が、あれの出現と共におかしくなってしまった。ぶり返した憎悪は本格的に凝り固まり、いよいよ誰にも崩せないレベルにまで達していた。総司があの時ディッシュマンズの名前を口に出したのは、さすがにもういいかげん分かってくれているだろうと言う期待を込めての物だった。だがその期待もまた、玖子の心を侵していた憎悪の壁を打ち破る事はできなかった。


「たったそれだけのために、何千何万の人間を……!!」

「わかったでしょ、こんな事になったのもあなたのせいよ?ちょうど十六歳ぐらいに戻ったようだし、四十三歳で産んだ事にすればまだつじつまは合うわよ。わかったらおとなしく言う事を聞けばいいの」

「無茶苦茶だ!」

「聞かないようなら、次は総司の劇場を叩き壊すわよ? また何人が死ぬのかしら、あなたがつまらないごっこ遊びをやめないせいでね」

「無責任な!」

「もういいわ!!これ以上あなたを生かしても何にもならない事がよくわかったわ!!せめて親に殺されたかわいそうな子どもにしてあげるから、おとなしくその首を渡しなさい!!」


 あまりにも程度の低い親子喧嘩を、あまりにも程度の高い力で行っている。ハーウィンがため息を吐きながらジャンの動きをサポートし、サキュバスがその攻撃を先読みして双剣や魔力の弾で攻撃する。そしてそれと共に多くの建物が潰れる。もしそこに人がいたら、一体何人が死んでいただろうか。被害総額は何十何億円単位では済むまい。






 ※※※※※※※※※※※※※※※※






「信じられませんね」

「ああ、だが事実だ」

「程度が低いとは思っていましたがここまでとは……想像もしていませんでしたよ」

「弟に勝つ事しか考えていなかったんだな」

「ええ」


 勝負師の習性として、相手を高く見過ぎると言うのがある。強いと思って挑んだ敵が弱かった場合にはああそうで終わりだが、弱かったと思った敵が強かった場合は大問題である。だからアフシールJr.も、相手が弱かった場合の事は考えなかった。父親を倒したジャンを最大限の強さと読み、集められる限りの最大限かつ最強の魂をかき集めた。妖精たちに気付かれていなければもう少しとか言うのは繰り言であり、いずれジャンがやって来るか半ば強制的に引きずり込まれるかしていただろう。ジャンならばそこまでやるかもしれない、その時はその時だと思っていた。


 実際、ジャンは強かった。アフシールを倒した時の力に衰えはなく、圧倒的な剣術でアフシールJr.が集めた魂を入れられた魔物たちを次々となぎ倒し自分に絶望を与えた。だからこそジャンを倒すためにあそこまでの事をした、魂の交換以上に活力を持った魂を手に入れる方法としてあの最後の手段を行使した。

 しかしそのジャンを倒すために利用した魂、伊佐玖子と言う人間はあまりにも程度が低すぎた。程度が低すぎるゆえに兵器としては最高になったのかもしれない、しかしその低さゆえに彼女はまったく予想も制御も出来ない代物になってしまった。


「お前が普通に戦って勝った場合、犠牲者は何人だ?」

「先生の弟とあの三人の妖精、それから僕が魂を得るために殺したヤクザとやらに死刑囚などです。それから他にもかき集めたのやディアル大陸から持って来たそれを含めておよそ1000ですかね」

「弟が勝てば、まあお前が出した犠牲者は変わらないからほぼ同じか。だが彼女は違う」


 まったく自分とジャンの戦いに関係のない建物を、壊しまくっている。もしそこに人間がいたら、相当な数の犠牲者を産んでいただろう。ジャンはそこに人間がいる事を口の上では知らない事になっているが、間違いなく気付いている。二年も戦いの中で生き、血臭に慣れ切ったはずの人間がそれに気づけないはずがない。いや、いくら血臭とはまったく無縁の存在のはずの玖子とてここまで町や建物が破壊されながら人々の悲鳴やうめき声が聞こえないとあらばさすがに気が付くだろう。一応ジャンに倒されたり傷を負わされたりした魔物のうめき声や悲鳴はあったが、量が違いすぎる。


「先生はお前を信用してるんだぞ?生徒として。龍二、お前は相手の意見に耳を貸さず、自分の意見は絶対正しいとゴリ押しをするような存在を部下に欲しいか?」

「その意見の中身を聞かない事には」

「…………やっぱりお前は、王子様だな。優秀な意見であれば取り入れようとする懐の広い王子様だ。だが、それではダメだな」

「なぜです」

「そういう存在は発展性がない。自分の意見が絶対不変の真理だから他者の意見を受け付けない、そんな存在は確実に好かれない。そんな存在を上に置く害は利益より大きい」

「でも……僕はあくまでも先生の弟を」

「だから、うちの弟を殺した後どうするんだ?その先の答えもない奴には無理だ。ディアル大陸とか言ったか?そこを支配しようとする気か?少なくともあのサキュバスを倒さない事にはな」

「それでは僕は!」


 自分の頭の中の真っ白な絶対不変の真理にすがり、それを汚したり壊したりする者をすべて敵扱いする。真っ黒な相手だけではなく、ほんの少し灰色がかっているだけで黒と見なし白く染めようとする。その行為がもし金のためならば、必要な量を手に入れた所で終わるだろう。程度をわきまえ、正確な仕事をしようとするだろう。金をくれるのはしょせん他人であり、その他人から仕事が粗雑であると見なされれば金を得る事などできなくなるからだ。

 でもその根元にあるのが自分の中の正義感だとすると、それを満たし切るまでは終わらなくなる。何せ対外的な評価など関係ないのだ、いくら酷評されようとも問題などない。むしろ、自分の素晴らしい絶対不変の真理を理解しないような凡人とは違う英雄になれる。後でほら見ろ自分は正しかったじゃないかと言う事も出来る。孤立無援の中でも信条を崩さなかった美しい存在でいられる。そんな存在を力を与えたままこれ以上放置していていいのか。伊佐雄太は教師として、「不破龍二」に教えた。


「今のサキュバスにとってはお前も敵だ、取り除くべき害悪だ」

「ふーん」

「いや、断言してやろう。ディアル大陸と言う存在そのものが敵だ」

「ええ!?」


 そこまで言われてもなおまだ渋るアフシールJr.に、雄太はさらに畳みかけた。自分が呼び出した魔物が攻撃をかけたから自分が敵とされるのはわからないでもなかったのだが、まさか地球人からしてみればまったく関係なかったはずのディアル大陸の存在そのものを敵として見ているとは思わなかった。


「彼女にとってはお前もまた、新次郎を甘やかす害悪なんだよ」

「僕は彼を殺そうとしているんですよ!」

「新次郎を英雄として祭り上げさせる道具、ただの舞台装置扱い、ままごとの相手。それが彼女の考えるそれの全てだろう。お前の力、先生一人なら楽に殺せる力ってのをまったく理解していない。それなら本当に新次郎を殺せるはずなのにとさえ思っている。八百長をやっていると信じ込んでいると言ってもいいだろう」

「八百長……!!」


 自分なりの全力での戦いを評して、八百長。魔王の息子として地球で数多の魂を狩り取って来た存在を、ままごとの相手。違う世界に引きずり込むような力を持つと言うのに、舞台装置。確かにまったくその存在を関知されず、かつほぼ眠ったままこの世界に連れ込んだ以上認識がないのは仕方がないが、仮にも魔王の息子として真剣に振る舞って来た身としては、八百長と言う言葉はショックなどと言う安い言葉では表し切れない必殺の一撃だった。その一撃はこれまでのジャンのどんな攻撃よりもアフシールJr.の精神に打撃を与え、アフシールJr.はまるで腑抜けのようになりながらゆっくりと落下し浅野治郎の表札のすぐそばに墜落した。


「違う、僕はジャンを倒し…………」

「無理だっつーの!」

「勇者の弟……」


 かろうじて肉体を支えていたのは、ジャンを倒すと言う目的だけだった。人間にも劣るような足でジャンの下へ向かおうとするアフシールJr.の下に次に飛び込んで来たのは、総司の声だった。


「お前は魔物たちの長だろう!」

「うるさい……」

「謀叛人一人取り締まれねえような奴に誰が付いて行くかよ!親父さんも嘆いてるぞ!」

「親父…………」

「とにかく今お前がすべき事は謀叛人を討伐する事だよ!」

「でも……」

「でもじゃねえよこの泣き虫坊や!」

「ジャンには負けたく……ない……」

「兄貴はきちんと戦ってるじゃねえか!お前はこんな所で駄々をこねてるだけか、その時点でもう大差が付いてるんだぞ!」

「だって、ジャンと相討」

「いい加減にしろ!!そんなんだから八百長だって言われるんだよ!全力を出して戦って負けるのはしょうがねえけど、八百長呼ばわりされて悔しくねえのか!!」


 アフシールJr.は、泣いていた。いつの間にか、頬を濡らしていた。悔し涙のはずだ、ジャンに勝てない悔し涙のはずだ。そう必死に思おうとした。サキュバスとジャンが相討ちになってくれると言う期待から逃げられなかった。足はノロノロと動き、羽はだらしなく下がっている。下手なコスプレイヤーの方が、まだましな所作だった。


「許…………さな……い……」

「許してくれなんて言わねえよ、許せねえのはこっちなんだからな!兄貴をこれ以上貶めるのも大概にしやがれっつーんだよ!その遠くまで見えるはずの目ん玉ひんむいて、よーく見やがれ兄貴の戦いを!!」


 ついに立ち止まって座り込み、泣いてしまった魔王の息子に総司は更に迫る。自力で叶わない相手に策略を使うのはまだ良い、だがその策に縋り切って自分で何もしない状態でおこぼれをもらう事に執着するのはただただみっともないだけ。どの芝居で覚えたのか本人すらわからない口上でタンカを切った総司の言葉に釣られるかのように、アフシールJr.は目をジャンのいるはずの方へと向けた。













 ジャンは懸命に戦っている。中の魂が親だとわかっていながら。

 インキュバスの姿が見えた。廃墟と化したビルの柱の傍でじっと両手を合わせながら目を閉じている。何らかの力を使っているのだろう。

 妖精たちもジャンを支援している。みなこの絶望的にも思える戦いに身を投じている。

 勝ったとしても、確実に痛みの残る戦いに。

 僕は何だ?

 魔王じゃないのか?

 それなのにこの戦いからひとり逃げている。戦える力があるはずなのに。

 何が魔王だ!

 これほどまでの存在を目の前にして逃げるような奴が魔王な訳があるか!

 いや、魔王ならばそこにいる。




「この力を使って、全ての世界を理想に染めてあげる!第二第三のあなたを作らないためにもね!」


 ここがトライフィールドと言う無人の世界である事を彼女は理解しているのだろうか。おそらくしているだろう、でなければなどとは言わないから。もし彼女が自分や妖精たちのように、次元を跨げる力を持っていたら――――――――








「……全軍、あの裏切り者を討て!!」


 ついに、アフシールJr.は決断した。魔王の息子として、全ての世界を破滅させ得る力を持った存在の討伐を。

(先生、八百長などではない事を示して差し上げますよ。勇者の兄でも間違う事はあるんだなって事を、まあおわかりでしょうけれど改めて思い知ってください)

 気力を取り戻したアフシールJr.は背中の羽をはためかせ、涙の跡が残る顔に勇ましい牙をのぞかせ不敵な笑みを浮かべた。

(わかりますよ先生!あれはもはや魔物などではなくて化け物、ケダモノですよ)

 ディッシュマンズと言う存在の人気からすれば、ありとあらゆる所に広まったそのウィルスを徹底的に駆除するために玖子は動くだろう。その際の犠牲が家屋一軒とビル二つなどで済まない事は明白だ。焚書坑儒以外の何でもないやり方を取る事をためらわない、正義と言う無限の食欲に憑依されたケダモノ。そのケダモノを排除すべく、魔王の息子は改めて立ち上がった。

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