勇者vs魔王、第二回戦は現世界で。

@wizard-T

現世界の魔王と妖精

ステージ0 悲しくない一周忌

 場所、ただの民家の居間。出席者、家族のみ。


 一周忌法要———————などという大げさな言葉で表現されるには、あまりにも質量ともに貧相な空間だった。


「突如倒れて亡くなった男性のツイッターには以下のような書き込みがなされており……」

「ったく忙しすぎたみたいね、でもまたなぜこんな事にならなければいけないのかしら、かわいそうな、あっこら!」

「何があっこらだよ!」


 そして何より、遺族にその気がなかった。故人を悼む気持ちなどないのだと言わんばかりにニュース番組ばかりに目を向かせ、ニュース番組の中の被害者ばかりに哀悼の意を捧げている。その行いに対し別の遺族が怒ってテレビのスイッチを切ったのは至極当然だろう。


「だいたい何しに来たのよ」

「何だよその言いぐさは」

「総司、あなた一体この1年間で何本のドラマに出たの」

「おふくろは俺が舞台俳優だって事を知ってて言ってるのか?」

「言ってるわよ!」


 親子二人がほぼ二人っきりの空間で、取っ組み合いのケンカになりそうな声でもめ合っている。二人とも自分たちを睥睨する一人の男の目線などまったく目に入っていない。


「まったく、何をどうしたらこんな弱虫に育ったんだか……」

「おふくろは兄さんを道具としか思わなかったんだろ。その結果だよ、かわいそうな兄さんだよ」


 かわいそうな兄さん。その言葉を聞くのさえ、伊佐玖子には苦痛だった。決して出来の悪くないはずの、いや出来が一番いいはずだった次男の一周忌の日。玖子の頭の中には次男・新次郎への憤りばかりが渦巻いていた。

 ちょうど三歳違いの三人の息子。長男の雄太は高校教師として、現在は所帯を持ち二人の孫ももうけている。三男の総司は家を飛び出し、舞台俳優として勤しんでいるが名は上がっていない。それでも、自分一己で身を立てている事は立派である。そう言わなければならないのが、玖子には辛かった。かつて兄弟三人で仲良くプレイしたRPGのカートリッジが差し込まれたままのゲーム機は、今や物置と化した子供部屋に埃をかぶったまま転がっている。


「おじちゃーん」

「ああ祐樹と有紀」

「おばあちゃんかおがこわいよ」

「こらこら有紀」


 本来なら和めるはずの、孫二人の元気な声。今の玖子には、それさえも苦痛だった。故人を嫌っていなかったはずの二人の存在が、ただただうっとおしくて仕方がなかった。







 どのあたりで故人・伊佐新次郎の人生は、狂ったのだろうか。中学校まではまったく順調だったはずだ。それが高校でいじめに遭い、何とか卒業はした物のやる気を失い受験すらせずに一浪。それでもやる気を取り戻し学力相応の大学に合格でき一応就職もしたがわずか3年で離職し、それきりフリーター生活。最後の二年間にはそれすらもしなくなり、ちょうど1年前のきょう、八月八日に入水自殺。十年前、成人式の時に取った時の写真が遺影になっている。それきりほとんど人生が更新されていない事を示す、痛々しい遺影だった。


「お前もつらかったろうね」

「兄さんはいい顔をしてたよ。だから別につらくはなかったけど」


 玖子と総司の仲がこじれたのは、ある意味で新次郎のせいである。最後の二年間はほとんど何もせず総司の家で主夫の真似事をしていた新次郎。その時の新次郎のお陰でおざなりになっていた食生活や家事もずいぶん楽になったと言う理由で、総司はこの兄をけっして追い出そうとしなかった。


「いつまで経っても三文芝居ばっかり」

「俺が十年間何も変わってないと思ってるのかよ。おふくろって本当雄太兄さんとはえらい違いだよな」


 遺体すら出ない中で行われた葬式の中でのこの会話が火を点け、親子の仲を爆発させた。それっきり玖子は一度も総司に声をかけていなかったし、総司もまた新次郎の遺影だけを持っていたきり何もしていなかった。


「母さんは昔から家事が下手だったよね。そのくせ俺がやろうとすると」

「洗濯はうまかったでしょ!」

「それだけはね」

「お義母さん……」

「久美さん、あなたのような娘がいれば…………あーあ!」


 長男の嫁の久美の言葉にも、玖子の機嫌は収まらない。久美が雄太と結婚した時はまだ新次郎は真っ当な大学生であり、双子を産んだ時も普通のサラリーマンだった。その後のいきさつはわかってはいるが、けっしてそこまで憎むよう存在ではなかったはずだ。


「まあ、お義母さんがそうおっしゃるのであれば……」

「雄太も雄太よね、子どもの頃はともかくここ数年はただただ甘くて。定年退職しかけの父親に頼るってどんな面の皮かしら」

「自分の事じゃないですから。と言うか、まさかと思いますけどお義母さんは今日こんなに集まっている理由をご存知ないのですか」

「いったい何の話?何のために集まってるのか私はよくわからないんだけど」


 いつもの事だった。夫の泰次郎でさえも、これ以上の返答を引き出すことはできない。故人の死と向き合い、冥福を祈り、それを乗り越えて新しい人生を歩むのが一周忌であるはずなのにだ。


「それで、家政婦をお雇いになるって話は本当ですか」

「そうよ。北本菊枝ちゃんって言う子なんだけどね、一目見ただけでああいう子が娘ならって思わせてくれるような子でね。いつもニコニコ笑顔を絶やさない感じで」


 就業中はなるべく前向きな話を、クビになってからは悪口を。この義母の話の大半は自分の夫である雄太でも義父である泰次郎でもなく、新次郎だった。そして死んでからは、もうまったく何も語ろうとしない。


「お義父さんはどうなんです」

「あと六年間でしょ、出来る事なら社長まで行ってほしいなって。最後の最後まで燃え尽きて欲しいのよ」

「お義父さんにもおっしゃってないんですか」

「言ってるわよ、一人ぐらいいいじゃないの」


 常務取締役にまで出世した夫。もう五十代後半、いやまだ五十代。最後の最後に社長と言う座が転がり込んで来ないかと言う期待を、玖子は抱いていた。そしてその彼女の栄光の道には、新次郎と言う存在がただただ邪魔であった。

 一周忌と言う故人を偲ぶべき場を設けようともせず、ただただ故人を「亡い人」ではなく「無い人」扱いする。その一周忌の主催者である総司と言う実子がここまでないがしろにされている現実を見るにつけ、久美は玖子と言う人間が新次郎と言う存在に抱いていた期待と、それに対する裏切られたと言う怒りの深さを感じずにいられなかった。義父の泰次郎さえ逆らえないほどの玖子の気迫に、久美は飲み込まれていた。


「おじちゃん」

「おばあちゃんと遊びましょ」

「なんでー」

「いいからいいから、ほらお母さんだって」


 基本的には鬼姑ではないはずの玖子がこの時だけは別人だと言う事を分かりつくしていた久美は、つい頭を下げた。




「もしもし。えっ何ですか? 転校生!? ああはいわかりました」

「あなた」

「転校生だってよ。二学期から来るそうだ」


 そんな淀んだ空気の中、雄太のスマホに思わぬ報告が入った。二学期から転校生がやって来ると言うのだ。


「名前は……不破龍二。破れないにドラゴンに二つで」

「五部先生から? あの人も教育熱心よね」

「仕事熱心とも言いますけど」


 かつて新次郎が生徒として籍を置き、現在は教師である雄太が籍を置く学校の教師である五部。彼の事を雄太はただの上司として捉え、玖子はずっと慕い続け、総司は嫌悪していた。


「ああもしもし、えっまたですか!」

「あなた何ですか」

「取引先の子会社の新社長が突然死したそうだ、確かあそこってブラック企業で有名だったな、それで前の社長が突然路上で倒れ込んで死んでから経営改善と人材の募集をかけていたはずなんだが」

「改善されてなかったんでしょうか」

「さあ、とにかくうちの会社も最近あわてて中途採用を増やし既存社員の待遇改善に努めている状態だよ。何せ死にたくないからな」

「確かにその通りですね。幻覚を見たって話もありますし」

「まったく、油断ならない話だな」

 そして今度は泰次郎のスマホが鳴り、取引先の子会社の社長が心臓麻痺で死んだ旨を告げるメールが飛び込んで来た。不肖きわまる息子の死よりずっと、玖子にはそっちの方が大事だった。

 最近、まるで狙ったかのようにあちこちで起こる企業重役たちの死。そして不思議な幻覚の発生。その姿を見た者は半数ほどが我が身を振り返り善行に走り、残る半数が第二弾第三弾の幻覚を見せられたり幻聴を聞かされたりする。そしてそれを繰り返すうちに彼らは目を覚ますか、それとも死ぬかのどちらかになる。この二ヶ月足らずで、そんな事件が何十件と起きていた。


「業界じゃ大騒ぎだよ、そのターゲットがことごとくブラック企業の、取り分けその戦犯的存在の管理職だって」

「安っぽい正義の味方ごっこですね」


 ブラック企業だったから殺される、だから保身のために待遇を改善する。そんな情けない理由であっても多数の従業員のためならば構わない。おそらくやっている何者かはその自分の中の正義感に酔い痴れているのだろう。おそらく単独犯ではないだろう、犯行グループがいる。報酬を得ているのかどうかもわからない存在が、自分たちの正義だけで動いている。その存在が、玖子にはどうにも忌々しかった。


「大魔王ブラック企業ってのをやっつけた、世界は平和になりました。そんな簡単な話はどこにもないの。覚えておきなさい」

「はーい」


 自分から逃げるように漫画を読んでいた祐樹に向かい、なるべく同じ目線の言葉で玖子は彼らの愚かしさを説いた。改めて自分たちや新次郎とまともに向かい合う気のない玖子に、雄太も総司も久美も内心ため息を吐いた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 もしも願いが叶うなら、二人の男を殺したい。伊佐家の人間がまったくかみ合わない葬儀を繰り広げる中、トモタッキーと言う名前の女性はそんな事を真剣に考えていた。


「今日もまた、あの二人は正義の味方をやっている…………殺してもいいと判断した人間を勝手に殺している……」


 その犠牲を用いて、主と戦おうとしている。自分たちにできる事はこれしかないのか、一刻も早くあの二人、この世界に逃げて来た魔王の息子と家臣を討ちたいのに。自分たちにできるのは、せいぜい幻覚を見せたり歌を聞かせたり、それから速度を上げたりする事だけ。勇者様のために、この世界まで来たというのに!トモタッキーはミントグリーンの髪の毛をかきむしりながら、自分の無力を呪った。


「とにかく、私は勇者様の事を知りたい。そして、勇者様の敵も」


 北本菊枝ことトモタッキーは、勇者ジャンこと伊佐新次郎の実家に赴きその全てを知ろうと思うと共に、改めてジャンを追いやった人間の程度を確かめようとしていた。

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