我為朋友砂星下 君已振棒気勢豪
丁_スエキチ
我は朋友と為る砂星の下、君は已に棒を振りて気勢豪なり
ジャパリパークの森に住むキンシコウは容姿端麗、その名をフレンズの間に轟かせ、更に観光客からの人気フレンズに挙げられたが、性格は天然、思考回路がすこぶる迷走し、会話が成り立つことが多いとは言えなかった。結果、森に引き篭もり、他のフレンズともあまり交わらず、ひたすら如意棒を振り回したり、宝くじを買ってワクワクしたり、食ったり寝たりして暮らしていた。
ある日のこと、今日はやけに空気中のサンドスター濃度が高いな、と思いながら、朝のまだ暗いうちに日課の素振りを行っていたところ、果たして一匹の虎のフレンズが叢の中から躍り出た。そのフレンズは既に何かに怯えたような表情をしており、キンシコウの姿を捉えた瞬間尚のこと慌てて逃げようとするが、彼女が待て、敵ではないぞ、一体どうした、と声を掛けると、疑った目をしながら距離をおきつつも立ち止まった。キンシコウはそのフレンズの容姿にどことなく見覚えがあった。
「その姿を見るに、トラのフレンズではないか」
「フレン、ズ……?」
「私はキンシコウ。案ずるな、お前を襲ったりはしない。お前はおそらく、この今朝のサンドスターで生まれたのだろう、」
そこまで言いかけたところで、虎のフレンズはキンシコウの元へ一気に詰め寄り、叫ぶように尋ねた。
「知っているんだな⁈教えてくれ、どうしておれは人間の姿になっているんだ⁈」
二人はとりあえず人目につきにくい木陰に入って、それからキンシコウは一通りの説明をした。
「間違いなく、かつて自分は完全に虎であった。しかしそのサンドスター?とやらによってフレンズというものになり、獣の性を残したまま人間の女の身体と頭を得たという訳か」
「おおよそその通りよ。理解が早いが、トラというのは矢張り子供向け教材になるくらいには賢い生き物だということなのだろうか?」
「教材?それは知らないが、虎としての自分は、複雑な思考もせず、残虐に生きていただけに過ぎない」
それはまた随分と卑下したような言い方だな、とキンシコウは言う。
「トラのフレンズの知り合いが他にもいるが、大抵は己が虎であることに誇りを持っているわ。お前は一体どんなトラであったのだろうな、ベンガルトラやアムールトラとは違うようだが」
なお、彼女はアモイトラのフレンズであるのだが、現時点では知る由もない。
「しかし、君の衣服を見ていると不思議と懐かしさを感じるから、もしかすると同郷なのかもしれないな」
「キンシコウの生まれは中国という国だそうだが、娘、聞き覚えはあるか?」
「ちゅうごく……すまない、よく分からない」
「そうか。私の仲間が、かつて玄奘三蔵という偉いヒトと旅をしていたらしく、その三蔵はその悟空という猿に加え、犬、雉のお供を連れて妖怪を退治したと言う伝説が残っている」
「三蔵法師の話を聞いたことはあるけれども、獣を連れて妖怪退治なんぞしていないと思うのだが……」
「やはり同郷なのかもしれないわね。しかし三蔵と悟空は妖怪退治をしていないのか?」
ふむ……と顎に手を当て思案に耽るキンシコウ。
「この武器もてっきりその為の物だと思っていたのだが。いずれにせよ私は鍛錬を積んで日々を暮らしている」
「鍛錬、か」
アモイトラはその言葉を聞いて、どことなく後味の悪そうな表情を浮かべた。
「そうだ、ただ独りで己と向き合い、誰よりも高みを目指し続ける修羅の日々だ」
切れの良い動きで如意棒を構えたキンシコウが堂々と言葉を重ねるほど——その言葉とは裏腹に、鍛錬以外の時間はぐうたらと寝て過ごしていることをアモイトラは知らないゆえに——アモイトラの顔は曇っていく。ゆっくりと、彼女の素直な思いの丈が言葉として紡がれていく。
「おれには、そんな生活は続けられないだろう。君の、刻苦を厭わぬ姿が羨ましい」
「たしかに生半可な心持ちでは続くものではないだろうね。簡単なことではないだろうけれども、鍛錬とは、心の弱さに打ち克つ事も含むとは思わないか?」
ああ、その通りだ。しかし、臆病なおれには、その鍛錬を積むための心が足りなかった。どちらが先か、所詮は鼬ごっこに過ぎない。
流石にそこまで言うことはできず、アモイトラはただ頷くだけだった。
「娘、昔ある男が己の心の弱さに打ち勝てず、狂った挙句に虎に変化したという話は知っているか?」
「……ああ、とてもよく知っている」
「そして狂ったまま木の周りをグルグルと回り続け、溶けて油になって食材として食べられてしまったことについてはどう思うか?」
「……⁈ それは初耳だがどういう事だ」
「娘、生まれたばかりならば当然パンケーキも知らないであろう?あれは絶品だから一度食べておくと良い」
「油は?油は何だったんだ⁈」
ところで何故逃げるようにして走っていたのか、とキンシコウが問うと、アモイトラは実際逃げていたのだ、と答え、経緯を語った。
目が覚めると、久方振りに酔いから醒めたような冴えた頭になっていた。突然のことに驚いて起き上がったら、身体まで人間のものになっているではないか。よく見ると自分の暮らしていた森でもない。夢ではあるまいかと思いながら辺りを散策していたら、空を飛ぶ白服の人間——いや梟を名乗るフレンズであったか——に見つかり、自分に何か珍しい点があったようであれやこれやと質問詰めにされた。そのまま危うく彼女の住処に連れ去られそうになったので、慌てて逃げてきたのだ。見つからないように藪の中を潜るように走っていたら、偶然キンシコウが棒を振っている場面に出くわして、今に至る。
「おそらく、図書館でサンドスターの研究をしているアフリカオオコノハズクに見つかったのであろう。研究熱心だが多少強引なところがあるから」
また見つかったら図書館に軟禁されるかもしれぬな、などと恐ろしいことをキンシコウが言い出すので、アモイトラは酷く困惑した。
「それにしても、なぜ自分のような者を研究しようとするのだろうか。他人からじろじろと見られるのはあまり気分の良いものではない」
「それは、お前がとりわけ変わっているからに決まっている、自分で気がついてはいないのか?」
冷静ではあるものの、かつ呆れたような表情ではっきりと告げられる事実。
「そうなのか……?」
「当たり前だ。娘、なぜお前は生まれたばかりでありながら難解な言葉を扱い得るのか?なぜ三蔵法師について知っている?なぜ修行をする私の話を聞いて後悔するような顔をする?」
「……」
「……何か話したくない事情があるのであろうし、私の出る幕は無いわ。しかし、何かを抱え込んでいるのなら、誰かに伝えた方が背の荷は軽くなるだろう。それは別に私であろうがコノハズクであろうが構わない」
「……たとえそれが、卑屈で、あさましい心情だとしても?」
「ああ。いつか話したくなったら、誰かに話すと良い。パークに暮らしていれば、深い話を打ち明けられるような友もできるだろう」
友か、と呟くアモイトラは、懐かしい記憶を思い返している様でもあった。冷ややかな月の光と、木々の間を吹き抜ける冷たい風が、この森も夜明けが近いことを告げている。しかしこの趣ある状況でキンシコウは話を変えてくる。
「娘、とりあえず街に出て、担当飼育員を付けてもらうべきではないだろうか?」
「し、飼育員?」
突然の提案に驚くアモイトラ。
「このまま森にいてもコノハに捕まる。それに研究されたくないにしても、お前は不思議な所があるからいつかはされるだろうし、それならば見知った人間がいた方が良いだろう。安心しろ、軟禁される様なことはあるまい。私にも担当は付いているが体調管理くらいしか干渉してこない」
「しかし……」
「それに、担当がいると悩みの相談もできるであろうし、学問に勤しんだり職を見つけたりと、新しいことができる。私はこの技を鍛錬するだけで充分ゆえ、森に引き篭もっているが、お前はどうなんだ?」
その言葉を耳にして、アモイトラの表情が変わった。困惑の中に、情熱が垣間見える様に。
「学問……」
「娘、学問に興味があるのか?」
「ありだ、大ありだ。おれはもう一度、いやはじめから、学問をやりたい。せっかく授かった何かの縁だ。後悔はしたくない。おれを、街に連れて行ってくれないか」
アモイトラの豹変ぶりに流石のキンシコウでも気圧されたが、彼女の熱意が痛いほどに伝わってきた。
「わかった、私も久し振りに友に会いに行くとするか」
「娘、干支に申と寅があるのに猫が無い点についてはどう思うか?」
「いきなり何の話だ?」
「娘、朝飯としてパンケーキを食べに行かないか?」
「先程言っていた食べ物か。虎の油が入っていないのであれば」
「娘、トラの口の中に青汁を注ぐとピーマン、青椒ができるというのは本当か?」
「は?」
ちぐはぐな会話を続けながら街を目指して二人は歩く。やがて森を抜け、見晴らしの良い丘の上に着いたとき、二人は振り返って、先程の森の中の草地を眺めた。一匹のトラのフレンズが叢の中から躍り出た場所。
「あそこが、お前の生まれた場所か」
「ああ、大体あの辺りだろう」
「娘、……お前のことを呼ぶのに都合の良い名前が無いと不便なんだが、何か良い渾名は無いか?」
「そうだな、我が名は……」
何か言おうとしていたようだが、突然口を閉ざして何か思案し始めた。そして納得がいったようによし、と呟き、キンシコウに宣言した。
「リィ。自分のことは、リィと呼んでくれ」
「そうか、リィ。改めて、ようこそ、ジャパリパークへ、だ」
アモイトラのリィは、既に白く光を失った月をちらりと仰いでから、今度はキンシコウに向き合って、「よろしく頼む」と笑いかけた。おそらく、叢に戻って、誰にもその姿を見せぬということはもう無いであろう。
我為朋友砂星下 君已振棒気勢豪 丁_スエキチ @Daikichi3141
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