真空パック人間たちの図書館に還る

ちびまるフォイ

そして図書館に寄贈される

真空パック人間の図書館を訪れたのは初めてだった。


当たり一面、背丈ほどもある棚に囲まれている。

並んでいるのは本の背表紙ではなく、真空パックに包まれた人間だった。


「すごいなぁ……どうやってるんだろう」


真空パック人間を1枚取り出して、共有の机に置いてみる。

服はなく、密着した袋がボディラインを強調させている。

触ってみても冷たいし固いので、まるでマネキンのようだ。


「あの、利用者さん。パックを傷つけないでくださいね」


「あ、ごめんなさい」


「たまにいるんですよ。パックを破って中の人間を取り出そうとする人。

 ほんとそういうの困るんですよ。図書館と同じように本も人も大事に扱ってくださいね」


「ここに展示されている人って、なんの人なんですか?」

「それは秘密です」


図書館カードを作り、1枚の女の真空パックを借りることにした。

抜き身で持ち帰るのは恥ずかしいので、ちゃんと包装してくれる。

包装されるとパッと見はデカイ絵画のようにも見える。


家に持ち帰って壁に飾ってみると、それこそ絵画のようなインテリア性があった。


「うぅ~~ん。これはなんというか、不思議な魅力があるなぁ」


パックに包まれた人間は傷つくことも老いることも動くこともない。

ドライフラワーのように静かで、ポスターよりも存在感がある。


パック越しに肌のラインを指でなぞることもできる。

彫刻以上の立体感。


すっかり真空パック人間の魅力に取り憑かれてしまったころには

返却期限の1週間がすぐそばに迫ってきていた。


「あの……もう一度、これを借り直すってできますかね」


「真空パック図書館のルールで、連続貸出はできないんですよ。

 それだと延長しまくったのと同じことになるでしょう?」


「そうですか」


残念だが箸休めに今回は男女の真空パック2枚をもって帰った。

最初こそ二人に会話をあてたりして楽しんでいたが、

頭の片隅には最初に借りた真空パック女がチラつく。


男女の真空パックを返却して、前の真空パック女を探す。


「前に借りた真空パック女は返却されていますか?」


「さぁ……全部把握しているわけじゃないんで。

 そっちに貸出カードがあるでしょう? それで見てみてください」


カウンターの横には貸出カードがあった。

真空パック女の履歴を確かめてみるとまだ貸出中。


「あの! この借りてる人、もう期限過ぎてますよ!」


「そうですか。ああ、この人ね……。

 ええ、実はずっと前から連絡していても連絡つかなくって」


「そんな……」


もし、借り主の手によってパックが傷つけられてしまったら。

もうあの芸術的な美を鑑賞することができなくなってしまう。


「そんなこと……させるものか!」


「え?」


「すみません、ここで借りられるだけ借りていいですか!」

「ひとり10枚までですよ」


真空パック人間10枚をまとめて借りた。

その後に、友達からバイトまで金と人脈をフル動員して

真空パック図書館のパックを借り占めた。


すっからかんになった真空パック図書館では案の定不満が爆発。


「おい! いつまで借りてるんだよ!」

「いつになったら戻ってくるの!?」

「いったい誰が溜め込んでやがるんだ!」


怒り狂った利用者は貸出カードを確認する。

そこには俺がわざと名前を偽って記載した履歴が残っていた。


「こいつ、絶対に見つけてやる!!」


怒りをエネルギーにした現代人の特定能力とは恐ろしいもので、

あっという間に推しの真空パック女を延滞している男の住所を突き止めた。


俺もこいつの偽名を使ったかいがある。


「さっさとパックを返しやがれ!」

「みんな迷惑してるんだぞ!」

「返さないならどうなるかわかってるんだろうな!!」


家に押しかけた人たちを見て、ひ弱そうな男は驚いていた。


「ひぃぃぃ! ご、ごめんなさいぃぃ」


男はずっと手元に置いていた真空パック女を返却した。


「あれ? どうして1枚なんだ。もっとあるはずだろ!」


「ぼ、ぼくが借りていたのはこの1枚だけですよぉ!」


俺がこいつの偽名を使ったことがバレないうちに、

すぐに溜め込んでいた別の真空パック人間たちも返却。


ついに念願かなって、最初の真空パック女を手に入れることができた。


「ああ、おかえり。マイ・ハニー。やっぱりこの美しさは最高だ」


部屋に飾って眺めると心が洗われる気がする。

しばらく眺めて満足すると、準備していた大量のコーヒーで思いきりパックを汚した。


そのまま図書館に返却に向かうと、図書館司書が見たこともない顔でブチ切れた。


「はぁぁあ!? 真空パックを汚損させたぁぁぁ!?」


「すみません……パックを眺めながらコーヒーを飲もうとしたら

 思い切り滑って転んでコーヒーをぶちまけてしまって。弁償します」


「弁償!? そんなことできるはずないでしょう!

 真空パック人間はそれぞれが1点もの。買い取りですよ、このあほんだら!!」


「ごめんなさい……」


顔がニヤけるのがバレないよう頭を下げて謝った。

真空パックを買い取るとすぐに準備していた洗剤で汚れを落としてキレイに磨く。


「いやぁ、作戦大成功だ。これからはずっと一緒だよ」


今度は服を真空パックにして、重ね着みたいにして遊ぼうか。

いろんな観光名所に真空パックをもっていくのもいいかもしれない。


インテリアであり、大切なパートナーになった。


「ああ、このままずっと眺めていたいなぁ」


部屋に立てかけてある真空パック女はいつまでも同じポーズと形でそこにあった。




急に頭に衝撃が襲った。


床に倒れたあとで後頭部に痛みが広がった。


「ぼ、ぼぼぼぼくのサクラちゃんを独り占めなんて、そんなことさせないぞ!

 お前みたいな汚らわしいケダモノに見られるのは嫌だって言ってるだろ!!!」


「お……まえ……」


もう助からないと血の量で悟ってしまうと、妙に冷静になれる自分がいた。

延滞を繰り返していた男は嬉しそうに立てかけてある真空パックにすり寄ると、パック越しに舌を這わせていた。


それはまるで、美術館で展示物をせっそうなくベタベタ触るような汚らわしさが――





数日後、衝動的な事件はあっという間に犯人逮捕につながった。


もう誰も男のニュースに興味を失った頃に判決が言い渡された。


「被告は、真空パック対応とする」


服を剥がれ、パックに押し込まれた男は

老いることも動くことも死ぬこともできない状態で真空パックにされた。



「今月分の新しい真空パックです」


「はい、ありがとうございます」


犯罪者たちの真空パックはやがて図書館に運び込まれる。

今でも図書館は利用者のたえない人気施設となっている。


「いやぁ、この真空パックは素晴らしいなぁ。

 なんというか、逃げようとする躍動感を感じさせるポーズだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真空パック人間たちの図書館に還る ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ