空に描いた虹の向こうに。

相沢毬藻*

プロローグ:0

 一歩、また一歩と前へ進む。


 あたりはすでに荒野と化しており、空はどす黒い雲に覆われていた。

 そこにあらゆる色彩は無く、ただただ灰色の濃淡だけが世界を形作っている。

 轟々と響く重低音は、僕の体を少しずつ蝕んでいく。

 すでに服はボロボロで、チリや泥にまみれ、あちこちが裂けていた。


「くぁっ……」


 地面にむき出しになった石に足を引っ掛け、転ぶ。

 温度を失い、冷たさすら感じない地面を押して立とうとするが、体に力が入らず叶わない。


『お前は偽物なのだ』


 自分という存在を否定する声。


 僕自身の、声。


 僕が生きてきたこれまでの人生は、一体なんだったのだろうか。

 何も知らず、ただのうのうと生きて来た、この人生は。


 無知の知。

 偉大なる哲学者が残した言葉だった気がする。


 そう、僕は無知であることを自覚していなかった、愚か者でしか無いのだ。


 地面にうずくまる僕を尻目に、“それ”はますます大きくなっていく。


 僕の人生は所詮描き直しでしかなかった。

 同じことを繰り返して、同じ過ちを犯して。


『……本当に?』


 首からかけたペンダント、精霊契約の証。


 彼女の声が僕を諭す。


『君はこれまで生きてきて、本当に何も変わらなかったの? 本当に同じことを繰り返したの?』


 だってそうじゃないか。現にこうして、僕は……また……


『……君は、1人じゃなかったよ。みんないた。君はみんなのことも否定するの?』


 それは……


『君が守りたかったものはなんなの? 君が望んでいたものはなんなの?』


 僕が、望むもの。


 それは……みんなだ。

 僕を助けてくれた、みんなを守りたい。


「なら、立たなきゃ。こんなところでうずくまってちゃダメだよ」


 いつのまにかペンダントから抜け出し、白銀の長髪を手で押さえた彼女が、その赤い双眸で僕を見つめる。


 そうだ。

 まだ終わってない、終わらせちゃダメだ。

 描き直しの人生なんて言わせるか。

 僕の人生は僕が決める。


 目を開いた僕を見た彼女は満足そうに笑い、ペンダントへ戻る。


『さあ、立って』


 ドクン


 弱々しい鼓動はやがて強く早くなっていく。



 地を掴み腕を立てる。

 上体を持ち上げ、膝をつく。

 目をそらしていた“それ”に正面から向き合い、立ち上がる。


 僕にできること。

 僕だけにしかできないことを、今。

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