第60話 一大決心

そして数日後、


ついにローラ主催のバザーの日がやってきた。


「ふぁー!すっごいお店の数だねぇ〜幹ちゃん!

日本のお祭りでもなかなかここまで出店が出るってないよ!」


「だな。この中で一番って改めてハードルが高そうだ」


今、幹太と由紀が立っているのは、王都ブリッケンリッジのメインストリート、サンタクルーズ大通りだ。権利を放棄したとは言え、さすがは王妃のローラが主催のバザーである。

道幅が三十メートルほど通りの両側には、飲食店や雑貨、洋服などの様々な屋台がびっしりと並び、それが通りの端から端まで続いていた。

日本で言えば、銀座の歩行者天国と言ったところであろう。


「こ、この間も思いましたが、一体どこにこれだけの人が住んでいるのでしょう〜?」


村育ちのソフィアはブリッケンリッジ中央市場以上の人手に早くも目を回している。

まだお客のいない朝の開店準備時間だと言うのに、すでにサンタクルーズ大通りには多くの人が集まっていた。


「まったく…ローラお母様も何というムチャな条件を…」


アンナがガジガジと爪を噛みながら、恨みがましく通りに並ぶ屋台を見て言う。

今回のバザーに出店する店の約三分の一は飲食店である。

その中には、いつもの市場で店を出している米粉麺の店や、何代も前からこの王都に店を構えていたという老舗の料理店もあった。


「まぁそれでもやるしかないからな」


幹太は苦笑しつつ、ポンポンとアンナの頭を撫でた。

一人この場に居ないシャノンは、警備の仕事に駆り出されていて、午後からの合流である。


「そうですね…、確かにもうやるしかありませんね。」


そう言ってアンナはパッ振り返り、屋台の厨房へと戻る。


「おーし!そんじゃ早速、朝の仕込みを始めますか!」


「「「はーい!」」」


まずは麺からである。

アンナがいつもの様に屋台のクーラーボックスから麺の生地を取り出し、手廻しの製麺機にかける。


「やっぱり今回はストレート麺にしました♪」


先日の幹太のラーメンへの原点回帰を受け、アンナも麺の改良を試みていた。


「ていうか、改良するしかありませんでしたからね♪」


あの後、幹太が牛骨醤油のスープを大幅に改良したため、それまでのアンナは中太のちぢれ麺を、一番最初に作った細目のストレート麺に戻さざるを得なかった。

さらに今回の麺は卵を使わずに固めに仕上げている。


「さあ、仕上げですよ〜♪

すみません由紀さん、手伝ってもらえますか?」


アンナは屋台の外でテーブルを拭いていた由紀に声をかけた。


「はいよ〜アンナ。

それで?、私はなにすればいいの?」


由紀は屋台裏のポリタンクの水で手を洗い、エプロンで手を拭いながらアンナの元へやってきた。


「私が打った麺に小麦粉をかけて、一人前ごとに丸めて下さい」


「はーい、了解♪」


「それではいきますよー!」


「う、うわっ!アンナ!早い!」


アンナがグルグルと製麺機のハンドルを回すと、ものすごい勢いで細く真っ直ぐなラーメンの麺が出てきた。

由紀はその勢いに押されながらも、何とか出てきた麺に粉を打ち、一人前ごとにきっちり丸めていく。

実は今回使っている製麺機は、初めて中央市場に行った日にアンナが北京鍋の製作を頼んだ調理器具店で、またもや特注で作ってもらった一品である。


「これはいいですよー!ナイスです!金物屋のご主人さん!」


そうしてあっと言う間に一日分の麺が完成し、アンナと由紀は出来上がった麺を二人で麺箱に詰めていった。


「ふぅ〜終わりました♪」


「め、メッチャ早かったね、アンナ。

てか、作りすぎなんじゃない…?」


由紀が後ろを振り返ると、麺の入った木箱が160cmある彼女の目線の高さほどまで積み重なっている。


「大丈夫ですよ!由紀さん!

今日は飲食店だけではなく、全ての屋台で売り上げ一番を目指します!」


アンナはそう言ってドヤ顔でむふ〜っと鼻から息を吐いた。


「そ、そうなんだ…。

ん〜そっか…そうね!よし、そのぐらいの気持ちでいこう!」


そう言って由紀は、ビシッとアンナに向けてサムアップする。

なんだかんだで体育会系な二人は気が合うようだ。


一方、その隣では幹太とソフィアが開店の準備をしていた。


「幹太さん、スープに火を点けますよ〜♪」


「おー、よろしく、ソフィアさん。

それじゃ俺は…よいしょっ!」


ソフィアがスープのコンロの魔石に火を点けている間に、幹太はラーメンの麺を茹でる寸胴鍋に、木のバケツを使って水を張る。

今回も主催者側が用意した屋台での営業の為、最初から寸胴鍋に水を張って運んでくることができなかったのだ。


「ソフィアさん、こっちも火をお願い」


「はい〜」


スープと麺湯、二つのメインのコンロに火が付くと屋台の中の気温が一気に上がった。

やがてしばらくすると、姫屋の屋台の周りに、あるラーメンスープ特有の香りが漂い始めた。


「幹ちゃん、これって…?」


日本人の由紀が、どこかで嗅いだ事がある匂いだと気づいた。


「あ、やっぱり分かるか?」


「うん、でも?…なんで?」


「ふふっ♪私も幹太さんがそうすると言った時は驚きました♪」


アンナは麺の仕込みの為、一足先に幹太の作った新しいスープを味わっていた。


「でも幹ちゃん、これって豚骨ラーメンの匂いだよね…?」



由紀は牛骨だったはずのスープから、なぜ豚骨ラーメンの香りがするのか不思議に思ったのだ。


「うん、そう。由紀の言う通り豚骨ラーメンだよ。」


「すごい変わった匂いなのに美味しそうです〜♪」


ソフィアはスープの寸胴鍋から上がる湯気を手で仰ぎ、引き寄せながらそう言った。

純粋な豚骨スープは豚の油臭さ、一般的に言うとケモノ臭い匂いがする。


「幹ちゃん、もしかしてぶっつけ本番?」


「うん、ほぼぶっつけ本番。

やっぱり時間がなくてな…」


幹太はそう言って頬を掻く。

幹太はラーメンの原点に立ち返ると決めて以来、残り少ない時間でなんとか牛骨スープを改良していた。

しかし、あまりこれと言った変化がなかったのだ。


「あれ以上、牛骨スープのノウハウも無かったし…これは何度か研究したことがある豚骨でいくしかないかなって思って…」


基本的なラーメンのスープには、必ずと言っていいほど豚骨は入っている。

幹太も野菜と豚骨のみのスープは仕込んだ事は無かったが、それに近い物は日本で仕込んだ経験があった。


「ブリッケンリッジ名産の豚もあるんなら、思い切って全部それでいこうって決めたんだ」


それは数日前、


「…アンナ、俺、イチからスープをやり直したい」


と、麺の仕込みに現れたアンナに幹太が深刻な表情で言った。


「それで牛骨ラーメンじゃなくて、豚骨ラーメンにしようと思うんだ」


「えぇ、もちろん私は問題ありません♪

ん〜と、それじゃあ幹太さん、麺はどうしましょうか?」


反対される覚悟で言った幹太に対して、アンナはニコニコと笑顔でそう即答した。


「で、でもアンナ、一からだぞ…ほ、本当にいいのか?」


幹太は姫屋をアンナとの共同経営の店と考えている。

しかも自分の運命がかかった大切なラーメンのスープだ。

彼女が反対するならば、なんとか今の牛骨スープを改良していくしかないと思っていた。


「ハイ、ですから大丈夫です。

と言うより、私ももっと幹太さんが日本で作っていたようなラーメンを、この町の方々に食べてもらえたらいいなと考えていたところでしたから…」


「そっか、そうだよな」


「はい♪」


アンナは幹太が言わずとも、今の姫屋のラーメンの方向性が間違っていると気付いていたのだ。


「それじゃアンナ、これからスープの仕込みをするから手伝ってくれるか?」


「はい♪もちろんです!」


そうして幹太とアンナは二人でスープの仕込みを始めた。


まずは豚骨だ。


「やっぱり苦手だぁ〜」


「わ、私もちょっと苦手ですっ!」


まずは豚の足の骨の水洗いからである。

骨と言っても最初は削ぎ残された肉や筋が残る、かなりグロめの骨である。


「あぁ…プルンプルンしてる」


幹太は豚の膝関節に残る、軟骨の老廃物を丁寧にこそぎ落としながら涙目になっていた。


「ウワァ〜オ!こ、こっちはなんかブチブチってなりました!」


アンナは引きつった笑顔で、同じく豚の膝関節の筋の汚れを取っていた。

かなり壮絶な作業であるが、まずはここで綺麗に老廃物を落とす事がとても重要である。

次に浅めに水を溜めた寸胴鍋に洗い終えた豚骨を入れ、二十分ほど沸かした後、再び水洗いをする。

これでさらに関節などに残る汚れを完全に落とすのだ。

この辺りは牛骨も豚骨もあまり変わらない。

違いが出るのは次の調理からだ。


「えーと、どこだったかな?おっ!あった!」


幹太は姫屋の屋台の引き出しを開け、木槌を取り出した。


「アンナー!これに熱湯かけてー!」


「え、熱湯ですか?はい…」


アンナが柄杓で熱湯を掬い、幹太が差し出す木槌にかける。

この後思い切り煮込む骨ではあるが、万が一に備えて直接触れる物は熱湯消毒をするのだ。


「えーと、これとこれ…あとは〜これもかっ!よいしょっ!」


幹太は洗い終えた豚骨の中からゲンコツと呼ばれる、豚のモモの骨を選んで木槌を振り下ろす。

ゲンコツとはモモの骨にある、球体形の関節を表した言葉だ。


バキッ!!


乾いた音が響き、豚のゲンコツにいくつかヒビが入った。


「か、幹太さん、なぜ骨を割るんですか?」


アンナは突然猟奇的な行動をとった幹太に、ちょっと引き気味で聞いた。


「これが豚骨スープと他のスープとの大きな違いなんだよ。

豚骨ラーメンと呼ばれるのは、こうやってゲンコツを割ってスープ取るラーメンの事を言うんだ」


「えっ…そうなんですか?

私、豚骨を使ってスープを取れば、全て豚骨ラーメンと言うのだと思っていました」


「ん〜、まぁその辺は棲み分けは難しいけど…やっぱりゲンコツを割って、中のコラーゲンを使うのが豚骨ラーメンって感じだな。

そんでゲンコツを割らないで、鶏ガラなんかと一緒に使うのが、普通のラーメンスープってイメージだ」


「はぁ〜そうなんですね」


「うん。まぁラーメン屋の数だけスープはあるから、一概には言えないけどね♪」


そう言って、幹太は割り終わった大量のゲンコツを水の張った寸胴鍋に入れて火を点ける。


「あとは玉ねぎ、生姜と…あと今回は牛骨で使ったセロリも入れてみるか…」


続いて幹太は手早く野菜を洗い、麻袋に詰めて、まだ沸騰していない寸胴鍋に放り込んだ。


「はい!これで終了です!」


「は、早っ!

私が言うのもなんですが、牛骨スープのようにアク取りはしなくていいんですか?」


アンナの言う通り、幹太は牛骨スープを仕込む時、かなり頻繁にアク取りをしていた。


「最初は少しするけど、豚骨の場合、アクの取りすぎは風味をなくすんだよ。

豚の脂の匂いが残るぐらいで丁度いいんだ。

汚れとか不必要なものは、最初に洗って十分落ちてるからね」


「なるほど〜そうなんですね」


「うん。だから出汁が出始めるとかなり強烈な匂いがするから、アンナも覚悟しといてね」


「はい!アンナ了解です!」


そしてその後、アンナは初めて嗅ぐ豚骨スープの匂いに悶絶する事となる。

そうして出来上がったラーメンは、試作品とは思えないほどの完成度であった。


「不思議ですね〜あの時は臭いと思ったのに、今となっては美味しそうと感じます♪」


アンナがしみじみとそう言った。


「ふふっ♪そうね、私も最初は豚骨ラーメンの匂いが苦手だったけど、今はもう食べれるようになったからねぇ〜♪」


由紀は幹太の屋台の鶏ガラスープに慣れ過ぎてしまい、豚骨ラーメンが食べれない時期があった。


「由紀とソフィアさんに相談する暇がなくてゴメンな。

でも、このラーメンならこのバザーで一番になれるはずだ」


「そんなの気にしないでいいよ、幹ちゃん。

うん…そうだね、豚骨ラーメンは地球でも色々な国で人気だから、確かにこっちの世界でもいけるはずだね」


「麺もきっちり豚骨ラーメン用に仕上げました。

このラーメンならきっと大丈夫です」


「それじゃあ、三人とも今日は一日よろしくな」


「任せて下さい!アンナ頑張ります!」


「うん。私も頑張るよ、幹ちゃん」


「みんなで力を合わせて頑張りましよ〜♪」


パンッ!パンッ!


ちょうどそこでバザーの開始を告げる空砲が上がった。


「よーし!じゃあ開店だ!

そんじゃせーの!いらっしゃいませ〜!」


「「「「いらっしゃいませ〜♪」」」


そしてついに、四人とっての運命の日が始まる。

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