第51話 お姉様のご帰還

中央市場での営業を終えた幹太は、ひとまず女性陣と離れ、一人で市場を見て回っていた。


「ん〜ここで今日と同じようにラーメンを作ってても、一風変わった麺の店ってぐらいになっちまうな…」


この巨大な市場には国中から様々な人々と食材が集まっている。

それに合わせて麺や米、そしてパンなど、多くの種類の料理店が立ち並んでいた。


「よく考えたら王都の名物ラーメンって、かなり難題だぞ…。

それって博多ラーメンとか佐野ラーメンぐらい、有名にならなきゃいけないってことなんだよな…」


幹太は改めて、この世界にラーメンを広める難しさにぶつかった。


「う〜ん…アンナが言うにはブリッケンリッジの特産品もかなり色々とあるみたいだからなぁ〜」


現代日本の大都市と同様に、ブリッケンリッジも肉や野菜などの特産品が多くあった。

さらにはこの王都の周りには農家や牧場も多くあり、新鮮な物も揃っている。


「とりあえずいつも通り肉屋に行って…っと、あとは乾物屋も覗いてみよう」


さすがに二度目とあって、今回の中央市場探訪はだいぶ効率よく見て回る事ができていた。


「やっぱり市場の雰囲気っていいな…」


幹太はしみじみそう思った。

こちらの世界に来てから、こんなに長い時間一人でいるのは初めてかもしれない。


『色々考えなきゃいけない事もあるんだけど…』


あの後、昼ごはんを食べ終えた由紀は、難しい顔をしていた幹太の手を引いて屋台の裏まで連れ出した。


「か、幹ちゃん、アンナの事もあるから大変だとは思うけど、その…やっぱり私も本気だから、ちゃんと考えて欲しい…です」


由紀は幹太の手を握ったまま、真っ赤な顔でそう言って、シャノンと共に王宮へと帰って行った。


『…ちゃんと返事をしないとな。あ、あれは…?』


とは思いつつ、幹太の目は常に新しいラーメンの食材を探している。


「すいません!その野菜って…」


「その豚肉は普段はなにに…?」


などと、幹太は片っ端から気になる店舗に寄って行く。

どうやらこの王都では、動物の骨でスープを取る料理店が当たり前にあるらしい。


「あとは…小麦粉だな」


一人だった事もあり、しばらく経つと幹太の頭の中は新しいメニューの事で埋め尽くされていた。


「さすがにもうこれ以上はもう持ちきれないぞ」


気がつけば幹太の両手と両肩は、たくさんの食材で埋め尽くされていた。


「とりあえず一度屋台に戻って…って…あっ!やばいっ!そういやアンナ達に乗って帰ってもらったんだった!」


幹太は今さら、自分に帰りの足がない事に気付いた。

アンナやソフィアと別れた時は、自分がここまで買い物をすると思っていなかったのだ。

お金も全て買い物で使ってしまった為、辻馬車に乗る事も出来ない。


「あ〜まぁ王宮だから、道に迷うってことはないだろ。

…仕方ないから歩いて帰ろう」


幸い、この町のほとんどの場所から丘の上にある王宮が見える。

入り組んだ道もあるが、見失うことはないだろう。


「そんじゃ行きますか…」


幹太は荷物を担ぎ直して、まずはこの広い市場の出口を目指して歩き始めた。


「そういえば幹太さんはどうやって帰るのでしょう?」


アンナが手綱を引きながら、隣に座るソフィアに聞いた。


「そういえばそうですね…?

由紀さんとシャノンさんも先に帰ってしまいましたし〜」


実は幹太が予想しているよりも、中央市場から王宮までは果てしなく遠い。

全員が天然だと、時にあり得ない事が起こるのだ。

二人の乗った姫屋のキッチンワゴンはすでに王宮の正門の辺りまで来ていた。


「帰ったら普通の馬車で迎えに行ってもらいましょう。

私達の馬車は馬を休ませてあげないといけません」


「ですね。でしたら私が行きます〜」


アンナは夕方から公務がある為、今日の姫屋は早めに店じまいをしていた。


「よろしくお願いします、ソフィアさん。

あら?なんだか衛兵隊の皆さんが…?」


アンナ達の馬車が王宮に到着すると、なにやら数人の衛兵達が正門の前に集まっていた。


「皆さん、どうされましたか?」


「これはアンナ様。どうぞお通り下さい」


隊長らしき体格の良い衛兵がそう言って道を開け、アンナ達に頭を下げる。


「いえ、その何かあったのですか?」


「あのですね…そのビクトリア様が…」


と、言いづらそうに衛兵が口にしたビクトリアという名前を聞いて、アンナの顔からサーっと血の気が引いた。


「お、おね、お姉様が…どっ、どっ、どうしたというのでしゅか?」


アンナは動揺のあまり、大爆笑な五人組のオープニングの様だ。


「その…ビクトリア様が昨日、隣町まで戻って来ていたという報告を受けました。

なので、今晩にはお帰りになられるかと…」


「そ、そでしゅか…それは何よりですわね…」


アンナは額からダラダラと冷や汗を流し、その表情はもの凄く青い。


「ア、アンナさん、ここからは私がっ!

では衛兵の皆さん、失礼致します〜」


彼女の隣に座っていたソフィアが、震えるアンナの手から手綱を引き取り、馬車を王宮の中へと進めた。


「アンナさん、どうされたんですか?」


正門を通り抜け、少し落ち着いた所でソフィアが心配そうにアンナに声をかける。


「わ、私すっかりお姉様の存在を忘れていました。

いえ…もしかしたら考えないようにしていたのかも知れません…」


アンナは両手で顔を覆い俯く。


「でも〜アンナさんは何かお姉さんに怒られる様なことをしたんですか〜?」


ソフィアは昔ストラットンで見た、アンナの頭を優しく撫でるビクトリアの姿を思い出す。


「怒られることではないはず…なんです。

その…幹太さんの事をどうご報告すれば良いのか…」


「あぁ、なるほど♪そういうことですか〜♪」


深刻な表情のアンナとは正反対の笑顔で、ソフィアがパンっと手を打った。


「笑いごとではありませんよっ、ソフィアさん!

お姉様に好きな男性ができましたなんて言ったら!

恐ろしすぎて想像もできません!」


アンナはソフィアの肩に手をかけ、ガックンガックン揺らす。


「あはは♪危ないですよ、アンナさん〜♪」


そんな風に取り乱すアンナの様子がよほど面白いらしく、ソフィアは声をあげて笑ってしまっている。

その目尻には涙まで浮かんでいた。


「もうっ!ソフィアさんったら!」


「あ〜、ふぅ〜、ごめんなさい、アンナさん。

でも、いつものアンナさんとあまりに違うので、私、つい可笑しくなってしまいました〜」


「いつもの私ですか…?」


「アンナさんが幹太さんのお話をする時は、いつもとっても幸せそうにお話されているんです。

でも、今回はすごく焦っているみたいに見えましたから〜」


「それで笑っていたと…?」


「えぇ、すいません〜♪」


ここまでアンナが深刻な表情で話しをしていても、相変わらずソフィアはニコニコと笑顔のままだ。


「もう、ソフィアさんは仕方ありませんね…」


そんなソフィアを見て、アンナも少し肩の力が抜けたようだった。


「でも、本当になんてお姉様にご報告すれば良いのか…」


しかし、力が抜けたところで何も問題は解決していない。


「ふふっ♪アンナさん、いつも通り正直に言うしかありませんよ〜♪」


ソフィアは先ほどまでとは違う穏やかな笑顔をして、アンナの膝の上に手を置いた。


「いつも通り…ですか?」


「えぇ、いつも通りにです。

大切なアンナさんがちゃんと話せば、ビクトリア様も分かってくれるはずです。その…いつかは〜」


こちらを見つめるアンナの縋る様な表情に、ソフィアは後半ちょっと自信なさげに言う。


「正直にですか…。

ん〜、言われてみれば、確かにそれしかありませんね!

アンナ頑張ります!」


「はい♪頑張って下さい〜♪」


ちょうどそこまで話した所で、馬車は厩舎に到着し、二人は明日の仕込みの食材を抱えて王宮へと戻った。


「うーん、思ったより遠いな…」


二人が王宮に帰った数時間後、幹太は今だに王宮へと向かって歩いている途中であった。

すでに辺りは暗くなり始め、ポツポツとガス灯が点いている。

あの後、アンナとソフィアはビクトリアの件もあり、幹太を迎えに行くのをすっかり忘れていた。

重ね重ね、おそるべし天然であった。


「とりあえず荷物は預けておけばよかったかな?

でも、今晩試したい事もあるんだよなぁ〜」


幹太は改めて荷物を担ぎ直す。

実は今回、幹太はこちらの世界に来てから初めての試みをしようとしていた。


「まぁ、まずは王宮に帰らないとだな。

しっかし、本当にここまで遠いとは…」


そう言って、なんとなく幹太が今まで歩いて来た道を振り返ると、ものすごい勢いで一台の馬車が近づいて来るのが見えた。


ゴガガッ!ガッ!


馬車はそのままの勢いで石畳みを駆け上がり、幹太の間近を通り過ぎる。

馬車の御者台には、日本の学生の制服を豪華にしたような服を着た金髪の女性が、必死な顔で手綱を握っていた。


「うぉぅ!すごいな!」


幹太は思わず足を滑らせ、尻餅を着いた。


「あだっ!」


とその時、


「あぁもうっ!ビクトリア様!人がっ!」


と言う声が聞こえ、倒れた幹太の目の前に一頭の馬が止まった。


「すみません。大丈夫でしたか?」


馬には幹太がこの世界で初めて見る赤毛のショートカットに、先ほどの馬車の女性と同じ制服を着た女性が乗っており、倒れた幹太に向かって手を差し出している。


「あ、あぁ、ありがとうこざいます」


「…良かった、怪我はないようですね」


幹太が赤毛の女性の手を取り立ち上がると、彼女はホッとした表情でそう言った。


「えぇ、大丈夫です」


「では、私は先を急ぎますので!失礼っ!」


女性はそう言ってムチを打ち、馬車を追いかけて、あっという間に王宮の方へと消えて行く。


「…ありゃ完全にアンナの関係者っぽいぞ。

二人共すんごい美人だったもんな。

シャノンさんの時といい、王宮の女性ってみんなあんな雰囲気なのか…?」


幹太はそう言いながら一つ一つ荷物を拾い、再び王宮に向かって歩き始めた。


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